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女神様!異世界転生の特典が特売のチラシなんですけど!?  作者: マトンさん


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16/24

第十六話 盗賊団に襲われたので、村の空っぽの家畜小屋を借りることにしました

 王都ビザマスを出て二日目の朝。


 馬車は林の中を抜ける街道を、のんびりと進んでいた。

 荷台の半分は、積み木の余りに占拠されている。

 王都での宴で子供向けのプレゼントにと買い込んだものの、思った以上に数が多かったのだ。

 今回、冷蔵庫は収納しているため荷台には影も形もない。

「平和ですね」

 俺は荷台の隅で伸びをした。

「コータ。その言葉は禁止だと言ったはずだ」

 隣に座るリディアが、真顔でこちらを見た。

「言っていましたか?」

「今決めた」

「理不尽です」

「経験則だ。平和だと口にした直後に何かが起きる」

 否定できないのが悔しい。

 確かに、物語ではこういうことを言った直後に事件が起きるものだ。だが、ここは現実である。そう何度も都合よく何かが起きるはずがない。

 ……と、思っていた。

 そのときだった。


 御者台にいたカイルが手綱を引き、馬車が大きく揺れて止まった。

 前方の街道に、倒木が横たわっている。

 自然に倒れたにしては、切り口が妙に新しい。

「フィーナ!」

「分かってる。左右の林に二十人くらい」

 フィーナの声が低くなった。先ほどまでの穏やかな表情は消え、斥候としての鋭い目つきに変わっている。

 次の瞬間、林の中から覆面をした男たちがぞろぞろと姿を現した。

 手にしているのは、錆びた剣に欠けた斧。それから鍬や鎌まで混じっている。

「荷物を置いていけ」

 先頭に立つ大柄な男が、低い声で言った。

 覆面の隙間から見える目は落ちくぼみ、頬には骨が浮いている。

 剣を握る手が、小刻みに震えていた。

「盗賊団だな」

 リディアが大剣を抜いて馬車から降りた。

 続いてカイルが盾を構え、フィーナが弓を引き、セレスティアが杖を握る。

「命が惜しければ引き返せ。私たちは『飢えた獅子』だ」

 リディアの声が街道に響いた。

 男たちの間に動揺が走る。

「獅子……」

「王都で昇格したばかりの……」

「やめろ。引くな。今さら引けるか」

 先頭の男が、震える声で怒鳴った。

「頼む。食い物だけでいい。ほかは何もいらない。食い物を出してくれ」

 それは脅しというより、懇願に近い声だった。

 リディアの剣先が、わずかに下がった。

 その隙を狙ったのか、それとも食料があると信じて疑わなかったのか。

 男は馬車の横を駆け抜け、荷台に飛び乗った。

 布を引きはがす。

 そこから現れたのは、積み木の山だった。

 覆面の男たちに囲まれた馬車の荷台で、盗賊団の頭は固まった。

「食料はどこだ」

「積んでいるのは、積み木の余りだけです」

 俺は正直に答えた。

 荷台に静寂が落ちた。

 男は積み木をひとつ手に取り、じっと見つめた。赤や青に塗られた、小さな木の塊。

「……積み木」

「はい」

「食えねえな」

「食べられません」

 男はふらりとよろめき、荷台の縁に腰を落とした。

 手から力が抜け、錆びた剣がからんと転がる。

 戦いは、始まる前に終わってしまった。


 男たちは誰も抵抗しなかった。剣を落とし、その場に座り込んで覆面を外していく。

 日に焼けた顔。

 皺の深い老人もいれば、俺と変わらない年頃の青年もいた。

 全員が痩せていた。

 盗賊というより、飢えた農民の集まりに見える。

「縛りますか?」

 カイルが尋ねた。

「いえ。それよりも」

 俺は荷台から降り、頭の前にしゃがんだ。

 男は積み木を握ったまま顔を上げた。四十代半ばだろうか。無精髭の奥にある目は、驚くほど疲れていた。

「話を聞かせてもらえますか」

「……聞いてどうする」

「分かりません。でも、聞かないと分からないので」

 男はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐いた。

「ホルスだ。この先の山あいにある、モウ村の牧場の者だ」

「モウ村?」

「王都とペイペの間にある小さな村だ。牛と豚と鶏を育てて、王都に卸していた。俺たちの村は昔から、そうやって食ってきた」

 王都に肉や卵を卸していた村。

 つまり、王都の食卓を支えてきた人たちだ。

「それが、どうして……」

「去年から雨が降らなかった」

 ホルスは積み木を握る手に力を込めた。

「家畜の餌になる草も穀物も育たなかった。畑も魔獣に荒らされて、刈り入れがほとんどできなかった。餌がなければ家畜は痩せる。痩せた家畜は売れない。売れなければ金もない」

「金があっても、食料が高くて買えなかったんでしょう」

「その通りだ。王都の値段は、俺たちが育てていた頃の何倍にもなっていた。家畜は一頭ずつ減っていった。病で死んだものもいる。最後は……」

 言葉が途切れた。

「最後は、食べるしかなかった」

 俺は何も言えなかった。

 育てた家畜を自分たちで食べる。それは村にとって、どれほど苦しい決断だっただろう。

「今は小屋に何も残っていない。畑も荒れたままだ。村の者は草の根や木の皮で凌いでいる。ガキどもは三日前から水しか口にしていない」

「……人を襲ったのは?」

「今日が初めてだ」

 ホルスは顔を伏せた。

「若い者を連れて街道に出た。誰かを傷つける気はなかった。ただ、食い物を分けてもらえればと。……いや、言い訳だな。やったことは強盗だ」

 男たちの腹が、ぐうと鳴った。

 一人が鳴らし、二人が続く。気づけば、二十人分の腹の音が林に響いていた。

 誰も顔を上げられない。

 リディアが俺の袖をそっと引いた。

「コータ」

「はい」

「頼む」

 言われるまでもなかった。


 俺は馬車を街道の脇に寄せると、林の奥にある大きな岩の陰へ向かった。

「ここなら見えません」

「見張りは任せろ」

 カイルが盾を構えて立ち、フィーナとセレスティアが盗賊たちの視線を遮るように並ぶ。リディアは男たちに背を向けさせ、その前に仁王立ちした。

 岩陰に専用冷蔵庫を展開する。

 今朝のチラシは、王都の宿で目を通してある。


【スーパー・マル得あったかフェア大特売!】


 ━━━━━━━━━━━━━━

 豚バラ薄切り100g128円

 大根一本158円

 ごぼう一本98円

 にんじん三本入り128円

 味噌750g398円

 お米5kg2,980円

 ━━━━━━━━━━━━━━


 二十人分以上の豚汁を作るなら、十分な量が買える。

 しかも、全部合わせても、この世界の卵一個の十分の一にも満たない。

 大鍋に水を張り、野菜を切って豚肉と一緒に煮込んだ。

 味噌を溶いた瞬間、独特の香りが林に広がった。

「……何だ、この匂いは」

「いい匂いだ」

 男たちがざわつく。

 味噌の香りに誘われたのか、何人かが無意識に一歩踏み出した。

「動かないでください。まだ煮えていません」

 リディアの声が飛んだ。

 男たちはびくりと肩を震わせ、慌ててその場に戻る。

 この人も匂いにつられているはずなのに、今日は見張り役として耐えている。さっきから鍋のほうを気にしているように見えるのは、きっと気のせいだろう。

「リディアさん、あと少しですから」

「分かっている。私は見張りをしているだけだ」

「まだ何も言ってませんけど」

「……鍋の様子を確認していただけだ」

 どうやら、かなり気になっているらしい。

 俺は笑いそうになるのをこらえ、炊き上がった米を握っていく。

 おにぎりは大きめに。腹を空かせた男たちに、小さなものを一つずつ渡したところで足りるはずがない。

「コータさん、私も手伝います」

 フィーナが隣にしゃがみ、握り終えたおにぎりを並べ始めた。

「ありがとうございます。熱いので気をつけてください」

「はい。……それにしても、皆さん、本当にお腹を空かせているんですね」

 フィーナは男たちに目を向けた。

 彼らは鍋を見つめている。誰も騒がず、誰も急かさない。ただ、漂ってくる匂いを逃すまいとするように、じっとこちらを見ていた。

「食事を待つ人の目というより、食べ物がなくなるのを恐れている人の目ですね……」

 フィーナの声が少し沈む。

 俺も同じことを感じていた。

 この人たちは、ただ腹が減っているだけじゃない。次にいつ食べられるか分からない。目の前の食事が終わったら、また空腹に戻る。その不安が、彼らの表情に張りついている。

「コータさん、野菜は十分に煮えていますか?」

 今度はセレスティアが鍋をのぞき込んできた。

「ええ。そろそろ大丈夫だと思います」

「味噌の香りと豚肉の脂、それに根菜の甘み……。これだけでも食欲をそそられますね。野菜から出た旨味も、汁に溶け込んでいるはずです」

 セレスティアは真剣な顔で鍋を観察している。

「……セレスティアさんも食べたいんですか?」

「当然です。これほど興味深い料理を前にして、味を確かめずにいられるでしょうか」

「見張りが終わったら、ちゃんと作りますよ」

「それは楽しみです」

 セレスティアは満足そうにうなずいた。

 食欲だけでなく、料理への好奇心も刺激されているらしい。

 その一方で、カイルは少し離れた場所に立ち、男たちの様子を静かに見守っていた。

「……あの人たち、食べたら少しは動けるようになるかな」

 ぽつりと漏らした言葉に、俺は顔を上げた。

「どうでしょう。空腹で体力が落ちているでしょうし、すぐに元どおりとはいかないと思います」

「そっか」

 カイルは短く答え、盾を持つ手に視線を落とした。

「でも、食べないと何も始まらないよね」

「そうですね」

 それは、まったくそのとおりだった。

 炊いた米をおにぎりにしていると、荷物の中のゲーム機が小さく震えているのに気づいた。

 画面は開かない。だが、微かな声が聞こえてくる。

『……お供えは後でいいです。先にあの人たちを』

 意外な言葉に、俺は手を止めた。

 いつもなら、何かにつけて食べ物を要求してくる女神だ。そんな彼女が、目の前の人たちを優先しろと言っている。

『お願いしますね、オトクくん』

「コータです」

 小声で返し、俺は鍋をかき混ぜた。

 ……たまには、まともなことも言うんだな。


 豚汁とおにぎりが行き渡ると、男たちは最初、戸惑っていた。

「いいのか。俺たちはあんたらを襲ったんだぞ」

「襲われた側が言うことではないですけど」

 俺は椀をひとつ、ホルスに差し出した。

「お腹が空いている人を放っておくと、ご飯がまずくなるんです」

 ホルスはしばらく椀を見つめた。

 それから両手で受け取り、口をつけた。

「…………」

 汁をひと口。肉をひと口。

 何も言わずにスプーンを動かし、それから不意に肩を震わせた。

「……あったけえ」

「はい」

「いつぶりだ。温けえもんなんて」

 ホルスはもう一度、豚汁を口に運んだ。

 今度は、ゆっくりと味わうように。

 周りの男たちも次々と椀を口に運び、そのたびに嗚咽が漏れていく。

「うめえ……」

「こんなもん、食えるなんて……」

 ある男は椀を抱えるようにして汁をすすり、別の男はおにぎりを両手で持ったまま、しばらく食べられずにいた。

「どうしたんですか?」

 俺が尋ねると、男は首を横に振った。

「いや……こんなうまい飯、久しぶりでよ」

 そう言って、一口かじる。

 その瞬間、こらえていたものが切れたように、男の目から涙がこぼれた。


 誰も笑わなかった。

 誰も急かさなかった。

 フィーナは唇を結び、セレスティアも鍋を見つめたまま黙っていた。

 カイルは自分の盾を地面に立てかけ、男たちが食べ終わった椀を受け取れるようにそばへ寄った。

 リディアもまた、大剣を手放さないまま、少しだけ視線を伏せていた。

「ガキどもにも食わせてやりてえ……」

 ホルスのつぶやきに、俺はおにぎりを握る手を止めた。

 自分が食べることよりも、村に残してきた子供たちのことが気にかかるのだろう。

 目の前の食事に救われながらも、ここにいない家族の空腹を忘れられない。

 その気持ちは、痛いほど伝わってきた。

「ホルスさん」

「何だ」

「村には子供が何人いますか?」

「十五人だ。大人は六十人ほど。全員、ろくに食ってねえ」

 七十五人。

 今日この場で渡せるのは二十人分だけだ。

 鍋を何杯作っても、全員に行き渡る量ではない。

 たとえ今日だけ足りたとしても、毎日渡し続けることはできない。

 できるはずがなかった。


 俺はチラシの力を隠している。ここで大量の食料を配れば、村はいつしか俺に頼り切りになる。そして、俺がいなくなった途端、また同じ状況に戻ってしまう。

「……食料を持っていくだけじゃ、駄目なんですね」

 フィーナが小さく言った。

「はい。今日の空腹は満たせても、明日からの食料がなければ同じことの繰り返しです」

「村の状況を見なければ、何が必要なのかも分からないということですね」

 セレスティアが続ける。

「畑がどの程度荒れているのか。水は確保できるのか。家畜を育て直せる環境が残っているのか……。実際に見てみないことには判断できません」

 さすがはセレスティアだ。

 ただ食べ物を渡して終わりにするのではなく、その先まで考えている。

「それに、村の人たちがどれくらい動けるかも気になるね」

 カイルがホルスたちを見た。

「今は食べるだけで精いっぱいに見える。無理をさせたら、かえって体を壊しそうだ」

「そうですね。まずは現状を把握する必要があります」

 俺はうなずいた。

 この人たちを救う方法があるのかどうかは、まだ分からない。

 それでも、何も知らずに諦めるわけにはいかなかった。

「ホルスさん。村を見せてもらえませんか」

「見てどうする」

「分かりません。でも、見ないと分からないので」

 ホルスはぽかんとして俺の顔を見た。

 やがて、力なく笑った。

「変わったヤツだな」

「よく言われます」

 ホルスは残った豚汁を飲み干し、空になった椀を両手で包み込んだ。

「……分かった。案内する。何もねえ村だが、それでもいいならな」

「もちろんです」

「ただし、村の連中に期待はさせないでくれ。食い物をくれた恩は忘れねえ。だが、あんたに何もかも背負わせるわけにはいかねえ」

 思いがけない言葉だった。

 自分たちが追い詰められていると分かっていても、見ず知らずの相手にすべてを頼るつもりはないらしい。

 だからこそ、余計に放っておけなかった。


 背後でリディアが小さくため息をついた。

「……やっぱり行くんだな」

「はい。まずは村の状況を確かめたいんです」

「分かった。護衛は任せろ。コータ一人で何とかしようとするなよ」

「私たちも一緒です」

 フィーナがうなずき、セレスティアも続いた。

「実際に見れば、何か解決の糸口が見つかるかもしれません」

「俺も手伝うよ。力仕事なら任せてくれ」

 カイルの言葉に、俺は仲間たちを見回した。

 どうやら、全員ついてきてくれるらしい。

「ありがとうございます。では、ホルスさん。案内をお願いします」

 ホルスは四人の顔を順番に見てから、深く頭を下げた。

「……恩に着る」

 日が傾き始めた街道の向こうには、山あいへと続く細い道が伸びている。

 王都とペイペの間に埋もれたモウ村。

 そこに何が残っているのか。何ができるのか。

 まだ何も分からない。

 それでも、まずは自分の目で確かめることにした。


 平穏なスローライフは、また少し遠くへ行ってしまったらしい。


 次回予告

 第十七話 飢えた村には、使われていない家畜小屋がありました

 空っぽの小屋を前に、コータは腕を組んだ。

「肉も卵も、渡し続けることはできない。でも、育てる場所ならある」

「家畜を、飢えた村で飼うんですか?」

 ――料理番は、その場しのぎの施しをやめることにした。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は、王都からの帰り道で盗賊団に襲われるお話でした。

荷台にあったのは食料ではなく、積み木の余り。盗賊団の正体は、飢饉で追い詰められた村の人たちでした。

温かい豚汁とおにぎりで、ひとまず空腹を満たすことはできましたが、それだけでは村を救えません。

次回、コータはモウ村へ向かい、村の再建に取り組みます。

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※ブレディア様へのお供え物は任意です。

 ……豚汁は、おにぎり付きだと喜ばれるそうです。

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