第十四話 王都の領主の館から、料理番への正式な招待状が届きました
王都の宿の朝は静かだった。
コータは窓際のテーブルで紅茶を飲みながら、今日のチラシが届くのを待っていた。
昨日までの大騒ぎが嘘のような穏やかな時間である。
窓の外では朝市が始まっていた。焼きたてのパンの匂いが風に乗って届く。ただし、一個二十万ペイである。見るだけならタダなので、誰も文句は言わない。
テーブルの端には写真立てが置いてあった。
駄女神の肖像画入りで、昼間はお供えの窓口になる。今は静かだった。あまりにも静かで、逆に不気味なほどだった。
そこへ、扉が勢いよく叩かれた。
「コータ殿!招待状です!」
立っていたのは女官のフレイヤだった。息を切らせながら、両手で豪華な封筒を掲げている。金の縁取りに蝋の封印。見るからに面倒な代物だった。
「差出人は、ペイペの町を含むこの一帯を治める領主様です」
「俺に、ですか?」
「はい。『領主様が、コータ殿の料理をご所望です』と書いてありますね」
コータは封筒を受け取り、中身を確かめた。
確かにそう書いてある。三日後の夜に領主邸で宴が開かれるらしい。領主の末の息子の祝いも兼ねており、料理番として腕を振るってほしいという内容だった。
「俺の料理って、領主様の耳に入るほど有名なんですか?」
「王都のギルドでも噂になっていますから。飢えた獅子の料理番は只者ではないと」
「只者ですよ、俺は」
「ブレディア様の使徒が只者のはずがありません」
フレイヤは真顔で言い切った。反論の余地はなさそうだった。
「俺は、行かなきゃダメですか?」
「ダメです」
即答だった。
「領主様のご招待を断れば、ペイペの町での立場が危うくなります。それに、ブレディア様の使徒として堂々と振る舞える、またとない機会です。私も同行いたします」
「フレイヤさんも来るんですか?」
「領主様から、コータ殿のお世話をするよう命じられております。宴の当日も、私が責任を持ってお支えいたします」
なぜそこまで念入りなのか。
コータは引っかかったが、突っ込まないことにした。
知らせを聞いた飢えた獅子の面々は、宿の食堂に集まって大騒ぎになった。
「領主様の宴か!どんな料理が出るんだろうな!」
リディアは目を輝かせ、早くもご馳走への期待を隠そうともしない。
「料理を出すのは俺です」
「なら、私も護衛としてついていくぞ!料理番の安全を守るのは大事だからな。もちろん、味見も任せておけ!」
「味見が主目的になってませんか?」
「そ、そんなことはないぞ!」
リディアは胸を張ったが、視線はすでに宴の料理へと向いていた。
「私は礼儀作法が心配です……。貴族の方々に失礼があったら大変ですから」
フィーナは今から緊張しているようだった。
「私は貴族の宴で使われる食材に興味があるわ。普段は市場に出回らないものもあるかもしれないし」
セレスティアは、どんな珍しい食材に出会えるのかと目を輝かせている。
一方、カイルは何か言いたそうに口を開きかけては閉じていた。
「……甘いものも出るのかな」
「気になるのはそこですか」
「大事なことだろ」
真顔で答えるカイルに、コータは思わずため息をついた。
そもそも、全員が正装など持っていなかった。宴に出るための服も用意しなければならないし、領主の息子への贈り物も考える必要がある。
「とりあえず、必要なものを揃えないとな……」
コータはそう呟き、テーブルの上を片付けた。
ちょうどそのとき、今日のチラシが届いた。
「クリスマスパーティー特集、か」
コータはテーブルにチラシを広げた。
ピザにフライドチキンにオードブル。真ん中には大きなクリスマスケーキ。
パーティーに必要なものがひと通り揃っている。写真を眺めているだけで、なんだか楽しい気分になってくる。
裏面はおもちゃ売り場の特集だった。
ぬいぐるみや知育玩具、ボードゲームなど、子ども向けの商品がずらりと並んでいる。
「領主様の息子さんへのお祝いは、当たり障りのない積み木のセットにしよう」
相手は領主の息子だ。
六歳の子どもに何を贈ればいいのか、正直よくわからない。
かといって、高価なものを贈って余計な注目を集めるのも避けたい。
無難で、それなりに喜んでもらえそうなものがいいだろう。
そう考えたコータは、積み木のセットとパーティー料理を注文することにした。
ピザにフライドチキン、オードブルにクリスマスケーキ。
これだけ揃えば、宴の料理としても十分なはずだ。
ふと、裏面の隅に載っていた携帯ゲーム機にも目が止まった。
「これは待ち時間用に自分で買っておくか」
王都での暮らしは、意外と待ち時間が多い。移動の合間や誰かとの約束までの時間など、手持ち無沙汰になる場面も少なくない。
別に遊びたいわけではない。あくまで暇つぶし用だ。
……まあ、少しくらい遊んだっていいだろう。
そんな言い訳をしながら、コータはとりあえず、積み木と携帯ゲーム機を購入した。
パーティー料理は、宴の当日に買えばいい。
せっかくのパーティー料理なのだから、できたてのほうがいいだろう。
購入した商品は、いつものように冷蔵庫から出てくる。
まずは積み木の箱。そして、見慣れたロゴの携帯ゲーム機が現れた。
「……やっぱりゲーム機も冷蔵庫から出てくるのか」
コータは目の前の冷蔵庫をじっと見つめ、深いため息をついた。
食品だろうが、おもちゃだろうが、ゲーム機だろうが関係ない。
注文した商品は、すべて冷蔵庫から出てくるのだ。
便利なのは間違いない。
間違いないのだが、もう少し出てくる場所をどうにかできなかったのだろうか。
いつもながら、なんておかしな転生特典なんだ。
その夜、テーブルの上の写真立てが淡く光った。駄女神からの呼び出しである。
『ちょっとオトクくぅん!ピザとフライドチキンとケーキの特集ってどういうことぉ!?あたしにもぉ!あたしにも寄越しなさいよぉ!!』
「いや、まだ買ってませんからね?」
『じゃあ今すぐ買いなさい!ほら、チキン!ピザ!ケーキ!全部よ!』
「そんな一度に買えるわけないでしょう。そもそも、三日後は領主邸で大事な宴なんです」
『知ってるわよ!だから言ってるんじゃない!宴でおいしいものを食べるんでしょ!?あたしにもお供えしなさいよぉ!』
「しません」
『即答!?』
「宴の最中に神界通話なんてしていたら、怪しまれるでしょう。お供えは全部終わってからです」
『ええええっ!?終わってからって、宴が終わってからぁ!?』
「そうです」
『そんなの待てないわよぉ!あたしだってぇ、ピザが食べたぁい!フライドチキンも食べたぁい!ケーキだって食ぁべぇたぁいぃのぉぉぉぉ!!!!』
「子どもですか、あなたは……」
『あたしぃ、女神よぉ???豊穣と食文化の女神!!食べ物を大切にするのは当然の務めなのぉ!!』
「自分が食べたいだけでしょうが」
『うぐっ……!と、とにかくぅ!三日後は絶対にお供えするのよぉ!!約束だからねぇ!!』
「約束してません。宴が終わるまでは忙しいので、それまで連絡してこないでくださいね」
『ちょっと待ちなさいオトクくぅん!せめてチキンだけでもぉぉぉ――』
「……はぁ」
写真立ての向こうから聞こえる悲痛な声に、コータは小さくため息をついた。
さすがに、ここまで楽しみにされていると少し可哀想になってくる。
「わかりました。今回は特別に、冷凍食品とお菓子、それからジュースを買ってお供えします。それで我慢してくださいね」
『ほ、本当!?やったぁ!オトクくぅん大好きぃ!』
「ただし、宴が終わるまでは忙しいので、それで我慢してくださいね」
『わかってるわよぉ!冷凍食品にお菓子にジュース……えへへぇ、何を食べようかしらぁ!』
さっきまでの悲壮な声はどこへやら。写真立ての向こうから、すっかりご機嫌な声が聞こえてくる。
「それじゃ、すぐにお供えしますからね」
『うんうん!待ってるわねぇ!あっ、でも、やっぱりチキンも――』
コータは無言で写真立てを伏せ、駄女神からの着信を拒否した。
「まったく……これで三日後までは静かに過ごせるな」
コータは冷凍食品やお菓子、ジュースを買い写真立ての前にお供えした。
宴当日、写真立ては宿に置いていく。肖像画のない場所には神界通話も神託も届かない。
王都の領主邸に女神の肖像画が飾られているはずもない。
これで当日の平穏は守られた。コータはそう信じていた。
翌日、俺たちはフレイヤに連れ回されることになった。
向かったのは、王都でも一番だという仕立て屋である。
扉をくぐった瞬間、店主が飛び出してきた。
「領主様の宴にお出になる方々ですね!お任せください!皆様を最高の装いに仕上げてみせます!」
店主の勢いに押されるまま、コータは採寸台の上に立たされた。
「腕を水平に!そう、そのままです!」
「……はい」
「肩の力を抜いて!ああ、動かないでください!」
「どっちですか!?」
腕を広げたまま、コータは三十分も動けなかった。
隣ではカイルが襟元を押さえ、苦しそうにうめいている。
「……苦しい」
「まだ仮縫いですよ。これから調整しますので!」
「これで……まだ……?」
カイルの表情が絶望に染まった。
一方、セレスティアは店主が持ってきた布地を一枚ずつ手に取り、魔法で織り方や染料の成分を調べ始めていた。
「興味深いですね。この糸は植物由来でしょうか。それとも魔物の素材を加工したものですか?」
「お客様、鑑定は後ほど!布が傷みますので、魔法はお控えください!」
「傷むのですか?それなら、こちらの布も調べてみたいのですが」
「そういう問題ではございません!」
店主の悲鳴が店内に響く。
フィーナはフィーナで、試着室から出てくるなり、ドレスの裾を両手で持ち上げた。
「フレイヤ様、これでは歩きにくいのですが……」
「裾を踏まないよう、少しずつ歩くのです。宴の場では優雅な所作も大切ですよ」
「少しずつ……こうでしょうか?」
フィーナが一歩踏み出した瞬間、裾に足を取られた。
「きゃっ!」
「フィーナ様!」
フレイヤが慌てて支え、なんとか転倒を防ぐ。
「危ないところでした。慣れるまでは練習が必要ですね」
「……冒険者の仕事のほうが、よほど簡単な気がします」
「そんなことをおっしゃらずに。貴族の方々とお会いするのですから、身だしなみは大切です」
フレイヤはにこやかに告げた。
その笑顔には、反論を許さない圧があった。
コータは思った。
この人、領主様に仕えているだけあって、なかなか手強い。
そんな騒ぎが続く中、最後に試着室から出てきたのはリディアだった。
深い赤のドレスだった。
普段は大剣を背負い、豪快に笑いながら先陣を切る彼女。
その背筋がすっと伸び、ドレスの裾を気にしながら一歩ずつ歩く姿は、いつもの女剣士とは別人のように見えた。
「……どうだ?変じゃないか?」
リディアは落ち着かない様子で裾をつまんだ。
コータは言葉に詰まった。
「変じゃないです。その、すごく……」
「すごく何だ?」
「……似合ってます」
リディアの頬が、みるみる赤くなった。
「そ、そうか」
耳まで真っ赤にしながら、彼女はぷいっと顔を背けた。
その瞬間、背後から小さな笑い声が聞こえた。
「まあまあ。リディアさんが照れていらっしゃいますわ」
フィーナが口元を押さえながら、わざとらしく感心した声を上げる。
「普段は魔物の群れに突っ込んでも平気な方なのに、コータさんに褒められるとそんな顔になるんですね」
「……別に照れてなどない」
リディアは平静を装って答えたが、赤くなった頬までは隠せなかった。
「そうですか?お顔が真っ赤ですけれど」
「これは、その……店の中が暑いだけだ」
「まあ。では、少し涼しい場所へ移動なさいますか?」
フィーナは心配するような顔を作りながらも、目元には笑みが浮かんでいた。
「そういう意味じゃない」
リディアが慌てて言い返すと、フィーナはとうとうこらえきれず、小さく吹き出した。
そのやり取りを見ていたセレスティアも、興味深そうに二人のそばへ近づいてきた。
「なるほど。褒められると顔が赤くなるのですね。普段との違いが顕著です」
「セレス、分析するな」
「もう一度コータに褒めてもらえば、変化を観察できそうですね」
「……やめてくれ」
リディアは顔を覆った。
コータが助けを求めるようにフレイヤを見ると、彼女も口元に手を添えて微笑んでいた。
「ふふっ。とてもよくお似合いですよ、リディア様。深い赤が、普段の凛々しいお姿にもよく合っています」
「フレイヤまで……」
「わたくしは本当のことを申し上げているだけです」
フレイヤは涼しい顔で続けた。
「コータ様にも褒めていただけて、よかったですね」
「……そういう言い方はやめてくれ」
フィーナとセレスティアは、とうとうこらえきれずに笑い出した。
「……おい。笑うなよ」
「ふふっ、すみません。ですが、宴ではいつものように頼りにしていますからね」
「ええ。宴の間も、リディアの反応を観察させていただきます」
「だから、観察するな……!」
リディアは真っ赤な顔で二人を睨みつけた。だが、フィーナもセレスティアも笑みを浮かべたまま、まるで反省する様子がない。
「……二人とも、覚えておけよ」
「はいはい。楽しみにしていますね」
「ええ。今後の観察も捗りそうです」
「お前たち……!」
リディアは二人を追いかけようとした。
だが、ドレスの裾を踏みかけ、慌てて足を止めた。
「……もう。この服、やっぱり動きにくい」
「リディア様、裾を踏まないように。優雅に、ですよ」
フレイヤがすかさず注意する。
「わかってる」
リディアは不満そうに答えたものの、ドレスを脱ごうとはしなかった。
コータはその様子を見て、思わず頬を緩めた。
普段は頼もしくて、少し強引で、何があっても動じないリディア。
そんな彼女が、たった一言褒められただけでここまで慌てるとは。
……なんだか、こっちまで照れくさくなってきた。
そう思っていると、リディアがちらりとこちらを見た。
「……何だ?まだ何かあるのか?」
「いえ。やっぱり似合ってるなと思って」
「そ、そうか。……なら、いい」
リディアはすぐに顔を背けた。耳まで赤くなっているのを隠すように、わざとらしく咳払いをする。
「コータさん、追い打ちはいけませんわ」
「でも、本当に似合ってますよ。いつもの凛々しい姿もいいですけど、こういう格好もすごく綺麗です」
「…………っ!」
リディアの肩がびくりと跳ねた。
「な、何をさらっと……!いや、だから、その……!」
言葉に詰まった彼女は、とうとう両手で顔を覆ってしまった。
「今の反応も興味深いですね。照れを隠そうとして、かえって目立っています」
「隠そうとしてなどいない!」
リディアは即座に言い返したが、声が少し裏返った。
「皆様、リディア様をあまりからかってはいけませんよ」
そう言いながらも、フレイヤの口元には笑みが浮かんでいた。
「……まったく。お前たちは、そろいもそろって」
リディアは三人を順番に睨みつけた。どうにかいつもの余裕を取り戻そうとしているらしい。だが、最後にコータと目が合うと、また慌てて視線をそらした。
「……宴が終わったら、覚えておけ」
「えっ、俺もですか!?」
「お前が一番の原因だろう……!」
リディアは胸を張って言い切ったものの、赤くなった顔までは隠しきれなかった。
どうやら、褒めただけでは済まなかったらしい。
コータは、貴族の宴よりも恐ろしいものがあるのだと、このとき初めて知った。
次回予告 第十五話 料理を振る舞っていたら、なぜか貴族たちが青ざめました
領主主催の宴に招かれたコータ。
ピザにフライドチキン、クリスマスケーキと、次々に料理を振る舞い、貴族たちを驚かせる。
しかし、平民の料理番を見下す男爵も現れ、宴は早くも波乱の予感……。
そんな中、思いもよらない出来事が起こり、和やかだった宴の空気が一変する。
――果たしてコータは、無事に宴を乗り切れるのか?
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、領主主催の宴への招待と、正装に振り回される『飢えた獅子』の面々のお話でした。
普段は頼もしいリディアも、コータに褒められると調子が狂ってしまうようです。いつもの豪快な姿とは違う一面が見られましたね。
一方、コータを待ち受けるのは、貴族たちが集まる華やかな宴。料理番として腕を振るうだけで済めばいいのですが、どうやらそう簡単にはいかないようで……。
次回、第十五話
「料理を振る舞っていたら、なぜか貴族たちが青ざめました」
豪華な料理に驚く貴族たち。そして、宴の空気を一変させる思いもよらない出来事。
コータは無事に宴を乗り切れるのでしょうか?
次回もお楽しみに!
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※ブレディア様へのお供え物は任意です。
……冷凍食品は常にストックしておきたいので喜ばれます。




