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第3話/通算53話「『応援してる』は、我慢の別名ですか?」

第6部『夫婦の時間は、誰のものですか?』




前書き




「私、決めた。大型プロジェクトに参加する」




妻がそう宣言した翌日。




俺との時間が、妻の予定表から消え始めた。




会議、打ち合わせ、資料確認。




共有カレンダーは仕事の予定で埋め尽くされ、夫婦の時間は次の日曜日の《デート》だけになっていた。




しかも、その約束さえ仕事に奪われるかもしれない。




「……日曜日以外、俺との予定がありません」




「私、仕事を選んじゃいけなかったのかなって……」




45歳のバツイチ医師・小鳥遊優。




42歳の食品メーカー企画部長・小鳥遊喜咲。




婚活アプリで出会い、恋をして、再婚した二人。




第5部で喜咲は、悩み抜いた末に、自分の人生を生きるため仕事を続ける決断をした。




優も、その挑戦を応援すると約束した。




けれど、現実は甘くなかった。




妻の夢を応援するほど、夫婦の時間が失われていく。




寂しいと言えば、妻の決断を否定してしまうかもしれない。




何も言わなければ、自分だけが我慢し続けることになる。




そんな二人に、やがて想像もしていなかった人生の転機が訪れる。




それは、仕事の予定や夫婦の約束だけでは答えを出せない出来事だった。




結婚したのに、どうしてこんなに難しいんだろう。




仕事を選ぶこと。




愛する人を選ぶこと。




そして、予想もしなかった未来と向き合うこと。




どちらか一方が我慢するだけでは、夫婦は続かない。




では、二人は何を選べばいいのか。




笑って、喧嘩して、悩んで、それでも互いの手を離さない。




大人の婚活・結婚ラブコメ。




第6部『夫婦の時間は、誰のものですか?』開幕。




夫婦でいることは、同じ予定表を共有することではない。




予定どおりにいかない人生を、それでも二人で選び直すことなのかもしれない。

「優。あなたの『応援しています』って、本当は『我慢しています』って意味じゃないの?」


月曜日の夜。


夕食を終えたばかりの俺は、妻から突然そんな質問をされた。


「……違います」


「じゃあ、私が仕事を頑張るほど、優が寂しい思いをするのは?」


「……それは」


言葉が止まった。


昨日、俺たちは久しぶりにデートをした。


その帰り道、俺は妻に伝えた。


仕事をしている喜咲が好きだ。


でも、仕事をしていない喜咲とも会いたかった。


そして、昨夜。


俺は妻にメッセージを送った。


『明日からの仕事も応援しています』


嘘ではない。


一文字だって、嘘ではない。


なのに。


「ねえ、優」


妻は俺の目をまっすぐ見つめた。


「私を応援するために、あなたが幸せを我慢してるんだったら……私、そんな応援は嬉しくないよ」


俺は、すぐには答えられなかった。


妻の自由を守りたい。


でも、妻を誰にも渡したくない日もある。


その二つを、どうすれば同時に伝えられるのだろう。


     ***

【「応援しています」の残り半分】

喜咲はスマートフォンをテーブルに置いた。


画面には、昨夜のメッセージが表示されている。


「昨日ね、これを読んで嬉しかったの」


「……ありがとうございます」


「でも、あとから気になっちゃって」


妻は、少し困ったように笑った。


「優って、私を応援するとき、自分の希望を後回しにするでしょ?」


「……そうでしょうか」


「そうだよ」


即答だった。


「昨日だって、最初は仕事を優先していいって言おうとしたでしょ?」


図星だった。


出かける直前、喜咲のスマートフォンに仕事の連絡が入った。


俺は、いつもの言葉を口にしようとした。


仕事なら仕方ありません。


でも、昨日は違った。


『今日は、二人で出かけたいです』


『今日は、夫として喜咲を独占したいです』


人生で、あれほど恥ずかしいことを言った記憶は、そう多くない。


「……昨日は、ちゃんと伝えました」


「うん。すごく嬉しかった」


妻が笑う。


「でもね。昨日までの優は、どれくらい我慢してたのかなって」


「……」


「私、仕事を続けるって決めたじゃん」


「……はい」


「優は応援してくれた。でも、そのせいで優がずっと寂しい思いをしてたら、私、嫌だなって」


喜咲は視線を落とした。


「だって、それじゃあ……私だけが好きなことをしてるみたいじゃない」


俺は首を振った。


「……違います」


「本当に?」


「……喜咲が仕事を続けたいと言ってくれたことは、嬉しかったです」


それは変わらない。


仕事を辞めることまで考えた妻が、自分の意思でもう一度働くことを選んだ。


俺は、その決断を誇らしく思っている。


ただ。


その喜びの中に、寂しさが混ざっていたことも事実だった。


「……でも、寂しいときはあります」


「うん」


「……昨日、ようやく言えました」


喜咲が小さくうなずいた。


「だから、今日はもう少し聞かせて」


「……何をでしょう」


「優の『応援してる』の、本当の意味」


     ***

【国語辞典を夫にした覚えはない】

「じゃあ、質問です」


喜咲が姿勢を正した。


「……はい」


「応援って、どういう意味?」


俺は少し考えた。


「……相手の目標や行動を支持し、達成に向けて励ますことです」


妻が固まった。


「……優」


「……はい」


「国語辞典を夫にした覚えはない!」


「……定義としては、おおむね正確だと思います」


「正確さを求めてないの!」


妻がテーブルを軽く叩いた。


「私は夫の気持ちを聞いてるの!」


「……なるほど」


「なるほどじゃない!」


どうやら、質問の意図を取り違えたらしい。


医師としてなら、質問には正確に答えることが重要だ。


しかし、夫婦の会話では、正確な説明が必ずしも正しい返事になるわけではない。


「じゃあ、聞き方を変えるね」


「……お願いします」


「私が明日も仕事を頑張るって言ったら、優はどう思う?」


「……応援しています」


「そこから離れよう!」


「……難しいですね」


「国家試験じゃないんだから!」


妻が吹き出した。


俺も、つられて笑った。


だが、喜咲はすぐに真面目な顔に戻った。


「優。私ね、応援してほしいの」


「……はい」


「仕事を頑張りたいし、自分で選んだ道だから」


「……分かっています」


「でも、優が寂しいなら、それも知りたい」


妻は俺の手に触れた。


「私の仕事を応援することと、優が我慢することは、別でしょ?」


「……そうですね」


「なのに、優は時々、全部一緒にしちゃう」


言い返せなかった。


相手を大切にするなら、自分の希望は控えるべきだ。


そう考える癖が、俺にはまだ残っていた。


「……喜咲」


「うん」


「……俺は、応援する夫でいたいんです」


「うん」


「……でも」


一度、息を吸った。


「……二人で過ごす時間も、もっと欲しいです」


妻が、静かに俺を見つめた。


     ***

【寂しいと言うのは、わがままですか?】

「……喜咲が仕事から帰ってきたら、一緒に夕食を食べたいです」


「うん」


「……休みの日には、またデートをしたいです」


「うん」


「……仕事の話をしないで、くだらないことで笑っていたいです」


昨日の妻の笑顔を思い出す。


洋食店でオムライスを前にして、嬉しそうに笑っていた喜咲。


写真を撮ろうとしたら、かわいく撮ってと注文された。


ああいう時間が、俺は好きだった。


「……でも、そんなことを言えば、喜咲の負担になると思っていました」


「どうして?」


「……仕事を続けたいという喜咲の決断を、邪魔したくなかったので」


妻は少し黙った。


それから、俺の手を握り直した。


「優。それ、私に決めさせてよ」


「……え?」


「優の希望が負担になるかどうか、私にも考えさせて」


俺は妻を見た。


「もちろん、全部はかなえられないよ」


「……はい」


「仕事が忙しい日もあるし、予定が変わることだってある」


「……そうですね」


「でも、優が何も言わなかったら、私は何も分からない」


妻の声が少しだけ揺れた。


「我慢を教えてくれなかったら、私だけ好き勝手してしまうかもしれないじゃん」


「……喜咲は、そんな人ではありません」


「そう言ってくれるのは嬉しい。でもね」


妻は首を横に振った。


「私だって、優を大切にしたいんだよ」


胸の奥が熱くなった。


「優の希望を知って、それでも仕事を優先しなきゃいけない日もあると思う」


「……はい」


「でも、そういうときは、一緒に考えたい」


俺は、ゆっくりとうなずいた。


「……では、寂しいと言ってもいいのですか」


「いいよ」


「……休みの日に一緒にいたいと言っても?」


「もちろん」


「……毎週デートを希望しても?」


「それは予定と相談!」


「……承知しました」


喜咲が笑った。


「でも、優がデートしたいって言ってくれるのは嬉しいよ」


「……そうですか」


「うん。結婚したからって、恋人じゃなくなるわけじゃないし」


妻は少し照れたように笑った。


「私だって、夫に会いたい日があるんだから」


同じ家に住んでいるのに、会いたい。


以前の俺なら、不思議に思ったかもしれない。


今なら分かる。


隣にいることと、二人で向き合うことは違うのだ。


     ***

【やっと夫の日本語になった】

「じゃあ、練習しよう」


喜咲が突然言った。


「……何の練習でしょう」


「本音を隠さない応援の仕方」


「……練習が必要なのですか」


「優には必要」


また即答だった。


どうやら、俺の改善点は妻の中ですでに確定しているらしい。


「はい。私が明日も仕事を頑張るって言います」


「……はい」


「優、何て答える?」


少し考えた。


「……応援しています」


「うん。その続きは?」


俺は、妻の顔を見た。


「……寂しくもあります」


喜咲が笑った。


「それ、矛盾してないね」


「……矛盾していませんか」


「してないよ。どっちも本音でしょ?」


「……はい」


「じゃあ、もう一つ。どうしてほしい?」


俺は言葉を選んだ。


今度は、妻の希望を先回りして決めない。


自分の希望を、ちゃんと伝える。


「……応援しています。今度の休みは、長く一緒にいたいです」


喜咲の目元が柔らかくなった。


「それ!」


「……何でしょう」


「やっと夫の日本語になった!」


「……これまでも日本語を使用していましたが」


「文法の話じゃない!」


妻が笑いながら俺の肩を叩いた。


「じゃあ、今度は私ね」


喜咲は少し考えてから言った。


「仕事を頑張りたい。でも、優との時間も欲しい。だから、休める日が分かったら、一緒に相談したい」


「……はい」


「どう?」


「……非常に分かりやすいです」


「夫婦の会話を採点するな!」


二人で笑った。


俺は、妻の手を握り直した。


仕事を応援している。


寂しくもある。


一緒にいたい。


その全部を、伝えていい。


妻もまた、自分の希望を伝えてくれる。


どちらか一人が我慢するのではなく、二人で選ぶ。


昨日のデートで、俺たちが見つけた答えだった。


「……喜咲」


「何?」


「……これからも、仕事を応援しています」


「うん」


「……でも、ときどきは俺にも時間をください」


妻が微笑んだ。


「ときどきでいいの?」


「……できれば、頻繁に」


「欲張りになったねえ」


「……改善の結果です」


「そこは成長って言って!」


喜咲は笑いながら、俺の肩に頭を預けた。


俺は、その温かさを感じながら思った。


応援とは、相手を一人で走らせることではない。


一緒に歩く方法を、二人で探すことなのだ。


     ***

【明日の夕食】

話し合いを終えると、喜咲は翌日の仕事の準備を始めた。


俺は食卓の食器を片づける。


いつもの月曜日の夜だった。


だが、少しだけ違っていた。


妻に寂しいと言ってもいい。


一緒にいたいと伝えてもいい。


そのことが、嬉しかった。


「優、明日も打ち合わせが続きそう」


喜咲がスマートフォンを確認しながら言った。


「……そうですか」


「うん。大型プロジェクトの調整があるから」


「……忙しいですね」


「まあね。でも、自分で選んだ仕事だから」


妻は笑った。


俺も微笑んだ。


昨日、二人で食べた夕食ならぬ昼食。


あの時間が、ふと頭に浮かんだ。


明日はどうだろう。


一緒に夕食を食べられるだろうか。


帰宅が遅くなるなら、先に食べてもいい。


早く帰れるなら、一緒に食卓を囲みたい。


さっき、妻は言ってくれた。


希望を隠さず、伝えてほしいと。


ならば。


今度こそ、遠慮せずに聞いてみよう。


「……喜咲」


「ん?」


「……明日は、何時ごろ帰れそうですか」


その瞬間。


妻の手が止まった。


スマートフォンを握ったまま、喜咲がゆっくりと顔を上げる。


「……優」


「……はい」


「それ、どうして聞くの?」


「……夕食のことを考えていたのですが」


「……そっか」


喜咲は小さく答えた。


けれど。


さっきまでの笑顔が、消えていた。


「……喜咲?」


妻は、しばらく何も言わなかった。


そして。


俺が予想もしなかった言葉を口にした。


「ねえ、優。私、これから毎日、何時に帰るか報告しなきゃいけないの?」



第53話 完

次回予告

第6部 第4話/通算第54話


「帰宅時間を聞くのは、束縛ですか?」


ただ、妻と一緒に夕食を食べたかった。


それだけの質問が、なぜ妻を傷つけてしまったのか。


「……一緒に食事をしたいと思っただけなんです」


「でも、それって私の予定を確認してるってことでしょ?」


夫の心配は、妻への束縛なのか。


妻の自由を尊重するために、夫は自分の希望を諦めなければならないのか。


ようやく本音を伝え合えるようになった二人。


今度は、その本音の伝え方が問題になる。


次回、夫婦の「心配」と「束縛」の境界線に向き合います。




大切な人の仕事を応援したい。でも、自分の寂しさも知ってほしい。


あなたは、相手を応援するとき、自分の希望をどこまで伝えていますか?


ぜひ感想やコメントで聞かせてください

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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