幕間⑦ 男の友情
世界を救う旅路のなかで、アレスとレオンハルトの間に生まれた絆は、言葉や打算を超えたところで結ばれていた。
二人は似て非なる男だった。
片や、圧倒的な聖剣の力を授かり、世界の命運と「勇者」という重すぎる看板を一身に背負わされた男。
片や、理不尽な貴族の都合で押し付けられた「平民枠」から、ただひたすらに自分の腕と剣だけを頼りに生きてきた男。
立場も違えば、背負っているものも違う。
だが、最前線で魔王軍の脅威を真っ向から迎え撃つ者同士、お互いにしか分かり合えない領域があった。
ある日の夜、野営地の見張りを交代する時だった。
焚き火の残り火がパチパチと音を立てる静寂の中、レオンハルトは一人、砥石を取り出して愛剣の刃を黙々と研いでいた。
そこに、同じく夜風にあたりに来た勇者が静かに歩み寄り、隣に腰を下ろす。
「……また剣の手入れか?」
「あぁ。今日の魔族どもは少し硬かったからな」
レオンハルトはぶっきらぼうに返し、小さく息を吐いた。
しばしの沈黙のあと、勇者は前を見据えたまま、ぽつりと本音をこぼした。
「なあ……重圧を感じることはないか?」
「重圧?」
「あぁ。……俺たちが勝てば、世界が救われる。だが、俺たちがもし一歩でも踏み外し、敗北すれば、すべてが終わる。……時々、その事実がどうしようもなく重くのしかかって、押し潰されそうになることがあるんだ」
世界中から期待され、同時に為政者たちからは警戒され、利用されるだけの存在。
誰もが「勇者だからできて当然だ」と口にする。
その孤独を、勇者は誰にも打ち明けたことがなかった。
剣士は手を止め、じっと自分の剣を見つめた。それから、少し不器用そうに頭を掻きむしる。
「……俺は、そんな大層なことは考えてないさ」
「そうか?」
「あぁ。俺が考えてるのは、ただ一つだ。
……目の前で誰かが泣いていて、それを自分の剣で護れるなら、それでいい。
お前が背負ってる世界の命運とかは正直よく分からんが……」
剣士は顔を上げ、嘘偽りのないまっすぐな瞳で勇者を見た。
「お前が横で敵を引き受けてくれるから、俺は安心して斬り込める。
……お前がいてくれて助かってる。アレス」
それはお世辞でも何でもなく、剣士が心底から抱いている偽らざる信頼の言葉だった。
打算も裏表もない、ただ純粋な武人同士のまっすぐな肯定。
その言葉を聞いた瞬間、勇者の胸のつかえがスッと消えていくような気がした。
「……そうだな」
アレスは微かに苦笑し、それから力強くうなずいた。
「俺もだ。お前が隣にいてくれるから、どれだけ巨大な敵が相手でも、後ろを気にせず突っ込める」
言葉数は少なく、照れくさそうに再び前を向き直る二人の男。
しかし、その背中と言葉の端々には、数々の死線を共にくぐり抜けた者同士にしか分からない、絶対的な信頼と熱い友情がしっかりと宿っていた。
―この男と一緒なら、どんな絶望的な戦いでも戦い抜ける。たとえ、それが魔王であっても。
二人の英雄が心の中で同じ決意を抱いた夜、彼らの絆は、何者にも引き裂けないほど強固なものになっていた。




