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女神様!異世界転生の特典が特売のチラシなんですけど!?  作者: マトンさん


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第二十八話 ロイが初めて一人で朝ごはんを任されて、師匠は優雅に新聞を読みました

 木曜日の朝。


 今日は飢えた獅子の四人が来ない日だった。

 台所からは、じゅわあ、と卵を焼く音が聞こえてくる。ロイが朝食の準備をしているのだ。

 俺はソファに座って紅茶を飲みながら、朝刊を広げていた。

 なんと優雅な朝だろう。

 これまでなら朝食は全部俺が作っていた。

 それが今日は、駄女神(ブレディア)一人分と俺とロイの二人分だけでいい。

 それなら任せても問題ない。


 一面を見る。


『剣士の娘と冴えない料理番 その後進展なし』


「…………」

 紅茶を吹きそうになった。

 小見出しまで付いている。


『関係者によると 週三日は会っているが 手も握っていない模様』


「うるせえ!放っといてくれ!」

 思わず小声で叫んだ。

 握ったことはある。王都で。人混みの中で。

 ……あれは迷子防止だったので、数えないのかもしれない。

 俺は新聞を閉じて、折り込みチラシの束をめくった。気持ちを切り替えよう。


【ヤマモト電機 冬のゲーム&小型家電フェア】


 ━━━━━━━━━━━━━━

 携帯ゲーム機 本体 59,980円

 レーシングゲームソフト 9,980円

 20V型液晶テレビ 19,800円

 ━━━━━━━━━━━━━━


「……ゲームか」

 そういえば、前に買った携帯ゲーム機は女神様に占領されている。

 俺は少し考えて、チラシを折りたたんだ。

 今日はまず、買い物だ。

 朝ごはんは、ロイが一人で作った。

 ご飯と味噌汁と卵焼きと焼き鮭。

 卵焼きはきれいに巻けていた。鮭の焼き加減も申し分ない。

「……うまい」

「ほ、本当ですか!」

「本当だ。出汁の量もちょうどいい」

「やった!」

 ロイは拳を握って小さく跳ねた。

 画面の中では、ブレディアが卵焼きを頬張って幸せそうにしている。

『ロイくんの卵焼き、日に日に上手になってますねぇ!』

「ありがとうございます、ブレディア様!」

 この子が来てから、朝がずいぶん楽になった。

 そう思いながら、俺は茶碗を空にした。


「ロイ、今日は買い物に行こう」

「買い物ですか?」

「ああ。生活に必要なものを揃えたいんだ」

 食べ物や家電や家具は、チラシで買えば安く済む。

 だが服や靴や外に持っていくものは、チラシの品だと目立ちすぎる。

 いつも俺が着ている服は、ペイペの古着屋で買ったものだ。

 日本の服は、この町では浮いてしまう。

 それに、ロイには町で暮らす最低限の持ち物がない。

 二人で町の通りへ出た。

「うわあ」

 ロイは目を丸くして店先を見回している。

「地元の町より人が多いです。それに、いろんなお店が」

「迷子になるなよ」

「おれ、十四ですよ!」

「十四でも迷うときは迷うんだ」

 俺も王都で迷いかけた。リディアに手を引かれていなかったら、危なかった。


 まずは服屋へ入った。

「いらっしゃい」

「この子に合う仕事着を一着お願いします」

「はいよ」

 店主が出してきたのは、丈夫そうな麻のシャツとズボンだった。値札は一万ペイ。

「安い!」

「安いですね」

 食べ物以外は本当に安い。

 続いて靴。五千ペイ。腰に巻くエプロン。五千ペイ。

 最後に、金物屋へ入った。

「包丁を一本、お願いします」

「どんなのがいい?」

「料理人の見習いが使う、基本のものを」

 店主が奥から出してきたのは、黒く光る鉄の包丁だった。

「これは……!」

 ロイが息をのんだ。

「腕のいい鍛冶屋の品だ。八万ペイでどうだ」

「コータさん、これ、いいですか?」

「ロイの包丁だからな。自分で決めていいぞ」

「……これにします!」

 ロイは両手で包丁を受け取った。


 目がきらきらと光っている。

「大事にします」

「そうしてくれ」

 鞄を肩にかけて店を出ると、ロイは新しい服の裾を何度も引っ張っていた。

「似合いますか?」

「似合ってるよ」

「えへへ」

 リディアそっくりの顔で笑った。


 夕方の帰り道。

 市場の通りを抜けて、町外れの家に向かって歩いていた。

 大きな荷物はロイが背負っている。俺は鍋を二つ抱えていた。

「師匠」

「師匠じゃない」

「……コータさん」

 呼び方が変わった。

「ん?」

 ロイはしばらく黙って歩いていた。

 足元の石を蹴り、夕日に目を細め、それから静かに口を開いた。

「姉ちゃんのこと……どう思ってるんですか?」

 足が止まりそうになった。

「……いきなりだな」

「すみません。でも、ずっと聞きたかったんです」

 ロイは真剣な顔でこちらを見ていた。


 冗談で聞いているのではない。弟として、姉のことを案じている顔だ。

 今まで俺は、何度か曖昧な答えを返してきた。

 仲間です。大事な人です。そういう意味じゃなくて。

 全部、本当だった。だが全部、本当の全部ではなかった。

 夕日が長く影を伸ばしている。

 俺は鍋を抱え直して、息を吸った。

「……強くてカッコよくて」

「はい」

「ご飯を美味しく食べながら、可愛い笑顔を見せてくれるリディアさんのことは……」

「はい」

「大好きだよ」

 言ってしまった。

 不思議と、胸の奥が軽くなった。

 晴れた空に、息を吐き出したような気分だった。


 ロイは目を丸くして固まっていた。

 それから、ゆっくりと顔がほころんでいく。

「……そうですか」

「ああ」

「これからもよろしくお願いしますね!お義兄さん!」

「ロイ、お前まで俺をからかうのか!」

「からかってないです!本気です!」

「本気のほうがたちが悪いぞ!」

 二人で笑ってしまった。

 夕焼けの通りで、荷物を背負った少年と鍋を抱えた青年が、肩を並べて笑っていた。

「姉ちゃん、喜びますよ!」

「本人には言わないでくれよ?」

「えー」

「えーじゃない!」

「だって、おれが言わなくても態度で分かると思いますよ?」

「何がだ?」

「コータさん、姉ちゃんの話をすると顔が優しくなります」

「…………」

 返す言葉がなかった。

 夕食を済ませたあと、俺はチラシを開いた。

「ロイ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」

「はい?」

 専用冷蔵庫から取り出したのは携帯ゲーム機が三台。それにレース用のゲームソフトが三本。

「ゲームという道具だ。遊ぶための機械だよ」

「遊ぶ、ための?」

「今日は三人で遊ぼう」

「三人?」

 一台をテレビの前に置いた。

 ぶうぅん。

『オトクくぅん!ゲームですかぁ!?』

「はい。ブレディアさんの分も買いました」

『わああい!やったぁ!』

 画面の中でブレディアが飛び跳ねる。

 俺は二台をロイに見せた。

「ここのボタンで加速して、こっちで曲がる。画面の中の車を一番早くゴールさせた人が勝ちだ」

「車、ですか?」

「馬車みたいなものだな」

「なるほど」

 最初の一回は練習だった。

 ロイは何度も壁にぶつかり、コースアウトし、車をひっくり返した。

「あっ!ああっ!曲がらない!」

「ボタンを押しすぎだ。もう少し力を抜いてみろ」

「師匠!助けてください!」

「師匠じゃないぞ?」

『オトクくぅん、そんなに遅いと置いていきますよぉ!』

「くっ」

 神界から参戦の駄女神(ブレディア)の車はやけに速かった。

 二周目で俺を抜き、三周目で先頭を走り、そのまま独走でゴールした。

『やったぁ!一位ですぅ!』

「速すぎませんか」

『ふふん。あたしは豊穣の女神ですからね。カートくらい、お手のものですぅ』

「関係ないと思いますけど?」

 二回目。三回目。

 四回目になる頃には、ロイは別人のように走っていた。

「あれ、こうやって曲がればいいんですね」

「えっ」

「ここで緩めて、ここで踏む」

 ロイの車が俺の横を抜けていく。

『ええっ!?ロイくんまで!?』

 ロイが二位。俺が三位。

「ま、負けた……」

 俺は床に崩れ落ちた。

「コータさん、運転下手ですね」

「素直だな」

「あっ、すみません」

『ぷぷぷ。オトクくん、冴えない転生者ですねぇ』

「あなたに言われたくないです」

『ビリのくせにぃ!』

「ビリじゃないです、三位です!三人しかいませんけど!」

 夜の居間に、笑い声が響いた。


 遊び終わった頃、ロイが遠慮がちに口を開いた。

「あの、コータさん」

「どうした?」

「お願いがあるんです」

「何だ?」

「おれの部屋にも、ブレディア様の祭壇を作りたいんです」

「祭壇?」

「はい。毎朝、お祈りしたくて。実家ではそうしていたので」

 なるほど。陽だまり亭の棚の上の木彫りの像を思い出した。

「でも、女神ブレディア様の肖像などがないので……」

「それなら……」

 俺はチラシを開いた。


【ヤマモト電機 20V型液晶テレビ 19,800円】


「小さなテレビを置けばいい。ここにブレディアさんが映るからな」

「テレビ……ですか?」

「居間にあるのと同じだよ」

 購入すると、冷蔵庫から小さな黒い箱が出てきた。

 ロイはそれを部屋に運び、棚の上に置き、その上から白い布をかけた。

 その前に小さな花を活けて、両手を合わせる。

「ブレディア様。毎朝お祈りします」

 ぶうぅん。

 画面が光った。

『うわあぁい!ロイくんの部屋にもお邪魔できますぅ!』

「ブ、ブレディア様ぁ!」

 ロイは嬉しさのあまり、その場で正座した。

『いいですねぇ。素敵なお部屋ですねぇ。あ、お花もきれいですねぇ』

「ありがとうございます!」

『お供えもお待ちしてますぅ』

「はい! もちろんです!」

「ほどほどにな」

『オトクくんは黙っててください!』

 俺は小さく息をついた。

 この家のテレビは、ついに二台になった。


 寝る前、ロイは布団に寝転がって天井を見ていた。

 新しい家。新しい部屋。新しい布団。

 一日の出来事が頭の中を回っている。

 服屋。包丁。ゲーム。ブレディア様。

 そして、夕日の中の言葉。


 ――大好きだよ。


「……やっぱり」

 ロイは天井を見たまま、小さくつぶやいた。

「姉ちゃんも、コータさんのこと好きだよね」

 毎日見ていれば分かる。

 姉は食事の話になると目が輝く。

 コータさんの話になると、顔が赤くなる。

 二人とも、お互いに好きなのに、そのまま動けなくなっている。

 ロイはころりと寝返りを打った。

「どうしたら、もっと仲良くなれるかな?」

 週三日、みんなでご飯を食べる。

 それは楽しい。

 でも、みんながいるとどうしても素直になれない。


 姉ちゃんは大剣を持ったまま玄関で固まるし、コータさんは顔を赤くして余計なことを言ってしまう。

「……みんなが、いなければ」

 ロイは目を開いた。

「姉ちゃんだけを、この家に呼べばいい」


 ――二人きりで。


 自分は用事を作って席を外せばいい。町へ買い出しに行くとか、市場の見学とか、ブレディア様のお供え選びとか。

 ただ、ひとつ気になることがあった。

 ブレディア様が突然現れて、せっかくの二人きりの時間を邪魔してしまわないだろうか?

 もちろん、女神様にそのことでお願いをするわけにはいかない。


「うーん……」


 ロイは天井を見つめて考え込んだ。

 そういえば、今日買ってもらったゲームがある。

「あれなら、ブレディア様と一緒に遊べるかも……」


 コータさんと姉ちゃんが二人きりになっている間、自分は部屋でブレディア様とゲームをしていればいい。

 我ながら、なかなかの名案だ。


 ロイは枕に顔を埋めて、小さく笑った。

「よし。明日、姉ちゃんに手紙を書こう」

 十四歳の策士が、静かに誕生した瞬間だった。


 隣の部屋で、俺は何も知らずにぐっすり眠っていた。


 次回予告

 第二十九話 ロイが気を使って、二人きりにしてくれました

 週三日ではない日。リディアは一通の手紙を受け取って、コータの家を訪れる。

「姉ちゃん、おれ、今日は部屋でブレディア様とゲームをするから」

「えっ」

「夕方まで出てきません。じゃあ!」

 言い残してロイは自分の部屋へ駆けていく。

 玄関の前に残された二人。

 ――この弟、策士だ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は、ロイがコータの家で過ごす日常回でした。

新聞の一面には、相変わらず余計なお世話の見出し。コータの心の叫びが聞こえましたね。

そして夕暮れの帰り道、弟の質問にコータがついに本音を口にしました。

「お義兄さん」と呼ばれて照れ隠しに叫ぶのも、らしいところです。

ゲームでは意外にもロイが強く、ブレディア様がまさかの一位。

寝る前には、十四歳の策士が誕生しました。

次回、二人きりの日がやってきます。

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※ブレディア様へのお供え物は任意です。

 ……レースゲームで女神様に負けたらお供えは任意ではなくなるそうです。

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