第2話/通算第32話 「新婚なのに、私の居場所がありません」
第4部『夫婦になっても恋人でいられますか?』
前書き
婚姻届を出した。
名字を決めた。
夫婦になった。
これで婚活は終わり。
めでたし、めでたし。
……になるはずでした。
でも、結婚した翌日から始まるのは、
「夫婦として一緒に暮らす」という、もっと面倒な毎日です。
元妻との思い出を、どこに置くのか。
家の中に、誰の居場所を作るのか。
仕事と夫婦の時間を、どう両立するのか。
家事は、どちらがやるのか。
記念日を忘れたら、どうするのか。
そして。
夫婦になったあとも、
「今日もこの人がいい」と思えるのか。
優には、一度結婚して、離婚した過去があります。
喜咲にとっては、初めての結婚です。
同じ「夫婦」になっても、
二人が立っている場所は、少し違う。
だから第4部では、
結婚したから分かり合える二人ではなく、
結婚しても分からないから、何度でも話す二人
を描きます。
恋人から夫婦へ。
でも、
夫婦になったからといって、
恋人であることまで終わる必要はない。
第4部のテーマは、
「夫婦になったあとも、今日この人を選び直す」
です。
付き合ったら、婚活より面倒だった。
では、
結婚したら?
たぶん。
もっと面倒です。
それでも二人は、
一緒にいたいと思えるのでしょうか。
第4部
『夫婦になっても恋人でいられますか?』
始まります。
「で、私の荷物はどこに入れるの?」
喜咲が部屋を指さした。
本棚。
収納。
クローゼット。
棚。
俺の本。
俺の仕事の資料。
俺の服。
俺の趣味のもの。
そして、その隙間にようやく入った、
《優と喜咲》
と書かれた箱。
俺は部屋を見回した。
「半分空ければいいんですよね?」
「そういうことじゃない」
早かった。
今日二回目の、
「そういうことじゃない」
だった。
「では、三分の二?」
「割合の問題じゃない!」
違った。
半分では足りないもの
とりあえず。
俺はクローゼットを開けた。
右側にスーツ。
左側に私服。
上段に季節もの。
下段にバッグ。
ほぼ全部、俺のものだ。
「ここを空けます」
スーツを左へ寄せる。
二十センチほど空いた。
「どうです?」
「私、二十センチで暮らすの?」
「足りませんか?」
「私を観葉植物か何かだと思ってる?」
「思っていません」
「じゃあ、もっと真剣に考えて」
真剣に考えた。
俺はクローゼットから服を出し始めた。
「半分処分します」
「待って」
「着ていない服もありますので」
「だから、すぐ捨てるな!」
手が止まった。
さっきも似たようなことをした。
元妻との思い出が出てきたとき、
俺は全部捨てようとした。
今度は、
喜咲の荷物が入らないから、
自分のものを半分捨てようとしている。
問題。
原因。
対策。
解決。
俺としては合理的なのだが。
結婚生活では、
合理的な答えほど怒られることがあるらしい。
「優」
「はい」
「私、あなたの物を捨ててほしいわけじゃないよ」
「でも、入らないですよね」
「入らない」
「では、減らす必要があります」
「そこは合ってる」
「では」
「でも、全部こっちに決めさせないで」
俺は黙った。
「私が『これ捨てて』って言ったら捨てる?」
「必要なら」
「『これは残して』って言ったら?」
「残します」
「それじゃ、私が優の家を整理してるだけじゃん」
その言葉で、
少しだけ手が止まった。
「……俺の家」
「うん」
「ここは俺の家だと思っていますか?」
喜咲は答えなかった。
代わりに、
部屋を見回した。
それで十分だった。
昨日まで、
ここは確かに俺の家だった。
でも今日からは。
違う。
はずだった。
捨てるもの、残すもの
次は本棚だった。
医学書。
専門書。
小説。
仕事関係の資料。
喜咲が一冊抜いた。
「これ、読む?」
「読みます」
「最後に読んだのいつ?」
「五年前です」
「読んでないじゃん」
「五年前に読みました」
「そういう屁理屈だけ強いな」
本を戻された。
次に喜咲が古い資料を持ち上げる。
「これは?」
「必要になる可能性があります」
「最後に使ったのは?」
「六年前です」
「いらないでしょ」
「七年目に必要になるかもしれません」
「保留男」
言われた。
昨日までなら、
少し反論したかもしれない。
だが。
さっき喜咲が言っていた。
人生、保留ばかりにしていたら箱が増える。
本当に増えている。
かなり。
「処分します」
「極端!」
「では保留」
「戻るな!」
難しい。
結局、
一冊ずつ二人で確認した。
画像
残す。
処分する。
仕事場へ持っていく。
電子版があるので手放す。
そして、
どうしても決められないものだけ保留。
少しずつ、
本棚に空間ができていく。
クローゼットにも。
洗面所にも。
キッチンにも。
二時間後。
俺は部屋を見回した。
「これなら入ります」
喜咲の服も。
仕事のものも。
化粧品も。
その他の荷物も。
十分に置ける。
「どうです?」
「うん」
「解決ですね」
「早い」
また止められた。
「まだ何か?」
喜咲が床に座った。
俺も向かいに座る。
なぜか今日、
大事な話は全部床でしている。
「優」
「はい」
「ここって、誰の家?」
「俺の」
答えてから、
止まった。
喜咲は何も言わない。
「……違いますね」
「うん」
「俺たちの家です」
「そう」
ようやく。
少しだけ分かった。
「空ければいいわけじゃないんですね」
「そう」
「喜咲の荷物が入ればいいわけでもない」
「そう」
喜咲が、
少しだけ視線を落とした。
「私ね」
「はい」
「収納の半分が欲しいわけじゃないの」
「はい」
「三分の一でも、足りればいい」
「はい」
「でも」
喜咲が部屋を見た。
そして、
小さな声で言った。
「ここに私が住んでるって、分かる家にしたいの」
そこで。
ようやく分かった。
喜咲が欲しかったのは、
収納スペースではない。
居場所だった。
俺は一人で暮らしてきた。
何を買うか。
どこに置くか。
何を捨てるか。
全部、
一人で決めてきた。
そこへ喜咲が来た。
だから俺は、
喜咲のための空間を空けようとした。
でも。
それでは、
俺の生活の中に、
喜咲を入れただけだ。
二人の生活を作ったことにはならない。
俺は立ち上がった。
「喜咲」
「何?」
「食器を買いに行きませんか?」
「食器?」
「はい」
「あるじゃん」
「俺が選んだものが」
喜咲が黙った。
「タオルも」
「うん」
「寝具も」
「うん」
「必要なものは、二人で選び直しましょう」
「全部?」
一瞬、
「喜咲が決めてください」
と言いかけた。
やめた。
それでは、
また同じだ。
「二人で決めたいです」
喜咲が俺を見る。
少しして、
笑った。
「……うん」
その一言が、
妙に嬉しかった。
夫として選ぶ
その日の夕方。
俺たちは買い物へ出た。
最初は食器。
「白でよくないですか?」
「新婚夫婦が最初に選ぶ食器が病院みたいな白一色でいいの?」
「清潔感があります」
「家庭に必要なのは清潔感だけじゃない」
却下された。
次はタオル。
「これで」
「業務用って書いてあるよ」
「丈夫そうです」
「ホテル開業するの?」
これも却下。
そして寝具。
「睡眠の質を考えるなら」
「始まった」
「何がです?」
「医者」
「寝具は重要です」
「夫として選んで」
「夫として?」
難題だった。
医師としてなら、
機能性。
睡眠環境。
体への負担。
いくらでも基準がある。
でも。
夫として選ぶ基準は、
医学書には載っていない。
俺は寝具を見る。
それから、
喜咲を見る。
「これ」
一つ選んだ。
「理由は?」
「喜咲が好きそうなので」
「私基準じゃん」
「では、これ」
「理由は?」
「俺が好きです」
「じゃあ?」
少し考えた。
二つを見比べる。
「こっちにしませんか?」
「どうして?」
「二人とも嫌いではなさそうです」
喜咲が吹き出した。
「ものすごく地味な答え」
「駄目ですか?」
「ううん」
喜咲が商品を手に取った。
「そういうのでいいのかも」
結局。
俺が機能を確認し、
喜咲が色を見て、
二人で納得したものを選んだ。
正解を探すのではなく。
二人の答えを作る。
たぶん。
これも結婚生活なのだ。
俺たちの家
帰宅すると、
部屋の中に少しずつ、
俺が選んでいないものが増えた。
喜咲が選んだマグカップ。
二人で選んだタオル。
新しいクッション。
玄関には、
喜咲の靴が並んだ。
洗面所には、
俺のものではない化粧品が置かれた。
冷蔵庫には、
俺なら買わない調味料が入った。
「増えましたね」
「何が?」
「喜咲が」
「言い方」
「喜咲のものが」
「それもなんか変」
少し考えた。
「生活?」
喜咲が部屋を見た。
「……うん」
俺も見る。
昨日まで、
ここは俺の家だった。
今朝、
喜咲が来た。
そして今。
少しだけ、
二人の生活が見える。
喜咲が聞いた。
「誰の家?」
今度は、
迷わなかった。
「俺たちの家です」
「よろしい」
「採点されていたんですか?」
「新婚夫検定」
「合格ですか?」
「今日のところは」
「更新制?」
「毎日」
「厳しいですね」
「結婚だからね」
それなら。
悪くないと思った。
一度合格すれば終わりではない。
今日も。
明日も。
その次の日も。
二人で決めていく。
夫婦になるというのは、
一度だけ相手を選ぶことではないのかもしれない。
場所の次に足りないもの
夜。
片づけが一段落した。
新しく買ったマグカップで、
二人でコーヒーを飲んだ。
喜咲がスマートフォンを見ている。
「優」
「はい」
「来月の勤務表、出た?」
「出ています」
俺もスマートフォンを開いた。
当直。
外来。
会議。
休日。
喜咲も自分の予定を表示する。
「この日、休み?」
「仕事です」
「じゃあ、ここ」
「当直です」
「これは?」
「午前だけです」
「午後は?」
「空いています」
「私が仕事」
「なるほど」
二人で画面を見比べる。
喜咲の指が、
止まった。
「……優」
「はい」
もう一度、
二人の予定を見る。
結婚した。
一緒に住み始めた。
これからは、
いつでも会えると思っていた。
喜咲が、
ゆっくり顔を上げた。
「今月……休み合う日、一日しかなくない?」
俺は勤務表を見た。
喜咲の予定を見る。
もう一度、
自分の予定を見る。
「……一日ですね」
ようやく、
二人の居場所ができた。
その日の夜。
今度は、
二人の時間がないことが分かった。
第4部 第2話/通算第32話 完
次回
第4部 第3話/通算第33話
「新婚夫婦なのに、デートする暇がありません」
結婚した。
一緒に暮らし始めた。
だから、いつでも会える。
そう思っていた。
ところが、
優は不規則勤務。
喜咲も仕事。
二人の休日は、ほとんど合わない。
「毎日会ってますよね」
「それ、デートって言わないから」
新婚夫婦。
次に足りないのは、
二人で暮らす「場所」ではなく、
二人で過ごす「時間」です。
結婚して一緒に暮らし始めたら、デートの回数は増えると思いますか? それとも減ると思いますか?」
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この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。
Note:momokun https://note.com/momokun1 https://note.com/dreamy_bonobo524
Momokun Official https://momokun.jp/




