↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

第4話「元妻の話をする男はモテない」

大人のラブコメ、始まります!




恋愛経験はある。


結婚だって経験した。


仕事も、それなりにできる。




なのに、好きな人の前では驚くほど不器用。




45歳のバツイチ医師・小鳥遊優と、婚活に疲れた42歳・東海林喜咲。




二人を引き合わせたのは、運命でも理想の条件でもありません。




「夜の相性も大切です」




プロフィールに残ってしまった、たった一行の誤記でした。




名前を読み間違えて減点され、余計なひと言で怒られ、いい大人二人が恋愛だけは初心者のように右往左往。




それでもなぜか、また会いたくなる。




「条件の合う人」と「好きな人」は、本当に同じなのでしょうか。




笑って、すれ違って、ときどき胸がきゅっとする。


そんな二人の面倒で楽しい大人の恋を、ぜひ見届けてください。




第1部「婚活アプリは恋を保証しない」

まだ好き?


「まだ好き?」


東海林喜咲の質問に、小鳥遊優は即答した。


「ないです」


「早っ」


「そこ迷ったらまずいでしょう」


「まあ、三秒くらい考えられても嫌だけど」


「じゃあ正解じゃないですか」


「正解だけど、なんか腹立つ」


「理不尽だなあ」


土曜の午後。


二人は駅から少し離れた喫茶店にいた。


優の前にはコーヒー。


喜咲の前には紅茶とプリン。


「今日は一個なんですね」


「何が?」


「プリン」


「普通は一個なの」


「七個食べる人だから」


「それ仕事!」


「胃は仕事と認識してくれません」


「医者っぽいこと言えば許されると思うな」


笑った。


やっぱり、この男と話していると笑う。


先日、条件のいい男性と二時間以上食事をした。


悪い人ではなかった。


むしろ、いい人だった。


なのに。


その夜に一時間以上どうでもいい名字の話をした相手は、この男だった。


条件だけなら、完璧には程遠い。


なのに。


また話したい。


だから今日も会っている。


喜咲はプリンを一口食べた。


「で?」


「はい?」


「元奥さん」


優の動きが止まった。


「まだ続くんですか、その話」


「続く。バツイチは婚活における重要確認事項です」


「急に面接官になりましたね」


「では小鳥遊さん。前職の退職理由をお願いします」


「結婚を会社みたいに言わないでください」


「円満退社?」


「その表現、元妻に怒られそうだな……」


優が苦笑した。


その顔を見て、喜咲は少しだけ声の調子を落とす。


「じゃあ、どうして離婚したの?」


優は答えなかった。


さっきまで、あれだけ返事が速かったのに。


沈黙だけが、テーブルの上に残った。


答えられない男


「浮気?」


「違います」


「借金?」


「ないです」


「暴力?」


「ありません」


「実は家では全裸?」


「離婚理由の振れ幅がおかしい」


「全部違うから」


「普通に聞いてください」


「普通に聞いたら黙ったじゃない」


「……それは」


また止まった。


喜咲は紅茶を飲みながら、優の顔を見る。


元妻への未練を隠しているようには見えない。


嫌いだから話したくない、という顔でもない。


もっと単純に。


困っている。


「もしかして」


「はい」


「自分でも分かってない?」


優の眉が、わずかに動いた。


当たりらしい。


「一応、自分では……相性が悪かったんだと思っています」


「相性」


「はい」


「夜の?」


「なんでそこへ戻すんですか!」


喜咲は吹き出した。


「だって私の婚活、そこから始まったし」


「タイトルから事故ってますね」


「誰のせいよ」


「誤記した人」


「減点二十」


「理不尽!」


笑いが落ち着く。


優はコーヒーに視線を落とした。


「性格とか、生活とか、いろいろです。たぶん」


「たぶん?」


「はい」


「離婚した本人が?」


「はい」


「医者なのに原因不明?」


「離婚に血液検査はないので」


「CTも?」


「撮っても夫婦関係は映りません」


「役に立たないな、現代医学」


「全国の医療従事者に謝ってください」


また笑った。


でも。


喜咲は気づいた。


優は笑っているのに、答えていない。


いや。


答えたくないんじゃない。


答えられないのだ。


「小鳥遊さん」


「はい」


「自分の気持ちを説明するの、下手でしょ」


優が止まった。


「……そうですか?」


「今ので確信した」


「かなり説明したつもりなんですけど」


「情報はね」


「違うんですか」


「違う」


喜咲はスプーンを置いた。


「相性が悪かった。生活が違った。性格が違った。全部、説明」


「はい」


「小鳥遊さんがどう思ってたかが、一個もない」


優は黙った。


「寂しかったとか、腹が立ったとか、もう無理だと思ったとか、別れたくなかったとか」


「……」


「そういうの」


しばらくして。


優が小さく息を吐いた。


「分からないんですよ」


「何が?」


「当時の自分が、何を思ってたのか」


その答えだけは。


さっきまでより、ずっと本音に聞こえた。


喜咲は少し驚いた。


この男。


無神経なんじゃない。


たぶん逆だ。


いろいろ考えるくせに、自分の気持ちだけは言葉にするのが異常に下手なのだ。


「重症ですね」


「病気みたいに言わないでください」


「医者なのに」


「自分は診られません」


「じゃあ私が診断します」


「何科ですか」


「婚活科」


「絶対かかりたくない」


「手遅れです」


優が笑った。


喜咲も笑った。


でも心の中では。


少しだけ、この人のことが分かった気がした。


五年!?


「じゃあ東海林さんは?」


「何が?」


「婚活、長いんですか」


喜咲のスプーンが止まった。


「……質問返し?」


「公平性の確保です」


「急に学会発表みたいに言うな」


「俺だけ既往歴を聞かれてるので」


「離婚歴を既往歴って言うな」


優は笑っている。


喜咲は少し迷った。


別に隠しているわけじゃない。


でも。


婚活歴は、ときどき数字だけで評価される。


長い。


まだ決まらない。


何か問題があるのでは。


そんな目を向けられたこともある。


「五年」


「五年!?」


店内に響いた。


喜咲が目を細める。


「声、大きい」


「すみません」


優が本当に小さくなる。


「そんな驚く?」


「いや、その……」


「かわいそうって思った?」


「いえ」


即答だった。


喜咲の眉が上がる。


「じゃあ何」


「五年間、諦めなかったの、すごいなって」


今度は。


喜咲が黙る番だった。


「……何それ」


「変でした?」


「普通そこ、五年も何してたの、とか思わない?」


「思いません」


「理想高すぎるんじゃない、とか」


「別に」


「選びすぎ、とか」


「会いたくない人と結婚するよりいいでしょう」


あまりにも普通に言う。


だから。


返事ができなかった。


五年。


長かった。


アプリを消したこともある。


また入れたこともある。


プロフィールを書き直した。


写真を変えた。


条件を広げた。


狭めた。


会って。


笑って。


帰って。


断られて。


断って。


疲れて。


それでも。


結婚したいと思う自分まで捨てたくなくて、続けてきた。


その五年間を。


年齢でも。


結果でも。


失敗でもなく。


「諦めなかった時間」と言われたのは。


初めてだった。


「東海林さん?」


「……何」


「怒りました?」


「怒ってない」


「じゃあ、なんで黙って」


「うるさい」


「はい」


「今、しゃべらないで」


「はい」


優が本当に黙る。


そこまで素直に黙られると、それも腹が立つ。


「なんか言って」


「難易度高すぎません?」


「婚活は難しいの」


「五年選手が言うと説得力が」


「減点百」


「過去最高!」


喜咲は笑った。


笑ってしまった。


胸の奥が少し熱かったから。


笑うしかなかった。


自分をわかってくれる人


店を出ると、夕方の風が思ったより涼しかった。


二人で駅まで歩く。


「今日はすみませんでした」


優が言った。


「何が?」


「元妻の話」


「私が聞いたんだけど」


「ちゃんと答えられなかったので」


喜咲は少し考えた。


「別にいいんじゃない」


「え?」


「分からないなら、分からないで」


「婚活相手としては減点では?」


「減点」


「やっぱり」


「でも」


喜咲は前を向いたまま言う。


「前より分かった」


「何がです?」


「小鳥遊さんのこと」


優が黙った。


今度は喜咲が横を見る。


「何?」


「いや」


「言いなさい。さっき診断したでしょ」


「婚活科で?」


「そう」


「保険適用されます?」


「全額自費」


「高そう」


「早く」


優は少しだけ笑った。


「俺も、東海林さんのこと、前より分かった気がします」


「どこが?」


「五年間、ちゃんと結婚しようとしてきた人なんだなって」


喜咲の足が止まりそうになる。


またそれ。


この男は。


欲しい時には欲しい言葉をくれないくせに。


油断している時だけ、変なところへ直球を投げてくる。


「……小鳥遊さん」


「はい」


「それ、他の婚活女性にも言ってる?」


「言ってませんけど」


「そう」


「なぜ?」


「別に」


「またそれだ」


「何が?」


「自分の気持ち、説明するの下手なの、東海林さんもじゃないですか」


喜咲が止まった。


優も止まった。


「……今、何て?」


「いえ」


「言ったよね?」


「気のせいです」


「医者が患者から逃げるな」


「婚活科の患者は俺です!」


「戻ってこい!」


二人で笑った。


結局。


今日も一番笑った相手は、この人だった。


元妻の話を聞いた。


離婚理由は、結局よく分からなかった。


でも。


分からなかったからこそ、分かったことがある。


小鳥遊優は。


自分の気持ちを言葉にするのが、びっくりするほど下手だ。


そして。


東海林喜咲が五年間婚活を続けてきたことを。


かわいそうとも。


遅いとも。


選びすぎとも言わなかった。


ただ。


すごい、と言った。


条件表には書けない。


年収欄にも。


職業欄にも。


身長欄にもない。


《自分が頑張ってきた時間を、ちゃんと見てくれる人》


そんな条件。


今まで一度も検索したことがなかった。


駅の入口で、優が立ち止まる。


「じゃあ、また」


「うん」


「……また誘ってもいいですか」


喜咲は一秒だけ黙った。


「その質問、毎回するの?」


「確認は大事なので」


「医者っぽい」


「今回は褒めてます?」


「減点五」


「減った」


「何が?」


「前より」


喜咲は笑った。


「じゃあね、小鳥遊さん」


「はい。東海林さん」


背を向ける。


三歩。


四歩。


五歩。


その時。


喜咲は、ふと思った。


この人を。


名字じゃなくて名前で呼んだら。


どんな顔をするんだろう。


そして。


自分は、どんな顔をするんだろう。


「……何考えてんの、私」


四十二歳。


名前を呼ぶだけで悩む年齢ではない。


たぶん。


でも。


好きになりかけている相手の前では。


年齢なんて、あまり役に立たないらしい。


第4話 完

次回 第5話

「名前で呼んだだけなのに」


二人で飲むことになった優と喜咲。


少し酔った喜咲が、何気なく言う。


「東海林さんって、よそよそしくない?」


たった一つ、呼び方を変えるだけ。


それだけのはずなのに。


「じゃあ……喜咲さん」


四十二歳と四十五歳。


名前を呼んだだけで、二人ともまともに相手の顔を見られなくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。