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女神様!異世界転生の特典が特売のチラシなんですけど!?  作者: マトンさん


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20/25

第二十話 緊急事態だと、飢えた獅子が家に駆け込んできました

 モウ村から戻って五日が過ぎた。


 今日は何の予定もない。

 飢えた獅子の四人は昨日から討伐に出かけている。

 俺は休みだ。休みなのだ。

 ソファに寝転がって朝刊をめくった。

 一面は『王都の鳩今朝は少し眠そう』。

 心の底からどうでもいい。

 折り込みチラシの束から見慣れたロゴを引き抜く。


【ヤマモト電機冬のデジタル家電フェア】


 ━━━━━━━━━━━━━━


 ハンディビデオカメラ 29,800円

 三脚 1,980円

 SDカード128GB 1,480円


 ━━━━━━━━━━━━━━


「……ビデオカメラ」

 思わず身を起こした。

 調理の工程を毎回書き取っているセレスティアの顔が浮かんだ。映像で渡せば彼女の手間は減るはずだ。記録用に一台あっても悪くない。

 俺は迷わず購入した。

 専用冷蔵庫から出てきた箱を開けて魔力を流すと、小さな画面が点灯する。

 試しに自分の顔を映してみた。再生すると、眠そうな男が画面の中でこちらを見ている。

「……よく映るな」

 思った以上に鮮明だ。これなら調理の手元も細かく記録できるだろう。

 三脚も買っておいて正解だった。


 そのときだった。

 ドンドンドン。

 玄関の扉が壊れそうな勢いで叩かれた。

「コータ!開けてくれ!緊急事態だ!」

 カイルの声だった。

 慌てて玄関を開けると、そこには泥と煤にまみれた四人が立っていた。焚き火の匂いがする。カイルの腕には、ぐったりしたリディアが抱えられていた。

 目を閉じたまま動かない。

「リディアさん!?」

「……食べてしまったんだ」

 カイルが絞り出すように言った。

「食べた?何をです?」

「毒キノコだ」

 頭の中が真っ白になった。

「客間へ!早く!」

 カイルがリディアをベッドに寝かせる間に、俺は居間へ走った。

 ドラッグストアのチラシ。解毒剤。胃薬。活性炭。何でもいい。何かないのか。

「コータ!」

「待ってください、今探してますから!」

「コータ!!」

 セレスティアの声が低く響いた。

「落ち着いて。命に別状はないわ」

「……え?」

 手からチラシが落ちた。

「ちゃんと説明するから座ってちょうだい」

 フィーナが俺の肩を押してソファに座らせる。


 三人の顔には、さっきまでの緊迫感がなかった。むしろ気まずそうだ。

「実はね……」

 フィーナが頭をかいた。

「討伐が思ったより長引いたの。日帰りのつもりだったから食料は昼の分しか持ってなくて」

「最初は順調だったんだ。ところが、途中で魔物の群れを見つけてな。予定を変更して追いかけていたら、気づけば日が暮れていた」

 カイルが疲れた顔で補足した。

「帰るには遅すぎたから、そのまま野営になったのよ。まあ、一晩くらいなら何とかなると思っていたんだけど……」

 フィーナがちらりと客間のほうを見た。

「夜のうちに、持っていた食料を全部食べてしまったの」

「干し肉の一かけらも残らなかった……」

 カイルが淡々と告げる。

「……それは、かなり厳しいですね」

「でしょう?朝になれば街へ戻れると思っていたんだけど、そこで問題が起きたのよ」

 セレスティアが額を押さえた。

「朝食もないとわかった途端、リディアが『朝飯を探してくる』と言って森へ入ってしまったの」

「食べ物を探しに行ったんですか?」

「ええ。私たちもすぐに追いかけようとしたんだけど、あの子、こういうときだけ妙に足が速いのよ。呼び止める間もなく、あっという間に森の奥へ消えてしまって」

「しばらくして戻ってきたと思ったら、両手いっぱいにキノコを抱えていた」

 カイルが小さく息を吐いた。

「見た目は食用のハタケシメジそのものだったわ。私たちも一瞬、問題ないと思いかけたくらいよ」

「でも、セレスティアさんは止めたんですよね?」

「もちろんよ。カサの裏を確認しようとしたんだけど……」

 セレスティアは悔しそうに眉を寄せた。

「リディアが先に焼き始めてしまったの。空腹で、もう待ちきれなかったんでしょうね」

「それを焼いて食べた……」

「私たちが止める前に三個よ」

 カイルが静かに言った。

「三個も!?」

「焼き上がったそばから口に運んでいたわ。私たちが毒キノコかもしれないと気づいて止めたときには、もう手遅れだった」

 フィーナが肩をすくめる。

「それから五分もしないうちに、そのままぐぅと倒れたのよ……」

 俺は言葉を失った。


 空腹に耐えかねて森へ入り、見つけたキノコを三個も平らげた挙げ句、毒に当たって倒れた。

 ……リディアさん、豪快にもほどがあるだろ。

「で、そのキノコが毒キノコだったと」

「ええ。ユメウツツダケというの」

 夢うつつ。なんとも優雅な名前だ。

「食用のハタケシメジそっくりでね。見分けるにはカサの裏を見るしかないの。裏側が少しだけ赤みがかっていたら毒よ」

 セレスティアは懐から一個のキノコを取り出した。確かに裏側にうっすらと赤い色が差している。

「毒の症状は二つ。まず、強烈な眠気。食べると一晩は目を覚まさない」

「一晩」

「次に、目が覚めてから丸一日素直になるの。何でも正直に話してしまうのよ」

「素直に」

「そのせいで、別名を尋問キノコというわ」

 俺は思わず聞き返した。

「尋問キノコ……」

「国では悪人の尋問に使われているわね。毒なのに薬にもなるから高値で取引されているの。一個で卵が百個は買えるわね」

「リディアさんは三個も食べたんですよね?」

「卵三百個ぶんよ?」

 怖い。卵で換算されると急に現実味が増す。

「でも、眠っているだけなんですよね」

「ええ。眠気が治まっても、素直になる作用は残るわ。毒が完全に抜けるまでには数日かかるけれど、命に関わるものではないの」

「それならそうと最初から言ってくださいよ!」

「ごめんなさい。急いでいたから省略したわ」

「毒キノコだけで省略しないでください!」

 肩から力が抜けて、ソファに沈み込んだ。

 命に別状はない。本当によかった。


 リディアは客間のベッドで穏やかな寝息を立てていた。

 フィーナが額の汗を拭き、カイルが毛布を掛け直す。俺は台所で温かいお茶を淹れた。

 居間に戻ると、セレスティアが机の上の箱をじっと見つめていた。

「コータ。これは何かしら」

「あ、それは」

 先ほど開けたばかりのビデオカメラだった。

「映像を記録する道具です。人や景色を動いたまま残せるんですよ」

「映像を、記録」

 セレスティアの目が音を立てるように輝いた。

「詳しく教えてちょうだい」

「えっ、今ですか」

「今よ」

 この人の好奇心はどんな緊急事態にも勝つらしい。

 俺はカメラを手に取り、説明を始めた。魔力を流せば電源が入ること。

 赤いボタンで録画が始まること。もう一度押せば止まること。

 小さな画面で映したものがそのまま見られること。

 三脚に載せれば、手を放しても撮り続けられること。

 セレスティアは一つ聞くたびに記録用紙へ書き込んだ。

「なるほど。文字ではなく映像として残せるのね。これなら調理工程の見落としもなくなるわ」

「実はそれを目的に買ったんです」

「あなたは天才ね」

「ただのチラシです」

「貸してもらえるかしら」

「もちろん。セレスティアさん用にと思っていたので」

 彼女は両手でカメラを受け取り、少女のように嬉しそうな顔をした。

 カイルとフィーナは遠い目でそれを眺めていた。

「……嫌な予感がする」

「奇遇ね。私もよ」


 その日の夜、俺たちはリディアを客間で休ませたまま、コータの家で一晩過ごすことになった。

 毒の影響を考えると、目が覚めるまでは誰かがそばにいたほうがいいらしい。

 夕食は宅配ピザにした。

 一日中走り回った四人は無言で何枚もたいらげ、そのまま客間に倒れ込むように眠った。

 ブレディアに知られると面倒なのでテレビは点けなかった。

 お供えはしないとブチギレられるので、ピザ3枚とコーラだけはお供えしておいた。

 今日くらいは静かに過ごしたい。


 翌朝。

 台所で味噌汁を温めていると、廊下からぺたぺたと足音が近づいてきた。

 振り向くと、寝間着姿のリディアが立っていた。

 髪はぼさぼさ。目はとろんとしている。

 そして俺の顔を見るなり、ふにゃりと笑った。

「おはよぉ、コータぁ」

「…………え?」

 声が違う。

 いつもの凛々しい響きは影も形もない。

 甘くて柔らかい、小さな女の子のような声だった。

「リ、リディアさん?」

「えへへ。コータだぁ」

 リディアは俺の袖をつかんで頬をすり寄せた。


 その瞬間俺は、固まった。


 鍋の味噌汁がふつふつと音を立てている。

「あ、始まったわね!」

 背後からフィーナの声がした。

 振り向くと、居間の机には三脚に載ったビデオカメラが設置されていた。

 赤いランプが点灯している。その後ろでは、セレスティアが真剣な顔で記録用紙を構えていた。

「セレスティアさん!?いつから撮ってるんですか!」

「朝からよ。貴重な資料になるもの」

「資料って何のですか!」

「ユメウツツダケによる精神作用の経過観察よ」

 言い方が学者だった。

「ねえ、リディア」

 フィーナがにやにやしながら近づいてくる。

「コータくんのこと、どう思ってるの?」

「おい」

 いきなり何を聞いているんだ、この人は。

 だが、リディアはそんな俺の抗議など気にも留めず、きょとんと首を傾げた。

「コータぁ?」

 俺の顔を見つけると、ぱあっと表情を明るくする。

「えへへぇ。コータ、ここにいたぁ」

 そう言って、ぎゅっと俺の腕に抱きついてきた。

「だ、だから近いですって!」

「やぁだぁ。コータのそばがいいのぉ」

 頬をすりすりと腕にこすりつけ、リディアは幸せそうに目を細めた。

 いつもの凛々しい姿はどこへやら。今の彼女は、甘えん坊の子どもそのものだった。

「……すごいわね。普段のリディアからは想像もつかないわ」

 フィーナが楽しそうに笑う。

「ねえねえ、リディア。コータくんのどこが好きなの?」

「んー?」

 リディアは俺の顔を見上げ、しばらく考え込んだ。

 それから、ぱっと笑う。

「ぜーんぶ!」

「ぜ、全部!?」

「うんっ!ごはん、おいしいしぃ。お話してると楽しいしぃ。笑うとおめめがやさしくなるのぉ」

 指を一本ずつ折りながら、嬉しそうに数えていく。

「あとねぇ、手があったかいの!ぎゅーってすると、ほっとするんだぁ」

 そう言って、俺の手を両手で包み込んだ。

「ほらぁ。あったかいでしょ?」

「そ、そうですね……」

「えへへぇ」

 リディアは俺の手を頬に当て、うっとりと目を細めた。

「コータの手、すきぃ」

「リディアさん!?」

「それにねぇ、コータに会えない日が続くと、さみしいのぉ。今日は会えるかなぁ、早く会いたいなぁって、ずーっと考えちゃう」

 リディアは少しだけ眉を下げ、俺の腕にぎゅっとしがみついた。

「だからねぇ、もっといっぱい会いたいの。コータといっしょにいたいのぉ。ずーっと、ずーっと!」

「…………」

 俺は完全に言葉を失った。

 何だ、この破壊力は。

 いつもは頼りになる冒険者なのに、今はどう見ても甘えん坊の女の子だ。しかも本人は、自分が何を口走っているのか、まったく気にしていない。

「ねえ、リディア。コータくんのこと、大好き?」

 フィーナがとどめを刺しにきた。

「だぁいすき!」

 リディアは満面の笑みで即答した。

「コータぁ、だぁいすきぃ!」

「もういい!もうやめてください!」

 俺は両手を振って叫んだ。顔が燃えるように熱い。

「えぇー?なんでぇ?」

 リディアは不思議そうに首を傾げ、それから俺の顔をじっと見つめた。

「……あれぇ?コータ、お顔あかいよぉ?」

「誰のせいだと思ってるんですか!」

「えへへぇ。あたしのせい?」

 嬉しそうに笑いながら、リディアはまた俺の腕に頬をすり寄せた。

「じゃあ、もっとぎゅーってしてあげるねぇ」

「そういう問題じゃないんです!なぁ!カイル、止めてくれ!!」

「止めたら尋問にならないだろう?」

「尋問してどうするんですか!」

 カイルは我関せずと茶をすすった。

 そのとき、リディアが俺の袖をくいっと引いた。

「ねえ、コータぁ」

「は、はい」

 リディアが俺の顔を見上げた。

 普段なら大剣を軽々と振り回し、魔物の群れに真っ先に突っ込んでいく女剣士だ。俺よりもずっと大柄で、背中を叩かれれば吹っ飛びそうなほど力も強い。

 そんな彼女が今は、俺の腕を両手で抱きしめ、頬をすり寄せている。

 大きな体をぎゅっと丸めて甘えてくる姿は、まるで飼い主にくっついて離れない大型犬のようだった。

 そして、潤んだ瞳がまっすぐこちらを見上げてくる。

「コータぁ…………わたしのこと、すき?」

 あまりにも無防備な声だった。


 この空間の時間が止まった。


 フィーナもセレスティアも息を止めてこちらを見ていた。

 カメラの赤いランプがまぶしい。

「え、ええと。それは、その、大事な仲間ですし」

 言った瞬間に後悔した。

 リディアはぱちぱちと瞬きをした。

「……なかま?」

「は、はい」

「そっかぁ……」

 ふにゃりと笑っていた顔から、少しずつ笑みが消えていく。

「わたしはねぇ、コータのこと、こんなにすきなのにぃ……」

 大きな手が、俺の服の裾をきゅっとつまんだ。

「コータに会える日、ずーっと楽しみにしてるの。会えない日はね、次はいつ会えるかなぁって考えてるの。いっしょにごはん食べたいなぁ、とか、お話ししたいなぁ、とか……」

 言いながら、リディアの眉がへにゃりと下がる。

「でも、コータにとっては、わたし、ただのなかまなんだねぇ……」

「い、いや、そういう意味では!」

「ううん、いいのぉ……。ごめんねぇ、わたしばっかり、すきですきで……ふぇぇぇん……」

 ぽろり。

 大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「えっ!?リディアさん!?」

 慌てて顔をのぞき込むと、リディアはぐしゅっと鼻をすすった。

「ごめんなさいぃ……。めいわく、だよねぇ……。こんなに大きくて、力も強くて、かわいくもないのにぃ……ぐすっ……」

 いや、待ってくれ。

 普段は大剣を片手で振り回すような女剣士が、守りたくなるような可愛さの泣き顔でそんなことを言うのか。

 しかも、自分の体格を気にしているらしい。

「そんなことありません!迷惑なんかじゃないです!」

「……ほんとぉ?」

 リディアが涙で濡れた目を上げた。

「ほんとうに、めいわくじゃない?」

「本当です!」

「じゃあ……」

 リディアはおずおずと両腕を広げた。

「ぎゅーってしても、いい?」

「えっ」

「だめぇ……?」

 しゅん、と肩が落ちる。

 大剣を振り下ろせば魔物だって吹き飛ぶだろう大きな体が、今は捨てられた子犬みたいに小さく見えた。

「だ、だめじゃないです!」

「ほんとぉ!?」

 ぱあっと顔が輝いた。

 次の瞬間、俺はふわりと抱きしめられていた。

 いや、ふわりと言うには力が強い。

「えへへぇ……コータ、あったかぁい……」

「リ、リディアさん、ちょっと力が……!」

「あっ、ごめんねぇ!」

 慌てて腕の力を緩めたリディアは、それでも俺から離れようとしなかった。

「でもぉ、もうちょっとだけ……。ね?もうちょっとだけぇ……」

 頬を胸元にすり寄せ、幸せそうに目を細める。


「……好きですよ。ちゃんと。大切に思ってます」


 気づけば、俺はそう口にしていた。

 リディアの動きがぴたりと止まる。

「……すき?」

「はい」

「わたしのこと?」

「そうです」

「ほんとうにほんとう?」

「本当に本当です」

 リディアの顔が、ぱああっと輝いた。

「えへへぇ……!うれしいぃ……!」

 大きな体をもじもじと揺らし、両手で自分の頬を包み込む。

「どうしようぅ……。うれしくて、にやにやしちゃうぅ……。お顔、ゆるんじゃうぅ……」

 そう言いながら、もうすでに頬は緩みっぱなしだった。

「コータが、わたしのこと、すきってぇ……。えへへぇ……。えへへへぇ……」

「リディアさん、笑いすぎです!」

「だってぇ、うれしいんだもぉん!」

 リディアは俺の腕にぎゅうっとしがみついた。

「ねえ、コータぁ。もういっかい言ってぇ?」

「えっ!?」

「すきってぇ……。もういっかい、聞きたぁい……」

「い、いや、それは……!」

「だめぇ……?」

 またしても、うるうると潤む瞳。

 ずるい。

 その顔はずるすぎる。

 俺が返事に困っていると、横からフィーナの声が飛んできた。

「どっちの好きかは言わないんだね」

「そこは勘弁してください!」

「記録。告白未満の返答に対し、リディアが再度の発言を要求。午前八時十二分」

「記録しないでください!」

「えへへぇ。コータ、だいすきぃ」

「リディアさんまで追い打ちをかけないでください!!」

 叫んだ声が朝の家に響き渡った。


 その日は一日、リディアは俺の後ろをついて回った。

 洗濯物を干せば隣にしゃがみ込み、皿を洗えば「てつだうね」と言って皿を一枚割った。「ごめんなさい」と泣きそうになるので「大丈夫ですよ」と言うと、すぐに笑顔になる。

 正直に言う。

 可愛かった。

 それが一番の問題だった。

 夕方になっても、リディアの素直な状態は続いていた。

 ユメウツツダケの作用は目覚めてから丸一日。

 セレスティアはその間、カメラを回しながらリディアの言動を記録し続けた。

 夕食を終え、リディアが眠りについたあと、セレスティアは録画を止めた。

「明日の朝には、いつものリディアに戻っているはずよ」

 そう言いながらも、彼女の手はカメラを離そうとしなかった。

 嫌な予感しかしない。


 そして、翌朝。

 俺は台所で炊きたてのご飯をよそっていた。

 焼き鮭。卵焼き。味噌汁。漬物。居間のテーブルにはいつものメンバーが揃っている。ただしいつもと違うのは、全員が同じ方向を向いていることだった。

 机の真ん中にビデオカメラの小さな画面が立てかけられている。

『コータ、だいすきぃ』

 画面の中でリディアがにこにこ笑っている。

「何度見ても名場面ね」

 セレスティアが満足そうにうなずいた。

「この角度がいいわ。表情の変化が全部映っているもの」

「いいなあ。私も撮りたい」

 フィーナは終始ニヤニヤしながらご飯をかき込んでいた。

 カイルは何も言わず、ただ静かにお茶をすすっている。我関せずの姿勢を崩さない。

 俺はといえば、画面に映る自分の顔を見て死にそうになっていた。

『……好きですよ。ちゃんと。大切に思ってます』

 画面の中の俺が真っ赤な顔で言っている。

「やめてください……消してください……」

「消さないわよ。貴重な記録だもの」

「セレスティアさん……」

 そのとき、廊下から足音が聞こえてきた。

 全員が一斉に静止する。

 客間の扉が開いて、寝間着姿のリディアが現れた。髪はぼさぼさで目をこすっている。

「……ん……ここは、どこだ……?」

 いつもの声だった。凛々しくて少し眠そうな、あのリディアの声だ。

「おはようございます、リディアさん」

「コータ?ここは、コータの家か?」

「はい」

「おかしいな。討伐のあとから、記憶がないんだが」

 リディアは首をかしげて居間を見回した。

 そして机の上のカメラに目を止めた。

『コータぁ…………わたしのこと、すき?』

 画面から甘い声が響き渡った。

「…………」

 リディアが固まった。

『ほんとうにほんとう?えへへぇ……!うれしいぃ……!』

「…………」

『だいすきぃ』

「…………………………………………」

 ゆっくりと。

 それは本当にゆっくりと、リディアの顔が赤く染まっていった。耳から。首から。頬へ。そして額まで。

「……あ、あ」

 断片的な記憶が蘇ってきたらしい。

「手があったかいの……ぎゅーってすると……ほっとするんだぁ……」

「思い出した?」

「いや、その、違うんだ!セレスティア、あれは私ではない!」

「いいえ、リディアよ?」

「違うんだああああ!」

 リディアが叫んで突進した。

 狙いは机のカメラだ。

 だがセレスティアのほうが速かった。

 彼女はカメラを胸に抱えて椅子から跳び上がった。

「セレスティア!それを渡せ!今すぐに!」

「嫌よ。記録は科学の財産なの」

「消せ!消すんだ!」

「消すなんてとんでもない。文字にも起こしてあるわ。逃げられないわよ」

「うああああ!」


 リディアが追いかける。セレスティアが逃げる。

 二人は居間を何周も回り、ソファを飛び越え、廊下へ消えた。

 壁を叩く音。何かが倒れる音。「やめろおおお!」という絶叫。

「あはははは!」

 フィーナは箸を持ったまま笑い転げていた。

「ご飯がおいしい。最高の朝ごはんだわ」

 カイルは静かに茶を飲み干して、静かに湯呑みを置いた。

「……いい天気だな」

「カイルさん。現実逃避しないでください」

「俺は何も見ていない」

 俺は両手で顔を覆った。

 画面に映っていたのは、あの日の俺だ。

 耳まで真っ赤にして、「好きですよ」と言っていた俺だ。

 リディアの記憶が戻ったということは、あの言葉も思い出しているかもしれない。

 どんな顔で会えばいいんだ。


 そのとき、居間のテレビがひとりでに点灯した。

 ブゥゥゥン。

 画面いっぱいにブレディアの顔が映る。口元にはご飯粒が付いていた。

『オトクくぅん!ごはんおかわり!!』

「今それどころじゃないんです!」

『えー?だっていいものを見せてもらいましたよぉ!恋する乙女のふわふわ映像!おかわりもいくらでも食べられそうですぅ!』

「見てたんですか???」

『ビデオ通話ですから!』

 廊下の向こうから、リディアの絶叫がまた響き渡った。

 俺の平穏なスローライフは、どうやら当分戻ってこないらしい。


 次回予告

 第二十一話 ビデオを見た日から、リディアが約束の日になっても来ません

 月曜日。火曜日。水曜日。いつもなら玄関の前で誰かが待っているはずの朝は、ひどく静かだった。

「リディアさんは、どうしたんですか」

「あの子ね、家から出てこないのよ」

 ――恋する乙女の羞恥心は、毒キノコよりも長引くらしい。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回から、少し肩の力を抜いたコメディ回に入りました。

日帰りのはずの討伐が長引き、空腹のリディアが食べてしまったのは尋問キノコこと「ユメウツツダケ」。

素直になった彼女は、コータ大好きふわふわ少女に大変身でした。

記録マニアのセレスティアの手にビデオカメラが渡ったことで、すべてが映像として残ることに。

リディアが真っ赤になって追いかけ回すのも無理はありません。

コータの「好きですよ」は、果たしてどちらの好きなのか。本人もまだ答えを出せていないようです。

よろしければブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!


※ブレディア様へのお供え物は任意です。

 ……ご飯のおかわりは最低でも三回はしないと満足しないそうです。

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