第六話 週三日までの約束のはずが、四日目の朝に玄関で待機されていました
約束を決めた翌週。
月曜、火曜、水曜と『飢えた獅子』の面々は律儀に通ってきた。
唐揚げにプリン、オムライス、ハンバーグ。毎回、食卓の前は戦場だった。
そして、四日目の朝。
今日は、誰も来ない日だ。
……来ない日の、はずだった。
「よし。今日は、ゆっくり朝ごはんを食べよう」
炊飯器から、湯気が立ちのぼる。
味噌汁の香り。
焼き鮭に、卵焼き。
今朝のチラシにも、いい特売が載っていた。
平和だ。実に平和な朝である。
しかし、俺は窓の外を見て箸を止めた。
玄関の前を金色の頭が行ったり来たりしている。
「……リディア?」
玄関を開けると、そこには、確かにリディアが立っていた。
だが、様子が違った。
いつもの鎧ではない。
淡い水色のワンピース。
髪には、小さなリボン。
そして、背中には、大剣。
……大剣は、背負ってくるんだ。
「ぐ、偶然だな、コータ! 近くを通りかかったんだ!」
「ここ、町外れの郊外ですよ」
「ぐ、偶然だ!」
「いつからそこに?」
「…………三時間ほど」
「玄関の前に三時間!?」
「ノックしようとしてやめて、また手を上げて、やめて、を繰り返していただけだ!」
「それは、ノックしようとしていたんですね」
「ち、違う!今日は、訪問ではない!約束は守っている!これは、市場調査だ!」
「何の市場調査ですか」
「…………料理人の」
「ああ、はい」
ぐぅぅぅぅ。
リディアの腹が、盛大に鳴った。
「…………」
「…………とりあえず、朝ごはん、食べていきませんか?」
「べ、別に、ご飯を食べに来たわけでは!」
ぐぅぅぅ。
「どうぞ」
「…………お邪魔する」
リディアを席に座らせて、俺は台所へ向かった。
今日のリディアは、いつもと様子が違う。
いつもの鎧姿ではなくワンピースにリボン。
そんな姿をブレディアに見られたら最後。
間違いなく面白おかしくからかわれるに決まっている。
しかも、リディアは女神を心から崇めている。
あんな乙女な一面を知られたら、本人だって恥ずかしいに違いない。
よし、今日は何があってもブレディアとの通信は遮断しておこう。
俺は、リモコンでテレビの電源を切った。
それから、写真立てを手に取る。
中には、ブレディアがの肖像画が入っている。
それを、そっと伏せて棚に置いた。
最後に、頭の中で、神界通話の画面を呼び出す。
『着信拒否』
「……こんな機能、あったのか」
迷わず押した。
その瞬間、伏せた写真立てがカタカタカタ、と揺れた。
「……地震か?」
リディアが、きょろきょろと周りを見る。
「気のせいです」
俺は何事もなかったかのように台所へ戻った。
朝食は白いご飯に味噌汁、焼き鮭、卵焼き、漬物。
「おお……!」
リディアの目が、輝いた。
……が、すぐにはっとした顔で背筋を伸ばした。
「い、いただきます」
スプーンを持つ手がやけにぎこちない。
ほんの小さな一口。
ゆっくりと咀嚼。小指がぴんと立っている。
「……どうしたんですか?」
「な、なにがだ?」
「いつもより、上品ですね」
「ふぃ、フィーナに、言われたのだ!女らしく、ゆっくり、一口ずつ、よく噛んで食べろ、と!」
「ああ……」
「……………はっ!」
「フィーナさんのアドバイスなんですね」
「ち、違う!別に女らしくしようとしているわけでは!」
「普通に食べていいですよ。いつもみたいに」
「…………いいのか?」
「そのほうが、作りがいがあります」
数秒の沈黙のあと、リディアはスプーンを握りなおした。
そして、いつもの勢いでご飯をかきこみはじめた。
「うまい!この変わった味のスープ!腹の底に染み渡る!」
「ありがとうございます」
うん。やっぱりこっちのリディアのほうがリディアらしい。
……とはいえ、せっかくのワンピースにリボン姿だ。普段とのギャップもあって、これはこれで悪くない。
食後。
お茶を飲みながら、リディアはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言った。
「……コータ。聞いてもらっても、いいか」
「はい」
「まず、冒険者として、だ」
「冒険者として」
「最近、剣が軽い。体の調子も、すこぶる良い。皆の動きも、前より冴えている。……全部、お前の飯のおかげだ」
「そんな、大げさな」
「大げさじゃない。だが、私はリーダーとして、ずっと自分の力で強くなってきたつもりだった。飯で強くなって、いいのだろうか、と……少し、思ったんだ」
「いいと思いますよ」
「…………」
「食事も、実力のうちです。冒険者にとってご飯は装備みたいなものじゃないですか」
「…………そうか」
「はい」
リディアは、ほっとしたように、息を吐いた。
「次は、仲間として、だ」
「はい」
「私は、リーダーなのに飯のことになると、皆を振り回してばかりだ。カイルには、毎日苦労をかけている。フィーナにも、セレスにも、呆れられている」
「呆れてはいないと思いますよ」
「そうなのか?」
「みんなリディアさんのことが好きだから一緒にいるんですよ」
「…………!」
リディアの頬が、少し赤くなった。
「……ありがとう」
そして、彼女は湯のみを両手で包んだ。
声が小さくなる。
「最後に、だ」
「はい」
「…………一人の、女として、なんだがな」
出た。
俺は、静かにお茶をすすった。
ここまでの流れで、薄々察してはいた。
リボン。
ワンピース。
三時間の玄関待機。
上品な食べ方。
……さすがに、わかる。俺は、そこまで鈍くない。
「私は、ガサツだ……」
「はい……」
「力ばかり強くて、剣を振ることしか能がない」
「いえ、リーダーとして立派ですよ」
「手は、マメだらけで剣だこだらけだ。フィーナや、セレスみたいに、可愛くも、ない……」
リディアが自分の両手をじっと見つめた。
「…………見せてもらってもいいですか」
「え?」
「手」
恐る恐る差し出された手を俺はそっと取った。
硬い。
傷だらけで指の付け根にはいくつものたこがある。
「…………かっこいい手ですよ」
「…………!」
「ずっと、頑張ってきた手です。仲間を守ってきた手です。俺は、好きです」
あ。
しまった。少し直球すぎたか。
リディアの顔が耳まで真っ赤に染まった。
「す、すす、好き!?」
「いや、手が!手が、ですよ?」
「て、手が!手が、な!そ、そうだよな!手がな!」
「はい!」
「……ありがとう……」
リディアは、俺の手から自分の手をそっと引き抜いた。
だが、すぐには顔を上げなかった。
しばらくの沈黙のあと、リディアが意を決したように顔を上げた。
「こ、コータは、どういう女が好きなんだ!?」
「え?」
「いや、その!参考までに!パーティーの、えっと、そう、チームワークのために!皆の好みを、把握しておく必要があって!」
「チームワーク、ですか?」
「そうだ!断じて、他意はない!私は、あくまで、優秀な料理人を確保するためにだ!」
「はい。わかってます」
俺は、にっこりと笑った。
「…………!」
「そうですね……よく食べる人は好きですよ。作りがいがあるので」
「…………!!」
リディアの顔が、さらに赤くなった。
「よ、よく食べる、人が……!そうか、そうか……!」
「他にも、ありますけど」
「ほ、他には!?」
「それは、また、今度で」
「こ、今度……!」
その頃、庭の茂みがやけにガサガサと揺れていた。
「風が強いな」と思ったが、窓の外はほぼ無風だった。
「……今よ。押して」
「まだ早い」
「記録、記録……」
「俺は、帰っていいか?」
「だめ」
そんな囁き声が聞こえた気もしたが気のせいだろう。
「そ、そうだ!お返しに、私にも何か作らせてくれ!」
リディアが、勢いよく立ち上がった。
「えっ」
「朝飯の礼だ!卵くらいなら、割れる!」
「割れるんですか」
「当たり前だ!」
バキッ。
「…………」
卵が、握りつぶされていた。殻ごと。
「…………リディアさん」
「ち、力加減を、間違えた」
三回目でようやく割れた。
フライパンに落とす。
殻が半分混ざっている。
出来上がった目玉焼きは、黒かった。
「く、黒いな」
「黒いですね」
「食べなくていい!」
「いただきます」
「え!?」
俺は、箸を伸ばして一口。
ジャリ。
「…………」
「ど、どうだ!?」
「…………卵、ですね」
「卵だ!」
「焦げてますし、殻も入ってますけど。味は、ちゃんと卵です」
「うっ……」
「でも、嬉しいです」
「…………え」
俺は、残りも全部食べた。
「ごちそうさまでした」
「…………全部、食べたのか」
「はい」
「…………」
リディアは目をぱちぱちと瞬かせたあと、ふにゃりと頬を緩めた。
普段の豪快な笑顔とは違う。照れくさそうで、どこか無防備な女の子らしい笑顔だった。
……かわいい。
思わず、そう思ってしまった。
いやいや、待て。
俺はスローライフを送りに来たんだ。
恋愛をしに来たわけじゃない。
リディアのことが嫌いなわけじゃない。
むしろ、一緒にいて楽しいし、笑ってくれると嬉しい。
……いや、だからといって、今はそういう話じゃない。
うん、そういうことにしておこう。
夕方。
玄関でリディアが靴を履きながら言った。
「そ、そろそろ、帰る!約束は守る。次は来週の月曜だ!」
「はい。お待ちしています」
「…………!あ、あと!」
「はい?」
「今日の、朝飯。……ありがとう。…………また、一緒に作っても、いいか?」
「いいですよ」
「…………!!!」
バキッ。
玄関のドアノブが、折れた。
「あ」
「す、すまない!弁償する!」
「いえ、大丈夫です。あとで直しておきますから」
「…………すまない」
リディアは、真っ赤な顔で全速力で走っていった。
茂みの方向へ。
「待てリディア、そっちは茂みだ!」
誰かの声がした気がしたが風の音だろう。
さて。
リディアが去ったあとの静かなリビング。
俺は深く息を吐いて棚から写真立てを手に取った。
肖像画を表に戻す。
リモコンでテレビの電源を入れる。
頭の中で着信拒否を解除する。
ブゥゥゥン。
画面に、光が走り、そして。
『…………』
ブレディアが、いた。
目がすわっていた。
髪もぼさぼさ。
机の上には空になったお菓子の袋が山になっている。
『…………オトクくぅん??』
「コータです。……お待たせしました」
『……一日、無視しましたよねぇ!!』
「すみません。事情がありまして」
『私、朝から何も食べてないんですよぉ!?』
「机の上のお菓子の袋は?」
『あ、これはおやつです!ご飯じゃないですよぉ!?』
「屁理屈がすごいな」
『お供えもなし!着拒!肖像画も伏せられて!ひどい!ひどすぎるよぉ!!あたしぃ、女神様なのに!!!』
「リディアさんが来てたんです。あの人、ブレディア様を崇めてるので……今日のあの顔は見せたくなかったんですよ」
『…………あの顔?』
「恋する乙女の顔です」
『…………!』
ブレディアの目が、きらん、と光った。
『恋バナ!?恋バナですか!?見たかったぁぁぁ!!』
「だから、見せたくなかったんですよ」
『ひっどーい!!あたしだって、そういう話は大好物なのにぃぃぃ!!』
「食べ物以外にも大好物があったんですね……」
『失礼な!恋バナは心のご飯なんですぅ!!』
「その理屈でいくと、ブレディア様は一日中食事してることになりますよ?」
『いいじゃないですかぁ!!乙女の恋と美味しいご飯!どっちも大事なんですぅ!!』
「その代わりと言ってはなんですが、今日はお詫びを用意しますのでちょっと待っててください」
『お詫び!?』
俺は、今朝の新聞を広げた。
折り込みチラシの中にちょうどいいものがあった。
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【ヤマモト電機|大感謝セール】
・冷凍庫付き大型冷蔵庫 79,800円
・電子レンジ 8,000円
・ホットプレート 5,980円
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【スーパー・マル得|冷凍商品大特売!】
・冷凍チャーハン(五人前) 398円
・冷凍餃子(三十個入り) 298円
・冷凍たこ焼き(二十個入り) 298円
・冷凍スパゲティ 298円
・カップアイス(八個入り) 498円
・アイスバー(十本入り) 298円
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「…………よし、全部買います」
購入した冷蔵庫をリビングに置いて、特売の食材、冷凍食品、アイスを、ぎっしりと詰め込む。
冷凍庫はほぼ満杯だ。
最後に、電子レンジとホットプレートも添えて、冷蔵庫ごとテレビの前にドンと置いた。
「……お供えです」
冷蔵庫と電子レンジが光に包まれてすうっと消えた。
『ぎゃああああああああああ!?』
画面の端にドンと、白い箱が現れた。
『れ、冷蔵庫!?えっ?これ、全部、私の!?』
「ぎっしり入ってますよ。食材も、冷凍食品も、アイスも」
『きゃーーーーーーっ!!!!!』
ブレディアは冷凍庫をがばっと開けた。
『わあ~っ!』
ぎっしり詰まった冷凍食品が雪崩のようにぼろぼろと落ちてくる。
『ちょっ、ちょっ、多すぎ!多すぎますよぉぉぉ!』
「落ちたら、拾ってください」
床に散らばった冷凍食品。
ブレディアは、その中から冷凍チャーハンを一袋つかんだ。
『……ところでこれ、どうやって食べるんですか?』
「袋に電子レンジのマークがあるでしょう。その通りにですよ」
『電子レンジ……この、箱ですね?』
「はい。袋のまま入れて温めるボタンを押してください」
ブレディアがぎこちなく電子レンジに袋を入れる。
ボタンを押す。
ブウウウン。
オレンジ色の光の中で袋がくるくると回る。
『……回ってる……』
「はい」
『すごい……回ってる……!』
チン!
『できたぁぁぁ!!』
袋をつかんであちち、と叫ぶ。
皿にチャーハンをぱらぱらと広げてスプーンで一口。
『…………!!』
『…………あつい……おいしい……パラパラ……』
「それはよかった」
『冷たい食べ物がチンであったかく……!文明ってすごい!』
『あっ、この餃子もチンですか?』
「餃子はホットプレートです。一緒に送ったやつで焼いてください」
『ほっと、ぷれーと……!』
ブレディアがホットプレートに冷凍餃子をずらりと並べる。
じゅううう、といい音がして香ばしい匂いが画面越しに伝わってくる。
『……この匂い、ずるい……』
『しかも、冷凍庫の中にアイスまで!こっちは、冷たいまま!』
画面の中でブレディアはチャーハンを食べ、アイスを食べ、またチャーハンを食べ、満面の笑みを浮かべている。
『……オトクくぅん』
「コータです」
『許します』
「ありがとうございます」
『でも』
「でも?」
『明日のごはんも、お供えしてくださいね』
「明日は、みんな来ない日なんですが?」
『それは、リディアさんたちの話でしょう!』
「…………まあ、いいか」
通話を切ったあと、俺はリディアが折ったドアノブを見つめた。
「……直さないとな」
彼女の真っ赤な顔とふにゃっとした笑顔を思い出す。
「…………うん」
俺は考えることをやめた。
スローライフ。
そう、スローライフだ。
恋愛もスローでいい。
次回予告
第七話 『飢えた獅子』が全員お泊まり!リディア女子力向上計画は、夜まで続きます
「リディア、次はこれを着なさい」
「笑顔は、こう」
「記録によると、男性はギャップに弱い傾向があるわ」
『飢えた獅子』の女性陣が、リーダーのために本気を出す。
そのころ本人はというと。
「…………なぜ、私が、こんなことを……!」
――脳筋女剣士の恋は、仲間たちの全力のおせっかいとともに、加速する。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、いつも豪快なリディアの乙女な一面が見えるお話でした!
次回、第七話
「『飢えた獅子』が全員お泊まり!リディア女子力向上計画は、夜まで続きます」
仲間たちの全力のおせっかいで、リディアの恋はどうなるのか!?
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※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……餃子のタレはお酢多めがお好みだとか。




