第十六話 盗賊団に襲われたので、村の空っぽの家畜小屋を借りることにしました
王都ビザマスを出て二日目の朝。
馬車は林の中を抜ける街道を、のんびりと進んでいた。
荷台の半分は、積み木の余りに占拠されている。
王都での宴で子供向けのプレゼントにと買い込んだものの、思った以上に数が多かったのだ。
今回、冷蔵庫は収納しているため荷台には影も形もない。
「平和ですね」
俺は荷台の隅で伸びをした。
「コータ。その言葉は禁止だと言ったはずだ」
隣に座るリディアが、真顔でこちらを見た。
「言っていましたか?」
「今決めた」
「理不尽です」
「経験則だ。平和だと口にした直後に何かが起きる」
否定できないのが悔しい。
確かに、物語ではこういうことを言った直後に事件が起きるものだ。だが、ここは現実である。そう何度も都合よく何かが起きるはずがない。
……と、思っていた。
そのときだった。
御者台にいたカイルが手綱を引き、馬車が大きく揺れて止まった。
前方の街道に、倒木が横たわっている。
自然に倒れたにしては、切り口が妙に新しい。
「フィーナ!」
「分かってる。左右の林に二十人くらい」
フィーナの声が低くなった。先ほどまでの穏やかな表情は消え、斥候としての鋭い目つきに変わっている。
次の瞬間、林の中から覆面をした男たちがぞろぞろと姿を現した。
手にしているのは、錆びた剣に欠けた斧。それから鍬や鎌まで混じっている。
「荷物を置いていけ」
先頭に立つ大柄な男が、低い声で言った。
覆面の隙間から見える目は落ちくぼみ、頬には骨が浮いている。
剣を握る手が、小刻みに震えていた。
「盗賊団だな」
リディアが大剣を抜いて馬車から降りた。
続いてカイルが盾を構え、フィーナが弓を引き、セレスティアが杖を握る。
「命が惜しければ引き返せ。私たちは『飢えた獅子』だ」
リディアの声が街道に響いた。
男たちの間に動揺が走る。
「獅子……」
「王都で昇格したばかりの……」
「やめろ。引くな。今さら引けるか」
先頭の男が、震える声で怒鳴った。
「頼む。食い物だけでいい。ほかは何もいらない。食い物を出してくれ」
それは脅しというより、懇願に近い声だった。
リディアの剣先が、わずかに下がった。
その隙を狙ったのか、それとも食料があると信じて疑わなかったのか。
男は馬車の横を駆け抜け、荷台に飛び乗った。
布を引きはがす。
そこから現れたのは、積み木の山だった。
覆面の男たちに囲まれた馬車の荷台で、盗賊団の頭は固まった。
「食料はどこだ」
「積んでいるのは、積み木の余りだけです」
俺は正直に答えた。
荷台に静寂が落ちた。
男は積み木をひとつ手に取り、じっと見つめた。赤や青に塗られた、小さな木の塊。
「……積み木」
「はい」
「食えねえな」
「食べられません」
男はふらりとよろめき、荷台の縁に腰を落とした。
手から力が抜け、錆びた剣がからんと転がる。
戦いは、始まる前に終わってしまった。
男たちは誰も抵抗しなかった。剣を落とし、その場に座り込んで覆面を外していく。
日に焼けた顔。
皺の深い老人もいれば、俺と変わらない年頃の青年もいた。
全員が痩せていた。
盗賊というより、飢えた農民の集まりに見える。
「縛りますか?」
カイルが尋ねた。
「いえ。それよりも」
俺は荷台から降り、頭の前にしゃがんだ。
男は積み木を握ったまま顔を上げた。四十代半ばだろうか。無精髭の奥にある目は、驚くほど疲れていた。
「話を聞かせてもらえますか」
「……聞いてどうする」
「分かりません。でも、聞かないと分からないので」
男はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐いた。
「ホルスだ。この先の山あいにある、モウ村の牧場の者だ」
「モウ村?」
「王都とペイペの間にある小さな村だ。牛と豚と鶏を育てて、王都に卸していた。俺たちの村は昔から、そうやって食ってきた」
王都に肉や卵を卸していた村。
つまり、王都の食卓を支えてきた人たちだ。
「それが、どうして……」
「去年から雨が降らなかった」
ホルスは積み木を握る手に力を込めた。
「家畜の餌になる草も穀物も育たなかった。畑も魔獣に荒らされて、刈り入れがほとんどできなかった。餌がなければ家畜は痩せる。痩せた家畜は売れない。売れなければ金もない」
「金があっても、食料が高くて買えなかったんでしょう」
「その通りだ。王都の値段は、俺たちが育てていた頃の何倍にもなっていた。家畜は一頭ずつ減っていった。病で死んだものもいる。最後は……」
言葉が途切れた。
「最後は、食べるしかなかった」
俺は何も言えなかった。
育てた家畜を自分たちで食べる。それは村にとって、どれほど苦しい決断だっただろう。
「今は小屋に何も残っていない。畑も荒れたままだ。村の者は草の根や木の皮で凌いでいる。ガキどもは三日前から水しか口にしていない」
「……人を襲ったのは?」
「今日が初めてだ」
ホルスは顔を伏せた。
「若い者を連れて街道に出た。誰かを傷つける気はなかった。ただ、食い物を分けてもらえればと。……いや、言い訳だな。やったことは強盗だ」
男たちの腹が、ぐうと鳴った。
一人が鳴らし、二人が続く。気づけば、二十人分の腹の音が林に響いていた。
誰も顔を上げられない。
リディアが俺の袖をそっと引いた。
「コータ」
「はい」
「頼む」
言われるまでもなかった。
俺は馬車を街道の脇に寄せると、林の奥にある大きな岩の陰へ向かった。
「ここなら見えません」
「見張りは任せろ」
カイルが盾を構えて立ち、フィーナとセレスティアが盗賊たちの視線を遮るように並ぶ。リディアは男たちに背を向けさせ、その前に仁王立ちした。
岩陰に専用冷蔵庫を展開する。
今朝のチラシは、王都の宿で目を通してある。
【スーパー・マル得あったかフェア大特売!】
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豚バラ薄切り100g128円
大根一本158円
ごぼう一本98円
にんじん三本入り128円
味噌750g398円
お米5kg2,980円
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二十人分以上の豚汁を作るなら、十分な量が買える。
しかも、全部合わせても、この世界の卵一個の十分の一にも満たない。
大鍋に水を張り、野菜を切って豚肉と一緒に煮込んだ。
味噌を溶いた瞬間、独特の香りが林に広がった。
「……何だ、この匂いは」
「いい匂いだ」
男たちがざわつく。
味噌の香りに誘われたのか、何人かが無意識に一歩踏み出した。
「動かないでください。まだ煮えていません」
リディアの声が飛んだ。
男たちはびくりと肩を震わせ、慌ててその場に戻る。
この人も匂いにつられているはずなのに、今日は見張り役として耐えている。さっきから鍋のほうを気にしているように見えるのは、きっと気のせいだろう。
「リディアさん、あと少しですから」
「分かっている。私は見張りをしているだけだ」
「まだ何も言ってませんけど」
「……鍋の様子を確認していただけだ」
どうやら、かなり気になっているらしい。
俺は笑いそうになるのをこらえ、炊き上がった米を握っていく。
おにぎりは大きめに。腹を空かせた男たちに、小さなものを一つずつ渡したところで足りるはずがない。
「コータさん、私も手伝います」
フィーナが隣にしゃがみ、握り終えたおにぎりを並べ始めた。
「ありがとうございます。熱いので気をつけてください」
「はい。……それにしても、皆さん、本当にお腹を空かせているんですね」
フィーナは男たちに目を向けた。
彼らは鍋を見つめている。誰も騒がず、誰も急かさない。ただ、漂ってくる匂いを逃すまいとするように、じっとこちらを見ていた。
「食事を待つ人の目というより、食べ物がなくなるのを恐れている人の目ですね……」
フィーナの声が少し沈む。
俺も同じことを感じていた。
この人たちは、ただ腹が減っているだけじゃない。次にいつ食べられるか分からない。目の前の食事が終わったら、また空腹に戻る。その不安が、彼らの表情に張りついている。
「コータさん、野菜は十分に煮えていますか?」
今度はセレスティアが鍋をのぞき込んできた。
「ええ。そろそろ大丈夫だと思います」
「味噌の香りと豚肉の脂、それに根菜の甘み……。これだけでも食欲をそそられますね。野菜から出た旨味も、汁に溶け込んでいるはずです」
セレスティアは真剣な顔で鍋を観察している。
「……セレスティアさんも食べたいんですか?」
「当然です。これほど興味深い料理を前にして、味を確かめずにいられるでしょうか」
「見張りが終わったら、ちゃんと作りますよ」
「それは楽しみです」
セレスティアは満足そうにうなずいた。
食欲だけでなく、料理への好奇心も刺激されているらしい。
その一方で、カイルは少し離れた場所に立ち、男たちの様子を静かに見守っていた。
「……あの人たち、食べたら少しは動けるようになるかな」
ぽつりと漏らした言葉に、俺は顔を上げた。
「どうでしょう。空腹で体力が落ちているでしょうし、すぐに元どおりとはいかないと思います」
「そっか」
カイルは短く答え、盾を持つ手に視線を落とした。
「でも、食べないと何も始まらないよね」
「そうですね」
それは、まったくそのとおりだった。
炊いた米をおにぎりにしていると、荷物の中のゲーム機が小さく震えているのに気づいた。
画面は開かない。だが、微かな声が聞こえてくる。
『……お供えは後でいいです。先にあの人たちを』
意外な言葉に、俺は手を止めた。
いつもなら、何かにつけて食べ物を要求してくる女神だ。そんな彼女が、目の前の人たちを優先しろと言っている。
『お願いしますね、オトクくん』
「コータです」
小声で返し、俺は鍋をかき混ぜた。
……たまには、まともなことも言うんだな。
豚汁とおにぎりが行き渡ると、男たちは最初、戸惑っていた。
「いいのか。俺たちはあんたらを襲ったんだぞ」
「襲われた側が言うことではないですけど」
俺は椀をひとつ、ホルスに差し出した。
「お腹が空いている人を放っておくと、ご飯がまずくなるんです」
ホルスはしばらく椀を見つめた。
それから両手で受け取り、口をつけた。
「…………」
汁をひと口。肉をひと口。
何も言わずにスプーンを動かし、それから不意に肩を震わせた。
「……あったけえ」
「はい」
「いつぶりだ。温けえもんなんて」
ホルスはもう一度、豚汁を口に運んだ。
今度は、ゆっくりと味わうように。
周りの男たちも次々と椀を口に運び、そのたびに嗚咽が漏れていく。
「うめえ……」
「こんなもん、食えるなんて……」
ある男は椀を抱えるようにして汁をすすり、別の男はおにぎりを両手で持ったまま、しばらく食べられずにいた。
「どうしたんですか?」
俺が尋ねると、男は首を横に振った。
「いや……こんなうまい飯、久しぶりでよ」
そう言って、一口かじる。
その瞬間、こらえていたものが切れたように、男の目から涙がこぼれた。
誰も笑わなかった。
誰も急かさなかった。
フィーナは唇を結び、セレスティアも鍋を見つめたまま黙っていた。
カイルは自分の盾を地面に立てかけ、男たちが食べ終わった椀を受け取れるようにそばへ寄った。
リディアもまた、大剣を手放さないまま、少しだけ視線を伏せていた。
「ガキどもにも食わせてやりてえ……」
ホルスのつぶやきに、俺はおにぎりを握る手を止めた。
自分が食べることよりも、村に残してきた子供たちのことが気にかかるのだろう。
目の前の食事に救われながらも、ここにいない家族の空腹を忘れられない。
その気持ちは、痛いほど伝わってきた。
「ホルスさん」
「何だ」
「村には子供が何人いますか?」
「十五人だ。大人は六十人ほど。全員、ろくに食ってねえ」
七十五人。
今日この場で渡せるのは二十人分だけだ。
鍋を何杯作っても、全員に行き渡る量ではない。
たとえ今日だけ足りたとしても、毎日渡し続けることはできない。
できるはずがなかった。
俺はチラシの力を隠している。ここで大量の食料を配れば、村はいつしか俺に頼り切りになる。そして、俺がいなくなった途端、また同じ状況に戻ってしまう。
「……食料を持っていくだけじゃ、駄目なんですね」
フィーナが小さく言った。
「はい。今日の空腹は満たせても、明日からの食料がなければ同じことの繰り返しです」
「村の状況を見なければ、何が必要なのかも分からないということですね」
セレスティアが続ける。
「畑がどの程度荒れているのか。水は確保できるのか。家畜を育て直せる環境が残っているのか……。実際に見てみないことには判断できません」
さすがはセレスティアだ。
ただ食べ物を渡して終わりにするのではなく、その先まで考えている。
「それに、村の人たちがどれくらい動けるかも気になるね」
カイルがホルスたちを見た。
「今は食べるだけで精いっぱいに見える。無理をさせたら、かえって体を壊しそうだ」
「そうですね。まずは現状を把握する必要があります」
俺はうなずいた。
この人たちを救う方法があるのかどうかは、まだ分からない。
それでも、何も知らずに諦めるわけにはいかなかった。
「ホルスさん。村を見せてもらえませんか」
「見てどうする」
「分かりません。でも、見ないと分からないので」
ホルスはぽかんとして俺の顔を見た。
やがて、力なく笑った。
「変わったヤツだな」
「よく言われます」
ホルスは残った豚汁を飲み干し、空になった椀を両手で包み込んだ。
「……分かった。案内する。何もねえ村だが、それでもいいならな」
「もちろんです」
「ただし、村の連中に期待はさせないでくれ。食い物をくれた恩は忘れねえ。だが、あんたに何もかも背負わせるわけにはいかねえ」
思いがけない言葉だった。
自分たちが追い詰められていると分かっていても、見ず知らずの相手にすべてを頼るつもりはないらしい。
だからこそ、余計に放っておけなかった。
背後でリディアが小さくため息をついた。
「……やっぱり行くんだな」
「はい。まずは村の状況を確かめたいんです」
「分かった。護衛は任せろ。コータ一人で何とかしようとするなよ」
「私たちも一緒です」
フィーナがうなずき、セレスティアも続いた。
「実際に見れば、何か解決の糸口が見つかるかもしれません」
「俺も手伝うよ。力仕事なら任せてくれ」
カイルの言葉に、俺は仲間たちを見回した。
どうやら、全員ついてきてくれるらしい。
「ありがとうございます。では、ホルスさん。案内をお願いします」
ホルスは四人の顔を順番に見てから、深く頭を下げた。
「……恩に着る」
日が傾き始めた街道の向こうには、山あいへと続く細い道が伸びている。
王都とペイペの間に埋もれたモウ村。
そこに何が残っているのか。何ができるのか。
まだ何も分からない。
それでも、まずは自分の目で確かめることにした。
平穏なスローライフは、また少し遠くへ行ってしまったらしい。
次回予告
第十七話 飢えた村には、使われていない家畜小屋がありました
空っぽの小屋を前に、コータは腕を組んだ。
「肉も卵も、渡し続けることはできない。でも、育てる場所ならある」
「家畜を、飢えた村で飼うんですか?」
――料理番は、その場しのぎの施しをやめることにした。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、王都からの帰り道で盗賊団に襲われるお話でした。
荷台にあったのは食料ではなく、積み木の余り。盗賊団の正体は、飢饉で追い詰められた村の人たちでした。
温かい豚汁とおにぎりで、ひとまず空腹を満たすことはできましたが、それだけでは村を救えません。
次回、コータはモウ村へ向かい、村の再建に取り組みます。
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※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……豚汁は、おにぎり付きだと喜ばれるそうです。




