表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/33

49日目・夜・楠の下

玲は、崩れた身体を起こし、 ゆっくりと楠の根元に手をついた。


その手に、誰かの温度が重なる。


ふと見上げると—— そこに、母が立っていた。


翠。


その姿は、風のように淡く、 けれど確かに“今、ここに在る”と、玲の全身が感じ取っていた。


玲(震える声) 「……お母さん……?」


翠は微笑んだ。 でもその微笑みの奥には、深い哀しみとやさしさが滲んでいた。


翠 「やっと、声が届いたね……玲。  本当に、本当に、ずっと……ごめんね。  置いていくつもりなんてなかったのに……」


玲の目から、音もなく涙があふれた。

声を出そうとしても、喉がうまく動かなかった。


翠 「覚えてる? 楠並木を通るたび、あんたに……何度も話しかけてたの。  “今日は元気かな”って。  “薬、辛くない?”って。  でも、全部ノイズになってて……ひとつも届いてなかったのよね」


翠はそっと手を差し出した。 玲も、迷わずその指に触れようとする—— けれど、その距離は、永遠に埋まることがなかった。


翠(静かに) 「もう、時間がないの。  ……今日が、49日目だから。  記録じゃなくて、“存在”としていられる最後の日」


玲は叫んだ。いや、ようやく叫べたのだった。


玲 「まだ、言いたいことあるのに……!  まだ、お母さんに触れたいのに……!!」


翠は、首を振った。 その瞳には——すべてを赦し、すべてを信じる想いが宿っていた。


翠 「大丈夫。  玲は、もうちゃんと“観測者”になった。  記録じゃなくて、ちゃんと……“記憶”を守れる人になった」


風がひとつ、枝葉を揺らす。


翠の姿が、ふっと霞み始める。


玲は、震える手を前に伸ばした。 けれど、何も掴めなかった。 そこにはもう——あのぬくもりの気配だけが、残っていた。


「……行かないで……っ  お願い、お母さん……お願い……」


楠の下に、玲の声が響く。


そしてその根元に、母と娘が最後に見た空が、 あの日と変わらないまま、じっと広がっていた。


玲、嗚咽。 あの日、届かなかった想いが、今ようやく解放された涙に変わって落ちていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ