第二十六話 新しい住人は、冷蔵庫から出てくるベッドに絶叫しました
ペイペの町の門をくぐると、見慣れた三人が手を振っていた。
「おかえりー!」
フィーナが先頭で飛び跳ねている。
その後ろではセレスティアが記録用紙を構え、カイルは腕を組んでいつもの無表情を浮かべていた。
先に門へ着いていたリディアは、三人の横で気まずそうに咳払いをしている。
「ただいま戻りました」
「リディアの実家はどうだった?」
「えっと、いろいろありました」
「いろいろ?」
フィーナの目が、ちらりとリディアへ動く。
リディアはあさっての方向を向いた。
「それで、皆さんに相談があるんですが」
俺はロイの背中をそっと押した。
「リディアさんの弟のロイくんです。料理人を目指していて、飢えた獅子の料理番補佐に入れたいと思っています。戦闘には出しません。皆さんはどうでしょうか?」
「いいよ」
「いいわ」
「歓迎する」
三人がほぼ同時に答えた。
「早い!」
「だって断る理由がないでしょ?コータくんの弟子だし、リディアの弟くんなら大歓迎だよ!」
「弟子じゃないです」
「調理工程の記録を手伝ってもらえるなら助かるわ。字がきれいそうだもの」
「……俺が一番嬉しいのは、うまい飯が増えることだ」
カイルの本音がぽろりと落ちた。
ロイは目を丸くして固まったあと、深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします!ロイです!」
「うん。よろしくね、ロイくん!」
こうして、ロイの料理番補佐としての加入は、あっさりと決まった。
俺の家に帰り着いた頃には、すっかり夕方になっていた。
「今日はお泊まりパーティーにしましょう!」
「いいわね」
「やったー!」
四人はもう勝手知ったる様子で玄関をくぐっていく。
ロイだけが門の前で立ち尽くしていた。
「ここが、師匠の家……」
「師匠はやめてください。さあ、どうぞ」
「お、お邪魔します」
ロイはおそるおそる敷居をまたいだ。
玄関を抜けて居間に入った瞬間、足が止まる。
白い壁。ふかふかのソファ。窓にはカーテン。天井には四角い箱が取り付けられている。
「師匠、あの、天井のあれは……?」
「エアコンです。魔力を流すと、涼しい風や暖かい風が出ます」
「魔力を流すだけで?」
「はい」
ロイの目がぐるぐると回り始めた。
「こちらが台所です」
案内した先は、システムキッチンだ。
「……何ですか、この台所は」
「シンクと調理台とコンロが一つになっているんです。そっちが炊飯器で、こっちは電子レンジ。料理を温め直すのも一瞬です」
「ご、ごはんを炊く専用の道具があるんですか?」
「あります」
「温め直す専用の道具も?」
「あります」
ロイは壁に手をついた。
「おれの知っている台所と違いすぎる……」
「ここで毎日料理をしてもらいますから、少しずつ慣れてくださいね」
「は、はいぃ……」
返事の声が少しうわずっていた。
そこへ、背後からリディアがやってきた。
いつもの鎧を脱いでルームウェアに着替えている。手にはタオルと着替えを持っていた。
「コータ、先に風呂を借りるぞ」
「どうぞ。お湯はいつでも出ますよ」
「うむ」
リディアは廊下を歩いていき、浴室の扉を開けた。
そして蛇口に手をかざして魔力を流す。
じゃあああ。
湯気とともに、温かいお湯が勢いよく流れ出した。
「ふう。やはりいい湯だ」
そのまま浴室の扉が閉まる。
ロイは口を開けたまま、廊下を見つめていた。
「…………姉ちゃんが、慣れてる」
「週に三日来ていますからね」
「蛇口からお湯が出ていました」
「出ますよ?」
「村では、お湯はかまどで沸かさないと使えなかったのに」
「ここは魔力で出ます」
ロイは壁に額をつけた。
「姉ちゃんが、王都の貴族みたいな暮らしをしている……」
「貴族でも、ここまで贅沢な暮らしはしていないと思うぞ?」
廊下の向こうから、フィーナの声が聞こえた。
「ねえ、コータくん。ドライヤー借りるね」
「洗面所の棚にありますよ」
「ありがとー」
セレスティアはすでにエアコンの風を浴びながらソファで記録用紙を広げている。
カイルは冷蔵庫から麦茶を取り出し、慣れた手つきでグラスに氷を入れていた。
誰もこの家の設備を珍しがらない。
ロイの表情から、だんだんと生気が失われていく。
「師匠」
「はい」
「皆さん、普通に使っていますね」
「慣れましたからね」
「おれも、これを普通だと思えるようになるんでしょうか?」
「大丈夫です。三日もあれば慣れますよ」
本当は一週間くらいかかるかもしれないが、黙っておいた。
風呂上がりのリディアが、ほかほかした様子で居間に戻ってきた。
そのとき、テレビがひとりでに点灯した。
ぶうぅん。
「うわっ!」
ロイが飛び上がる。
画面いっぱいに、ブレディアの顔が映し出された。
『オトクくぅん!ただいまぁ!ロイくんもいらっしゃぁい!』
「ブ、ブレディア様ぁ!?」
ロイはソファの横で正座した。
『ロイくんはオトクくんのおうち初めての日ですねぇ!おうちの中はびっくりでしょう?』
「は、はい。すごく、とても……」
『うふふ。そうでしょう、そうでしょう。ところでぇ!』
女神様の目がきらんと光った。
『ピザとコーラが飲みたいですぅ!!』
「そう来ましたか」
『ロイくんの歓迎会ですよぉ?歓迎会といえばピザでしょう?』
「いつ決まったんですか?」
『今ですぅ!』
「ブレディア様のご所望だ!」
リディアが勢いよく立ち上がった。髪はまだ濡れている。
「コータ!宅配ピザだ!大きいのを頼め!」
「リディアさんまで……」
「ブレディア様のお望みは我々の務めだ!」
「ただ食べたいだけですよね?」
「……それもある!」
正直だ。
俺は宅配ピザのチラシを開いた。
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Lサイズを十枚と、サイドメニューのチキン。
コーラも多めに注文した。
注文を終えると、専用冷蔵庫からぴーんぽーんと電子音が鳴った。
扉を開けると、湯気がふわりと立ち上る。
「…………冷蔵庫から、温かいピザが出てきた」
ロイが声にならない声で呟いた。
「そういうものです」
「冷蔵庫なのに、温かいものが……」
「そういうものです」
これ以上説明すると長くなる。
テーブルいっぱいに並んだピザを前に、ロイは目を丸くしていた。
「これは何ですか?」
「ピザだ。円盤状の生地に、チーズやトマト、それにいろいろな具材を乗せて焼いた料理だ」
リディアが得意げに胸を張った。
「いいか、ロイ。持ち上げるときは気をつけるんだぞ。チーズが伸びるからな」
「伸びる?」
「まあ、見ていろ」
リディアはピザを一切れつまみ上げた。
すると、とろけたチーズが生地にくっついたまま、びよーんと長く伸びていく。
「これだ!」
「うわあ! 本当に伸びた!」
「ふふん。驚くのはまだ早いぞ。ほら、食べてみろ」
リディアに促され、ロイは恐る恐るピザにかじりついた。
「…………!!」
次の瞬間、ロイの目がぱっと見開かれた。
「おいひい!」
「だろう!」
リディアは自分が褒められたかのように、満足げに胸を張っている。
弟に新しい料理を教えるのが、よほど嬉しいらしい。
初めてピザを食べたときは、リディア自身も同じような顔をしていたくせに。
画面の中では、ブレディアもピザを両手に持ち、幸せそうに頬張っていた。
『ロイくん、どうですかぁ?』
「おいしいです!ブレディア様!」
『うふふ。それはよかったですぅ。あ、コーラはゆっくり飲んでくださいねぇ。勢いよく飲むと、げっぷが出ちゃいますからぁ』
「ゲップは神様もするんですね」
『失礼な!神様だって生きているんですからね!』
「そ、そうですよね。すみません!」
慌てて謝るロイに、ブレディアは満足そうに頷いた。
『分かればよろしいです!さあ、冷めないうちにたくさん食べてくださいねぇ!』
ロイは「はい!」と元気よく返事をして、再びピザにかじりついた。
しばらく夢中で食べていたが、ふと何かを思い出したように手を止める。
「……師匠!」
「はい?」
「冷蔵庫から温かいピザが出てきて、テレビに女神様が映って、お風呂からはお湯が出て……それに、姉ちゃんはここにあるものを当たり前みたいに使っていて……」
「はい」
「おれ、とんでもない人に弟子入りしたんじゃ……」
「今さらですか?」
俺がそう返すと、ロイは手に持ったピザを見つめ、それからゆっくりと天井を見上げた。
「……はい。でも、すごく面白そうです!」
困惑よりも、好奇心のほうが勝っているらしい。
その目は不安に曇るどころか、むしろ新しいものを見つけた子供のようにきらきらと輝いていた。
これから自分がどんな料理を覚えられるのか。どんな道具に触れられるのか。そんな期待で胸がいっぱいなのだろう。
俺は思わず笑みをこぼした。
この子はやはりリディアの弟だった。
パーティーが終わる頃には、夜もすっかり更けていた。
「さて」
俺は手を叩いた。
「そろそろ寝る場所を決めましょう。客間は四つあります」
「四つですね」
「ロイくんが一部屋使うので、残りは三部屋。皆さんは四人ですから、誰か一人が同室になる必要がありますけど、それでいいですか?」
俺が尋ねると、なぜか全員が黙り込んだ。
互いの顔を見合わせる中、最初に口を開いたのはフィーナだった。
「私、リディアと同室は遠慮したいなー……」
「なっ!?」
リディアが勢いよく振り返る。
「どうしてだ!?」
「だって、前に泊まったときのこと覚えてない?寝相がすごかったもの。壁に頭をぶつけてたし、ベッドから落ちそうになってたし……」
「私は覚えていない!」
「そりゃあ寝てたんだから覚えてないでしょ」
「うっ……」
フィーナの正論に、リディアが言葉を詰まらせた。
「私も遠慮しておくわ。夜中に突然、腕が飛んでくる可能性があるもの」
セレスティアが記録用紙から顔を上げずに告げる。
「……俺は静かに眠りたい」
カイルも小さく頷いた。
「全員で私を拒否するな!」
「だって事実だし」
「そうよ。安全に眠りたいもの」
「事実だ」
「事実です」
ロイの声まで加わった。
「ロイ!お前まで!」
「姉ちゃんの寝相はひどいよ!昔、一緒に寝ていたときも何度も蹴られたんだから!」
「そ、それは子供の頃の話だろう!」
「今も変わってないじゃない」
「フィーナ!」
リディアは反論しようとしたものの、周囲を見回して味方が一人もいないことに気づいた。
そして、がっくりと肩を落とす。
「……分かった。私は一人でいい」
「そうですね。では、リディアさんは一人部屋。カイルさんも一人ですね」
「残りは私とセレスね」
「ええ。私は構わないわ」
こうして、部屋割りはあっさりと決まった。
……リディアの寝相については、あとで詳しく聞いてみたいところだ。
「ただ、もう一つ問題があります」
「問題?」
「客間のベッドは一部屋に一台しかないんです。フィーナさんとセレスティアさんが同じ部屋を使うとなると、もう一台必要になります」
「ああ、なるほど。じゃあ、どうするの?」
「ちょっと待っていてください」
俺は客間に専用冷蔵庫を展開した。
チラシをめくり、家具のチラシを探す。
【ナトリ家具 秋の衣替え応援セール】
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セミダブルベッド 24,900円
布団セット 9,990円
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「これですね」
購入する。
がちゃ。
冷蔵庫の扉が開き、ベッドの端がぬっと顔を出した。
ずるずるずる。
セミダブルベッドが冷蔵庫の中から引きずり出される。続いて布団セットも姿を現した。
「…………?????」
後ろでロイが、完全に思考を停止していた。
「…………冷蔵庫から」
「はい」
「ベッドが」
「出ます」
「…………?????」
口を開けたまま、ロイは天井を見上げた。
「師匠。おれの常識を返してください!」
「返せません!」
「そこは返してくださいよ!」
フィーナがくすくす笑いながらベッドの端を持った。
「慣れるよ、ロイくん。三日で」
「……三日」
「私は一週間かかったけどね」
「俺は二日だった」
「私は一日よ」
三人の経験談が、ロイの頭の上を飛び越えていった。
俺はベッドを客間へ運びながら、ふと思った。
この家に住人が増えるたび、冷蔵庫の中身を説明しなければならないのはきっと俺の運命なのだろう。
次回予告
第二十七話 ロイの料理番補佐、初日の朝ごはんが大事件になりました
翌朝、ロイは緊張した面持ちで台所に立っていた。
「師匠、おれ、ちゃんと作れるでしょうか?」
「師匠じゃない。今日は基本の朝ごはんから始めましょう」
――ところが、三日分の食欲が朝の食卓に集まってくる。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、ロイがコータの家で驚きの連続を体験するお話でした。
台所にお風呂にエアコン。それを当たり前のように使う姉と飢えた獅子の面々。
そして、テレビの中のブレディア様。
ロイにとっては、何もかもが初めて見るものばかり。
「とんでもない人に弟子入りした」と実感する一夜になりました。
そして最後は、冷蔵庫から出てくるベッドで締めです。
リディアの寝相については、また後日。
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※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……ピザの追加は、ロイくんのぶんも込みでお願いしたいそうです。




