第四話 俺を囲い込む会議が、俺の家で開かれているんですが?
海から戻って三日。
町は相変わらず食べ物が高い。
今朝の新聞の一面は『町の鳩、今朝は昨日より元気』。
やはり、どうでもいい。
だが、俺のスローライフは順調だった。
庭のある家。安い家電。
毎朝届く折り込みチラシ。
家電のおかげで生活は快適だし、食べ物も特売で確保できる。
冒険者としての稼ぎもある。
今のところ、何の不満もない。
今日は一日、家でゆっくり過ごしてホットプレートで何か作ろう。
そう思っていた昼前のことだった。
ドンドン!
「コータ!いるか!開けてくれ!」
……嫌な予感がした。
玄関を開けると『飢えた獅子』の四人が並んでいた。
「近くを通りかかったからな!寄ってみた!」
リディアが胸を張る。
「ここ、町外れの郊外ですよね?通りかかるような場所じゃないんですけど」
「ギルドで家の場所を聞いたんだ!」
「受付のお姉さん!?」
個人情報の管理はどうなっているんだ、このギルドは。
「すまない……」
カイルが小さな声で謝った。
「止めたんだが、リディアの『飯』という言葉の前では誰の声も届かないんだ……」
「手土産は持ってきたよ。ちゃんと」
フィーナが焼き菓子の入った小さな袋を掲げた。
……悪い人たちじゃあ、ないんだよなぁ。
「……どうぞ。散らかってますけど」
「おっじゃましまーす!」
リディアが一番乗りで家の中へ突撃していった。
俺の返事を待つ気はないらしい。
玄関、廊下、リビング。四人がそれぞれの反応で家の中を見回す。
「広いな……」
「庭付きの一戸建てを買ったって、本当だったのね」
フィーナが俺を横目で見た。
「コータくん、冒険者になってまだ二週間とちょっとだよね?お金はどうしたの!?」
「ええ。討伐クエストをいくつかこなしたら、思ったより稼げまして」
「へえ!コータ君はすごいねぇ!」
フィーナは素直に感心したように目を丸くした。
「ウサギとネズミが思ったより高く売れたんですよ」
「なるほどね。運がよかったんだね!」
「まあ、そんなところですね」
冒険者が家を買うこと自体は珍しくない。
魔獣は討伐報酬がそれなりに高い。だから、別に不思議な話ではないのだろう。
討伐報酬が高いのは冒険者なら誰でも知っている。
『飢えた獅子』が相手にする魔獣なら百万や二百万ペイの報酬も珍しくない。
大型の魔獣ともなれば一千万ペイを超えることだってザラだ。
ただ、俺はまだFランク。
この世界では食費だけで一日百万ペイはかかる。宿代なども合わせれば一日百五十万から二百万ペイにもなる。いくら討伐報酬を稼いでも、普通なら生活費で大半が消えてしまう。
だが、俺には特売チラシがある。食費をほとんどかけずに済むおかげで、冒険者になってわずか三日ほどで家を買うことができたのだ。
冒険者になって二週間ほどで家を買ったと聞けば、少しくらい驚かれてもおかしくないだろう。
……まあ、特売チラシのおかげだということは秘密だけど。
一方で、セレスティアはリビングの真ん中に置かれた黒い板を見つめていた。
「……コータ。これは、何?」
「テレビです」
「てれび?何をするものなの?」
「遠くの景色や物語を映して見るものです。まぁ、いまは映らないんですけどね」
「映らない物を置いているの?」
「……はい、いまは置物です」
「そう。置物」
セレスティアは真顔でうなずいた。納得したのか、していないのか、わからない。
できれば、ただの置物だと思っておいてほしい。
説明を始めたら、面倒なことになる気しかしない。
台所では、炊飯器やホットプレートが並んでいる。
「これは、魔道具か?」
カイルが興味深そうにのぞき込む。
「そんなものですね」
「魔石の反応がないわね。でも、あなたの魔力で動いている。……興味深いわ」
セレスティアがじりじりと近づいてくる。
「ちょっと、その話はあとで」
このままでは家電の仕組みについて根掘り葉掘り聞かれそうだ。俺は話を切り上げるように手を叩いた。
「それより、お昼にしましょう。今日はオムライスです」
本当はホットプレートで何か適当に作るつもりだったのだが、こうなった以上は仕方がない。
せっかく来てもらったのだからちゃんとしたものを出すとしよう。
「おむらいす?」
「卵とご飯の料理です」
「卵を使うのか?」
カイルの顔が少しこわばった。
「ひとり二個ずつの予定です」
「二個!?四人で八個ってこと!?卵一個は十五万ペイよ?八個で百二十万ペイじゃない!」
フィーナが目を丸くする。
「買い置きがあるんです。……安く買えた店があって」
「どこの店?」
「……いろいろと」
「ふぅん?」
フィーナがじっと俺を見つめる。
しまった。
食材の値段を考えれば当然の反応だが、余計なことを言ってしまったかもしれない。
とはいえ、まさか日本のスーパーの特売チラシで買いましたなんて説明するわけにもいかないしな。
ホットプレートにバターを溶かす。ご飯を炒めてケチャップを加える。
フライパンで卵をふわっと焼き上げ、炒めたご飯にかぶせる。
最後にケチャップで仕上げれば、オムライスの完成だ。
「できました。オムライスです」
四人分の皿をテーブルに並べる。ふと、リビングの隅に置いた写真立てが目に入った。
……そういえば、駄女神の分を忘れていた。
俺はオムライスを少し多めに取り分けると、写真立ての前に置いた。
すると、皿が淡い光に包まれたかと思うと、そのまま消えていった。
『オムライスぅぅぅ!!卵!ふわとろですよぉぉぉ!!』
頭の中にブレディアの歓喜の声が響き渡る。
『ふわとろの卵にケチャップライスぅ!この組み合わせを考えた人は天才ですかぁ!?はむっ!もぐもぐ……んん~っ!ああっ、もう一口!もう一口ください!!』
……食べるのが早すぎるだろ。
『オトクくぅん!これ、毎日お供えしてくれてもいいんですよぉ!?あたしぃ、毎日でも全然飽きませんからねぇ!』
誰が毎日お供えするか。
俺は心の中でツッコミを入れながら、何食わぬ顔で席に着いた。
「…………」
セレスティアが黙ってスプーンを入れる。
ひと口、頬張る。
「このオムライス……」
「お口に合いませんでしたか?」
「違うわ。卵の柔らかさ、米の食感、ソースの酸味と甘味……完璧な調和よ」
「ありがとうございます」
「ところで、この料理にはどのような魔法を?」
「使ってません」
「……そんなはずはないわ」
「本当に使ってませんって!」
「ならば、調理工程をすべて記録させてちょうだい」
「ここ、お料理教室じゃないんですけどぉ!?」
その横で、リディアは無言で二杯目のオムライスをかき込んでいた。
「このふわとろの卵、最高だ!おかわり!」
「ありません!もう卵がありません!」
「なに……!」
リディアが絶望的な顔をした。
「そんなにショックを受けなくても……」
「明日の分はあるのか!?」
「明日も来る気ですか!?」
「当然だろう?」
「当然じゃないですよ!」
どうして俺の家で食事をすることが、すっかり決定事項になっているんだ。
しかも、明日の卵の心配までされている。
俺はいつから『飢えた獅子』の専属料理人になったんだ?
……いや、まだなっていない。
なっていないはずだ。
このあたりから、嫌な予感は確信に変わっていった。
食後。
俺が洗い物をしていると、リビングで何かが始まっていた。
「では、これより会議を始める」
リディアがごほんと咳払いをする。
「議題は、コータの処遇についてだ」
「俺の処遇って何ですか!?」
「現在、コータはパーティー『飢えた獅子』の臨時の料理番だ。これを正式に専属にしたい」
「いや、臨時の仕事はあの遠征だけじゃ……」
「そこで、私たちが用意したのがこれよ」
フィーナが一枚の紙を取り出した。
「コータくん。出発前にサインした依頼受諾書、覚えてる?」
「ええ、まあ。ちゃんと読んだ記憶はあまりないですけど」
「ここ。一番下の小さい字」
指さされた先には細かい文字が並んでいた。
『※本依頼は、パーティー「飢えた獅子」が解約を申し出るまで、同条件で継続する』
「…………解約を申し出るまで?」
「うん。私たちが言わない限り、ずっと有効」
「解約するのは俺じゃなくて、そっちなんですか!?」
「そういうこと」
「おい!!詐欺じゃねえか!!」
フィーナは悪びれる様子もなく、にっこりと笑った。
この人、絶対にわざとだ。契約書をろくに読まなかった俺も悪いけど、こんな条件を小さな字で書くなよ!
……腹黒いよ。やっぱりこの人、絶対に腹黒いよ。
「ちなみに、日当は倍にする!住み込みでも構わないぞ!」
リディアが勢い込んで言う。
「いやいや、住み込みって……俺には自分の家がありますから!」
「そ、そうか。なら仕方ないな……」
リディアは一瞬だけ肩を落としたものの、すぐに顔を上げた。
「なら、私たちがここに通えばいいんじゃないか?」
「……はい?」
「毎日ここに来て食事をすればいい。コータの料理を食べられるし、君もわざわざ宿に来る必要がない。これならお互いに都合がいいだろう?」
リディアは名案を思いついたとばかりに胸を張った。
「いや、俺の家に毎日通う前提になってません!?」
「だ、駄目だろうか……?」
リディアが少しだけ眉を下げてこちらを見つめる。
その表情は妙にしおらしくて、思わず言葉に詰まった。
「い、いや……駄目というか、そういう問題じゃなくてですね……」
「よし!決まりだな!」
「決まってませんよ!?」
「そうか。では、明日は何時に来ればいい?」
「話を聞いてください!」
なぜそうなる。
どうして住み込みの話から通いに切り替わるんだ。
そもそも、俺は専属料理人になるとも、毎日料理を作るとも言っていない。
「調理工程の記録と、魔力の観測を毎日させてほしいの」
セレスティアが真顔で手を挙げた。
「毎日?」
「毎日。……それが一番効率がいいわ」
「俺は仲裁役でいい」
カイルが縁側ですでにくつろいでいた。
「いや、あなたが一番くつろいでるじゃないですか」
「ここは落ち着くからな……」
いつの間にか、お茶まで淹れている。
逃げ場がない。
正式な加入じゃない。誰も無理強いはしていない。
それなのに、気づけば四方から包囲されている。
「……せめて、休みの日はください」
「もちろんだ!週に一日は休んでいいぞ!」
「週に一日、ですか……」
「次の遠征では、また海に行きたいわね」
「海鮮BBQがいい!」
「あれは、あの、もう一回市場で買ってからでないと……」
「買い置きがあるんでしょう?」
フィーナが愉快そうに言った。
「…………」
この人、絶対に俺の秘密を探ろうとしている。
頭の中で、聞き覚えのある声が遠くで叫んでいる気がした。
『買い置き!?私の分は!?お供え物はぁぁぁ!?』
うるさい。
お前まで参加するな。
結局、その日は日が暮れるまで四人は帰らなかった。
夕飯まで平らげたあと明日の唐揚げの準備を見届けた四人は、ようやく帰り支度を始めた。
ところが、玄関に向かう途中で明日の食事について好き勝手に注文し始めた。
「明日は唐揚げだ!」
「私はプリン!」
「オムライスの調理工程を記録させて、コータ」
「俺は普通の定食でいいよ」
俺は頭を抱えた。
「……これ、俺が料理を作る前提で話が進んでません?」
「当然!」
「俺のスローライフはどこに行ったんだあああああ!」
叫んだ俺をよそに、三人が先に玄関を出ていく。
……と思ったら、カイルだけが動かなかった。
三人が帰ったあとも、カイルは縁側で食後のお茶を静かにすすっていた。
「……カイルさんは帰らないんですか?」
「ああ。もう少し、ここにいる」
「自分の家に帰ってください」
「食後のお茶を飲んでからでもいいだろう?」
「ここ、俺の家なんですけど!!」
縁側から見える空は、すっかり真っ暗になっていた。
静かになったリビングで、俺は大きく息を吐いた。
ようやく帰ってくれた……。
俺は台所の冷蔵庫に行き、プリンの残りを確認した。
「……三つ、残ってるな」
今日だけで、いったい何人分の食事を作ったんだろう。
そんなことを考えていたときだった。
頭の中に、聞き覚えのある声が響いた。
『神託でーす!オトクくぅーん、神託ですよー!』
「コータですって。……って、神託ってなんですか?」
『テ・レ・ビ!!をつけなさい!!』
「映らないんですよ?知ってるでしょうが!」
『いいから、つけなさい!!豊穣と食文化の女神様直々の神託ですよぉ!!』
相変わらず、神託のありがたみがまるでない。
しぶしぶ、リモコンのスイッチを押す。
すると、ずっと黒かった画面にまばゆい光が走った。
画面が明滅したかと思うと、そこに見覚えのある顔が大きく映し出された。
『じゃじゃーん!!オトクくぅーん、見えてますかぁー?』
画面いっぱいに、ブレディアの顔が映った。
「うわっ!?な、なんだこれ!?」
『ビデオ通話ですよぉ!神界の最新技術ですぅ!』
画面の中では、ブレディアが満面の笑みを浮かべて手を振っている。
……ん?
俺は画面をじっと見つめた。
写真立てに飾られている肖像画はもっと神々しかった気がする。
「やっぱり、肖像画は五割増しじゃねぇか!詐欺だろ!」
『失礼な!!あれは絵師が勝手に美化したんですぅ!』
「いや、女神本人がそれでいいのかよ!」
『いいんですぅ!!見た目も神格のうちですから!!』
「そんな神格があってたまるか!」
『あっ!オトクくぅん、冷蔵庫の中にプリンがみっつありますねぇ!?』
「なんで見えるんだよ!?」
画面の中のブレディアが、俺の背後にある冷蔵庫を指さしていた。
しかも、さっき確認したばかりのプリンの残りまで把握している。
『ビデオ通話ですから!』
「理由になってない!!」
『それより、プリン!プリンをお供えしてください!今すぐ!』
「……はいはい」
どうせ断っても騒ぐだけだ。
俺は冷蔵庫からプリンを一つ取り出し、小皿に載せてテレビの前に置いた。
すると、画面の中のブレディアが身を乗り出した。
『それです!そのプリンです!さあ、こちらへ!』
「いや、テレビの前に置いただけですけど……」
俺が言い終えるより早く、プリンを載せた皿が淡い光に包まれた。
光は皿全体を覆い次の瞬間、プリンも皿もテレビの画面へ吸い込まれるように消えていった。
まるで、画面の向こう側に本当に別の世界が広がっているかのようだった。
「うおっ!?入った!?」
『ふふふ……これぞ神界の最新技術!映像をつなぐだけでなく、お供え物も受け取れる優れものなのです!』
「それ、最初から説明してくださいよ!」
画面の向こうでは、ブレディアがプリンを手にしていた。
さっきまでの得意げな顔はどこへやら。
スプーンですくったプリンを口に運ぶと、とろんと目を細めた。
『…………はふぅ……しあわせぇ……』
その表情は、神託を授ける女神というより、好物を食べているだけの子どもだった。
「これで、通話料は払ったってことで」
『はーい!……あっ、明日の唐揚げもお供えしてくださいね!』
「いつの間に聞いてたんですか!?」
『ビデオ通話ですから!』
「万能の言い訳じゃないですからね!?」
『えー?でも、明日は唐揚げなんでしょう?じゅわっとした衣に、熱々のお肉……ああ、考えただけでお腹が空いてきましたぁ!』
「まだ作るとも、お供えするとも言ってませんが?」
『では、明日のお供えを楽しみにしていますね!オトクくん!』
「人の話を聞けぇぇぇ!」
俺の叫びを最後に、画面がぱっと暗くなった。駄女神の姿は跡形もなく消え、テレビはいつもの黒い板に戻ってしまった。
俺は、しばらくその場に立ち尽くした。
「……映ったな、テレビ」
映像も通話も、お供え物の受け渡しまでできる。確かにすごい技術だ。
ただし、映るのは女神だけらしい。
「……テレビの使い方、絶対に間違ってるだろ」
なお、コータはまだ知らない。
特売チラシの能力が、食材や家電を安く手に入れるだけのものではなかったことを。
おいしい食事を通じて人々を引き寄せ、気づけば自分の家に集まらせてしまう。
ある意味、最強の囲い込みスキルと化していたことを。
次回予告
第五話 唐揚げが足りない!神界の女神様まで割り込んできました
翌日、『飢えた獅子』の四人が、唐揚げを求めて押しかけてくる。
ところが、テレビの向こうからも食い意地の女神が割り込んできて。
「私の分は!?」
「テレビの向こうから割り込まないでください!」
――食い意地の女神と、飢えた獅子たちによる、唐揚げ争奪戦が始まる。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、コータのスローライフが『飢えた獅子』の四人に脅かされるお話でした!
契約書の小さな文字により専属料理人(仮)にされ、ついにはテレビまで神界とのビデオ通話に対応!
……便利になったと思ったら、ブレディア様からお供え物を要求される始末です。
そして次回冒は険者たちに加えて女神様まで参戦!?
コータの唐揚げを巡る争奪戦が始まります!
よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!
これからも『メガチラ!?』をどうぞよろしくお願いします!
※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……唐揚げは大歓迎だそうです。




