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第9話/通算19話 「プロポーズしようとしたら全部バレていた」

第2部「付き合ったら婚活より面倒でした」


前書き




付き合ったら、昨日より他人行儀になった。




「喜咲さん、おはようございます」




「……なんで敬語なの?」




婚活アプリで出会った、四十二歳の東海林喜咲と、四十五歳の小鳥遊優。




条件を比べて。




喧嘩して。




嫉妬して。




一度は相手を手放そうとして。




それでも二人は、ようやく「好きな人」を選びました。




だから優は思っていました。




付き合ってしまえば、もう婚活より簡単だろう。




ところが。




呼び方ひとつで緊張する。




手をつなぐにも迷う。




連絡の頻度すら分からない。




そして、この先には。




初めての旅行。




初めて一緒に迎える夜。




生活習慣。




元妻。




子どものこと。




再婚。




婚活では、プロフィールを見れば分かることがありました。




年齢。




職業。




趣味。




結婚歴。




希望条件。




でも。




「この人と一緒に生きていけるか」は、プロフィールのどこにも書いていない。




好きだから、全部合うわけじゃない。




恋人になったから、不安が消えるわけでもない。




四十二歳と四十五歳。




二人には、それぞれ四十年以上生きてきた時間があります。




仕事もある。




過去もある。




譲れないものもある。




そして優には、一度結婚に失敗した記憶がある。




だから第2部で二人が探すのは、




「自分にぴったり合う相手」ではありません。




違ったときに、話せるか。




傷ついたときに、黙らずにいられるか。




面倒になったとき、それでも隣にいたいと思えるか。




恋人になった二人の、本当の答え合わせが始まります。




第2部、




「付き合ったら婚活より面倒でした」




婚活は終わった。




恋愛が始まった。




そして二人は、まだ知らない。




好きになるより、好きな人と生きていくほうが、ずっと難しい。

結婚しようと思う


喜咲と別れた翌日。


小鳥遊優は、仕事を終えてから一人で考えていた。


結婚について。


正確には、東海林喜咲と結婚することについて。


昨日までの自分なら、ここから長かった。


結婚とは何か。再婚する意味は何か。前の結婚と同じ失敗をしないためには何が必要か。


考える材料なら、いくらでもある。


けれど今回は、不思議なくらい答えが単純だった。


喜咲を失いたくない。


昨日、駅で彼女の背中を見ながら気づいた。


それだけで結婚を決めていいのかは分からない。もっと考えるべきことは、きっとある。


でも。


考え続けるために、彼女を待たせ続けるのは違う。


優はスマートフォンを手に取った。


『相談があります』


神崎に送る。


三十秒後。


『病気?』


『違います』


『仕事?』


『違います』


『じゃあ何』


優は少し迷ってから入力した。


『プロポーズしようと思います』


既読。


十秒後、電話が鳴った。


「もしもし」


『お前、今どこ!?』


「家です」


『動くな』


「なんで?」


『四十五歳のバツイチ男が突然プロポーズを思いついたんだぞ。単独行動させられるか』


「俺、危険物みたいになってない?」


『恋愛に関しては似たようなもんだ』


失礼だった。


だが、否定できなかった。


プロポーズには準備が必要です


翌日。


仕事終わりに神崎と会った。


「指輪は?」


「まだ」


「サイズは?」


「知りません」


「好きなブランドは?」


「知りません」


「好きなデザインは?」


「知りません」


神崎が額を押さえた。


「何なら知ってる?」


優は真剣に考えた。


「血液型」


「医者をやめろ」


「なんでだよ」


「彼女の指輪のサイズ知らないのに血液型知ってる男が医者以外にいるか!」


「職業上、覚えやすいんだよ」


「そこじゃない!」


神崎がコーヒーを置いた。


「指輪、普段してる?」


「してた気がする」


「どの指?」


優は黙った。


「見てないの?」


「顔見てるから」


神崎も黙った。


「……今の、ちょっとだけ彼氏っぽかったぞ」


「そう?」


「でも情報としてはゼロだ」


結局ゼロだった。


「本人に聞けば?」


「指輪のサイズを?」


「聞き方による」


優は考えた。


「健康診断の一環として」


「何を診断するんだよ」


「末梢循環とか」


「プロポーズ前に彼女の指の血流を測る男、世界でお前だけだよ」


却下された。


全部バレるまで三十秒


その夜。


喜咲と電話した。


「喜咲」


『はい』


名字から名前に戻った。それだけで少し嬉しい。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


『何?』


「アクセサリーって好き?」


沈黙。


『……急にどうしたの?』


「一般的な興味として」


『四十五歳の男性が突然、女性のアクセサリー事情に?』


「そういうこともある」


『ないでしょ』


開始十秒で怪しまれた。


「指輪とか」


『うん』


「普段する?」


『することもあるよ』


「サイズは?」


『優』


「はい」


『プロポーズする気?』


三十秒だった。


「なんでそうなるの?」


『逆に聞くけど、付き合ってる男が突然「指輪のサイズは?」って聞いてきて、他に何があるの?』


「健康管理」


『何を管理するのよ』


神崎と同じことを言われた。


「今の質問は忘れて」


『無理』


「できれば」


『一生覚えてる』


実家での消しゴム三か月と同じ扱いになった。


『ねえ、優。本当に違うの?』


答えられなかった。


嘘をつくのは嫌だった。でも、ここで言ったら全部終わる。


「……今は言えない」


電話の向こうで、喜咲が小さく笑った。


『分かった』


「分かったの?」


『うん。何も分かってない』


絶対分かっている。


女はだいたい気づいている


翌日。


喜咲は奈緒に昨夜の電話を話した。


「それ、百パーセントじゃん」


「だよね」


「指輪のサイズ聞かれた?」


「うん」


「他は?」


「アクセサリー好きかとか」


「アウト」


「好きなブランドとか」


「完全アウト」


喜咲は笑った。


でも胸の奥は、笑っているだけではなかった。


嬉しい。怖い。期待してしまう。


ほんの数日前まで。


「結婚しないなら、何のために付き合ってるの?」


そう言って喧嘩した。


あのとき優は答えられなかった。


その優が今、自分との未来を選ぼうとしている。


「気づいてるって言う?」


奈緒が聞いた。


喜咲は首を振った。


「言わない」


「なんで?」


「優なりに、一生懸命やってるみたいだから」


それを壊すのは、もったいない。


そのとき、スマートフォンが鳴った。


『土曜日、夕食どうですか』


奈緒と画面を見る。


続けて、


『少しきれいめな服装の方がいいかもしれません』


奈緒が言った。


「予約してるな」


「してるね」


さらに、


『できれば翌日予定がないと助かります』


「泣く前提?」


「たぶん」


喜咲はスマートフォンを伏せた。


「もう少し隠してほしい」


「無理じゃない?」


「うん」


たぶん無理だった。


完璧なプロポーズ計画


優は準備した。


レストラン。予約済み。


指輪は最後まで迷った。


勝手に選んでサイズが違ったら。好みと違ったら。そもそも婚約指輪が欲しくなかったら。


考えた末、買わなかった。


神崎には、


「そこまで考えるなら一緒に選べ」


と言われた。


その通りだと思った。


そして、言葉。


これが一番難しかった。


『喜咲と出会って』


消した。


『最初に会ったときから』


嘘だ。最初に会ったときは、こんなことになると思っていなかった。


消す。


『一生幸せにします』


もっと無理だった。


そんな保証をできる人間はいない。


「……プロポーズって難しいな」


医学論文の方が簡単だった。


少なくとも、引用文献がある。


何度も書き直し、最後に一枚の紙が残った。


これなら言える。


たぶん。


全部バレていた夜


土曜日。


喜咲は、いつもより少しだけきれいな服で現れた。


優は一瞬、言葉を失った。


「……似合ってる」


「ありがとうございます」


「優も」


「ありがとう」


「緊張してる?」


「してない」


「そう」


「……少し」


「そう」


なぜか喜咲が楽しそうだった。


レストランでも。


優が水を飲むたび、喜咲が見る。料理が来るたび、見る。デザートが近づくにつれて、さらに見る。


「喜咲」


「はい」


「今日、なんか変じゃない?」


「優にだけは言われたくない」


その通りだった。


用意した言葉を全部忘れました


食事が終わった。


コーヒーが運ばれてくる。


優はポケットの中の紙を確認した。


何度も読んだ。順番も決めた。


昨日までのこと。喜咲への気持ち。最後に、結婚してください。


「喜咲」


「はい」


「話があります」


「はい」


喜咲がまっすぐ見る。


その瞬間。


全部飛んだ。


本当に、一文字も出てこなかった。


「……」


「……」


「優?」


「ちょっと待って」


「はい」


「今、全部忘れた」


喜咲が吹き出した。


「笑わないで」


「だって!」


「結構練習したんだよ」


「練習したの?」


しまった。


「忘れて」


「無理」


また一生覚えられる。


ポケットの紙に触れた。


読めばいい。


でも。


やめた。


紙に書いた文章より、今ここで出てくる言葉の方がいい。


「俺、前の結婚で失敗してるから」


喜咲の笑顔が消えた。


静かに、優を見る。


「次は失敗したくないって、ずっと思ってた」


だから条件を考えた。相性を考えた。正しい答えを探した。


「喜咲と付き合ってからも、たぶん同じだった」


結婚して大丈夫なのか。一緒に暮らせるのか。子どもはどうするのか。仕事は。年齢は。生活は。


「全部、答えを出してから進もうとしてた」


喜咲が小さくうなずく。


「でも、無理だった」


「無理?」


「答えなんて、先に全部出ない」


結婚したって分からない。十年後だって分からない。


また失敗するかもしれない。喧嘩もする。嫌になる日もあるかもしれない。


「でも、この前」


実家からの帰り道。


駅で、喜咲の背中を見た。


「喜咲を失いたくないと思った」


彼女の目が揺れた。


「それで分かった」


優は一度、息を吸った。


「これから先のことを、ずっと喜咲と相談したい」


喜咲の目に涙が浮かんだ。


「子どものことも」


「うん」


「仕事のことも」


「うん」


「どこに住むかも」


「うん」


「喧嘩したときも」


「……うん」


「嫌なことがあったときも」


前の結婚では、それができなかった。


言えなかった。黙った。我慢した。


そして、終わった。


「今度は、ちゃんと言いたい」


優は続けた。


「喜咲にも、言ってほしい」


喜咲が涙をこぼしながら笑った。


「私、かなり言ってるけど」


「そうだね」


「言いすぎなくらい」


「助かってます」


「そこは否定してよ」


二人で笑った。


ほんの少しだけ。


そして優は、彼女をまっすぐ見た。


「喜咲」


「うん」


「これからも、俺と一緒にいてください」


「それ、プロポーズ?」


「……はい」


「そこは迷わないで」


「プロポーズです」


喜咲は泣きながら笑った。


付き合う前。


条件ばかり見ていた二人が。


今、条件では答えの出ない話をしている。


喜咲が涙を拭いた。


「優」


「はい」


「返事する前に、一個、相談があります」


優の心臓が跳ねた。


「何?」


「結婚したら」


一拍。


「名字、どっちにする?」


優は完全に止まった。


プロポーズより難しい問題が。


もう始まっていた。


第9話(通算19話) 完


次回 第10話(通算20話)


「名字、どっちにする?」


結婚を決めた。


だから、めでたしめでたし。


……には、ならなかった。


「私が小鳥遊?」「俺が東海林?」「仕事ではどうする?」「手続きは?」


恋人になるより。結婚を決めるより。


その後の方が、話すことは多い。


優が探していたのは、失敗しない結婚ではなかった。


失敗したときに、話せる相手だった。


婚活は終わる。でも、二人で生きる面倒はここから始まる。



この物語の続き・ほかの作品は、note「momokun」と Momokun Official で公開しています。


note:momokun https://note.com/momokun1


Momokun Official https://momokun.jp/

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