第十話 国宝級の家の噂が、町に広がりつつあります
朝刊の一面は『町外れの家 窓から出る湯気が前より多い気がする』だった。
「……俺の家の話だ」
いつもならどうでもいい記事だが今回は他人事ではない。
その日の昼にギルドへ顔を出すと受付のお姉さんが小さく手招きをしてきた。
「コータさん。ちょっとこちらへ」
名前はエクル。
いつも穏やかに微笑んでいる人だが今日は表情が硬い。
「どうしました?」
「コータさんのお家のことなんですが……」
「ああ……」
「町中で噂になっていますよ。魔力を流すだけでお湯が出る家があるとか、夏でも涼しい風が吹く家があるとかで……」
「一応、魔力は流してるんですけどねー……」
「そこじゃありません!!」
エクルが声をひそめた。
「領主様のお耳にも入りました。一週間後、領主様使いの女官様がお家の調査に伺うそうです」
「調査?」
せっかく手に入れた我が家だ。
冷静に考えれば普通の中古住宅とは到底言えない状態になっている。
温水洗浄便座にシステムキッチン。
魔力を流すだけで動くエアコンに快適な風呂。
やりすぎた自覚はある。
「女官のフレイヤ様は仕事に厳しいことで有名です。賄賂も一切通じないと」
「うわぁ……一番面倒なタイプだ」
思わず本音が漏れた。
「問題があれば家を没収される可能性もありますよ?」
「没収!?」
思わず大声が出た。
没収って何だ?せっかく手に入れた我が家を取り上げられるというのか?
リフォームしたばかりの家である。
五百万ペイが泡になる。
温水洗浄便座もシステムキッチンも快適な風を送り出すエアコンも。
俺の夢と希望と散財の結晶がすべて失われてしまう。
それだけは勘弁してくれ。せっかく異世界に来たんだ。
風呂上がりにエアコンの効いた部屋でくつろぐ生活くらい満喫させてほしい。
いやいやいや。
それだけは絶対に避けなければ……!!!
その夜。
俺の家には『飢えた獅子』の四人が緊急招集されていた。
リビングのテーブルを囲み全員が深刻な顔をしている。
議題はもちろん一週間後に迫ったフレイヤの調査だ。
「調査か。面倒だな」
リディアが腕を組む。
「隠すしかないでしょう。家電とか全部」
彼女は真剣な顔で言い切った。
確かに、隠してしまえば調査の目をごまかせるかもしれない。
だが、冷蔵庫に洗濯機にエアコン。ほかにも便利な家具や設備が山ほどある。
これだけの物を一週間で隠しきるのは現実的ではない。
「いいえ」
フィーナが首を横に振った。
「隠したら余計に怪しまれる。あれだけ噂になってるんだから堂々と見せたほうがいい」
「堂々と?」
「そう。しかも全力で接待するの。この家の居心地がよすぎて、帰りたくなくなるくらいにね。報告書を書くのも忘れちゃうくらい!」
フィーナはにっこりと笑った。その笑顔には妙な迫力があった。
どうやら彼女の中では、すでに作戦の全貌ができあがっているらしい。
「なるほど。家具家電で買収するということね!」
セレスティアが記録用紙に書き込んだ。
「言い方!」
カイルが静かに口を挟む。
「ただ、国への報告に嘘をつかせることになる。やりすぎるなよ」
もっともな意見だ。俺だって、国の役人を買収してまで家を守りたいわけではない。
……いや、守りたいのは間違いないのだが。
「分かってます。でも家を没収されるのは困ります」
俺は深くうなずいた。
そう。これは決してフレイヤを買収したいわけではない。
あくまで我が家の快適さを正しく理解してもらうための接待だ。
「……そうだな」
カイルも本音では賛成らしい。
この人もたいがいこの家が好きだ。
風呂に入れば疲れが取れるしソファは座り心地がいい。
おまけに食事までうまい。こんな家を手放したくない気持ちはよく分かる。
「よし。フレイヤ様にはこの家の素晴らしさを存分に味わってもらうぞ!!」
俺がそう宣言すると全員が力強くうなずいた。
……なんだか話が変な方向へ進んでいる気もするが。
一週間後。
「失礼いたします」
玄関の扉を開けると、そこには黒髪の凛とした美人が立っていた。
女官の制服に身を包み、髪はきっちりと結い上げられている。
銀縁の眼鏡の奥から覗く瞳は鋭く、背筋もぴんと伸びていた。いかにも仕事に厳しそうな人物だ。
「領主様の命により参りました。フレイヤと申します。この家を調べさせていただきます」
「ようこそおいでくださいました。コータです」
「噂は聞いています。包み隠さず見せていただけますね」
「もちろんです」
俺の背後には『飢えた獅子』の四人が並んでいた。俺を含めて五人。そして女官が一人。家の中には合計六人である。
「……そちらの方々は?」
「友人で―――」
「仲間だ」
俺の言葉を遮り、リディアが即答した。
「料理番を守る会だ」
「そんな会あったんですか?」
そんな会、初耳なんだが。
フレイヤは眼鏡を押し上げて何かを書き留めた。
フレイヤはわずかに眉を動かすと、眼鏡を押し上げ、手元の書類に何かを書き留めた。
家の中の調査が始まった。
フレイヤは玄関からリビングへ進むと、まず壁紙に目を向けた。
指先で表面を軽くなぞり、次に床を確認する。
天井を見上げ、部屋の隅から隅まで視線を走らせた。
まるで小さな傷一つ見逃すつもりはないと言わんばかりだ。
俺は彼女の視線を追いながら、内心で冷や汗を流していた。
壁紙も床も新品同然。問題はないはずだ。
問題はないのだが、そもそも異世界の一般家庭にこんな内装があっていいのだろうか。
「こちらの設備は、どうやって動かすのですか?」
フレイヤが天井のエアコンを指さした。
「魔力を流せば動きます。こういう感じで」
俺が操作すると、エアコンが静かに動き始めた。
室内に心地よい風が流れ、少し暑かった空気がゆっくりと冷えていく。
フレイヤの眉が、ほんの一瞬だけ動いた。
本当に一瞬だった。
普通なら「涼しいですね」くらい言ってもよさそうなものだが、彼女は室内の温度を確かめるように手をかざしただけだった。
「……なるほど」
彼女は短くつぶやき、書類に何かを書き込んだ。
何を書いたんだ。魔力式冷房設備、要調査?それとも危険物につき没収?
考えるのはやめよう。胃が痛くなる。
その後も調査は続いた。
トイレでは温水洗浄便座の説明を求められ、浴室では湯を出す仕組みを確認された。
キッチンでは水回りや調理設備を一つずつ調べていく。
しかし、フレイヤは一度も大きな驚きの声を上げなかった。
温水が出ても、快適な風呂があっても、反応はわずかな眉の動きと手元の記録だけ。
まるで見慣れない設備など、これまで何度も見てきたと言わんばかりだった。
(強い……)
俺は心の中でうなった。
この人、本当に賄賂が通じないどころか、ちょっとやそっとのことでは動じないらしい。
そのとき、背後からフィーナがそっと近づいてきた。
「……接待作戦開始よ」
耳元でささやく声は小さいが、妙に気合いが入っている。
作戦会議では全力で接待すると決まった。
ならば、まずは相手の疲れを癒やすところからだ。
「フレイヤ様。長い調査でお疲れではありませんか?よろしければ、少し休憩なさってください」
「お気遣いは不要です。職務中ですので」
予想どおりの返事だった。
「そうおっしゃらずに。せっかくですので、こちらのソファにどうぞ」
俺が勧めると、リディアがすかさず反対側へ回った。
「遠慮はいらない。座ってくれ」
「いえ、本当に――」
「どうぞ」
リディアは有無を言わせぬ笑顔でフレイヤの肩に手を添えた。
剣を構えたときより圧が強い気がする。
結局、フレイヤはソファに腰を下ろした。
その瞬間。
ふかふかのクッションが彼女の体を優しく受け止めた。
背もたれに体重が預けられ、張り詰めていた肩がほんのわずかに下がる。
一ミリ。
いや、もう少し下がったかもしれない。
俺はその変化を見逃さなかった。
(効いてる……!)
「……座り心地のよい椅子ですね」
「ありがとうございます。長時間座っていても疲れにくいんですよ」
「そうですか」
フレイヤはすぐに姿勢を正した。
だが、立ち上がろうとはしない。
これはチャンスだ。
「お茶でもお持ちしましょうか?」
「いえ、結構です」
即答だった。
さすがに飲み物だけでは難しいか。
俺とフィーナが目配せを交わす。
次の手は用意してある。
「では、こちらはいかがでしょう」
俺が取り出したのは、宅配ピザのチラシから注文したチーズたっぷりのピザだった。
焼きたての一枚が、専用の冷蔵庫からぽんと出てくる。
箱を開けた途端、香ばしい生地と溶けたチーズの匂いがリビングいっぱいに広がった。
フレイヤの視線が、書類からピザへと移った。
ほんの一瞬。
だが、今度は眉だけでなく視線そのものが動いた。
(よし!食いついた!)
「焼きたてです。よろしければ、お一つどうぞ」
「職務中に食事をいただくわけには……」
「調査でお疲れでしょうし、少しくらいなら」
フィーナが自然な笑顔で勧める。
リディアも無言で皿を差し出した。
逃げ道を塞ぐ布陣が完成している。
フレイヤはしばらくピザと俺たちを見比べていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……では、一切れだけ」
ピザを手に取り、慎重にひと口。
伸びるチーズを見て、彼女の手が止まった。
それから、もうひと口。
「……おいしいですね」
声がわずかに柔らかくなった。
「生地の食感もよく、チーズの風味も濃厚です。これほどの料理が、すぐに用意できるのですか?」
「ええ、まあ……」
まさかチラシで注文したとは言えない。
「なるほど。食事の提供についても記録しておきましょう」
フレイヤはピザを持ったまま、空いている手で書類に何かを書き足した。
(そこは書くんだ!?)
「……ですが、それとこれとは別の話です」
「ですよねー……」
ピザ一切れで陥落するほど甘くはないらしい。
しかし、まだ手はある。
「フレイヤ様。せっかくですから、お風呂もお試しになりませんか?」
「お風呂、ですか?」
彼女の目が細くなった。
「はい。浴室の設備も調査対象ですよね。実際に使っていただいたほうが、機能を確認しやすいと思います」
セレスティアが真顔で補足した。理屈だけなら間違っていない。たぶん。
「……確かに、設備の実用性を確認することには意味がありますね」
フレイヤは少し考え込んだあと、書類を閉じた。
「では、浴室の確認をさせていただきます」
その言い方なら、あくまで調査の一環ということらしい。
こうして俺たちは、フレイヤを浴室へ案内することに成功した。
数十分後。
脱衣所の扉が開き、湯上がりのフレイヤが姿を現した。
きっちり結い上げられていた黒髪は下ろされ、頬にはほんのりと赤みが差している。
眼鏡の位置を直す仕草にも、先ほどまでの張り詰めた雰囲気が少しだけ薄れていた。
「……いいお湯でした」
ぽつりと漏れたその言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
(言った!今、素直に褒めたぞ!)
フィーナが小さく拳を握る。
リディアも満足げにうなずいた。
だが、ここで気を抜くわけにはいかない。
最後の仕上げが残っている。
「フレイヤ様。こちらもどうぞ」
俺は冷蔵庫から取り出した瓶入りのコーヒー牛乳を差し出した。
スーパーのチラシで安く買った品だ。
「これは?」
「コーヒー牛乳です。風呂上がりの定番なんですよ。腰に手を当てて飲むと、さらにおいしく感じます」
「……腰に手を?」
フレイヤは不思議そうに首をかしげたが、やがて言われたとおり片手を腰に当てた。
そして瓶を口に運ぶ。
ごく、ごく、ごく。
一気に飲み干した。
「……っ」
飲み終えたフレイヤは、空になった瓶を見つめた。
「どうですか?」
「……おいしい。本当においしいです」
その声には、もはや隠しきれない感動がにじんでいた。
しかし、次の瞬間。
彼女はハッとしたように背筋を伸ばし、眼鏡をくいっと押し上げた。
「ですが、それとこれとは別の話です」
「しぶとい!」
フィーナが小声で叫んだ。
「この人、鉄の女だわ……!」
俺も同感だった。
ソファに座らせ、ピザを食べさせ、風呂に入れてコーヒー牛乳まで飲ませた。
それなのに、フレイヤの調査官としての姿勢は崩れない。
いや、少しは崩れている。確実に崩れているのだが、本人が意地でも認めようとしないのだ。
これは長期戦になるかもしれない。
俺は空になったコーヒー牛乳の瓶を見つめながら、次の作戦を考え始めた。
そのとき、フレイヤが俺のほうをじっと見つめた。
「……コータ殿」
「はい?」
フレイヤは手元の書類を閉じると、すっと俺の前に歩み寄ってきた。
一歩。もう一歩。
近い。さっきまでの厳格な調査官はどこへ行ったのだろう。
湯上がりの甘い香りが鼻をくすぐり思わず背筋が伸びた。
「あなたは本当に不思議な方ですね」
「そ、そうですか?」
「ええ。これほど珍しい設備を揃えているのに、気取ったところがない。お話ししていると、つい興味が湧いてしまいます」
フレイヤは意味ありげに微笑むと、俺の腕にそっと手を添えた。
「……もう少し、あなたのことを知りたくなりました」
「は、はあ……」
彼女の顔がさらに近づく。眼鏡の奥の瞳がまっすぐ俺を見つめていた。
「正直に教えていただけませんか?この家の秘密を」
「秘密、ですか?」
「ええ。私にだけ、こっそりと」
フレイヤは声を落とし俺の腕を軽く引いた。
まるで二人きりの内緒話に誘うような仕草だ。
「教えてくださったら、報告書にはコータ殿に有利なように書いて差し上げますわ」
「……」
色仕掛けだ。完全に色仕掛けだ。
しかも、なかなか手慣れている。
仕事一筋の堅物だと思っていたのに、こんな一面があったとは。
俺は恋愛には鈍感ではない。これは分かる。
そして、もう一つ分かったことがある。
背後から、とんでもない圧力を感じる。
「……リディア?」
振り返るのが怖い。
だが、振り返らなくても分かる。
絶対に怒っている。
案の定、リディアの顔は引きつっていた。
握りしめた拳が小刻みに震えている。
「……フレイヤ様?」
声が低い。
普段の快活なリディアからは想像もつかないほど低い。
「何かしら?」
フレイヤは俺の腕から手を離さないまま、涼しい顔で答えた。
「コータから……離れてもらえますか?」
「おや。どうしてです?」
「どうしてって……!」
リディアの顔から、みるみる余裕が消えていった。
怒っている。
それは間違いない。
だが、耳まで赤くなっているあたり、怒りだけでは説明がつかなそうだ。
「そ、その人は!私たちの大切な料理番なんだ!離れてくれ!!」
「料理番、ですか?」
フレイヤは俺を見上げ、それからリディアへ視線を戻した。
「ふふっ。なるほど、大切にされているのですね」
「そ、そうです!だから、そういうのは困ります!」
「そういうの、とは?」
フレイヤが小首をかしげる。
わざとなのか、それとも本当に分かっていないのか。
少なくともリディアにはこれ以上ないほど挑発的な仕草に見えたらしい。
ギリッ、と剣の柄を握る音がした。
リディアが椅子から立ち上がり、フレイヤを鋭くにらみつける。
「とにかくだ!今すぐにコータから離れろ!!」
部屋の空気がぴんと張り詰めた。
……いや、調査中に剣を抜くのはまずい。
いろいろな意味でまずい。
「リディア、落ち着いて。な?」
「落ち着いている!」
全然落ち着いていない。
部屋の隅ではフィーナが口元を押さえて肩を震わせていた。
セレスティアに至っては、いつの間にか記録用紙を取り出している。
「いいぞ」
「記録」
「あなたたち、何をしてるんですか?」
俺の抗議は、二人の耳にはまったく届いていなかった。
カイルだけが、深いため息をついている。どうやらこの状況をまともに受け止めているのは彼だけらしい。
一方のフレイヤはようやく俺の腕から手を離すと、何事もなかったかのように眼鏡を押し上げた。
「失礼。少々、踏み込みすぎましたね。これも情報収集の一環ですわ」
「いえ、あの、特に秘密は──」
言いかけた俺の背後で、フィーナとセレスティアが小さくガッツポーズをした。
「だから、あなたたちは何をしてるんですか!」
今度こそ少し大きな声を出したが、やはり誰も聞いていない。
その後もフレイヤの調査は続いた。
ピザも風呂もコーヒー牛乳も効果なし。
色仕掛けまで仕掛けてきたが、肝心の秘密は何一つ明かしていない。
ただし、リディアの機嫌は確実に悪くなっていた。
(どうする……)
家の設備を見せても駄目。
食べ物で懐柔しようとしても駄目。
色仕掛けにはリディアが反応する始末。
万策尽きかけた、そのとき。
フレイヤの視線が、居間の棚の上で止まった。
「……それは」
棚には写真立てが置いてあった。
中には駄女神が描かれた小さな肖像画が入っている。
「……ブレディア様」
「え?」
フレイヤの目が大きく見開かれた。
「豊穣と食文化の女神ブレディア様の肖像画。しかも、こんなに丁寧に額に入れられて──」
「ご存じなのですか?」
「はい、私は幼い頃から女神ブレディア様の敬虔なる信徒です」
フレイヤは胸元から小さな金色の護符を取り出した。そこには駄女神の意匠が刻まれていた。
「毎朝祈りを捧げております。食卓を預かるこの世界の守り神ですから」
「……そうなんですか」
俺とリディアは顔を見合わせた。
そのとき。
ブゥゥゥン。
テレビが勝手に光った。
『はいは~い!豊穣と食文化の女神ブレディア様で〜す!あっ、チーズのいいにお~い!』
「……」
フレイヤの動きがぴたりと止まった。
『あっ、オトクくぅーん、そのピザもう一枚ありますかぁ~?』
「コータです。今ちょっと取り込み中でして」
『あっ、お客様ですかぁ?』
ブレディアが画面の向こうでフレイヤに気づいた。
『こんにちは〜!あたしぃ、豊穣と食文化の女神ブレディア様ですぅ~!』
「ブ……」
フレイヤの手から護符がするりと落ちた。
次の瞬間、彼女は膝から崩れ落ち、床に額をつけた。
「ブレディア様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
『わぁぁ~っ、び~っくりしたぁ~!!!!』
「ま、まさか……女神ブレディア様が御前に在らせられるなんて……!このような奇跡に立ち会えるとは……!」
フレイヤは床にひれ伏したまま、肩を震わせていた。
「感激のあまり泣いておられるな……」
「泣いてますね」
リディアが感極まった様子でつぶやき、俺は冷静に相づちを打った。
敬虔な信徒と、そうでもない俺。
この温度差はなんなんだ。
とはいえ、今はそれどころじゃない。
俺はテレビに向き直った。
「あのー、ブレディア様、ちょっとご相談したいことがありまして……」
『ん~?なぁに、オトクくぅん?』
「コータです。実は、この家の調査に来たフレイヤさんに設備の秘密を問い詰められてまして……」
俺はこれまでの経緯を手短に説明した。
『なるほどぉ~。それじゃあ、あたしが神託を授けてあげましょう!』
「神託!?」
フレイヤが顔を上げた。
涙に濡れた目が、テレビの画面をまっすぐ見つめている。
『ごほん。フレイヤさん』
「は、はいっ!」
『あなたに神託を授けます』
「しんたくっ!?」
『この家には何もありません!ただのおいしいご飯がある家です!領主様にはそう報告しなさい!』
「は、はいっ!承りましたっ!」
『それと』
「それと!?」
『私にもコーヒー牛乳をください!』
「……神託がしょぼい」
思わず漏れた俺のつぶやきに、リディアがキッとこちらを振り向いた。
「コータ!ブレディア様のありがたい神託だぞ!」
「すみませんでした!」
数日後。
フレイヤは領主の前で堂々と報告をした。
「問題の家は調査いたしましたが、ただの郊外の民家でございました。何もありませんでした」
ギルドでその話を聞いたエクルが首をかしげていた。
「何もないってどういうことですか?あんなにお湯が出る家が?」
「さあ……」
俺はとぼけるのに必死だった。
フレイヤの報告が終わった日の夕方。
冒険者ギルドの一角では、リディアとフレイヤが向かい合っていた。
「リディア殿」
「な、なんだ」
「あなたも女神ブレディア様の信者なのですね」
「あ、ああ。毎朝祈りを捧げている」
「素晴らしい。同志です」
フレイヤはリディアの手をがっしりと握った。
「今度ぜひ祈りの作法を語り合いましょう」
「望むところだ!」
二人の距離は一気に縮まった。
ところが、和やかな空気の中でリディアがふと思い出したように口を開いた。
「ひとつ言っておく」
「はい」
「コータは渡さないからな」
「……」
「だ、断じて他意はないぞ。優秀な料理人を確保するためだ!」
フレイヤはきょとんとしたあと、吹き出した。
「ふふっ。ご安心を。わたくし、コータ殿にはそこまで興味がありませんわ」
「え」
「先日のは職務上の色仕掛けです。ですから……」
フレイヤは眼鏡を押し上げて微笑んだ。
「リディア殿を応援させていただきますわ!」
「お、応援!?」
リディアの顔がみるみる赤くなる。
「な、何を応援するんだ……?」
「それはもちろん」
「言わなくていい!!」
少し離れた席では、様子を見守っていたフィーナとセレスティアが満足げに頷いていた。
「味方が一人増えたわね」
「記録しておくわ」
一方、その頃。コータの家では――。
ソファに腰掛けたカイルが、コーヒー牛乳を飲みながら静かにため息をついていた。
「……コータ。味方が増えたな」
「はい」
「秘密も増えたな」
「……はい」
こうして国宝級の家をめぐる騒動はひとまず収まった。
ただし、秘密が一つ増えるたびに面倒事も増えている気がする。
……考えたら負けだ。
次回予告
第十一話 王都で二人きりの一日、コータとワンピース姿のリディア
王都への遠征が決まった。コータは当然料理番。
「異世界の都会か……見て回りたいな」
「なら私が案内する」
リディアが真っ赤な顔で名乗り出る。
コータとリディアの初めての街歩き。
――それはデートと呼んでもいいのだろうか。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第十話は、国宝級の家を守るための接待作戦でした!
ソファにピザにお風呂、そしてコーヒー牛乳。
それでも動じない鉄の女フレイヤ……と思いきや、まさかのブレディア様の敬虔な信徒!
神託の内容は「おいしいご飯がある家です」と「コーヒー牛乳をください」。
ありがたいのか、しょぼいのか……。
そしてリディアには、恋の強力な味方が一人増えました!
本人は相変わらず「優秀な料理人を確保するため」と言い張っていますが、果たしていつまで通用するのでしょうか?
次回、第十一話。
王都で二人きりの一日、コータとワンピース姿のリディア
異世界の都会で、コータとリディアの初めての街歩き。
これはデートなのか、それともただの案内なのか……?
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※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……お風呂上がりのコーヒー牛乳のお供えお待ちしております。




