54 Operation Christmas Drop (おぺれーしょん・くりすます・どろっぷ)
AU空軍への入隊を三木に告げると、あの子はほんまに好き勝手するわ、と言いながらも特に反対はしなかった。主税も利太も同様で、香澄に至っては自分の伝手を使って手続きを簡略化してやると申し出てきた。正行はそれを丁重に断った。自分でできることは自分でするというのは三木から受け継いだ数少ない常識的な習慣のひとつだった。リサも反対する理由はなかった。むしろAU国の病院で皮膚科の臨床経験を積む良い機会だと考えているようだった。
入隊の動機は極めて単純だった。ある夜、農場のファームハウスで三木と二人でストリーミングの動画を見ていた時に、AU軍とUS軍と自衛隊が合同で行うOperation Christmas Dropという映画を見た。太平洋の離島に物資を空輸する人道支援作戦で、島の子供たちが投下された物資に駆け寄る場面を見て正行は思った。いままでもクリスマスはほとんどが夏ではあったが、より暑いクリスマスが体験してみたくなった。加えてN国の山しか知らない正行には海というものへの漠然とした憧れがあった。農場の近くを流れる用水路や湖水など、つねに水辺にはいたが、海はほぼF国の海だけしか知らなかった。
一年目は基礎訓練と資格取得に費やされた。正行にとって集団生活は寄宿舎付きの中高一貫校以来のことだったが、さほど苦にはならなかった。体力的には同期の中でも上位にあり、射撃に至っては教官を驚かせるほどだった。ただ、チームで行動することの意味を理解するのには多少時間を要した。正行は生来、単独で行動することを好んでおり、他者と歩調を合わせることへの必要性をあまり感じてこなかった。それでも徐々に慣れていき、二年目には輸送任務に関わるようになった。
初めて海を見たのは入隊して三ヶ月が経った頃だった。基地から車で一時間ほどのところにある海岸まで同期の数人と出かけた。太平洋の水平線を眺めながら正行は少し拍子抜けした気分になった。たしかに海は広かったが、F国の海と大差はなかった。ただ、夕暮れ時に海面が金色に染まる瞬間だけは三木が有情とキジ狩りに行った岩手の夕陽を思わせるものがあった。
二年目になると輸送機への搭乗機会が増えた。太平洋の上空を飛ぶことは海を見ることとはまた別の体験だった。雲の切れ間から見下ろす海の色は基地近くの海岸から見るそれとは全く異なっており、高度によって刻々と変化した。この頃になってようやく正行は海というものの本質に少し近づいた気がした。
そして三年目の十二月、正行は初めてOperation Christmas Dropの投下機に搭乗した。
飛行機が離島に近づくにつれて眼下に広がる島の輪郭がはっきりしてきた。珊瑚礁に囲まれた小さな島々は上空から見ると息を呑むほど美しかった。投下の合図とともに物資の入ったコンテナが機体から切り離された。パラシュートが開き、島の浜辺に人影が集まってくるのが小さく見えた。子供たちが駆け寄る姿を映画で見はしていたが実際に体験するのはなかなかのものであった。また、投下を終えて機体が高度を上げた瞬間に広がった太平洋の青さは、言葉にならない何かを正行の中に残した。
除隊の日、正行は晴れやかな気分で基地を後にした。三年間で得たものといえば太平洋の青さとチームで動くことへの最低限の理解、それと軍の食事は山での野営よりも遥かに美味いという事実くらいだったが、それで十分だった。やりたいことをやり切ったという感覚は正行にとって何よりも大切なものだった。
リサが空港まで迎えにきていた。
「どうやった?」
「よかったで。海は思ってたより青かったし、Operation Christmas Dropも楽しかった。次はクリニックやな」
リサは笑った。
「切り替え、早よない」
「まぁ、早めに行動しとかんと途中でめんどくさなってしもても困るしな」




