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静かな帰路、揺らぐ感覚
大学を後にした玲は、夕方の風に吹かれながら歩いていた。
母の位牌の前に立つわけではない。
ただ、“一人にしておけない”という気持ちだけが、足を岩国の家へと向けさせた。
いつもの道。 そして、あの楠並木に差し掛かる。
ザ……ザァ……
玲の足が止まる。 それは確かに、「いつもの場所」で、「いつもの音」ではなかった。
「……また……この音……」
耳を澄ませる。 だが、“視えるはずのもの”が視えない。
かつてなら見えていた微細な感情の残滓や、空気の奥に漂う残像のようなもの—— それらがまるで、すべて消えていた。
目の前がクリアなのに、何も“感じ取れない”という奇妙な喪失感。
そのまま立ちすくむ玲。 空気が冷たく、音だけが胸の奥に響く。
「……なんで……使えないの……?」
わけがわからなかった。 ただ一つ、確かなのは—— 自分がどこか壊れてきているという感覚だった。
独白/自覚の波形
玲の胸に、静かに自責が広がっていく。
“ただの疲れ……じゃない。 たぶん……私、ちゃんと……壊れてる。”
「明日、病院……行こう」
自分でその言葉を口にして、少しだけ呼吸が楽になった。
風が揺れる音が、さっきより少しだけ静かだった。




