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女神様!異世界転生の特典が特売のチラシなんですけど!?  作者: マトンさん


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30/32

第三十話 お付き合いの予約を、飢えた獅子とブレディア様が夜通し尋問してきました

 夕方になっても、三人は帰らなかった。


 いや、帰れなかったと言うべきだろう。

 カイルが玄関の扉を押さえたままだったからだ。

「……すまない、コータ」

「カイルさんは悪くないです」

「悪いのは扉を押さえた俺だが、手を離すとフィーナに叱られる」

「そこは叱られてください」

 居間のテーブルは、いつの間にか取り調べ室に変わっていた。

 ソファの片側には、俺とリディアが並んで座らされている。

 向かいにはフィーナが腕を組んで座り、その隣でセレスティアが記録用紙を構えていた。

 カイルは後ろの椅子で、静かにお茶をすすっている。聞き役に徹するという宣言どおりだ。

 ロイが全員分のお茶を運んできた。テレビの画面の中では、駄女神(ブレディア)がポップコーンのボウルを抱えている。

『ここは神界直通の特別席ですぅ。どうぞお気になさらずぅ』

「気になります!」


「では、始めましょうか」

 フィーナがにっこりと笑った。目だけが笑っていない。

「最初から全部、聞かせてね。まずは今朝のこと」

「今朝は、リディアが卵焼きを習いに来ただけです」

「それで?」

「卵を割る練習をしました」

「何個?」

「……十個くらい」

「その中で握りつぶしたのは?」

「五個です」

 リディアが小さく答えた。自分で数えていたらしい。

 セレスティアが、記録用紙から顔を上げた。

「おかしいわね?」

「何がですか?」

「さっき台所のごみ箱を確認したの」

「いつの間に!」

「殻が綺麗に割れたものが五個分入っていたわ。リディアが一人で割ったなら、殻は粉々になるはずよ?」

「…………」

「つまり誰かが、手を添えて教えたということ」

「名探偵みたいなこと言わないでください!」

 フィーナの口角が、ゆっくりと上がった。

「へえ。手を添えて」

「教えるために、仕方なくです」

「仕方なく、ねえ?」

 隣でリディアが、ぷるぷると震えている。耳が真っ赤だ。

「次の質問。コータくん、いつからリディアを呼び捨てにしてるの?」

「つい、さっきです」

「どうして?」

「条件だからだ!」

 リディアが叫んだ。

 居間が静まり返った。

「…………」

「……条件?」

 セレスティアがさらさらと記録用紙にペンを走らせる。

「いや、今のは、その」

「何の条件?」

『あたしぃ、聞こえましたよぉ?さっき『条件』って!何のですかぁ?ねぇ、何のですかぁ?』

 画面の中で、ブレディアが身を乗り出している。ポップコーンがこぼれ落ちた。

「ブレディアさんは静かにしていてください!」

『特別席なのにぃ!!』

「特別席でも静かにです」

「リディア?」

 フィーナが優しい声で呼びかけた。

「今日は唇がやけに赤いけど、何か食べた?」

「卵焼きだ!」

「卵焼きで赤くなるかしら?」

 セレスティアがすかさず補足した。

「ならないわね。食べ物による赤みなら、もっと端のほうよ。今のは全体的に」

「そんなところまで観察しないでください!」

「記録は大事だもの」

 俺は両手で顔を覆いたくなった。


 この二人は、本当に探偵に向いている。冒険者より向いているかもしれない。

 それから一時間。

 質問は、容赦なく続いた。

 窓の外はすっかり暗くなった。ロイが何度もお茶を淹れ直し、そのたびに「頑張ってください」と小声で励ましてくれた。

 味方なのか敵なのか、よく分からない。

「じゃあ、結論を言うね!」

 フィーナが指を組んだ。

「二人は付き合っているのかな?」

「付き合っていません!」

 俺は即答した。ここだけは、はっきり言える。

「お付き合いや結婚などは考えていません。リディアも、飢えた獅子のこともありますし」

「そうだ。今はまだ、付き合ってなど」

 リディアも力強く頷いた。

「だが、予約はした」

「え?」

「あっ……」

 リディアが、自分の口を両手で塞いだ。

 遅かった。

「予約?」

「予約ね」

 フィーナとセレスティアの声が重なった。カイルの湯のみが、ぴたりと止まった。

「予約って、何の?」

「……お付き合いのです」

 俺が観念して答えた。

「今はまだ付き合えないので、お付き合いの予約をさせてもらいました。リディアが受け付けてくれました」

「受け付けた」

 セレスティアが復唱して、ペンを走らせる。

「受け付けたねぇ」

「予約料は、前払いで済んでいる!」

 また叫んだ。

 また、居間が静まり返った。

 リディアの顔が、ゆっくりと白くなった。それから、赤くなった。それから、また白くなった。

「……前払い」

「何を、払ったのかなぁ?」

 フィーナの声が、とても優しい。

「…………」

「…………」

 俺とリディアは、同時に視線をそらした。


 カイルが、静かに湯のみを置いた。

「……聞かなかったことにしよう」

「カイル!」

「だが、おめでとう」

「聞かなかったんじゃなかったんですか!」

「祝福はする」

 カイルが、ほんの少しだけ口の端を上げた。

「姉ちゃん、おめでとう!」

 ロイが満面の笑みで言った。

「お義兄(にい)さんも、おめでとうございます!」

 居間に、沈黙が落ちた。

「…………」

「……お義兄(にい)さん?」

 フィーナが、ゆっくりとロイを見た。

「ロイくん。今、お義兄(にい)さんって言ったよね」

「あっ」

「前から、そう呼んでたの?」

「えっと、その」

 ロイが、じりじりと後ずさりを始めた。

「ロイ。お前、やはり首謀者なのか??」

 リディアの声が、地の底から響いた。

「待って!姉ちゃん、落ち着いて!おれは最初から、二人を応援していただけで!」

「逃げるな!」

「逃げるって!」

 ロイが廊下へ飛び出した。リディアが追いかける。

 居間の中央では、フィーナがお腹を抱えて笑っていた。

「あははは! ロイくん、君は最高の弟だよ!」

「記録。弟による作戦の全容が明らかになった時刻、午後七時四十二分」

「セレスティアさん、記録しないでください!」

 画面の中では、ブレディアが目を輝かせていた。

『おめでとぉぉぉぉ!!!お祝いですぅ!お祝いにはピザですぅ!前払いのお祝いには、後払いの宅配ピザをぉ!』

「理屈がおかしいです!」

『オトクくぅん、お祝いなんですよぉ?』

「……分かりました」

 俺は深いため息をついて、チラシを開いた。


【ドーミンピザ お祝いパーティーセット】


 ━━━━━━━━━━━━━━


 Lサイズピザ3枚+フライドチキン8ピース+コーラ1.5L 2本 4,980円


 ━━━━━━━━━━━━━━


【スーパー・マル得 ケーキ大特売!】


 ━━━━━━━━━━━━━━


 いちごのショートケーキ(ホール) 2,980円


 ━━━━━━━━━━━━━━


「セットを二つと、ケーキを二つ」

「二つ!?」

「六人と一柱ですよ?足りません五セットと五つです」

 専用冷蔵庫の扉を開けると、湯気の上がる箱が次々と顔を出した。

 廊下からは、ロイとリディアの追いかけっこの音がまだ聞こえている。

「ロイ!待て!」

「姉ちゃん、ピザが来たよ!」

「む。ピザ」

 足音がぴたりと止まった。

 リディアが、ものすごい早さで居間に戻ってきた。

「ピザなら話は別だ」

「姉ちゃん、ちょろい」

「何か言ったか?」

「何も!」

 こうして、尋問会はお祝いパーティーに変わった。

 テーブルの上にピザとチキンとケーキが並び、全員が好きな場所に座った。

 ブレディアの分は画面の前に置くと、光に包まれて消えた。

『ぷはぁ! コーラ! しゅわしゅわぁ! 幸せですぅ!』

「乾杯の音頭は、俺がとろう」

 カイルが珍しく立ち上がった。

「リディアと、コータに」

 短い言葉だった。それなのに、胸の奥に染みた。

「乾杯」

 全員の声が重なった。

 フィーナは、コーラのグラスを持ったまま、しばらく黙っていた。

「……リディア」

「何だ」

「よかったね」

 声が、少し震えていた。

「あなた、ずっと一人で肩肘張ってたもの。強くなきゃいけない、みんなを守らなきゃいけない、っていつも頑張ってたでしょう?」

「フィーナ」

「こうやって幸せそうな顔が見られて、私、うれしいよ」

 フィーナの目には、うっすらと涙がにじんでいた。

 リディアは言葉に詰まって、それから照れくさそうに笑った。

「……ありがとう」

「でも、記録は続けるわよ」

「セレス、台無しだ!」

 居間に笑い声が広がった。

 夜は、ゆっくりと更けていった。

 ピザが消え、チキンが消え、ケーキの最後の一切れまで消えた。


 日付が変わる頃、ロイがソファで舟をこぎ始めた。

 午前一時には、カイルが椅子に座ったまま寝息を立てていた。

 二時にはフィーナが床に転がり、セレスティアは記録用紙を抱えたまま眠りに落ちた。

 画面の中のブレディアも、ポップコーンの袋を抱えたまま、すうすうと眠っていた。

『……むにゃ……いちご……』

 起きているのは、俺とリディアの二人だけだった。


 縁側に出ると、東の空が、少しだけ白んでいた。

 冷たい空気が頬を撫でる。

 庭の木々が、夜明け前の青い影になっていた。

 並んで腰を下ろす。肩が触れるほど近い。

 さっきまでの騒ぎが嘘みたいに静かだった。

「……疲れたな」

「疲れましたね」

「あの三人は、最後まで容赦がなかった」

「リディアのお仲間ですから」

「お前のお仲間でもあるだろう?」

「そうでした」

 小さく笑い合う。

 しばらく、黙って空を見ていた。

「コータ」

「はい」

「……もう一度、呼んでくれ」

「何をですか?」

「名前をだ」

 少し迷ってから、俺は言った。

「リディア」

「……もう一度」

「リディア」

「……もう一度」

「リディア。何回呼べばいいんですか?」

「飽きるまでだ」

 リディアは膝を抱えて、顔を伏せた。耳が、朝焼けよりも赤かった。

「……私は、まだ飽きない!」

「俺もです」

 東の空が金色に染まり始めていた。

 予約はまだ予約のままだ。

 付き合うのも、結婚するのも、もう少し先の話になるだろう。

 それでも、悪くない朝だった。


 ……居間から、フィーナのいびきが聞こえてくるまでは。


 次回予告

 第三十一話 夜通し尋問の翌朝、居間で雑魚寝していた六人分の朝ごはんを作ります

 目を覚ました全員の腹が、いっせいに鳴った。

「コータ、朝ごはんだ!」

「六人と一柱分ですね。ロイくん、手伝ってください」

「はい、師匠!」

「師匠じゃないです」

 ――朝食は戦場。そして今日は、戦場が一段と広い。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は、飢えた獅子とブレディア様による夜通し尋問と、お祝いパーティーのお話でした。

セレスティアの名探偵ぶりと、うっかり口を滑らせるリディアの組み合わせは書いていて楽しかったです。

そして、ロイの作戦もついに全容が明らかになりました。

夜が明けて予約の二人が迎えた静かな朝。ようやく、少しだけ落ち着いた気がします。

よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!


※ブレディア様へのお供え物は任意です。

 ……いちごのショートケーキは、いちごを先に食べるのが神界の作法だそうです。

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