第十五話 料理を振る舞っていたら、なぜか貴族たちが青ざめました
宴当日の夜。
領主邸の大広間は、煌びやかな燭台の光で満ちていた。
集まった貴族たちが談笑する中、コータは料理番の礼服を着て、ぎこちなく立っていた。
隣にはドレス姿のフレイヤがぴたりと寄り添っている。
「コータ殿は堂々としていればよいのです。何かあれば私が守ります」
「何かあるんですか?」
「あるかもしれません」
あまり聞きたくない答えだった。
領主の子爵様は中肉中背で、人の良さそうな顔をした貴族だった。
額の汗をしきりに拭いながら、コータの手を握る。
「よく来てくれた、料理番殿!あなたの噂は王都にも届いている!今夜は頼んだぞ!」
そう言う領主の視線の先には、宴の主賓席に座る壮年の貴族一家がいた。
領主よりも明らかに格上の伯爵家だという。
「あのお方は伯爵家の当主でな。格式を重んじる方だから、失礼のないように頼む」
領主はそう言って、ちらりと伯爵のいる席へ目を向けた。
「せっかくのお招きだ。料理を楽しんでいただければよいのだが……」
どこか気がかりそうな領主を見て、俺は小さくうなずいた。
そのとき、横から声がかかった。
「ほう。これが噂の料理番か」
太った男爵が杯を片手に近づいてきた。値踏みするような目で、コータの礼服を上から下まで眺める。
「平民の料理人が貴族の宴に呼ばれるとは、時代も変わったものだ。ブヒヒッ、出自も知れぬ者の料理など、毒味もせずに口にできるものかな」
周りの貴族が忍び笑いを漏らした。領主は困り顔で目を泳がせている。フレイヤの眉がぴくりと動いた。
「男爵様。コータ殿は――」
「いいんです」
コータは小さく首を振った。
「お口に合わなければ残していただいて構いません。でも、一口だけは食べてみてください」
「ふん。平民風情が生意気なことを……」
男爵は鼻で笑い、腹を揺らしながら背を向けた。
「私の舌は高級料理で肥えておるのだ!貴様のような素性も知れぬ料理番の品など、食べずともわかるわ!ブヒヒッ!」
そう言い捨て、男爵は勝ち誇ったようにその場を去っていった。
厨房では、領主家の料理人たちが総出で待ち構えていた。
「あなたが噂の料理番ですか。見せてもらいますよ」
料理長は腕を組み、コータを値踏みするように睨んでいる。
「料理長。少しお願いがあるのですが」
フレイヤが声をかけた。
「何でしょう?」
「今回の料理には、少々特殊な準備が必要なのです。申し訳ありませんが、料理長を含め、皆様には一度厨房から出ていただけますか?」
「なっ!?我々がですか?」
「はい。すぐにお呼びしますので」
料理長は不満げな顔をしたが、フレイヤの真剣な表情に渋々うなずいた。
「……わかりました。くれぐれも妙なことはしないでくださいよ」
料理人たちが全員出ていき、厨房にコータとフレイヤだけが残った。
「これで大丈夫です、コータ殿」
「ありがとうございます。では、さっそく」
コータはチラシを開き、パーティー料理のページを確認した。
ピザにフライドチキン、彩り豊かなオードブル。最後に大きなクリスマスケーキも選び、購入する商品を決めていく。
注文を終えると、コータは厨房の冷蔵庫を開いた。
中から取り出したのは、湯気の立つアツアツのピザとフライドチキン。
続いてオードブルやクリスマスケーキも取り出し、調理台に並べていく。
あっという間に、厨房は見慣れない料理で埋め尽くされた。
「……何度見ても不思議ですね」
「俺も、便利だなとは思います」
フレイヤの呟きに、コータは苦笑した。
「では、料理長たちを呼んできますね」
フレイヤが厨房を出ていき、しばらくすると料理人たちを連れて戻ってきた。
「お待たせしました。では、さっそく――」
厨房に足を踏み入れた料理長は、言葉を失った。
先ほどまで何もなかった調理台に、ピザやフライドチキン、色鮮やかなオードブルがずらりと並んでいる。
「こ、これは……いつの間に!?」
「仕上げをお願いします。盛り付けはお任せしますね」
コータは料理長の疑問をさらりと受け流した。
料理長は納得のいかない顔をしながらも、漂ってくる香ばしい匂いに思わず喉を鳴らした。
その隙を突くように、セレスティアが顔を出した。
「この衣の秘密を教えてもらえるかしら」
「あなたは護衛でしょう!入ってこないでください!」
結局、セレスティアは料理長に襟をつかまれて追い出された。
コータは料理人たちの手も借りながら料理を仕上げ、最後に大きなクリスマスケーキを宴席へと運んだ。
大広間にどよめきが起きた。
「こ、これは鶏の骨付き揚げか!?」
「なんという量だ……!肉がこれほど山のように……」
「この赤いソースは何だ?見たこともない料理だぞ」
テーブルに並んだ料理を前に、貴族たちは目を丸くしていた。
黄金色に揚がったフライドチキンからは食欲をそそる香りが漂い、切り分けられたピザには、とろりと溶けたチーズがたっぷりとかかっている。
色とりどりのオードブルも、見慣れない食材や鮮やかな盛り付けで人々の目を引いていた。
「おい、あの生地を見ろ。薄いのに、具材があれほど乗っているぞ」
「チーズまで惜しげもなく使っている……。いったい、どれほどの食材を費やしたのだ?」
貴族たちは料理の前に集まり、あれこれと言葉を交わしている。中には、手を伸ばしかけては周囲の様子をうかがい、なかなか口に運べない者までいた。
そして、ひときわ注目を集めていたのが、大きなクリスマスケーキだった。
「こ、この白い塊は何だ?」
「砂糖と卵と乳でできていると聞いたぞ……」
「これほどの量を、一つの菓子に使ったというのか!?」
真っ白なクリームに彩られたケーキを前に、貴族たちは呆然としていた。
食料が高騰したこの世界では、鶏肉も卵も砂糖も高嶺の花だ。
ましてや、それらを惜しげもなく使った料理を一度にこれほど並べるなど、普通では考えられない。
料理を見つめる貴族たちの顔には、驚きと戸惑い、そして隠しきれない期待が浮かんでいた。
「……本当に、これを食べてもよいのだろうか」
誰かがぽつりと漏らすと、周囲から小さな笑いが起きた。だが、その視線は料理から離れない。
領主は感激のあまり目を潤ませていた。
その隣では、領主の息子が積み木に夢中になっている。
六歳の少年は、コータから積み木のセットを受け取ると、不思議そうに箱を開けた。中に入った色とりどりの木片を見た途端、ぱっと目を輝かせる。
「おしろがつくれる!」
少年は広間の真ん中に座り込み、さっそく積み始めた。
貴族たちはその様子を微笑ましそうに見守っている。
当たり障りのない贈り物にして正解だった。
その頃、『飢えた獅子』の席では静かな戦争が起きていた。
「リディア、それ三枚目よね?」
フィーナがピザを頬張るリディアに、控えめに声をかけた。
「そうだな」
「そんなに食べて大丈夫なの?」
「護衛の味見だ。毒が入っていないか、念入りに確認する必要がある」
「さっきも同じことを言ってたよね!?」
「重要な任務だからな」
リディアは真顔で答えると、四枚目のピザに手を伸ばした。
「……私も、もう一枚くらいなら」
フィーナは周囲を気にしながら、小さく切り分けたピザを口に運んだ。
「……おいしい」
思わず頬が緩む。
慌てて姿勢を正し、ナイフとフォークを置いた。
「いけません。貴族の方々もいらっしゃるのですから、もっと慎み深く……」
そう呟きながら皿に目を落とす。
いつの間にか、最後の一切れまでなくなっていた。
「……あれ?」
「フィーナ、食べ終わったなら、そこのチキンを取ってくれ」
「えっ!?私、まだ食べてませんよ!」
「皿が空だが?」
「そ、それは……味見をしていたら、いつの間にか……!」
顔を赤くするフィーナをよそに、セレスティアはフライドチキンをじっと観察していた。
「この衣、どうやって作っているのかしら。表面はこんなにカリカリなのに、中の肉は驚くほど柔らかい……。油の温度かしら。それとも下味に秘密が?」
セレスティアはチキンを一口かじると、真剣な顔で衣を見つめた。
「衣の厚さも均一ね。粉の配合だけじゃなく、揚げ方にも工夫があるはず……」
「セレスティア。考えている間に冷めるぞ」
リディアがチキンを頬張りながら言った。
「冷める前に分析しているのよ!」
「食べることも研究のうち、というわけか」
「そういうことよ。……って、あなたに言われると腹が立つわね!」
「なぜだ?」
「自分の皿を見てから言いなさい!」
セレスティアが睨むと、リディアは涼しい顔で五本目のチキンに手を伸ばした。
その隣では、カイルがじっと遠くのケーキを見つめていた。
「カイル。ケーキを見すぎだ」
「見てない」
「さっきから一度も目を逸らしていないぞ」
「……気のせいだ」
カイルの声がわずかにうわずった。
「食べたいなら、取ってくればいいじゃないですか」
フィーナが呆れたように言う。
「まだだ」
「何がです?」
「食べる順番を考えている」
「順番?」
「チキン、ピザ、オードブル……最後にケーキだ」
「もう全部食べているじゃないですか!」
「ケーキは別腹だ」
カイルは真剣な顔で答えた。
「……それ、どこかで聞いたことがあるわね」
セレスティアが呟くと、リディアが大きくうなずいた。
「よし。全員、ケーキの確保に移るぞ」
「護衛の任務はどうしたんですか!?」
「もちろん、毒味だ」
「まだ言いますか!」
そんなやり取りを繰り広げながら、四人の皿は次々と空になっていく。
宴は上々の滑り出しだった。
ところが――。
広間の隅に置かれた荷物台から、かすかな声が聞こえてきた。
『……ぅ……』
コータの背筋が凍りついた。
あの声。まさか……!
荷物台には、コータたちの荷物がまとめて置かれている。その中には、待ち時間用に買った携帯ゲーム機も入っていた。
『……ぴぃ……ざぁ……』
聞き覚えのある声が、今度ははっきりと響いた。
「ん?今、何か聞こえなかったか?」
領主が不思議そうに荷物台を振り返る。
「き、気のせいではないでしょうか」
コータは引きつった笑みを浮かべた。
頼む。気のせいであってくれ。
『……チキン……ケーキぃ……』
「いや、やはり何か聞こえるぞ」
領主は首をかしげながら荷物台へ近づいていく。
「お待ちください!」
コータが止めるより早く、領主は鞄の口を開いた。
「なんだ、これは?」
取り出されたのは、画面が怪しく光る携帯ゲーム機だった。
そして、画面に映し出されていたのは――。
女神ブレディアだった。
背景には、散らかった神界が広がっている。
お菓子の袋が床に散乱し、空のペットボトルがあちこちに転がっていた。
ブレディアはぼさぼさの髪もそのままに、画面いっぱいに顔を近づけている。
『はやくぅぅぅ!!あたしにぃ、ピザとフライドチキンとケーキを、よこせぇぇぇぇ!!!』
大広間が静まり返った。
領主は口を開けたまま固まり、周囲の貴族たちも目を見開いている。
コータはゆっくりと天を仰いだ。
終わった。
せっかくの宴が。平穏な異世界生活が。いや、そもそもどうしてこのタイミングなんだ。
そんなコータの絶望など知る由もなく、画面の中の女神はさらに身を乗り出した。
『聞こえてるんでしょ、オトクくぅん!ピザ!チキン!ケーキ!早くぅぅぅ!』
そのとき、小さな足音が響いた。
領主の息子がとことこと近づき、ゲーム機の画面をのぞき込む。
「ねえ、お父様。このひとって、お腹がすいてるの?」
誰も答えられなかった。
画面の中では、女神が口を開けて待っている。
神託は降ろせない。着信も拒否される。肖像画を使った連絡も封じられた。
それでも、どうにかして食べ物を要求したい。
その結果、駄女神がたどり着いた答えは――携帯ゲーム機の画面を使った直接交渉だった。
神様の知恵の使いどころ、絶対に間違っている。
最初に動いたのは、主賓席の伯爵一家だった。
「ブ、ブレディア様……!」
画面を目にした伯爵は、椅子から崩れ落ちるように膝をついた。そのまま床に額を押し当て、夫人や子供たちも慌ててそれに続く。
その光景に、大広間がざわめいた。
伯爵はこの国でも名の知れた高位貴族だ。その彼が、目の前の小さな画面に映る女神へ、ためらいもなくひれ伏している。
「何をしておる!お主らもひれ伏すのだ!この御方こそ、我らが崇める豊穣と食文化の女神、ブレディア様であらせられるぞ!」
伯爵の厳かな声が大広間に響き渡った。
「ブレディア様が、現世にお姿をお見せくださったのだ!無礼のないよう、頭を垂れよ!」
招待客たちは顔を見合わせた。突然の命令に戸惑いながらも、伯爵がここまで取り乱す姿など誰も見たことがない。
やがて、領主が青ざめた顔で膝をついた。それを合図に、ほかの貴族たちも次々と頭を下げていく。
「ま、まさか……本物なのか?」
領主は顔を青ざめさせ、伯爵とゲーム機を交互に見た。
冗談や幻術の類ではない。少なくとも、あの伯爵が見間違えるはずがなかった。
「し、失礼いたしました!」
領主は慌てて膝をつき、深々と頭を下げた。
それを見たほかの貴族たちも、次々と席を立った。
「伯爵様があそこまでなさるとは……!」
「まさか、本当に女神様が……?」
信仰心からというより、目の前の事態を前にして、誰もが判断に迷っていた。だが、伯爵がひれ伏し、領主まで頭を下げたのだ。ここで自分だけ立っているわけにはいかない。
やがて大広間の貴族たちは、ほとんど全員が床に膝をつくことになった。
その中で、先ほどコータを侮辱していた太った男爵も、誰よりも低く這いつくばっていた。
顔色は真っ青。杯を握る手は小刻みに震えている。
男爵はブレディアを信仰していたわけではない。だが、伯爵は自分よりもはるかに身分が上の大貴族だ。その伯爵が本物の女神だと認めてひれ伏している以上、逆らうなど論外だった。
先ほどまで平民を見下していた口からは、声ひとつ出てこない。
コータは、立ったままその光景を眺めていた。
……どうしてこうなった。
「あの、これは、その……」
『オトクくん!もたもたしないでぇ!はやくぅ、お供えしてぇ!!はぁやぁくぅ!!!』
画面から、場違いにもほどがある催促が飛んできた。
伯爵が顔を上げる。
目には畏敬の念が浮かんでいた。
伯爵は勢いよく顔を上げ、コータへと向き直った。
「料理番殿!女神様がお求めなのだ!一刻も早く、お供えして差し上げてくれ!」
その声は震え、額には汗が浮かんでいた。まるで神の怒りを恐れるかのように、伯爵は必死の形相でコータに訴えかける。
「女神様をお待たせするなど、あってはならぬ!頼む、早くしてくれ!」
「あ、はい……」
コータは引きつった笑みを浮かべた。
いや、ちょっと待て。なんでこの人たち、こんなに必死なんだ?
画面の中にいるのは、いつも食べ物を要求してくる、あの駄女神だ。ありがたい神託どころか、ピザだのチキンだのケーキだのと騒いでいる姿しか知らない。
そんな相手に、国の偉い人たちがそろってひれ伏しているのだから、正直ドン引きである。
とはいえ、周囲の視線が痛い。逆らえる雰囲気でもなかった。
コータはしぶしぶゲーム機を卓の上に立てかけ、その前にピザとフライドチキン、ケーキ、そしてコーラを並べた。
最後に、形だけでもと両手を合わせる。
「……どうぞ、お召し上がりください」
これ、お供えっていうか、ただの食事の差し入れだよな……。
コータは心の中でそう突っ込みながら、渋々頭を下げた。
画面の中のブレディアは、両手を合わせて目をきらきらさせた。
『いっただきま~す!!』
次の瞬間、神界側に料理が現れた。
『ん~っ!やっぱりチキンは最高ねぇ!』
ブレディアはフライドチキンにかぶりつき、もう片方の手でコーラのペットボトルをつかんだ。
伯爵はその様子を見届けると、震える声で願い出た。
「ブレディア様。どうか、我らにお言葉を賜りますよう……!」
女神はチキンを頬張ったまま、ふと顔を上げた。
そして、思い出したように背筋を伸ばし、神々しい表情を作る。
『聞きなさい、人の子らよ!』
フライドチキンを片手に、ブレディアはそれらしい威厳を込めて声を張り上げた。
『オトクくん、いえこの者、コータは、あたし……こほん!わたくしが特別に加護を与えた者です!彼のもたらす食べ物は、皆の暮らしを豊かにする可能性を秘めています!』
おおっ、と大広間にどよめきが広がる。
『ゆえに、コータ殿を敬い、その身を守りなさい!彼の力を奪おうとしたり、無理に従わせようとしたり、危害を加えたりすることは、わたくしが許しません!』
そこまで言って、ブレディアはチキンにかぶりついた。
『もぐもぐ……あと、彼の持ち物を勝手に調べたり、食べ物を取り上げたりするのも禁止です!ごくごく……ぷはぁ!』
コーラを飲み干し、満足そうに息を吐く。
『とにかく!コータ殿には丁重に接すること!もし彼を傷つける者がいれば、わたくしが必ず見ていますからね!わかった!?』
最後だけは、妙に鋭い声だった。
最後はげっぷ混じりだった。咀嚼する音まで画面から響いている。
「ははーっ!」
伯爵が床に額をこすりつける。
周囲の貴族たちも、慌ててそれに倣った。
コータは頭を抱えた。
いや、言っていることはありがたい。ありがたいんだけど……。
食べ物を取り上げるなって、絶対に自分のためだろ。
コータは頭を抱えた。
チキンを食べ、コーラを飲みながら神託を下す女神なんて、神界のどこを探しても駄女神くらいだろう。
それに、食べるか神託を下すか、どちらかにしてほしい。
……いや、どちらにしても、今ここで口に出せるはずもなかった。
伯爵は震える足で立ち上がった。顔は青ざめ、額には冷や汗が浮かんでいる。
それでも、伯爵は大広間を見渡し、腹の底から絞り出すような声で告げた。
「よいか!今宵、女神様の神託を賜った者は、心して聞け!」
広間の空気が張り詰めた。
「料理番コータ殿には、決して手を出してはならぬ!その身はもちろん、彼の持つ力や持ち物にも、一切干渉することを許さん!」
伯爵の声が震えた。怒りからではない。女神の意に背いた者がどのような目に遭うのか、その想像だけで恐ろしくてたまらないのだ。
「そして……今宵の出来事は、決して外に漏らすな!家族にも、側近にも、誰ひとりとして口外してはならぬ!もしこの話が外に漏れ、コータ殿に危害を及ぼす者が現れたら……その責任は、ここにいる全員が負うことになると思え!」
最後の一言は、ほとんど悲鳴に近かった。
「わ、わかりました!」
領主は何度も首を縦に振った。ほかの貴族たちも、顔面蒼白のまま必死にうなずく。
先ほどまでコータを侮辱していた男爵など、床に額を押しつけたまま、ぴくりとも動かなかった。
こうして、女神の神託をきっかけに、厳重な緘口令が敷かれたのだった。
リディアとフレイヤは胸の前で手を組み、感動した様子で画面を見つめていた。
「さすがはブレディア様ね」
「ええ。人前でも、あの偉大な存在感でいらっしゃる」
その後ろで、フィーナ、セレスティア、カイルの三人は顔を見合わせた。
「また始まりましたね」
「これでもう護衛はいらないんじゃない?」
「ケーキ、俺たちの分も残してくれるよな」
カイルの心配は、そこだった。
やがて、宴は何事もなかったかのように再開された。
貴族たちはコータに丁重に挨拶し、先ほどまでの態度が嘘のように、誰も無礼を働こうとはしなかった。
伯爵からは「何かお困りの際は、いつでも頼ってくだされ」と、紋章入りの短剣まで渡された。名刺代わりというには、ずいぶん物々しい贈り物だった。
その間も、画面の中のブレディアは、まだケーキを頬張っていた。
『ねえ、オトクくぅん。もぐもぐ。このゲーム機、神界に送ってくれない?』
「これは俺の私物です」
『けち!』
「また買ったら、今度はお供えしますから」
『ほんとぉ?約束よ?』
コータは返事をせず、そっと目をそらした。
助かった。確かに助かった。
だが、またしても駄女神に救われてしまった。
コータは胸の中にもやもやしたものを抱えながら、ケーキを頬張るブレディアの映った画面をそっと伏せた。
これで貴族とのいざこざも減るだろう。ようやく平穏な生活が送れる。
王都を発つ朝、コータは確かにそう思っていた。
しかし、このときの彼はまだ知らなかった。
王都からの帰り道で、新たな事件が待ち受けていることを。
次回予告
第十六話 盗賊団に襲われたので、村の空っぽの家畜小屋を借りることにしました
覆面の男たちに囲まれた馬車で、盗賊団の頭が荷台をのぞき込んで固まった。
「食料はどこだ」
「積んでいるのは、積み木の余りだけです」
――その場しのぎの施しでは足りない。料理番は、村の空っぽの家畜小屋に目をつけた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、コータの料理が貴族たちを驚かせ、ブレディア様の登場によって宴が思わぬ大騒動へと発展するお話でした!
普段は食べ物のことしか頭にないブレディア様ですが、いざというときにはコータを守る神託を下してくれましたね。……チキンとコーラを片手に、ですが。
おかげでコータは貴族たちから一目置かれる存在に。これでようやく平穏な生活に戻れる……と思いきや、そう簡単にはいかないようです。
次回、第十六話
「盗賊団に襲われたので、村の空っぽの家畜小屋を借りることにしました」
王都からの帰り道、コータたちを待ち受けていたのは盗賊団!
ところが、荷台を調べた盗賊たちは思いもよらない光景を目にすることに……?
果たしてコータは、この危機をどう切り抜けるのか。次回もお楽しみに!
ブックマークや評価、感想などで応援していただけるとうれしいです!
※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……フライドチキンとケーキは別腹だそうです。




