56 怜悧の果てに (れいりのはてに)
正行がクリニックの仕事に飽きたと言い出したのは開業から三十年ほど経った頃だった。リサも三木も特に驚かなかった。むしろ三十年もよく続いたという方が正確だったかもしれない。
「今度は何するんや」
「まぁな、ちょっと気になることがあってな」
正行が気になることと言う時には大抵、すでに相当程度まで考えが固まっていることを三木は長年の経験から知っていた。それ以上聞かなかった。
正行が選んだのはWAUだった。理由は単純で、隔絶した環境が欲しかったからだ。動物の遺伝子操作を行い、飼養するためには周辺への遺伝子汚染を防ぐ完全閉鎖環境が必要だった。メスベンの農場は開放的すぎてその目的には向かなかった。西オーストラリアの南部は人口密度が低く、広大な土地が確保しやすかった。北部は犬科動物を飼養するには暑すぎた。また、乾季、雨季があるのもためらわれる要因になった。
研究所の建設には二年かかった。フェンスで囲まれた敷地の中に居住スペースと実験棟、そして中庭が設けられた。扉には網膜認証が取り付けられた。建設の間、正行はオークランドのクリニックで通常通り診療を続けた。ただ、以前のように施術に熱心に取り組むことはなくなっていた。リサが実質的にクリニックを切り盛りするようになった。
研究所が完成すると正行は必要な機材と実験動物を運び込んだ。最初に連れ込んだのは中型犬が数頭だった。検疫の厳しいAU国での遺伝子操作は非常にデリケートな問題で当局の調査が入らないよう、あくまでも変人の金持ちが隔絶した環境で過ごしたいかのごとく装った。研究はすでに公開されていた遺伝子情報をもとに行われた。正行は多少奇形があって生まれたとしても、決してその個体を殺すようなことはしなかった。ただし、生きていること自体が苦痛であると判断した場合は胚の段階で処分することを厭わなかった。
三木とリサは時々研究所を訪ねた。正行はそのたびに上機嫌で、釣りに連れ出したり、周辺でブタ狩りを楽しんだりした。ただ、研究の具体的な内容については多くを語らなかった。あとで驚かすほうが楽しそうに思えてならなかった。
もともと、アマチュア無線の運用はスマホの電波が届かない場所にしょっちゅう行くので、必需品であり、学生時代から始めていた。研究所にはHilberlingの送受信機が据え付けられており、大型のダイポールアンテナが建てられていて、三木やリサとは定期的に交信をおこなっていた。リサは普通にJ3E(音声)での交信が好きだったが、なぜか三木はA1A(モールス信号)を好んだ。正行はどちらにも応じた。
三木からの呼び出しに応答しなくなったのは、それからしばらく経ってからのことだった。




