第九話 500万ペイをかけてフルリフォーム!?リディアたちがお風呂に感動しました
朝刊の一面は『町の鳩 昨日より少し丸い』だった。
「どうでもいい」
いつものことだ。
大事なのは折り込みのほうである。
束をめくっていくと、見慣れたロゴが目に入った。
【ヤマモト電機 住まいのリフォーム大感謝祭 工事費込み!】
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トイレ交換(温水洗浄便座付き) 1台 118,000円
ユニットバス交換 1台 998,000円
システムキッチン交換 1台 798,000円
壁紙張替え 1室 198,000円〜(広さ・柄により加算)
エアコン設置 1台 149,800円
ウォーターサーバー 1台 29,800円
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「…………」
手が震えた。
トイレ。
お風呂。
キッチン。
全部が新しくなる。
しかもエアコンにウォーターサーバーまである。
この世界に来てからずっと気になっていた設備が、まとめて手に入るのだ。
「全部お願いします!!!」
気づけば叫んでいた。
ブゥゥゥン。
テレビが勝手に光った。
『はいは~い!豊穣と食文化の女神ブレディア様で〜す!……って、オトクくぅん、ちょっと興奮しすぎじゃないですかぁ?声が大きいですよぉ!』
「食い意地の女神ブレディア様には言われたくないです!」
『だ、誰が食い意地の女神ですかぁ!? 失礼にもほどがありますよぉ! あたしは豊穣と食文化を司る立派な女神なんですからね!?』
「はいはい。立派な女神様は少し黙っていてください」
『扱いが雑ぅぅぅ!?』
俺は駄女神の抗議を聞き流しながら、改めてチラシに目を落とした。
トイレにお風呂にキッチン。
異世界の設備を現代日本の設備に一新できるうえに、壁紙まで張り替えられる。
おまけに全室エアコンを設置すれば、夏も冬も快適に過ごせるはずだ。
ウォーターサーバーまであれば、冷たい水も温かい水もすぐに飲める。
考えれば考えるほど、魅力的な内容だった。
問題は金額だが……。
家一軒を丸ごとリフォームするとなると、全部で五百万ペイといったところか。
「まぁ、これだけ揃って五百万ペイなら安いもんだ。今の稼ぎなら十分払えるしな」
ここ数週間で稼いだ金額を考えれば、無理のない出費だ。これで家中の設備が新しくなるなら、迷う理由なんてなかった。
「購入します」
その瞬間だった。
家全体が、ぷわっと白い光に包まれた。
壁が、床が、天井が、まるで古い皮を脱ぎ捨てるように次々と姿を変えていく。
『わあっ!家が変身してる!』
「人の家を見て変身とか言わないでください」
壁紙が張り替わり、床が新しくなり、古びた設備が次々と置き換わっていく。
壁にはエアコンが取り付けられ、ほかの部屋にも同じものが現れた。
数秒後。
光がすっと引いた。
「…………」
目の前にあったのはさっきまでの家とは別物のような空間だった。
壁は真っ白で汚れ一つない。
壁には白いエアコン。
寝室や客間にも同じものが並んでいる。
まずはトイレを開けてみた。
白い陶器に温水洗浄便座。
恐る恐る手をかざすと、魔力がすうっと吸い込まれ、ふたが自動で開いた。
「……やっぱり魔力で動くのか」
この世界の設備らしく魔力を動力にしているらしい。
続いてお風呂を見る。
ユニットバス。
広い浴槽。
シャワーヘッド。
蛇口に手を当てて魔力を流すと、湯気とともに温かいお湯が勢いよく出た。
「……お風呂だ」
思わず声が漏れた。
目頭が熱くなる。この世界に来てからまともな湯船に浸かったことは一度もないからな。
しかし、ふと気になってトイレと浴室を見る。
どちらにも排水口があり水を流せばきちんと外へ排出される造りになっているようだ。
給水だけでなく排水まで考えられている。
しかもトイレは水洗式で浴室には温水が出る。
「……これ排水はどうなってるんだ?」
壁の中か床下に配管でも通っているのだろうか。
まさか汚水をそのまま地面に流しているわけでもないだろう。
とはいえ、魔力で動く設備がある世界だ。
排水の仕組みまで魔法で解決している可能性もある。
考えたところで答えは出ない。
「……考えたら負けだな」
キッチンには新しいシステムキッチン。
魔力を流すと火がつく。
ウォーターサーバーからは冷たい水も温かい水も出てくる。
「……最高かよ」
俺は家中を走り回った。
『オトクくぅん、興奮しすぎですよ――』
「うるさいです!」
『いいなあ……オトクくんの家だけずるぅい……』
画面の中のブレディアが頬をふくらませている。
背後には神界の部屋が見えた。大きな寝台と散らかったお菓子の袋。
『私の部屋はお風呂もトイレも遠いんですよ。エアコンもないし、お水もいちいち汲みに行かないといけないし』
「神様の部屋がそんなに不便でいいんですか」
『神界のは全部古いんですもん』
「……」
神界ってもっと何でも揃っている場所じゃないのか。
俺は少し考えて、もう一度チラシを見た。
「うーん、お金もまだあるし……追加で買えばいいか」
『えっ???』
「お供えです。女神様の部屋にトイレとお風呂とエアコンとウォーターサーバーを!」
『ええええええええ!?』
トイレを一台。ユニットバスを一台。エアコンを一台。ウォーターサーバーを一台。購入した。
すると、画面の向こうでぷわっと白い光が広がる。
『わあっ!お部屋が光ってる!』
数秒後。
駄女神の部屋の隅に、白いユニットバスとトイレが並んでいた。天井にはエアコン。机の横にはウォーターサーバー。
『…………』
『オトクくぅん』
「はい」
『一生ついていきます!!』
「お供え物はこれで十分ですね」
『ありがとうございますぅぅぅ!!』
こうして俺は、女神に設備一式を献上することになった。
……まあ、これで少しは静かになるだろう。たぶん。
その日の昼。
「お邪魔するぞ、コータ!」
週三日の集まり。
その一日目ということで、リディアたち四人がやってきた。
「……おや?」
玄関を入ったところでフィーナが足を止めた。
「壁が……変わってる」
「変わってますね」
「色も、柄も、天井の高さも。……コータくん、ちょっとおじゃまします」
フィーナの目がすっと細くなった。
斥候の顔だ。
足音を消して廊下を進み、客間の扉を開けて壁をコンコンと叩く。
天井を見上げ、エアコンを覗き込む。
「この部屋にも。この部屋にも。この部屋にも。……同じ道具が六つ」
「数えてるんですか?」
「職業柄ね」
フィーナは遊びのように言いながら、目は真剣だった。
その頃、セレスティアはエアコンの下で静かに手をかざしていた。
「……魔力を、流す」
ぴこん。
冷たい風がふわっと室内に広がった。
「……やっぱり」
「どうしたんですか」
「これは普通の魔道具とは違うわ。魔道具は魔力の量や属性との相性で動作が変わることもある。でもこれは誰が魔力を流しても同じように動く」
「便利でいいじゃないですか」
「便利のレベルを超えているのよ。宮廷魔術師が何十年かけても作れないものよ」
セレスティアはエアコンをじっと見つめている。
「記録用紙を。いや、足りないわ」
「紙はあとで用意します」
彼女の目には、エアコンが新たな研究対象として映っているらしい。
一方、リディアはリビングのソファに座ってエアコンの風を浴びていた。
「……涼しい」
「それはよかったです」
「これはどうやって止めるんだ?」
「魔力を流すのをやめれば止まります」
「おお。ではもう少しこのままで」
どうやら気に入ったようだ。
カイルはこの間ずっと黙っていた。
リビングの真ん中に立ち、部屋をゆっくり見回している。そして、とても静かに口を開いた。
「……コータ」
「はい」
「この家には、風呂があるのか」
「ありますよ。今朝、新しくなりました」
「……湯船が、あるのか」
この世界で湯船に浸かれるのは、基本的に貴族などの限られた人々だけだ。
平民は水で体を拭くか、年に数回公衆浴場を利用する程度らしい。
この四人も例外ではない。
「……どうぞ。入ってください」
「いいのか?リディア、フィーナ、セレス。先に行ってくれ」
「素晴らしい。カイルさんは最後でいいですか」
「ああ。一番湯はレディーファーストだ」
カイルは紳士である。
俺はドラッグストアのチラシで買ったシャンプーとリンスを用意し、お風呂や家電量販店のチラシで買ったドライヤーの使い方を説明した。
「蛇口に魔力を流すとお湯が出ます。湯船にちゃぷんと浸かって温まってください。これで髪を洗って、これで流して」
「わかった!」
リディアは元気よく返事をしたが、目はめちゃくちゃ泳いでいた。
三人が連れ立って脱衣所へ向かい、扉の向こうに消えていった。
俺はリビングに戻って、カイルと向かい合って座った。
しばらくは静かだった。
そのうち、廊下の向こうから声が聞こえてきた。
「うおおおおっ!?湯が、湯が出た!」
「魔力を流しただけで?どういう仕組みなの。……あったかい。これは、あったかい」
「ちょっと、セレス、記録はあとで!」
「シャンプーというのは、この液体のことか?泡が、泡がこんなに!」
「髪がきしむ……きしまない!!」
「はいはい、落ち着いて。髪を洗うときは、ここに黙って立ってね」
壁を隔てて、三人の楽しそうな声が響いてくる。
「…………」
「…………」
カイルと俺は、気まずさをごまかすようにローテーブルの無地のコースターを見つめていた。
「……安心してくれ。視線は向けていない」
「分かってます」
俺はペットボトルの水を一口飲んだ。
しばらくして、浴槽からリディアの声がした。
「……あぁぁぁぁ。最高だぁぁぁぁ……」
とろりと溶けたような声だった。
「……」
俺は無言でこの時間を耐え抜いた。
やがて三人がリビングに戻ってきた。
「……つやつや」
フィーナの髪はうっすらと濡れていて、いつもより大人びて見えた。セレスティアは頬がほんのり赤い。
そしてリディア。
金色の髪はまだ濡れていて首筋にそっと張りついていた。
頬もほんのり赤い。いつもの鎧姿とは違い、ファッションセンターいまむらのチラシで買ったタオル地のルームウェアに身を包んでいる。
「…………」
「…………」
目が合った。
「こ、コータ。この……お風呂というのは、素晴らしいな」
「そうですね。よかったです」
「…………」
「…………」
なんとも言えない沈黙が流れた。
フィーナがソファの上で、目を輝かせている。
「……耳、赤いよ、コータくん」
「視線をここに向けないでください」
「観察も仕事のうちだからね」
「記録する」
「やめてください」
そこへテレビが光った。
『じゃじゃーん!オトクくん、オトクくぅん。あっ、湯上がりの美女が三人。これはどういう状況ですかぁ?』
「やめてください。今日はお風呂に入ってもらったんです」
『お風呂!?私もさっき入りましたよぉ!最高でしたぁ!!』
「ブレディアさんの部屋にも付けましたもんね」
『はい!神界のお風呂はやたら広くて寂しかったけど、あれは一人にちょうどいいサイズですぅ!ずっと浸かってましたぁ!!』
「ふやけますよ?」
『それでですね、オトクくぅん!!』
嫌な予感がした。
『お風呂上がりといえばぁ……ピザですよねっ!!』
「……は?いや、普通は牛乳とか冷たい飲み物じゃないですか?なんでいきなりピザなんですか!」
『えー?お風呂上がりに食べるピザも最高ですよぉ?』
「風呂上がりにピザを食べるのが当たり前みたいに言わないでください!」
『だってぇ、お風呂に入ったらお腹が空いちゃったんですもん!』
「お風呂に入っただけで、そんなにお腹が空くんですか……。まぁ、そう言うと思ってました。『今日はピザを食べたいです』って顔してますもんね!」
『ばれました?』
「隠す気もないでしょう……。」
「今日はもう宅配ピザでいいですね?」
『わぁーい!!やったあぁぁぁ!!』
結局、その日は宅配ピザを大量に注文してパーティーになった。
カイルもお風呂を満喫し、誰かが「やっぱり今日も泊まっていく」と言い出した。
そして誰も反対しなかった。
夜。
リビングのソファで、カイルが一人エアコンの風を浴びていた。
髪はまだ少し濡れている。手には温かいコーヒー。
「……コータ」
「はい」
「真面目に言う」
「はい」
「この家は、国宝以上の価値がある」
「……大げさですよ」
「大げさではない。魔力を流すだけで誰でも使える温水と冷風。壁も床も汚れ一つない。そして風呂という箱の中にある、あの幸福感」
カイルは静かに、でもはっきりと言った。
「王宮にもこんな家はない」
「…………」
俺は返す言葉が見つからなかった。
「……だからこそ、誰にも言うなよ。この家を見た人間は、皆『欲しい』と思う」
「はい」
「ここにいる人間は全員味方だ。でも味方が増えるほど、秘密も増える。……気をつけてくれ」
「……はい」
カイルはそれだけ言うと、コーヒーを飲み干した。
「……というわけで、明日の朝飯は無言で食べさせてもらう」
「結局それですか」
ソファの上でカイルはすでにうとうとし始めていた。
……家をリフォームしただけなのに、国宝扱いされるとは思わなかった。
この調子だと、明日から面倒なことになりそうだ。
考えたら負けだ。
今日はもう寝よう。
次回予告
第十話 国宝級の家の噂が、町に広がりつつあります
リフォームした家の噂は、少しずつ町中に広がっていく。
「郊外の家に、空調というものがあるらしい」
「魔力を流すだけで湯が浴びられるとか」
そしてギルドの受付嬢が、にこやかに言った。
「コータさん、ちょっとお話ししたいことがあるんですが」
――国宝級の家は、果たして平和を保てるのか。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第九話、コータの家がまさかの大規模リフォーム!
トイレにお風呂にエアコンにシステムキッチン!
総額五百万ペイで異世界の暮らしが一気に快適になりました!
そして、リディアたちは初めてのお風呂に大感動!
一方、ブレディア様はお風呂上がりにまさかのピザ要求!?
女神様の食欲に終わりはありません……!
しかし、これだけ快適な家があれば噂にならないはずもなく……?
次回、国宝級の家をめぐって町に波乱の予感!?
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『メガチラ!?』をどうぞよろしくお願いします!
※ブレディア様へのお供え物は任意です。
お風呂上がりの宅配ピザなら、なお喜ばれます。
……特にLサイズ。




