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空白の斜面(翠殺害から10日後)

蝉の声はもう聞こえない。


代わりに、乾いた風がすべてを押し流していくようだった。


玲は、公園の遊具の裏にしゃがみ込んでいた。

そこは、母・翠の遺体が発見された場所—— 遊具の陰になる斜面、誰も目を向けない空間だった。


玲は静かに目を閉じ、あのときの自分を思い出す。


あの日、霊安室で見た母の顔。 報告書に書かれていた「死亡現場」。


——本当に、ここでママは……?


ゆっくりと手を伸ばし、 地面に触れる。 乾いた土、何も答えてはくれない。


「……聞こえない」


玲は、もう一度耳を澄ませる。


空気の微細な振動。風の流れ。


葉擦れの音。 だが——母の気配は、どこにもなかった。

1時間。2時間。3時間——


玲は、遊具の周囲、ベンチの下、茂みの中、斜面の崖際まで何度も探し回った。


感覚を研ぎ澄ませ、まるで“波を拾うアンテナ”のように。


だが、何も感じなかった。 何も聞こえなかった。 何も、残っていなかった。


玲は、斜面に腰を下ろして空を見上げた。 雲の輪郭がぼやけていた。


母の記録も、同じように消えてしまったのだろうか。


「……なんで、残ってないの……ママ……」


風だけが、その声を攫っていった。


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