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女神様!異世界転生の特典が特売のチラシなんですけど!?  作者: マトンさん


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第十一話 王都で二人きりの一日、コータとワンピース姿のリディア

 王都ビザマスまでは、馬車で片道三日かかる。


 御者台ではカイルとフィーナが交代で手綱を握り、荷台には俺とリディア、セレスティアの三人が乗っていた。

 荷台の隅には、布で包んだ専用冷蔵庫も積んである。

 もちろん、必要なときだけ展開する仕組みだ。

 道中の食事は俺の担当だった。


 そんな旅を続けて、三日目の昼。

「見えた!あれが王都ビザマスだよ!」

 御者台からフィーナの弾んだ声が聞こえた。

 幌の隙間から顔を出した俺は、思わず息をのんだ。

 目の前に広がっていたのは、地平線の向こうまで続くかのような巨大な城壁だった。

 灰色の壁からは白い塔がいくつも突き出し、その上空を無数の鳩が舞っている。

 ……あの中に、昨日より三羽くらい増えている鳩はいないだろうか。

 そんなことを考えながら門をくぐると、馬車の周囲は一気に都会の喧騒に包まれた。


 石畳を走る馬車の車輪が音を立て、道端では行商人たちが威勢よく客を呼び込んでいる。

 通りを駆け回る子供たちの笑い声に、頭上を飛び交う鳩の羽音まで加わり、街は活気に満ちていた。

 この世界に来てから、これほど大きな町を訪れるのは初めてだ。

 幌の隙間から見える景色はどれも新鮮で、ついあちこちに目を奪われてしまう。

 明日は一日、王都を自由に見て回れる。

 こりゃあ、楽しみだ。


 その夜、宿の一室に集まった俺たちは、翌日の予定を話し合っていた。

 テーブルに地図を広げたフィーナが、指先で王都の中心部を示す。

「明日はギルド本部への報告と、必要な物資の手配ね。そこまでは全員で行動して、午後は自由行動にしましょう」

「自由行動?」

 リディアが首をかしげた。

「そう。せっかく王都まで来たんだもの。仕事ばかりじゃつまらないでしょ?」

「まあ、それはそうですね。俺も王都を見て回りたいと思ってましたし」

 俺がそう答えると、フィーナは待ってましたとばかりに笑顔を浮かべた。

「じゃあ、コータくんはリディアと一緒に王都見物ね。コータくんは初めてだし、リディアは何度か来たことがあるから、案内役にぴったりでしょ?」

「っ……」

 リディアは一瞬、言葉を失った。

 だが、すぐに気を取り直すと、背筋を伸ばして真剣な顔でうなずいた。

「……わかった。チームワークを深めるためにも、私が案内しよう」

「うんうん。チームワークって大事だもんね」

 フィーナはにこにこと笑っている。

 その隣では、セレスティアがいつの間にか記録用紙を取り出していた。何を記録するつもりなのかは知らないが、ずいぶんと熱心な様子だ。

「俺は午後、宿でゆっくりさせてもらうよ」

 カイルはそう言って、話し合いを切り上げた。

 こうして、翌日の予定はあっさりと決まった。

 フィーナとセレスティアが何やら目配せしていたが、俺は特に気に留めなかった。


 俺はフィーナたちに送り出される形で宿の前に出て、リディアが来るのを待っていた。

 しばらくすると、こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。

 顔を上げた俺は、思わずその場で固まった。

 目の前に立っていたのは、水色のワンピースを着たリディアだった。

 いつもの鎧も大剣もない。金色の髪には小さなリボンが結ばれ、午後の日差しを受けてきらきらと輝いている。 手には服装に合わせた小さなバッグを抱えていた。

 普段の凛々しい姿とはまるで違う。

 年相応の女の子らしい装いが、なんだか新鮮だった。

「……お、待たせたか?」

 リディアはどこか落ち着かない様子で尋ねてきた。

「いえ。今来たところです」

「そ、そうか。この服はフィーナが無理やり選んだものでな。今日は王都を歩くのだから、鎧姿では目立つだろうと言われて……」

 聞いてもいないのに、リディアは早口で説明し始めた。

 どうやら、よほど気恥ずかしいらしい。

 俺は改めて彼女の姿に目を向けた。

「……似合ってますよ」

「――っ!」

 リディアの頬が、みるみる赤く染まった。

「そ、そうか! なら、行こう!」

 リディアは照れ隠しのように勢いよく歩き出した。俺もその隣に並び、王都の街並みへと足を踏み出す。


 せっかくの王都見物だ。今日は思いきり楽しもう。

 そう思っていたのだが、通りに出てすぐ、俺はその考えを少し後悔することになった。

 王都の人通りは、想像していた以上に多かった。

 風船を抱えた行商人が横切り、大きな荷車が道を塞ぎ、子供たちが楽しそうに駆け回っている。

 あちこちから呼び込みの声が飛び交い、店先に目を向けているだけでも、人の流れに押されてしまいそうだった。

 そんな中、気づけばリディアの金色の髪が、数メートル先に離れていた。

 あれ?ちょっと待て。これ、まずくないか?

 俺は慌てて人波をかき分け、彼女に追いつこうとした。

 この世界にはスマホもない。はぐれたら連絡を取る手段もないし、土地勘のない王都で合流できる保証もなかった。

 そんな不安が頭をよぎったそのときだった。

 誰かが俺の手をつかんだ。

「……いいか。絶対に離れるなよ」

 リディアだった。

 彼女は俺の顔を見ようとせず、前を向いたまま歩き出す。

 けれど、つないだ手にはしっかりと力がこもっていた。

 横目でうかがうと、彼女の耳は真っ赤になっていた。

「……はい」

 俺は余計なことを言わず、その手に引かれるまま歩くことにした。

 おかげで、王都に着いて早々、迷子になるという事態は避けられそうだ。

 ……もっとも、手をつないだまま歩くことになるとは思っていなかったけれど。

 そんな二人の様子を、少し離れた物陰から見守る影があった。

「やった……!」

「記録。手をつないだ時刻、午後一時三十五分」

 帽子とマスクで顔を隠したフィーナとセレスティアである。

「ふふふ、いい感じじゃない」

「引き続き、観察を続けましょう」

 二人は記録用紙を手に、コータとリディアの後を追い始めた。


 しばらく街を歩き回った二人が市場にたどり着く頃には、通りはさらに活気づいていた。

 両側には色とりどりのテントを張った屋台がずらりと並び、肉を焼く香ばしい煙が立ち上っている。香辛料の刺激的な匂いに混じって、果物の甘い香りまで漂ってきた。

 その光景を目にした途端、リディアの表情がぱっと明るくなった。

「食べ歩きだ!」

「はい?」

「王都といえば食べ歩きだと、フィーナから聞いたんだ。せっかく来たのだから、いろいろなものを食べてみたいと思ってな!」

 さっきまで服装を気にしていたのが嘘のように、リディアは屋台に目を輝かせていた。


 なるほど。どうやら彼女は、王都見物の中でも食べ歩きを特に楽しみにしていたらしい。

 最初に目を留めたのは、焼き鳥を売る屋台だった。

 炭火の上で肉がじゅうじゅうと音を立て、食欲をそそる匂いが漂ってくる。

 リディアはごくりと喉を鳴らし、値札に目を向けた。

『焼き鳥一本八十万ペイ』

「…………」

 さっきまで輝いていた彼女の笑顔が、ゆっくりと消えていった。

「……は、八十万ペイ?」

 隣の屋台に目を向ければ、牛肉のサンドイッチが二百万ペイ。

 果物は百五十万ペイ。

 その先の店では、卵一個が三十万ペイで売られている。


 ……なんだ、この物価は。

 王都の食料品は、俺の想像をはるかに超える高値だった。

「……買えない」

 リディアは焼き鳥の屋台の前でがっくりとうなだれた。

 せっかくワンピースまで着て楽しみにしていた食べ歩きだ。

 それなのに、焼き鳥一本すら買えないとは。


 その落胆ぶりを見て、俺は思わず苦笑した。

 実は、こうなることは予想していた。

「リディアさん。ちょっと、こっちへ来てください」

「……何だ?」

 俺は彼女を市場の外れにある小さなベンチへ連れていった。

 周囲に人がいないことを確認してから、ポケットに手を入れる。

 取り出したのは、小さな三角形の包みだった。

「お弁当を持ってきたんです」

「これは……どんな料理だ?」

「おにぎりですよ。今朝、スーパーのチラシで買っておいたんです。一個九十八ペイでした」

 俺がそう説明すると、リディアは包みを両手で受け取った。

「これが、おにぎり……」

 初めて見る食べ物を前に、彼女は真剣な顔で包み紙を眺めている。

「ただ、開け方にちょっとしたコツがあるんです。無理に引っ張らないでくださいね」

「わ、わかった」

 リディアはおそるおそる包み紙をつまんだ。

 だが、指先には妙に力が入っていて、今にも破ってしまいそうだ。


 俺は慌てて説明を続けた。

「まず、真ん中のテープを下に引いてください」

「こうか?」

「そうです。そのあと、左右に開いて……最後に中のフィルムを引き抜けば、海苔がパリッとしたまま食べられます」

「パリッとしたまま……!?」

 リディアの目が大きく見開かれた。

 黒々とした海苔に、真っ白な米。

 どちらも、この世界では貴族の食卓にしか並ばないような貴重な食材だという。

 そんなものを、こんな小さな包み一つで手軽に食べられるのだから、驚くのも無理はない。

 リディアはおにぎりを両手で持ち、そっと口元へ運んだ。

 そして、一口。

 パリッ。

 海苔をかじる小さな音が響いた。


「…………」

 リディアは何も言わなかった。

 ただ、リスのように頬を動かしながら、夢中でおにぎりを食べている。

 あまりにも真剣な様子に、俺はしばらく声をかけられなかった。

 やがて、彼女は最後の一口を飲み込むと、ぽつりとつぶやいた。

「……うまい」

「よかったです」

「王都のどんな屋台よりも、ずっとうまい。……今日ここに来たのは、このおにぎりを食べるためだったと言ってもいいくらいだ」


 いや、それは王都に失礼だろう。

 そんなツッコミを心の中で入れたとき、背後の茂みから声が聞こえた。

「あのおにぎり、どこで買ったの?」

「買ったんじゃないのよ。特売チラシよ」

「なるほど。それなら納得ね」

 リディアはおにぎりに夢中で、周囲のことなど気にしていないようだった。


 腹ごしらえを終えた俺たちは、次に服屋へ向かった。

 そこで目にした値札は、先ほどまでとは打って変わって良心的だった。

 ブラウス一枚が一万ペイ。帽子も五千ペイで買える。

 食べ物の値段を考えると、信じられないほど安い。

「こ、ここは私には場違いな気がするんだが……」

 店先で立ち止まったリディアは、居心地が悪そうに視線をさまよわせていた。

「せっかく王都に来たんですから、見ていきましょうよ」

「そ、そうか……?」

 俺が促すと、彼女はためらいながらも店内へ入っていった。

 しばらくして、試着室のカーテンが開く。

 出てきたリディアは、白いブラウスに赤いスカートを合わせていた。

 普段の鎧姿とはまったく違う、柔らかな雰囲気だ。

 本人は落ち着かない様子で、何度もスカートの裾を気にしている。

「ど、どうだ?変ではないか?」

「……いえ。とてもおきれいですよ」

 今度の言葉は、お世辞でも何でもなかった。

 俺が素直に答えると、リディアはぱっと顔を赤くし、慌てて目をそらした。

 ……まずい。なんだか、こっちまで恥ずかしくなってきた。

 その様子を、近くの柱の陰からセレスティアがじっと観察していた。

「視線をそらす行動、三回目」

「ところでセレス、その記録用紙の束、何枚目なの?」

「二百枚目よ」


 一方の俺は、試着室の前でもう一度リディアの姿を眺めていた。

 やっぱり、よく似合っている。

 夕方になると、リディアが「最後に連れていきたい場所がある」と言い出した。

 案内されたのは、町を一望できる展望台だった。

 リディアの水色のワンピースの裾が、夕風にふわりと揺れる。

 眼下には赤い屋根がどこまでも続き、遠くの城壁まで橙色の光に染まっていた。

「……きれいですね」

 思わず声が漏れた。

「ああ」

 リディアも隣で景色を眺めている。


 この世界の夕日は、日本で見たものとよく似ていた。

 もう二度と帰れない故郷の景色を、ふと思い出す。

 胸の奥が少しだけ熱くなった。

 けれど、その感傷は長く続かなかった。

「おいおい、ずいぶん仲がいいじゃねえか」

 背後から、品のないダミ声が聞こえた。

 振り返ると、三人の男が立っていた。身なりも言葉遣いも、明らかにまともな連中ではない。

「なあ、嬢ちゃん。そんな男と歩くより、俺たちと遊んだほうが楽しいぜ?」

「そうそう。せっかくの美人さんなんだしよぉ、俺たちが王都を案内してやるよ」

 男の一人が、リディアの肩へ手を伸ばした。

 俺は反射的に一歩前へ出ようとした。

 しかし、その前にリディアが俺の手をそっと押さえた。

「……コータ。下がっていてくれ」

 いつもとは違う、低い声だった。

 リディアはゆっくりと男たちへ向き直った。

 その表情を見た瞬間、男たちの足が止まる。

 瞳は吹雪の夜の狼のように冷たく、普段の朗らかさは微塵も残っていなかった。

 『飢えた獅子』のリーダーとして討伐に臨むときの気迫が、ワンピース姿の彼女からもはっきりと感じられる。

「……はぁ、せっかくの、いい雰囲気だったのにな」

「はあ?なんだと、この女……」

 男の一人が凄もうとしたが、リディアの視線を受けて言葉に詰まった。

「私は落ち着いている」

 リディアは静かに拳を握った。

「……だから、これが最後の警告だ。消えろ!」

 男たちの顔がひきつった。

「この……調子に乗ってんじゃねえぞ!剣もないくせによ!」

 右側の男が舌打ちし、武器に手をかける。

 次の瞬間だった。

 ゴッ、と鈍い音が響いた。

 何が起きたのか、俺には見えなかった。

 気づいたときには、右の男が展望台のベンチに突っ込んでいた。

 続いて左の男が宙を舞い、最後の一人も腹を押さえて膝をついたまま動かなくなった。


 すべてが終わるまで、わずか三秒。

 リディアはゆっくりと拳を開いた。

 つい先ほどまで男たちを圧倒していた彼女は、今は自分の手をじっと見つめている。

「……すまない。つい、カッとなってしまった。怖かっただろう?」

 振り返った彼女の顔には、さっきまでの凛々しさが嘘のように、戸惑いが浮かんでいた。

 目の端にはうっすらと涙までにじんでいる。

 きっと、俺を怖がらせてしまったと思っているのだろう。

 あれだけ鮮やかに男たちを叩きのめした本人が、今は俺の顔色をうかがっている。

 その姿が、なんだか妙にいじらしかった。

 俺は考えるより先に答えていた。

「かっこよかったです」

「……え?」

「大剣も鎧もないのに、俺を守ってくれたじゃないですか。ありがとうございます」

 リディアの顔が、みるみる赤くなった。

 それから、じわじわと頬が赤く染まっていく。

「そ、そうか……。そうか」

 いつもなら堂々と胸を張りそうなものなのに、今の彼女は視線を泳がせ、つないだ手をそっと握り直した。

「……なら、よかった」

 小さくこぼした声は、いつもの凛とした響きよりもずっと柔らかかった。

 さっきまでの勇ましい姿との落差に、俺は思わず笑みをこぼした。


 その後、俺たちは再び王都の散策を続けた。

 市場を離れてからもリディアは気になる店を見つけるたびに足を止め、俺にあれこれと説明してくれた。

 さっきの一件が嘘のようにいつもの明るい調子に戻っている。

 そんな彼女がふと思い出したように口を開いた。

「そうだ。王都に来たなら行かないわけにはいかない場所があるんだ」

「行かないわけにはいかない場所?」

「ああ。こっちだ」

 リディアに導かれ大通りを進んでいく。

 やがて周囲の建物が途切れた先に、ひときわ巨大な建物が姿を現した。

「……大神殿ですか?」

 白い石造りの柱が天高く伸び、広大な聖堂内では大勢の聖職者たちが静かに行き来している。

 荘厳な佇まいに、思わず足を止めて見上げてしまった。

「そうだ。女神ブレディア様を祀る、王国最大の神殿だ。一般の参拝者が入れるのは前庭までで、本殿には入れないんだが……」

 リディアが説明してくれる。


 それを聞いて、俺は懐に手を入れた。

「フレイヤさんから紹介状を預かっているんです」

「……っ?いつの間に?」

「出発前日に渡されました。王都に行くなら必ず大神殿へ寄るように、これを見せれば本殿にも入れるからって」


 紹介状を受け取った門番の聖職者は、書面を確認した途端に顔色を変えた。

 そして、俺たちに向かって深々と頭を下げる。

 そのまま案内された本殿の内部は、思わず息をのむほど壮麗だった。

 高い天井を支える柱には細やかな彫刻が施され、ステンドグラスから差し込む光が床を赤や青に染めている。


 そして、最奥に立つのは、天井に届きそうなほど巨大な女神像だった。

 金色の長い髪に、慈愛に満ちた柔らかな微笑み。ゆったりとした衣をまとい、両手にはパンを収めた籠を抱えている。

 その姿には、豊穣と食文化を司る女神にふさわしい、穏やかな威厳が感じられた。

 俺は像を見上げたまま、思わず立ち止まった。


 ……実物とは、あまりにも違う。

 像の中の女神様は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

まるで、世界中の人々に等しく恵みを与えるかのように。

 ……あの駄女神(ブレディア)が、供え物のパンを一つでも減らされたら大騒ぎする姿を知っている俺には、とても同一人物とは思えなかった。

「……ぷっ」

 こらえきれず、笑いが漏れた。

 慌てて口を押さえたものの、静まり返った本殿に小さな笑い声が響いてしまう。

 隣のリディアが、俺の袖をぐいっと引いた。

「こ、コータ!何を笑っているんだ!女神様の御前だぞ!」

「す、すみません。でも、あまりにも……」

 そのときだった。

 頭の奥で、金属を強く叩いたような音が鳴り響いた。

『――こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「うわっ!?」

『今、笑いましたよねぇ!?「あまりにも……」のあとに続く言葉、しっかり聞こえてますからね!』

「……ブレディアさん?」

『五割増しなんかじゃありませんからねぇ!あれはぁ!女神像の工房の人が、比較的正確に彫った「若い頃の私」なんですぅ!今のあたしだって、あれと同じですからねぇぇぇ!!!』

「若い頃ですか……今は若くないんですか?」

『そこは聞き流しなさぁい!!とにかくぅ、せっかく大神殿に来たんですからお供え物をしぃぃぃっかりお願いしますよ!オトクくぅん!』

「コータです!」


 俺はリディアに断りを入れ、本殿の隅にある目立たない場所へ移動した。

 周囲に人がいないことを確認し、専用冷蔵庫を展開する。

 中から宅配ピザの箱と、一本の1.5リットル入りコーラを取り出すと、冷蔵庫を片づけた。

 それらを手に女神像の前へ戻ると、リディアが不思議そうに首をかしげた。

「それが、ブレディア様へのお供え物なのか?」

「はい。でも、その前にお祈りをしましょう」

「そ、そうだな!」

 俺たちは女神像の前に並んで立ち、静かに手を合わせた。

 リディアは目を閉じ、敬虔な信徒らしく、心を込めて祈りを捧げている。


 一方の俺も、神妙な顔で女神像を見上げながら、心の中でそっと願った。

 ――どうか、駄女神(ブレディア)様の食い意地が少しでも治まりますように。

 ……いや、無理か。せめて、俺へのお供え物の催促が減りますように。

 そんな切実な願いを胸に、俺は祈りを終えた。


「これでいいんでしょうか?」

「ああ。きっとブレディア様にも届いたはずだ」

 リディアが満足そうにうなずく。

 俺は心の中で、どうか今の願いだけは聞き届けてほしいと念を押しておいた。


 そして、いよいよお供えの時間だ。

 俺は祭壇の前にピザの箱とコーラをそっと並べた。

「こ、ここに置くのか?王国最大の神殿だぞ。そんなことをして大丈夫なのか……?」

 リディアが戸惑ったように声を落とす。

 俺もさすがに少し気が引けていたが、次の瞬間、そんな考えは吹き飛んだ。

 ピザの箱とコーラが、まばゆい白い光に包まれたのだ。

 光は箱だけにとどまらなかった。

 祭壇から柱へ、女神像へ、そして天井へと続くアーチへと広がり、大神殿の内部全体を柔らかな光の波が満たしていく。


「……奇跡だ」


 聖職者の一人が、震える声でつぶやいた。

 その声を合図にしたかのように、神殿内にいた聖職者たちが次々と跪いていく。

「奇跡だ!女神様がお供えを受け取ってくださった!」

「これほど神力が満ちるのは百年ぶりだ!」

「記録を!この奇跡を記録に残せ!」

 高い天井の下で、何十人もの聖職者が波のように頭を垂れていく。

 その光景を前に、俺とリディアだけが立ち尽くしていた。

 ……やりすぎた

 俺はそっとリディアの手を引いた。

 この場に居続けるのは、どう考えてもまずい。


 ところが、彼女は動こうとしなかった。

「……リディアさん?」

 彼女は巨大な女神像を見上げたまま、じっと耳を澄ませていた。

 誰かの声を聞き取ろうとするように、わずかに首を傾げている。

 俺の耳には、聖職者たちのざわめきしか聞こえない。

 けれど、リディアには違う声が届いているらしかった。


『……リディアさん。聞こえるかしら?』


 突然、頭の中に優しい声が響いた。

 コータに向けられていたものとは違う、穏やかで慈愛に満ちた声だった。


『ここは大神殿だから神力が強いの。今なら、あなたにも直接声が届くはずよ』


「……っ!」


 リディアの肩がびくりと震えた。

 慌てて周囲を見回すが、神殿にいる聖職者たちは誰一人としてこちらを気にしていない。

 聞こえているのは、自分だけなのだ。


「も、もしや……ブレディア様、でしょうか……?」


『ふふっ。そうよ。いつも祈りを捧げてくれてありがとう、リディアさん』


「っ……!そ、そんな……!まさか、ブレディア様から直接お言葉をいただけるなんて……!」


 リディアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。普段はどんな魔物を前にしても怯まない彼女が、今は感激のあまり、声を震わせている。


『ふふ、そんなに緊張しないで。今日はあなたに、ちょっと伝えておきたいことがあったの』


「わ、私に……ですか?」


『ええ。オトクくん、いえ、コータくんのことよ』


「……コータの?」


 その名前が出た途端、リディアの頬がほんのりと赤くなった。


『オトクくんは、とてもいい子でしょ?ちょっと変わってるけど、すごく真面目な子なの。食べ物のことになると少しうるさいけど……そこも含めて、根は優しい子よ』


 リディアは何も答えられなかった。ただ、先ほど男たちから自分をかばおうとしたコータの姿や、大神殿で自分を気遣ってくれた言葉が、次々と思い浮かぶ。


『あなたの好意もちゃんと受け止めてくれるわよ』


「…………っ」


 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

 誰にも打ち明けていないはずの気持ちを、女神にはすっかり見透かされている。

 恥ずかしさに顔が熱くなる一方で、心のどこかがそっと背中を押されたような気がした。


『だから、これからもあの子を愛してあげてちょうだいね』


 からかうような響きはなく、ただ優しく温かな声だった。

 リディアは唇をきゅっと結んだあと、女神像を見上げた。


「……はい。ブレディア様」


 小さな返事だった。それでも、その声には先ほどまでの戸惑いとは違う、確かな想いがこもっていた。

 女神の声が、リディアの心にそっと染み込んでいく。

 やがて、大神殿を満たしていた光がゆっくりと薄れていった。

 跪いていた聖職者たちが、静かに顔を上げる。

 俺は大騒ぎを起こしてしまった後ろめたさを抱えつつ、リディアの手を引いて本殿を後にした。


 外へ出ると、街はすでに夜の帳に包まれていた。

 街灯が柔らかな明かりをともす中、俺たちは並んで歩いていた。

 手をつないでいる理由など、とっくになくなっている。

 それなのに、どちらからも離そうとはしなかった。

 リディアは俺の顔を見ようとしない。

 耳も首も、指先まで真っ赤になっている。

「……リディアさん?どうかしましたか?」

「な、なんでもない!」

「でも、何だか様子がおかしいですよ?」

「早く宿に帰りたいだけだ!コータの飯が食べたいだけなんだ!」

 ……うん。いつものリディアだ。

 俺は思わず笑ってしまった。

「じゃあ、今日はオムライスにしましょうか」

「…………うん」

 ようやくこちらを向いた彼女の顔は、まだ赤いままだった。

それでも、その表情はどこか柔らかく、いつもよりずっと穏やかに見えた。

「……コータのオムライスは、卵がふわとろで好きだ」

「知ってますよ」

 街の明かりに照らされながら、二人の影がゆっくりと並んで伸びていく。


 その後を、フィーナとセレスティアが少し離れて追っていた。

「……ねえ、リディアの顔、赤くない?」

「赤いわね。記録。大神殿を出てから、顔の赤さが一割増し」

「何があったのかなあ?」

「続きは宿のオムライスを食べながら観察しましょう」


 こうして、王都ビザマスでの二人きりの一日は幕を閉じたのだった。


 次回予告

 第十二話どうして料理番が魔獣を討伐するんですか?

 王都周辺で『飢えた獅子』が受ける討伐クエスト。

 コータは料理番として同行することになった――はずだった。

「ではコータ、ここからは前で戦ってくれ」

「どうして料理番が魔獣を討伐するんですか!?」

 ――料理番の叫びが、王都の空に響き渡る。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は、コータとリディアの王都デート回でした!

おしゃれをして食べ歩きを楽しみにしていたリディアですが、王都の食べ物はまさかの超高額……。そんな彼女を救ったのは、やっぱり特売チラシのおにぎりでした。

そして大神殿では、ブレディア様のありがたいお言葉がリディアに届くことに。

恋する乙女の背中を押す女神様……のはずが、本人はお供え物のピザとコーラに夢中です。

少しずつ距離が縮まっていくコータとリディア。二人の関係がこれからどうなっていくのか、温かく見守っていただけるとうれしいです!

よろしければ、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります!


※ブレディア様へのお供え物は任意です。

 ……ピザとコーラと恋バナは大歓迎だそうです。

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