静かな構内、変わらぬ校舎
久しぶりに大学の正門をくぐる。
石畳の上を歩く自分の足音が、妙に他人のもののように感じられた。
構内では、いつもの学生たちが行き交っていた。
笑い声。キーボードの音。ペットボトルを開ける音。 どれも玲には、少し遠いものだった。
ふと、目の前に芹沢が現れる。
「……玲? 来てたんだ!」
玲は、わずかに笑った。それは、「頑張って表情を作った」ということが明らかすぎる笑顔だった。
「……うん。少しだけね」
芹沢が表情を曇らせる。
「……大丈夫だった?湯川教授も、ずっと心配してたよ。研究室で時々“独り言のトーン”が暗くてさ……」
玲は小さく肩をすくめた。
「ありがと。……心配かけてごめん。もう少し元気になったら、顔を出すって……先生に伝えておいてくれる?」
「もちろん」
芹沢は気を利かせて、それ以上は深く踏み込まなかった。 気まずくも優しい間を残して、廊下の先に消えていった。
玲が振り返ると、ゆず会長が立っていた。
今日の彼女は、いつものように陽気でも元気でもなかった。
代わりに、その目はまっすぐに玲を見ていた。
「……玲」
一言だけ、そう言って—— ゆずは、そっと玲を抱きしめた。 驚きと戸惑いと、温かさと。
「……何か、私にできることがあったら、何でも言ってね」
「私は……いつでも、玲の味方だから」
玲の目の奥で、張りつめていた水面が、すこしだけ揺れた。
その震えは、涙にはならなかったけど—— 心のどこかに、確かに染みこんだ。




