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『白鷺の契約婚 ― 蒼き(難病を持つ)少年と冷徹医師の0日婚―』  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
 第1章:「0日婚という選択 ― 白鷺と蒼の出会い」
4/10

第4話「秘密の同居契約(婚姻成立)」


婚姻届は、病院の外で静かに進んだ。


誰にも知られないように。

誰にも気づかれないように。


白鷺帆乃香(30)は、法律書類を前にしても表情を変えない。


ただ一つ違うのは――

その隣に、患者であるはずの青年が座っていることだった。


夜神蒼爽(20)。


まだ入院中の患者。

歩行もわずかに不安定な、進行性神経疾患の当事者。


それでも、今この瞬間だけは“婚姻当事者”としてそこにいる。



「本当に、いいんですか」


蒼爽が小さく聞く。


帆乃香は書類を見たまま答える。


「何が?」


「これ……普通じゃないですよね」


ようやく彼女は顔を上げた。


そして、淡々と言う。


「普通は、あなたを一人にする」


その言葉で会話は終わる。



婚姻届の証人欄には、帆乃香の父――冥介と母・千華子の署名があった。


形式は整っている。

法律的にも問題はない。


だがその中身だけが、異常だった。


“医師と入院患者の婚姻”


倫理委員会が知れば止められるレベルの話。


しかし今は、まだ誰も知らない。



提出は静かに受理された。


そしてその瞬間――


二人の関係は「医師と患者」から「法律上の夫婦」へと変わった。



病院へ戻る車の中。


蒼爽は窓の外を見ていた。


春でもないのに、空はやけに明るい。


「結婚って……こんなに静かなんですね」


ぽつりと呟く。


帆乃香は運転席で短く答える。


「騒がしい結婚は、長く続かない」



その言葉は正論だった。


だが蒼爽は少し笑った。


「先生の結婚観、怖いです」


「事実よ」



病院に戻ると、すべては元のままだった。


白い廊下。

規則的な電子音。

すれ違う医師たち。


誰も、何も知らない。



蒼爽はそのまま病室へ戻る。


まだ入院生活は続いている。


結婚したからといって、何も変わらない現実。


むしろ変えられない現実が、そこにあるだけだった。



夜。


4人部屋。


カーテンの向こうで他の患者は眠っている。


蒼爽はベッドの上で天井を見ていた。


そのとき――


小さな足音。



カーテンが静かに開く。


そこに立っていたのは帆乃香だった。


白衣はない。


仕事の顔でもない。


ただの“個人”としての彼女。



「まだ起きてたの」


「眠れません」


短いやり取り。


それだけで終わるはずだった。


だが帆乃香は、そのまま病室に入ってくる。



椅子に座る。


距離は近い。


だが誰もその距離を“異常”とは思わない。


病院の夜だからだ。



「今日から、法的には夫婦よ」


帆乃香が言う。


蒼爽は少しだけ笑う。


「実感ないですね」


「私もよ」


即答だった。



沈黙。


だがその沈黙は、昨日までと違っていた。


“関係が変わった後の沈黙”だった。



蒼爽がぽつりと聞く。


「先生……僕のこと、本当に“必要”なんですか?」


その質問は、初めて核心を突いていた。



帆乃香は一瞬、止まる。


診断でも説明でもない問い。


医師としては答えられない質問。



少しだけ時間を置いてから、言った。


「必要かどうかで決めていない」


「じゃあ?」



帆乃香は視線を落とす。


そして、静かに言った。


「決めたの」


それだけだった。



理由は語られない。


だがそこには“理屈ではない何か”があった。



その夜。


蒼爽は小さく息を吐く。


「結婚って……守られる代わりに、逃げられないんですね」



帆乃香は答えない。


ただ、ほんの少しだけ彼のシーツを整える。


それは医療行為のようでいて、そうではなかった。



「明日からも、いつも通りよ」


「先生として?」


「妻として」


その言葉は、あまりにも自然だった。



その瞬間。


蒼爽の胸の奥に、説明できない感情が生まれる。


恐怖でも安心でもない。


“誰かの一部になってしまった感覚”。



帆乃香は立ち上がる。


「また夜に来る」


そう言ってカーテンの向こうへ消える。



残された蒼爽は、天井を見上げたまま呟く。


「僕、もう患者じゃないのかもしれないな……」



だが現実は変わらない。


点滴。

病室。

進行する病。


そして――


誰にも言えない“妻がいる入院生活”。



夜は静かに続く。


白い病院の中で、ひとつだけ異質な関係が育っていく。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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