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第7話/通算第37話 「夫婦の家事は、愛では片づきません」

第4部『夫婦になっても恋人でいられますか?』




前書き




婚姻届を出した。




名字を決めた。




夫婦になった。




これで婚活は終わり。




めでたし、めでたし。




……になるはずでした。




でも、結婚した翌日から始まるのは、




「夫婦として一緒に暮らす」という、もっと面倒な毎日です。




元妻との思い出を、どこに置くのか。




家の中に、誰の居場所を作るのか。




仕事と夫婦の時間を、どう両立するのか。




家事は、どちらがやるのか。




記念日を忘れたら、どうするのか。




そして。




夫婦になったあとも、




「今日もこの人がいい」と思えるのか。




優には、一度結婚して、離婚した過去があります。




喜咲にとっては、初めての結婚です。




同じ「夫婦」になっても、




二人が立っている場所は、少し違う。




だから第4部では、




結婚したから分かり合える二人ではなく、




結婚しても分からないから、何度でも話す二人




を描きます。




恋人から夫婦へ。




でも、




夫婦になったからといって、




恋人であることまで終わる必要はない。




第4部のテーマは、




「夫婦になったあとも、今日この人を選び直す」




です。




付き合ったら、婚活より面倒だった。




では、




結婚したら?




たぶん。




もっと面倒です。




それでも二人は、




一緒にいたいと思えるのでしょうか。




第4部




『夫婦になっても恋人でいられますか?』




始まります。

「確認します」


俺はスマートフォンを取り出した。


午後十時十二分。


目の前には、仕事から帰ってきたばかりの妻。


小鳥遊喜咲。


仕事では、東海林喜咲。


そして、テーブルには朝のカップ。流しには食器。ソファには洗濯物。


ゴミ箱は、今にも中身があふれそうだった。


「優」


「はい」


「何を確認してるの?」


「家事分担表です」


「……そんなのあった?」


「結婚した直後に作りました」


「私、見たことないけど」


「共有したつもりでした」


「その『つもり』が、今日の問題だと思う」


俺は画面を開いた。


《家事分担表》


洗濯:得意なほう。


食器洗い:手が空いているほう。


ゴミ出し:気づいたほう。


掃除:時間があるほう。


買い物:必要だと思ったほう。


……なるほど。


「喜咲」


「何?」


「重大な欠陥が見つかりました」


「うん」


「担当者が一人も指定されていません」


喜咲は目を閉じた。


三秒ほど。


そして言った。


「それ、分担表じゃない」


「では?」


「願望表」


結婚して初めて。


俺たちの家事分担表が、何一つ分担していなかったことが判明した。


     * * *


得意なほうがやる、という罠


「そもそもさ」


喜咲がバッグを置いた。


「私たち、どうしてこのルールにしたんだっけ?」


「得意なほうがやれば効率的だと考えました」


「そうだったね」


「合理的な判断でした」


「じゃあ、洗濯は?」


「喜咲のほうが上手です」


「食器洗いは?」


「喜咲のほうが手際がいいです」


「買い物は?」


「喜咲のほうが必要なものを把握しています」


「掃除は?」


「喜咲のほうが汚れに早く気づきます」


「つまり?」


俺は少し考えた。


「……喜咲の担当が多いですね」


「多い?」


「かなり」


「全部じゃない?」


反論できなかった。


喜咲がソファの洗濯物を指さす。


「これ、誰が洗ったと思う?」


「喜咲です」


「誰が干した?」


「喜咲です」


「誰が取り込んだ?」


「喜咲です」


「で、誰が畳む予定だった?」


「……喜咲です」


「正解」


喜咲が一回だけ拍手した。


「優、満点」


「ありがとうございます」


「喜ぶな」


「はい」


喜咲は深く息を吐いた。


「得意なほうがやるってさ」


「はい」


「得意な人が、ずっとやるってことだったんだね」


俺はスマートフォンを見た。


確かに。


俺たちは家事を分担していたのではない。


喜咲が得意な家事を、喜咲に任せ続けていただけだった。


「……不公平ですね」


「やっと気づいた?」


「はい」


「遅い」


「申し訳ありません」


「謝罪は受け付けます」


「ありがとうございます」


「でも」


喜咲がゴミ箱を指さした。


「謝罪ではゴミは減りません」


それは医学的にも反論の余地がなかった。


     * * *


夫にも、疲れている日はあります


俺はゴミ袋を取り出した。


袋の口を結ぼうとする。


しかし、中身が多すぎる。


「優、無理に押し込まないで」


「まだ入ります」


「もう入ってる」


「圧縮すれば」


「ゴミ袋は入院患者じゃない」


「入院患者も圧縮しません」


「知ってる」


結局、新しい袋を用意した。


喜咲はソファに座る。


その顔を見て、ようやく気づいた。


本当に疲れている。


昇進につながる仕事の話が出てから、喜咲の帰宅は遅くなっていた。


今日も夕食を食べる時間がなかったらしい。


「何か食べますか?」


「食べたい」


「作ります」


「何がある?」


俺は冷蔵庫を開けた。


卵。


豆腐。


調味料。


以上。


「……選択肢が限られています」


「何が作れる?」


「卵料理です」


「ほかには?」


「豆腐料理です」


「組み合わせたら?」


「卵と豆腐の料理です」


「料理名じゃない」


「新作です」


喜咲が少し笑った。


その笑顔に安心して、俺は言ってしまった。


「でも、今日は俺も疲れているんです」


喜咲の笑顔が止まった。


「あ……ごめん」


予想していなかった反応だった。


「優も今日、遅かったんだよね」


「はい」


「大変だった?」


「……少し」


本当は少しではなかった。


仕事が立て込み、昼食も遅くなった。


帰宅したときには、何も考えたくなかった。


だから、カップを置いた。


食器を残した。


洗濯物を見ないふりをした。


ゴミ箱がいっぱいなのにも気づいていた。


「俺も疲れていました」


「うん」


「だから後回しにしました」


「うん」


「喜咲が帰ってきたら、何とかなると思ったのかもしれません」


喜咲が黙った。


俺も黙った。


そして、自分の言葉が思っていた以上に情けないことに気づいた。


「……すみません」


喜咲は首を振った。


「私もね」


「はい」


「優が帰ってるなら、少し片づいてるかなって思ってた」


「……はい」


「でも、優も疲れてた」


「はい」


「私も疲れてた」


「はい」


「つまり」


喜咲が部屋を見渡す。


「この家、疲れてる人間しかいない」


「二人ともですからね」


「家事担当の元気な第三者が欲しい」


「採用予定はありません」


「求人出そうか」


「給与は?」


「愛情」


「労働条件が悪すぎます」


喜咲が吹き出した。


俺も笑った。


けれど、洗濯物は一枚も減っていなかった。


     * * *


家事を点数にしてみました


「よし」


喜咲が立ち上がった。


「決めよう。家事分担」


「分かりました」


俺はスマートフォンを構えた。


「まず家事を一覧化し、作業時間と負担を点数化します」


「……家事って臨床研究なの?」


「客観的な評価が必要です」


「じゃあ洗濯一回、何点?」


「五点」


「食器洗いは?」


「三点」


「ゴミ出しは?」


「二点」


「洗剤がなくなりそうって気づくのは?」


「……」


「ゴミの日を覚えておくのは?」


「……」


「冷蔵庫を見て、明日の朝ごはんを考えるのは?」


「……」


喜咲が腕を組む。


「何点?」


俺は考えた。


「……採点が難しいです」


「でしょ」


「作業時間も短いですし」


「そう。一個一個は短いの」


喜咲が頷く。


「でも、それを毎日ずっと考えてるの」


俺はスマートフォンの画面を見た。


《洗濯:五点》


《食器洗い:三点》


《ゴミ出し:二点》


そこには、気づくことも、覚えておくことも、予定を考えることも書かれていなかった。


「……見落としていました」


「うん」


「家事の実行だけを評価していました」


「そう」


「準備と管理が抜けています」


「そういうこと」


俺は新しい項目を追加した。


《家事の準備・管理》


喜咲が覗き込む。


「何点?」


「……未定です」


「採点不能?」


「はい」


「医師なのに?」


「医師にも測れないものがあります」


「愛情とか?」


「それもです」


「じゃあ家事は?」


俺は画面を消した。


「……点数にしないほうがいいかもしれません」


喜咲が笑った。


「研究中止?」


「研究計画に重大な欠陥がありました」


「論文、通らないね」


「査読以前の問題です」


「夫婦の家事に査読制度はありません」


「必要かもしれません」


「誰が査読するの?」


「喜咲です」


「私が全部やるじゃん!」


研究は完全に失敗した。


     * * *


一緒に気づいてほしい


「ねえ、優」


喜咲が言った。


「私、家事を全部やってほしいわけじゃないんだよ」


「はい」


「優だって働いてるし、忙しい日も疲れる日もある」


「はい」


「だから、きっちり半分に分けたいわけでもない」


「では、どうしたいですか?」


喜咲は少し考えた。


そして言った。


「一緒に気づいてほしい」


「……一緒に?」


「うん」


喜咲がゴミ箱を見る。


「ゴミがいっぱいなら、気づいてほしい」


「はい」


「洗濯物がたまってたら、気づいてほしい」


「はい」


「で、気づいたら、自分でできることを考えてほしい」


俺は返事ができなかった。


「私が指示して、優が動くんじゃなくて」


「……はい」


「二人の家なんだから、二人で考えたい」


それは家事の話だった。


でも、家事だけの話ではなかった。


第36話で、俺は喜咲の仕事を応援すると言った。


寂しいとも言った。


二人で生活を調整しようとも言った。


なのに、三日後。


俺は喜咲が帰ってくるまで、ゴミ袋一つ片づけなかった。


「……気づいていました」


俺は言った。


喜咲が俺を見る。


「何に?」


「ゴミ箱がいっぱいなのも、洗濯物が残っているのも、食器が流しにあるのも」


「うん」


「全部、気づいていました」


喜咲が黙った。


「でも、誰かがやると思っていました」


「……うん」


「その誰かが」


言葉が止まった。


「喜咲でした」


喜咲は何も言わなかった。


俺は息を吐いた。


「それは分担ではありませんね」


「……そうだね」


「任せきりにしていました」


「うん」


「すみません」


喜咲が首を振る。


「謝ってほしいんじゃない」


「はい」


「変わってほしい」


俺は頷いた。


「変わります」


喜咲が少し笑う。


「すぐ完璧になれる?」


「無理です」


「即答だね」


「正直に言うことにしましたので」


「じゃあ、どうする?」


俺は考えた。


そして言った。


「まず、ゴミを片づけます」


喜咲が笑った。


「うん」


「食器も洗います」


「うん」


「洗濯物も畳みます」


「うん」


「それから」


俺は喜咲を見る。


「次からは、言われる前に考えます」


喜咲は少しだけ目を細めた。


「それでいい」


その一言が、なぜかとても嬉しかった。


     * * *


愛情は、洗濯機を回してくれません


「じゃあ、今から片づけようか」


喜咲が立ち上がった。


「喜咲は座っていてください」


「え?」


「今日は俺がやります」


「でも、優も疲れてるでしょ」


「疲れています」


「じゃあ」


「だから、全部はやりません」


喜咲が止まった。


「……全部やらないんだ」


「はい」


「さっきの感動を返して」


「現実的な判断です」


「医者っぽい」


「医師です」


「知ってる」


俺は時計を見る。


午後十時四十八分。


「今から全部片づけると、寝る時間が遅くなります」


「うん」


「なので、今夜必要なことだけやります」


「例えば?」


「ゴミ袋を交換して、食器を洗います。洗濯物は明日でも問題ありません」


「……確かに」


「買い物も明日です」


「冷蔵庫、空っぽだよ?」


「朝食は何とかします」


「何とかって?」


「卵と豆腐があります」


「また新作料理?」


「研究開発中です」


喜咲が笑った。


「じゃあ、私も手伝う」


「休んでいてください」


「一緒にやりたいの」


俺は少し驚いた。


「一緒に?」


「うん。二人とも疲れてるなら、二人で少しだけやればいい」


俺は頷いた。


「分かりました」


喜咲は食器を洗う。


俺はゴミ袋を交換する。


十分ほどで、台所は少し片づいた。


洗濯物は、まだソファにある。


でも、二人ともそれを見て笑った。


「残ってるね」


「残っていますね」


「明日やろうか」


「はい」


「明日も疲れてたら?」


「明後日です」


「どんどん延びるじゃん」


「限界は設けます」


「何日?」


「……相談しましょう」


喜咲が吹き出した。


「何でも相談だね」


「夫婦ですから」


「便利な言葉にしてない?」


「少し」


「正直すぎる」


俺も笑った。


愛情があっても、洗濯機は勝手に回らない。


食器も洗われない。


ゴミ袋も交換されない。


けれど、愛情があるからこそ。


誰か一人に任せない方法を、考えることはできる。


     * * *


家事分担表、改訂版


翌朝。


俺は新しい家事分担表を作った。


喜咲がコーヒーを飲みながら覗き込む。


「何これ?」


「改訂版です」


「また作ったの?」


「昨日の反省を踏まえました」


「見せて」


俺は画面を向けた。


《家事分担表・改訂版》


一、家事は二人の仕事とする。


二、気づいたことは共有する。


三、できる人が、できる範囲で行う。


四、忙しいときは無理をしない。


五、できなかったことを責める前に相談する。


喜咲が黙って読んだ。


そして言った。


「……いいじゃん」


「ありがとうございます」


「でも、一個足りない」


「何でしょう」


「六番。家事が終わったら、ちゃんと休む」


俺は頷いた。


「追加します」


「七番」


「まだありますか?」


「ある」


喜咲が俺を見る。


「家事を理由に、デートをなくさない」


俺は少し笑った。


「重要ですね」


「最重要」


「では、最優先事項にします」


「それはそれで違う」


「難しいですね」


「夫婦だからね」


俺は七番目を追加した。


《七、家事を理由に、二人の時間をなくさない》


喜咲が満足そうに頷いた。


「よし」


「完成です」


「じゃあ、優。今日は何をする日?」


俺はカレンダーを見る。


「仕事です」


「そのあと?」


「帰宅します」


「そのあと?」


「夕食です」


「そのあと?」


俺は考えた。


「……家事でしょうか」


喜咲が静かにコーヒーカップを置いた。


「優」


「はい」


「七番、読んで」


俺は画面を見た。


《家事を理由に、二人の時間をなくさない》


「……デートですね」


「正解」


喜咲が笑った。


「じゃあ、今夜は?」


「一緒に夕食を食べましょう」


「うん」


「帰宅時間が合えば」


「うん」


「無理なら、別の日に」


「うん」


「でも」


俺は喜咲を見る。


「二人の時間は、ちゃんと作りたいです」


喜咲は少しだけ照れたように笑った。


「……私も」


     * * *


夫婦の家事は、愛では片づきません


その夜。


俺が帰宅すると、リビングは昨日より少しだけ片づいていた。


洗濯物も半分ほど畳まれている。


喜咲はまだ帰っていない。


俺はソファに座りかけた。


そして止まった。


洗濯物を見る。


少し考える。


スマートフォンは取り出さなかった。


誰の番か、確認する必要はない。


俺は残りの洗濯物を畳んだ。


十分もかからなかった。


それから冷蔵庫を開ける。


卵。


豆腐。


そして、朝にはなかった野菜が入っていた。


横に小さなメモ。


《買っておいた。料理はよろしく。喜咲》


俺は笑った。


「……共同作業ですね」


料理を始める。


昨日より、少しだけまともな夕食になりそうだった。


しばらくして玄関が開いた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


喜咲がリビングへ入ってくる。


そして、洗濯物を見る。


台所を見る。


俺を見る。


「……優」


「はい」


「どうしたの?」


「何がです?」


「洗濯物」


「畳みました」


「料理」


「作っています」


「誰に言われたの?」


「誰にも」


喜咲が黙った。


俺は続ける。


「気づいたので」


その瞬間、喜咲の表情が変わった。


驚いて。


少し笑って。


それから嬉しそうに。


「……そっか」


と言った。


俺は頷いた。


「はい」


喜咲が近づいてくる。


そして、俺の背中に軽く抱きついた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「好き」


「……はい?」


「好きって言ったの」


「聞こえました」


「じゃあ何?」


「洗濯物を畳むと、愛情評価が上がるんですね」


喜咲が背中を叩いた。


「点数にするな!」


「すみません」


「もう!」


俺は笑った。


喜咲も笑った。


俺は振り返って、喜咲を抱きしめた。


「俺も好きです」


「知ってる」


「でも、言います」


「……うん」


「家事は、愛情だけでは片づきません」


「うん」


「でも、喜咲と一緒に暮らすためなら、覚えたいです」


喜咲が俺の胸に顔を寄せた。


「……それ、ずるい」


「何がです?」


「そういうこと言われると、怒れなくなる」


「怒っていたんですか?」


「昨日はね」


「今日は?」


喜咲が顔を上げる。


「今は、ちょっと好き」


「ちょっとですか」


「かなり」


「定量化できますか?」


「するな!」


俺たちは笑った。


一人で暮らしていた頃には、洗濯物を畳んでも誰も喜ばなかった。


ゴミ袋を交換しても、誰も気づかなかった。


夕食を作っても、誰も「ありがとう」とは言わなかった。


今は喜咲がいる。


俺がした小さなことに気づいて、笑ってくれる。


そして俺も、喜咲がしてくれた小さなことに気づきたい。


夫婦の家事は、愛では片づかない。


でも、二人で片づけたあとには。


ちゃんと愛が残る。


     * * *


そして、次の問題


夕食後。


喜咲がソファに座った。


俺も隣に座る。


「優」


「はい」


「今日、楽しかった」


「家事がですか?」


「違う」


「料理ですか?」


「違う」


「では?」


喜咲が俺を見る。


「一緒に暮らしてるって感じがした」


俺は少し考えた。


「……そうですね」


「うん」


「俺もです」


喜咲が笑った。


その笑顔を見て、俺は思った。


昨日の喧嘩は無駄ではなかった。


こうやって少しずつ、夫婦になっていくのだろう。


ところが。


喜咲が突然「あ」と言った。


「どうしました?」


「忘れてた」


「何をです?」


「今度の休み」


俺はカレンダーを見る。


日曜日。


二人で出かける予定だった。


場所はまだ決めていない。


でも、久しぶりに一緒に過ごせる日だった。


「……何かありましたか?」


喜咲が少し気まずそうに笑う。


「仕事が入るかもしれない」


俺は画面を見た。


《日曜日 デート》


「……そうですか」


喜咲が俺を見る。


「怒った?」


「いいえ」


「本当に?」


「……少し残念です」


喜咲は頷いた。


「うん」


俺も頷いた。


「でも、仕事なら仕方ありません」


そう言いかけて、止まった。


喜咲が俺を見る。


「優」


「はい」


「今、また『仕方ない』で終わらせようとした?」


俺は黙った。


喜咲も笑わなかった。


家事は、二人で考えられた。


でも、時間はどうすればいいのだろう。


仕事を大切にしたい妻。


妻との時間を大切にしたい夫。


どちらも間違っていない。


それなのに、一つの予定が二人の間に小さな溝を作り始めていた。


「……喜咲」


「何?」


「相談してもいいですか」


喜咲が少しだけ表情を緩めた。


「うん」


俺は言った。


「俺は、その日、一緒にいたかったです」


喜咲はすぐには答えなかった。


そして、静かに言った。


「……私もだよ」


それでも、日曜日の予定は決まらなかった。


俺はスマートフォンを見た。


今朝作った家事分担表。


《七、家事を理由に、二人の時間をなくさない》


家事は、二人で分けられた。


でも。


二人の時間は、誰が守るんだろう。






第37話 完


次回予告


次回 第4部 第8話/通算第38話


「夫婦の予定は、誰が優先するんですか?」


一緒に過ごすはずだった日曜日。


喜咲には仕事が入るかもしれない。


優にも、簡単には動かせない予定がある。


「優」


「はい」


「私の仕事と、優の仕事。どっちが大事?」


「……比較できません」


「じゃあ、私たちの時間は?」


正しい答えを探しても、カレンダーの空白は増えない。


予定を合わせることと、相手を大切にすることは、同じではない。


夫婦の時間は、誰かが我慢すれば守れるものなのでしょうか。





四十代。恋は面倒だ。


結婚したら、もっと面倒だった。


それでも今日も、この人を選び直す。


優と喜咲の「夫婦になってからの恋」を、これからも追いかけていただけたら嬉しいです。


家事を半分にすることと、家事の負担を半分にすることは、同じなのでしょうか。


あなたなら、パートナーと家事の分担をどう決めますか?


感想・コメント・メッセージで教えていただけると嬉しいです。

この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。

Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524

Momokun Official https://momokun.jp/

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