第八話 朝起きたらベッドに女剣士がいたので、とりあえず朝ごはんを作ります
いい匂いがした。
ほんのり甘くてやわらかくて、なんだか懐かしいような匂い。
そして、あったかい。
ふかふかの布団の中が、いつもよりずっとあったかい。
「……ん……?」
目を開けると見慣れた天井があった。
いつもの俺の部屋だ。
昨日はホームパーティーで遅くまで騒いでいたからな。
さすがに疲れたらしい。
ただし、いつもと違うところが一つあった。
……布団の中に誰かがいる。
恐る恐る横を見る。
金色の髪が枕の上にふわりと広がっていた。
すう、すう、と規則正しい寝息が聞こえる。
「…………」
俺の隣で、リディアがぐっすり眠っていた。
いつもの鎧姿ではない。
ふわふわの淡い色の寝間着を着ている。
もちろん、背中に大剣もない。
「むにゃ……」
リディアの唇が小さく動いた。
「……にく……」
「…………」
「……こーた……おかわり……むにゃ……」
「…………」
寝息の合間に「ふにゃ」とか「んぅ」とか、聞いたことのない可愛い声が混じる。
普段は豪快に笑いながら大剣を振り回している彼女からは、とても想像できない姿だった。
(……めっちゃ可愛い)
思わず見とれてしまった。
いや、待て。
(何してるんだ俺は)
はっと我に返り、そっとリディアの肩に手を置いた。
「リディアさん。リディアさん。朝ですよ」
「んぅ……あと五分……」
「ここ、俺の部屋ですよ」
「んぅ……へや……?」
リディアがゆっくりと目を開けた。
目の前には俺の顔。
数秒の沈黙。
「…………………………」
「……おはようございます」
ボンッと音がしそうな勢いで、リディアの顔が真っ赤に染まった。
「へ、部屋を間違えた!!」
「あ、はい」
「間違えただけだ!断じて!他意はない!客間と間違えただけだ!」
「客間は廊下の反対側ですけど」
「そ、そうなのか!知らなかった!」
「昨日、案内しましたけど」
「き、聞いていなかった!」
リディアは勢いよく布団を跳ねのけベッドから飛び出した。
そして、ドアに全力で突っ込んだ。
ゴン。
「……だ、大丈夫だ!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!!」
まったく大丈夫そうには見えない。
リディアは真っ赤な顔のまま逃げるように廊下を駆けていった。
俺はベッドの上でしばらく動けなかった。
「…………」
布団からまだほんのりといい匂いがした。
顔が熱い。
……俺もたぶん真っ赤だ。
居間に降りるとフィーナとセレスティアがソファに座っていた。
二人とも、俺の顔を見るなり意味ありげににやりと笑った。
「おはよう、コータくん」
「……おはようございます」
「よく眠れた?」
「はい。まあ」
「作戦成功ね」
フィーナがぽつりと言った。
「何がですか?」
「ううん。なんでも」
「記録に残しておくわ」
セレスティアが小さくうなずいた。
「何をですか?」
「なんでもない」
「なんでもないわ」
二人はそろって俺から目をそらした。けれど、口元は笑ったままだ。
……何か知っているな。この二人。
問い詰めたところで、素直に白状するとは思えない。
俺はひとまず追及を諦め、台所に立った。
「朝ごはんにしましょう。今日はパンとベーコンエッグとスープです」
トースターでパンを焼く。
フライパンでベーコンを焼いて卵を落とす。スープは昨日のうちに仕込んでおいたものを温め直す。
朝の静かな台所に、ベーコンの焼ける香ばしい匂いが広がった。
「……いい匂いだ」
そこへカイルがあくびをしながら起きてきた。
「おはよう。昨夜はぐっすり眠れたよ。ベッドがふかふかでね」
「おはようございます。それはよかったです」
「……ん?リディアは?」
ちょうどその時だった。
リディアがそろそろと居間に入ってきた。
普段の鎧姿だ。髪もきちんと整えている。
いつもどおりの堂々とした立ち姿……と言いたいところだが、耳が真っ赤だった。
「お、おはよう」
「おはよう、リディア」
フィーナがにっこり笑った。
「よく眠れた?」
「ね、眠れた!」
「そう。それはよかったわね」
「あ、ああ」
フィーナの笑顔が、ますます深くなる。
リディアは気まずそうに視線をそらし、空いている席に座った。
やがて、テーブルに朝ごはんが並んだ。
トーストにベーコンエッグ。湯気の立つスープ。
「「「「「いただきます!」」」」」
五人がそろって手を合わせた。
……はずなのだが。
「…………」
「…………」
俺もリディアも、一言もしゃべらなかった。
目を合わせると顔が熱くなる。だからどちらも、目の前の皿だけを見ている。
リディアはスプーンで黙々とスープを飲んでいる。
俺はフォークでひたすらベーコンエッグを切っていた。
「…………」
「…………」
「……なんだか二人とも顔が赤いな」
カイルが不思議そうに言った。
「熱でもあるのか?」
「ない!」
「ありません!」
俺とリディアが同時に叫んだ。
「……?」
カイルは首をかしげた。
「そうか。ならいいが」
本当に何も知らないらしい。
昨夜はぐっすり眠れたと言っていたし、女子会のこともリディアのことも何も聞いていないのだろう。
その隣で、フィーナとセレスティアが必死に笑いをこらえている。
「ふふっ……」
「……ふふ……」
「何を笑っているんだ二人とも」
「なんでもないよ、リディア」
「なんでもないわ」
二人の声がぴったり重なった。
……絶対になんでもなくないだろ。
俺はため息をつき、朝食を口に運んだ。
そこで、ふと思い出した。
「あ、そうだ。駄女神様にもお供えしないと……」
リモコンでテレビの電源を入れる。
ブゥゥゥン。
『はいは~い!!豊穣と食文化の女神ブレディア様でぇ〜すっ!!あっ、ベーコンエッグの匂いだぁ!!』
「……お供えです」
俺はトーストとベーコンエッグを画面の前にそっと置いた。
皿が淡い光に包まれ、すうっと消える。
『…………!!』
画面の中のブレディアがフォークを持ち、卵に刃を入れた。
とろり、と黄身が流れ出す。
『……ベーコンエッグ、うんまぁぁぁぁい!!』
「それはよかったです」
『卵がとろっと!ベーコンがカリカリで!この組み合わせ、最高ですぅぅぅ!!』
画面の中で、ブレディアが満面の笑みを浮かべながらフォークをぶんぶんと振り回している。
……朝から元気だな、この女神。
その賑やかな声に、俺とリディアは少しだけ救われた。
さっきまで気まずかった空気も、ブレディアの騒がしさに紛れて、ほんの少しだけ和らいだ気がする。
朝食が終わると、四人は帰り支度を始めた。
「また週明けに来るからな!」
「約束は守る」
「じゃあね、コータくん」
「お邪魔しました」
リディアはいつもの調子を取り戻したように見えたが、俺と目が合うたびに、ほんの一瞬だけ顔を赤くしていた。
そして、フィーナは帰り際に俺の耳元へ顔を寄せた。
「……リディア、可愛かったでしょ?」
「…………っ!」
思いっきり心臓が跳ねた。
「ふふっ」
フィーナは何食わぬ顔で手を振り、軽やかに去っていった。
静かになったリビング。
俺はソファにぐったりと沈み込んだ。
「…………」
ふかふかの布団。
いい匂い。
寝息。
『……こーた……おかわり……むにゃ……』
「……ああああああ!」
頭を抱える。
思い出しちゃダメだ。
思い出すと顔が熱くなる。
「……気分を紛らわせよう」
俺は逃げるように今朝の新聞を広げた。
一面の見出し。
『王都の噴水 今朝は昨日より水が少し多い』
「……どうでもいい」
心の底からどうでもよかった。
だが、おかげで少しだけ気持ちが落ち着いた。
折り込みチラシを一枚ずつめくっていく。
スーパー。ドラッグストア。ホームセンター。家具屋。
「……ん?」
手が止まった。
束の一番下から、一枚の真新しいチラシが出てきた。
赤と青の派手な色合い。
大きなピザの写真。
【ドーミンピザ宅配ピザオープン記念!】
━━━━━━━━━━━━━━
ピザLサイズ2,980円
ピザMサイズ1,980円
ピザSサイズ1,200円
フライドチキン4ピース598円
コーラ1.5L298円
コーラ500ml198円
━━━━━━━━━━━━━━
「来た……」
宅配ピザのチラシだ。
以前見つけた、下のほうに『準備中。近日、掲載予定』と書かれていた白紙のチラシ。
ついに、その内容が明らかになった。
『きっっっったああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!』
テレビが勝手に光った。
画面いっぱいにブレディアの顔がどアップで映る。
『それぇ!それだ!それだぁ!!いま、ピザの絵が見えましたよぉ!!!』
「……なんで見えるんですか?」
『ビデオ通話ですから!』
「だから万能の言い訳じゃないですって」
『宅配ピザのチラシですよねぇ!?そうですよねぇ!?もう来ちゃったんですよね!?』
「はい。今見つけたところです」
『ピザ!!ピザ!!あたしぃ、ピザ食べるのぉぉぉ!!!!』
ブレディアが画面の向こうでじたばたし始めた。
『あぁたぁしぃ~、ピぃザぁ~、食ぁべぇるぅのぉぉぉ〜〜〜!!!!ピぃザぁ~、食ぁべぇるぅのぉぉぉ〜〜〜!!!!』
「落ち着いてください。あなた曲がりなりにも神様でしょうが!!!」
『女神様でもぉ、食べたいものは食べたいんですぅぅぅ〜〜〜!』
駄々っ子だ。完全に駄々っ子だった。
「……わかりました。注文します」
『わぁーい!!ピぃザっ!!ピぃザっ!!』
俺はため息をついてチラシを広げた。
「Mサイズのピザとサイドのフライドチキン。それからコーラの1.5リットルでいいですか?」
『一番大きいやつ!全部大きいやつ!』
「じゃあLサイズですね!チッ……仕方ないですね……」
『やったぁ~!!!』
どんだけ食うんだよ。この駄女神は……。ついさっき朝食を食べたばかりだろ。
もはや敬意の欠片もない。だが仕方ない。毎日のようにこいつの食い意地に付き合わされているのだ。俺だって言いたいことくらいある。
……まあ、ピザをお供えすれば機嫌がいいんだから安いものか。
いや。神様への評価がこれでいいのか?
俺は駄女神の注文を済ませると続けて自分の分を選んだ。
「Sサイズのピザ。それからコーラの500ミリリットルっと……」
これでよし。
……いや待て。
ピザにコーラ。朝から食欲全開の女神に付き合っていたら俺まで食べすぎそうだ。
まあいい。昼飯は抜けばいいだろ。
注文を終えた直後、専用冷蔵庫からぴーんぽーん、と電子音が鳴った。
扉を開ける。
「……あつっ」
中から湯気を立てたピザの箱が出てきた。
ほかほかの揚げたてチキン。
そして、冷えたコーラ。
「温かいものが冷蔵庫から出てくるなよ……」
俺はぶつぶつ文句を言いながら箱を受け取った。
便利なのは間違いない。だが、冷蔵庫としては何かがおかしい。
だが、この冷蔵庫からはベッドやソファーまで出てくるのだ。
今さら温かいピザが出てきたくらいで驚いていられない。
便利なんだからいいじゃないか。細かいことは考えるな。考えたら負けだ。
駄女神の分を画面の前にお供えする。
皿に載せた熱々のピザとチキン。それにコーラ。
それらが光に包まれ、すうっと消えた。
『…………………………』
画面の中の駄女神が箱を開けた。
ぱかっ。
『…………ピザ……』
湯気がふわりと立ちのぼる。
『……ピザだぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
ブレディアが壊れた。
『チーズが!チーズがぁ、とろっとろぉ!のびぃーる!のびぃーる!どこまでぇーものびぃーる!!』
『しかもぉ、宅配ピザってほんっとぉに熱々なんですねぇ!昨日食べたピザとは全然ちがぁう!!』
「はいはい、それはよかったですね」
『フライドチキンもあつあつジューシぃ~!!衣がざっくざくぅ~!!』
『コーラ!しゅわしゅわ!ごくごく!ぷはぁぁぁ!!』
画面の向こうは完全にお祭り騒ぎだった。
ピザを頬張り、チキンをかじり、コーラを飲む。
駄女神は一口食べるたびに感想を叫び、次の一口へと手を伸ばしている。
俺も自分のピザを一口かじった。
「……おお」
うまい。
生地がもちもちで、チーズが濃厚。
昨日食べたチルドピザとは、また違ったおいしさだ。
「これは……」
やっぱり、焼きたてのピザは別格だ。
……次のホームパーティーではこれを出してやろう
きっとリディアたちも喜ぶ。
リディアはきっと目を輝かせて、夢中で食べて、チーズを伸ばして……。
そこまで考えたところで。
…………あ
リディアの寝姿を思い出してしまった。
「むにゃ……こーた……おかわり……」
「…………っ!!」
顔が一気に熱くなった。
『オトクくぅん?』
画面の中から能天気な声が聞こえた。
『なぁに、赤くなってんのぉ〜?』
「な、なんでもないです!」
『あ、熱でもあるんじゃないですか〜?ピザ食べますぅ~?』
「もう食べてます!」
『ねえねえ!オトクくぅん!!ピザ、おかわりないの〜?』
「…………」
何も知らない女神の追撃は、妙に鋭かった。
俺はがっくりと肩を落とした。
ちなみに。
この日、駄女神はそのあと追加でピザを三枚注文した。
次回予告
第九話 500万ペイをかけてフルリフォーム!?リディアたちがお風呂に感動しました
新聞の折り込みから現れたのは、ヤマモト電機のリフォームのチラシ。
トイレ、お風呂、キッチンの交換。壁紙の張り替え。全室エアコン。ウォーターサーバーまで!
「全部お願いします!」
『オトクくぅん、ちょっと興奮しすぎじゃないですかぁ?』
「食い意地の女神ブレディア様には言われたくないです!」
――総額500万ペイのリフォームが、ついに始まる。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
リディアの寝ぼけた姿に振り回された朝でしたが、最後はブレディア様の食欲に振り回されることになりました。
ピザにフライドチキンにコーラ。神様だろうと食欲には逆らえないようです。……いや、ブレディア様の場合は少し自重してほしいところですが。
そして次回は、ついにヤマモト電機のリフォームチラシが登場!
トイレにお風呂にキッチン。さらには壁紙やエアコンまで、コータの買い物はついに家そのものへと手を伸ばします。
もちろんブレディア様も黙ってはいません。
次回もぜひお楽しみに!
※ブレディア様へのお供え物は任意です。
なお、宅配ピザのお供えも大歓迎です。
特にLサイズは大変喜ばれます。




