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55 クリニック

 三木が医学部を卒業した年の秋、三人はオークランド市内に小さな皮膚科クリニックを開業した。場所はノースショアの住宅街に近い一角で、表通りからは少し引っ込んだ目立たない場所だった。看板は小さく、ウェブサイトごく普通のクリニックとして掲載した。特に患者を選ぶこともなく、ごく一般的なクリニックとして機能していた。三木がGPとして内科一般診療を担当し、正行とリサが専門的な治療を行うという役割分担は開業前から決まっていた。ただ、ファミリーメンバーからの紹介でごく少数の「若返り治療」も行ってはいた。クリニックの経営は順調であり、ときに主税からたのまれ、遺伝子治療の指導をしに日本に行くこともあった。


 クリニックは週に四日だけ開けた。残りの三日は三人それぞれが自由に使った。正行にとってその三日間は何よりも大切な時間だった。


 タウポ湖にはよくリサを連れて行った。オークランドからは南に三時間ほど車を走らせれば着く。湖は広大で、流れ込む川の数も多く、季節によって狙える場所と釣り方が全く異なった。正行は三木から受け継いだスコットのロッドをそのまま使い続けていた。グリップはすでに二度交換していたが、ブランク自体は有情が使い込んだものと同じで、正行の手に馴染んでいた。タウポ湖のマスは大きく、ドライフライへの反応も良かった。ただし、風が強い日が多く、キャスティングには相当の技術を要した。また、風があるとドライフライは使えない。たまにはルースニングもしたが、ストリーマーのリトリーブがほとんどであった。しかし、正行はそれをたいして苦にしなかった。むしろ条件が難しいほど面白いと思うことが多かった。


 南島へは年に一度、長めの休暇を取って出かけた。N国では医師が一か月程度の休暇を取ることは珍しくなく、クリニックはその間、三木が内科的な診療だけを続けた。正行の目当てはターとシャミーだった。


 ターはヒマラヤ原産の野生のヤギで、急峻な岩場に生息しており、接近するだけでも相当な体力と技術を要した。シャミーはヨーロッパ原産の山羊に近い動物で、ターよりも動きが素早く、射程距離の長いライフルが必要だった。農場のロッカーにあったホーランド・アンド・ホーランドのボルトアクションライフルを使った。スコープもそのままスワロフスキーのZ3だった。


 ハンティングには現地のガイドを雇うこともあったが、二年目からは単独で入ることがほとんどだった。ハンティングにはリサが同行することもあった。


 南アルプスの稜線に立って太平洋側と西岸側の両方を見渡せる場所が正行のお気に入りだった。そこからの眺めは農場の射撃場の裏山から見る景色とも、Operation Christmas Dropで見た太平洋の青さとも全く異なっていた。正行はその場所でしばらく立ち止まり、周囲を見渡す習慣があった。特に何かを考えるわけでもなく、ただそこにいるだけでよかった。


 施術の件数は多くはなかった。問題が生じない程度の人数に限定するというのは開業前から決めていたことだった。それでも施術を受けた人々の変化は顕著で、クリニックの評判はファミリーの内側で静かに広まっていった。正行とリサは施術を行いながら継続的にデータを蓄積し、適宜プログラムを修正した。三木はその間、患者の全身状態を管理し、必要に応じて投薬を行った。三人の連携は開業当初から淀みなかった。


 こうした生活が20年ほど続いた頃、正行は少しずつ施術そのものへの興味が薄れていくのを感じ始めた。施術の精度は上がり、データも十分に蓄積されていた。


 金は儲かるがはっきりいって飽きたという感覚がどうしても拭えなかった。



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