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49 竹見台(たけみだい)

 翌日、二人は少し早めの飛行機に乗り大阪に向かった。竹見台に家があるのは知っていたが、はっきりとした場所を知らなかったし、どこかで軽い昼食もとりたかったからだった。主税からは乗り換えの駅である千里中央に飲食店が多くあると聞かされていた。また、千里中央からは北急(北大阪急行電鉄、地下鉄御堂筋線の延長で、地上を走りますが)に乗ってひと駅で、それを利用しても構わないが、大した距離ではないのでウーバーで竹見台に行けばよいとも言われていた。飛行機が着陸すると荷物を取り、モノレールに乗り千里中央まで行った。千里中央には非常に多いというわけではないが、それなりに多くの飲食店が軒を並べていた。


「リサ、何が食べたい?」


「うーん、朝が結構ヘビーだったのでハンバーガーにしとく」


「ハンバーガー?US国のハンバーガーよりもだいぶ小さいよ」


「いいよ。足りなかったら二つ食べるから」


「じゃぁ、そうしようか」


 店の名前は変わっていたが、二人はバスターミナル近くの昔からあるハンバーガーチェーン店で早めの昼食をとった。正行は普通のバーガーのコンボ、リサはダブルビーフバーガーのコンボを食べた。


「なぁ、ダブルバーガーというのは結構ヘビーだと思うけど」


「そう?まだ早いから懐石を食べるまでにお腹がすくわよ」


「そらまぁ、そうやな。竹見台の家に着いたらプレゼンの準備をしないといけないね」


「皆さん、だいたい概要は知っているんでしょ?」


「多分知っているとは思う。でも一応、体裁は整えとかないと」


「ご家族の前でのプレゼンでしょ。大学のプレゼンでもそんなにちゃんと用意したことないのに、どうしてそんなに気を使うの?」


「そのファミリー全員が曲者で異常に頭がいいから何を聞いてくるか予測がつかないんだよ」


「トゥイだって頭は良さそうだけど」


「それはそうだけど、まぁ、会えばわかるよ」


「否定はしないのね」


 リサはニコニコしながら言った。


 食事が終わると二人は竹見台の家に向かった。しかし、ここでもリサはどうしても北急で行くと言って聞かなかった。桃山台の駅を降りてからの距離はたいしたことはないはずだったが、正確な位置がわからないので正行はウーバーで行こうと言ったが、リサは日本の地下鉄にも乗ってみたいと言った。


「それは東京に戻る時に同じ路線に乗るよ。しかも、中津を越えるまでは地下を走るわけではないよ」


「いいのよ。住宅街を歩いてみたいの」


「迷って時間がかかるかもよ。そうしたらプレゼンの前にあの時間もなくなるかもだよ」


「それは帰ってきてからでいいわよ。でも、昨日買ったスニーカーを履いてきたんだけど」


「そうだねぇ。似合っているよ」


「サイズは合っているはずなんだけど、まだ皮が馴染んでなくてちょっと痛いんだよね。やっぱりウーバーにしようかな」


「素直じゃないね。そういう人には少しお仕置きが必要な気がする」


「いや、結構素直な気がするけど」


「じゃぁ、お仕置きはいらないんだよね?」


「いや、それとこれは別よ」


「お仕置きは必要なの、それとも必要ないの?」


 正行は少し語気を強くして言った。


「必要に決まってるでしょ。どんなお仕置きをしてくれるの?」


「それは竹見台についてからの状況で判断して決めるよ」


 竹見台の家は建物こそ古さを感じるものであったが、庭や室内の調度品は非常に手入れが行き届いていた。


「ここはママがN国に来る前に住んでいたところなんだ」


「そうなの?懐かしい?」


「まぁね、懐かしい感じはするけど、子供の頃に何回か来ただけ。俺はN国で生まれた」


「探検していい?」


「構わないよ。大したものは何もないと思う」


 リサが三木の写真が並べられた棚を眺めた。


「この人がトゥイのお母さん?」


 正行はリサに近づいていき写真を見た。


「そうだよ。俺が生まれる前の写真だけど」


「この人がお父さん?」


 リサは隣に立つ男を指して言った。


「多分そうだと思う」


「多分?どういうこと?」


「俺は人工授精で生まれたんだ。お父さんは俺が生まれるずっと前にC国で釣りをしている最中に心筋梗塞で死んだ。なんでもママが看護師として勤めていた病院にたまに来る医者で、ママが人目惚れしたらしい」


「寂しくなかった?」


「そりゃあ、物心ついてから亡くなったのなら寂しかったかもしれないけど、元々、故人だったから、そんなことはなかったよ。別に珍しいことでもないでしょ」


「今だからそう言えるけど、当時はそうでもなかったんじゃないの」


「そうかも。詳しい事情は知らない」


「そうなの。でも、トゥイが寂しい思いをしたことが無いんだったら良かった」


 そのとき、リサが写真たての間から奇妙なものを見つけた。それは十二番散弾の空薬莢の先にビー玉が詰めてあった。


「ねぇ、トゥイ。これは何かしら?」


 正行はリサが摘み上げた物体を見た。


「なんだろ?わからないよ。わざわざここに保存してあるくらいだからママにとっては大切なものなんだろうけど」


 何に使ってたんだろ、などと言いながらさほど興味ない様子でリサはその物体を元あった場所に戻した。


 居間の中には無線機を置いたいわゆるシャックが設けられていた。今ひとつ部屋の構造とマッチしない位置に配してあったが、おそらくアンテナの位置を優先して設えたものと思われた。正行は居間のテレビとこのシャックに違和感を覚えた。生活調度品に関しては三木がこの家を離れた三十年ほど前のものであったが、テレビと無線機に関しては最近発売になったものが据え付けられており、それに付帯したパソコンも概ね最新で最上級のものが置いてあった。最近は誰か他の人が使うこともあるのかとも思ったが、それでも無線設備を最新のものにする必要性は希薄だった。しかも、無線機は高出力のものであり、それなりに上級の免許を所持していない限り使用できるものでもなかった。パソコンにしても一般の人が例えばストリーミング動画を見たり、ウェブサイトを閲覧するために使用したりするには不必要に高性能なものであった。ただ、パソコンに関して三木はたいしたことに使用するわけでもないのに正行が研究で使うようないわゆるワークステーションを見栄えが良いとか、高性能であったところで普段使いができないわけではないとか言って購入していたので理解できないわけではなかった。また、それらのパソコンは重いという理由で出かけたりするときのためにごく普通のパソコンやタブレットも所持していた。


 トイレと風呂場を挟んで奥に寝室と客間があったが、寝室はシンプルで向かって左のサイドテーブルに目覚まし時計、右のサイドテーブルにはホームポッドが置かれており、小さめの本棚に雑多な小説や雑誌が入っていた。クローゼットは空であったが、ガンロッカーが取り付けられていた。客間は物置として使われていたようで、犬用のソファーやマット、トイレなどにビニールか被せておいてあり、その奥にはキャンプの用のテントや小道具が置かれていた。クローゼットの中はこちらも空だったが小さな弾薬庫があった。正行は客間のキャンプ道具の中から細めの比較的長いロープと洗濯バサミをポケットにしまい居間に戻った。


 正行は荷物の中からパソコンを取り出し、簡単にプレゼン内容の骨子を極めて単純なフローチャートを作成し、いくつかのゲノムの設計図をピックアップした。リサは正行の隣に座り、その様子を眺めていたが、そのゲノムの中に作成の意図がわからないものがいくつかあった。


「トゥイ、これは何に使うものなの?」


「この塩基対は組み込まれたゲノムを破壊して、遺伝子操作が行われたことをわからなくする。加えて再処置を行わないと若返りができないようになる」


「なんの意味があるの?」


「一応、商売だからね」


「すごい、そんなことまで考えてたの?」


「それに若くなるといっても七十歳の人が五十歳の若さを取り戻すのと四十歳の人が二十歳になるのでは話しが違う。七十歳の人が五十歳に見えるのは、まぁ、若く見えるということで済まないでもないけど、四十歳と二十歳では別人でしかない。人は社会の中で生きている。極端なことをすれば何かと問題が生じるからね」


「リサ、ここまでは多分今日の参加者は全員わかってる。あとは質問に答えるだけでいい。嘘はつけないけどね。さぁ、この紐を軽く首に巻いて反対側に輪を作って、そこの柱にあるフックにかけて」


 正行はそういってポケットの中のロープをリサに渡した。リサは軽く唇を舐めてから、シャワーは、と聞いた。


「浴びたいの?構わないけど、我慢できるの?」


「相変わらず意地悪ね」


「お仕置きだからね」


 リサは正行の首に絡みついてきた。


「あと二つほどファイルにリンクを貼らないといけないからちょっと待ってて」


 正行はデスクトップにファイルのリンクを貼り、リサに言った。


「じゃぁ、とりあえずアリーと同じ歩き方で反対側の輪を柱のフックにかけに行こうか」


「どうして私のうちの犬の名前を覚えてるの?」


「僕を好きになってくれた子の名前は忘れないよ」


「なんかちょっと妬ける気がする」


「大丈夫、犬に首輪はつけるけど、意地悪はしない」


「なんかちょっと腹立つ」


「じゃぁ、やめる?」


「意地悪」


 リサは四つん這いになりフックのついた柱の方に向かって歩き出した。三分の一ほど歩いたときに正行は冷たく言った。


「リサ、何してるの?僕はなんて言った?」


「えっ、四つん這いになって柱の方に行ってって」


「そんなことは言ってない。アリーと同じ歩き方でって言った。リサ、僕は医者である前に獣医師だよ。忘れた?」


「そんなことない。ちゃんと知ってる。どう関係があるの?」


「アリーは膝をついて歩いてるの?そもそもアリーの膝はどこにある?」


「お腹のちょっと下」


「じゃぁ、肉球はどこにあるの?」


「肉球は末節骨と基節骨の間」


「ちゃんとわかっているのに僕のいう通りにしてくれなかったんだね。僕は少し傷ついたよ」


「トゥイがそんなことで傷つかないことぐらいはわかってるわよ」


「そうだね。でもそれが何を意味しているかもわかってるよね」


 リサは痛みに対する恐怖と歓喜の表情が混ざった奇妙な表情をした。


「あんまり痛いことはしないで」


「お仕置きだから多少は痛いよ。でも、僕は痛くないから心配しなくても大丈夫だし、なんならやめても構わない」


「やめないで」


 リサは別の姿勢で四つん這いになりフックのついた柱のところまで行った。


「もう普通にたっていいよ」


 正行はリサを後ろから抱きしめキスをした。


「さて、今度は十秒あげるから今度こそH大大学院卒の明晰な頭で考えて」


「さっきから才媛だとか、明晰だとか言ってるけど、トゥイの方がよっぽど頭がいいじゃない。一応、世界でも一流の大学の大学院卒だし」


 リサはそう言ったが、すぐに自分が大きな過ちを犯したことに気づきハッとした。


「違うっ、違うっ。M大学は一流の大学よ。ちょっと辺鄙なところにあるだけよ」


「それはいいよ。僕は遠くまで引っ越ししたくなかったし、今まで通り釣りやハンティングも続けたかったから、医者になれればどこでもよかったんだ。N国内ではさすがに研修先が少なすぎるからAU国にしただけだから。確かに一流と言えないことはない程度だし、H大比べると少し辺鄙なところにあるのは僕自身も認識してる。でも、リサが今の発言に対してすごく気になってお仕置きを受けなければ気が済まないというのならそれはそれで構わないけど、どうしたい?」


「お願い。口が滑っただけよ」


「仕方がないなぁ。ちょっと待ってて」


 正行は写真の並んだ棚まで行き、さっき眺めた空薬莢を持ってきた。


「ちょっと何入れたんよ?そこは一方通行なんだから」


「さっき見てた空薬莢。必ずしも一方通行でもないよ。自分だってコロンファイバーを患者に入れたことあるでしょ。それに座薬も」


「それは病気のときの話よ。私は病気じゃないわ」


「コロンファイバーを入れるのは必ずしも病気のときとは限らない。病気かどうか確認するために入れることのほうが多いし、実際に病気ではないことのほうが多いと思う。だいたい空薬莢の直径は約二センチで、長さも競技用装弾の物だから七十ミリしかない。方向は逆かもしれないけど、リサは直径の三倍、長さに至っては五倍以上の固形排泄物を出すでしょ」


「長さはともかく直径が六センチもあるウンコをするわけないでしょ。屁理屈ばっかり言ってないで早くベッドルームに連れて行って」


「はいはい、わかったよ」


 リサは正行に抱き抱えられてベッドルームに入って行った。


 正行とリサは旅の疲れもあって行為の後は眠ってしまい、呼び鈴が鳴ったことに気が付かなかった。主税は段取りができているか確認するために少し早めに迎えにきた。玄関のドアに鍵をかけていなかったので家の中に入った。


 居間には誰もおらず片側が犬をつなぐフックにかけられた長めのロープと空薬莢が転がっているだけで人気は無かった。寝室の前に行って声をかけても返事はなかったのでドアを開けてみると、どう見ても性行為を行ったあとでそのまま寝てしまった体の正行とリサがおり、仕方なく声をかけた。


「おい、正行」


 正行はすぐに起きた。


「あっ、主税兄さん」


「ここは居づらいからちょっと部屋から出てきてくれ」


 主税は小声で言った。


「ああ、ごめん、ごめん。寝てしもてたわ」


 と言って主税について居間に出た。


「用意ができてるかどうか確認しようと思って早めにきた。ところであの紐はなんや?」


「あれはリサが悪さをしたからちょっと懲らしめてただけ」


「どうせわざと悪さをするように仕向けたか、無理なことを要求したんやろ。紐はまぁ、ええわ。空薬莢は奈央が大事にしてるもんやからもとあったとこに戻しとけよ」


「あの空薬莢は元々、なんに使うものや?」


「多分、洗ってあるから汚くはないと思うけど、元々何に使われたかはあんまり言いたくない。正行は何に使ったんや?」


「リサの頭の回転があまりにも悪いからお尻に差し込んだ」


「使い方は一緒や。目的は違うけどな。いずれにせよ奈央が大事にしてるもんやから、洗って元に戻しといてくれ」


「なんでママがそんなものを大事にしてるんや?」


「それは個人の趣味嗜好の問題で俺にはわからん。いずれにせよ、その説明はしたくもないし、触りたくもない。今すぐ片付けてくれ。紐は片付けとく」


 そう言って主税は紐の結び目を解き、非常に綺麗に巻いて机の上に置いた。正行は空薬莢を丁寧に洗い、きっちりと拭いてから同じく机の上に置こうとした。


「それはもとあった場所に戻してきてくれ。それと下着ぐらい着けたらどうや」


「リサに引っ掻かれた」


 そう言って右の上腕を見せた。確かにそこには真新しい三本の引っ掻き傷があった。


 下着をつけて戻ってきた正行に主税は尋ねた。


「プレゼンはちゃんとできるか?」


「大丈夫やで。さっきまとめといたから」



「別の特許についても聞いてくるかもしれんぞ」


「ちゃんと予想を立てて、ファイルがすぐ出てくるようにしてあるから心配せんでもええ」


「ほな、ええけど。ぼちぼち用意して出よか。リサちゃん起こしてきてくれ」


「わかった。すぐに着替えるからちょっと待ってて。多少小綺麗にして行ったほうがええか?」



「いや、内容が内容だけに貸し切っといたから、なんならそのままでもええぞ」


「女の人も来るやろ、さすがにちょっとな。それはそうと主税兄さん、サンプルは使ったんやろ?」


「まぁな、人に売るもんやからな。ちゃんと指示書通りに使ったから心配せんでもええ」


 正行はリサと自分のスーツケースを持って寝室に戻って行った。


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