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44 帰郷(ききょう)

 PLN空港からの便がCCに到着すると三木は正行が到着口に出てくるのを心待ちにしていた。背の高さは正行の方が随分と高かったが、有情と三木のいいとこ取りをしたような顔つきをしており、一見しただけでは日本人には見えなかった。実際ほとんどまともな日本語の読み書きはできず、三木と話すときも難しいことは英語で話していた。


 三木は到着口から正行が出てくるのを見つけると大きく手を振って迎えた。正行はジーンズにオックスフォード地のボタンダウンシャツというアメカジスタイルだった。もっともこれは三木の趣味で、有情が生前よくしていたスタイルであり、正行は普段はストリート系のウエアを愛用していた。待合の囲いから出てくると三木は正行にハグして言った。


「おかえり、トゥイ」


「ただいま、ママ」


三木がハグを続けていると正行は言った。


「ちょっと、ママ。いつまでハグしてるつもりや?」


「せやかて、ママも寂しかったんやで。中学からAに行ってしまうし、それ以来、たまにしか帰ってけぇへんし」


「俺かて向こうでせなあかんことが色々あるがな。小学生やあるまいし」


「どんなことせなあかんのよ?」


「そら、今の時期やったら釣り行ったり、射撃場行ったり、豚狩り行ったり、冬になったらカモ撃ち行ったり、何かと忙しいんや。それより早よ帰ろ。今日はスキータイムかブラウンパブ行くんやろ?」


「そうや。ちょっと聞きたいこともあるし」


「俺もママにちょっとお願いしたことがあるんや」


「何やの?今言いよ」


「いや、ちょっと込み入った話やから帰ってゆっくりしてから言う」


 二人は駐車場まで歩いて行き車に乗った。


「ママ、車変えたんか?」


真新しいメルセデスに乗り込もうとする三木に正行が言った。


「いや、買い足したんや。トラックをもうちょっと小さいのに新調したんは知ってるやろ。あれは二人しか乗れんからこれも買うたんや」


「全部でかいやないか」


「前のよりはましや」


「あれはでかかったなぁ」


「燃費がクソやったで」


「なぁ、ママ。俺もぼちぼち卒業やしタトゥーを入れてええか?」


「あんまり目立たんところに入れる分には問題ないんやないか?」


「それは心得てる。ママは誰が見てもわかるところに入ってるけど、なんか困ったことあるか?」


「これはこっちで入れたからないよ」


「俺は日本語の読み書きができんから英語圏でしか仕事できんがな」


「ほんまやな。でもまぁ、それでも目立たんとこにするに越したことはないで」


「わかった」


三木と正行は車内での1時間半、世間話をして過ごした。


 農場についてから正行は少し昼寝をし、三木とともに農場の中にある湖水に釣りに行った。五歳から釣りをしていたのと体力的に三木を上回るのとでキャステイングは見事であった。


 釣りから戻ると正行はシャワーを浴びた。


「ママはシャワーせんのか?」


「私はええわ。帰ってきてから浴びる」


「相変わらずやな、まぁ、好きにしてくれ。あっ、ちょっとパンツ取ってくれへんか。持ってくの忘れたわ」


「あっ、これ、シヴァやないか」


「えっ、あ、忘れてた」


「創造と破壊の神やないか。綺麗やなぁ」


「ちょ、ちょっと。頬擦りするんやめてくれへんか。六十のバァさんに頬擦りされたない」


「失礼やな。六十には見えんやろ」


「いずれにせよ母親にされたら気色悪いわ」


「感じ悪いなぁ。ところで何を創造して、何を破壊するんや?」


「それは後で話す」


「絶対やぞ」


「話すて。そのことでお願いがあるんやから」


「わかった。ママも確認しときたいことがある。ブラウンパブとスキータイムとどっちがええ?」


「どっちでもええけど、ブラウンパブの方が騒々しいから、却ってそのほうが話しやすいかもしれんな」


「ほなブラウンパブ行こか」


「ええで。どの車で行くんや?」



「メルセデスは充電中やからトラックで行こか」


「うん、ちょっと服着るわ」


 車を降りると三木は正行の腕に絡みついた。


「ママ、さっきも言うたけど、あんまりベタベタせんといてくれへんか。小学校の同級生がおったら恥ずかしいやないか」


「けちくさいこといいないな。久しぶりに会うたんやし。お父さんは私が多少ひっついても何も言わんかったで」


「お父さんと俺では立ち位置が全然違うやないか。形はどうあれお父さんとママは恋人同士、俺とママは親子やろな」


「そらまぁ、そうやけど、あんまり硬いことばっかり言うてたらもてへんぞ」


「大丈夫や。充分もててる。気にせんでええ」


「一回も家に女の子連れてきたことないやないか」


「それにもいろんな事情があるんや。早よ店入ろ。お腹すいた」


店に入るとパブはそこそこ混んでいて、二人は店員や客を問わず色々な人に声をかけられた。人が少なめの席に座りウェイターを待っているとすぐに注文をとりにきて、いつもので良いか、と尋ねられた。二人が同意するとすぐに離れていった。ビールがピッチャーで運ばれてきて二人は乾杯した。


「おかえり、トゥイ」


「ただいま、ママ」


「ママ、俺に聞きたいことってなんや?」


「あぁ、高校ぐらいの頃から大量に送ってくる特許の出願書類、あれはなんや?」


「初めの頃の機械は人工心臓や。心臓はまぁ言うたらただのポンプでしかないから比較的簡単に設計できるんや。あの人工心臓のええところは呼吸と特異動的作用によって生じる電位差を利用して動作するところや。もちろん、運動なんかして余分に血流が必要になったら補助バッテリーから給電はするけどな。弁やら本体は特にアスピリンとか、いわゆる血液サラサラにする薬飲まんでも血栓ができにくいような流体力学的形状になってる。まぁ、念のために飲んどいたほうがええやろけどな」


「それにしては出願してる数が多ないか?」


「それは部品別に出願してるからや。もちろんそれを組み合わせた本体の出願もしてる。いうてもおもちゃやな」


「大学に入ってから送ってきた核酸の構造式はなんや?」


「あれは一言では説明できんけど、簡単に言うたら壊れた臓器の修復をするためのタンパク質を合成するゲノムや。適当なところで切って何かわからんようにしてから出願してる。そら全部繋げたんもあるけど、細切れで出願しといたほうが何かわかりにくいからな。一番苦労したんが脳細胞の再構築や。普通はDNAみたいな大きい分子は脳血液関門を通過せんからな。一時的に脳血液関門を解放するためのもんや。四十年ぐらい前に開発された血液脳関門を通過させるアンチセンス核酸や脂質を利用した送達物質を使ったもんとは根本的に違う。違うから特許申請したんや」


「そんな技術があるんなら一般に公開したほうが役に立つんやないのか?」


「何のや?」


「いや、脳細胞を活性化させたり、認知症の治療に使うたり」


「そんなことして何の得になるんや?」


「世の中のためになるがな」


「ママ、ええか、世の中のためになっても、それが俺の金にならんかったら、それは役に立ったとは言わんのや。大体、屁理屈ばっかり言うて、身体的にも若い老人を増やしてどうするんや。割食うんは他でもない開発した俺らやぞ。ただでさえ人間の平均寿命はもう百十歳を超えかけてるねんから無秩序にそんなことしたら人口が増えるだけ増えて、そのあとは文明や技術自体が衰退する。人が努力を惜しむようになるからな。努力せんでもええんは俺みたいな天才だけでええんや」


「そやけど、トゥイ。それはあまりにも傲慢やないか?」


「他人が傲慢になり過ぎんように破壊のプログラムもちゃんと作ってある。ある程度までしか長生きは出来んようにな。哲学的な話はもうええわ。俺は獣医や。今はブタやラットを長生きさせることしかでけへん」


「ママは使うてもええよな?」


「もちろんやないか。ボケたママは見とうないしな。ただ、やり過ぎはあかんぞ。バランスようしていかんと。それにもっとちゃんとヒトを使って試してみんことにはどない転ぶか分かれへん。まぁ、多分、大丈夫やけど」


「なんで大丈夫や言えるんや?」


「俺は天才やてさっき言うたやろ」


「破壊のプログラムは外せるんか?」


「外せるで。元々、後付けやし」


「こんな発明したらノーベル賞も取れるやろ」


「そんなことしたら技術を公開することになるやろな。名を売るために商品の価値を下げる必要はあらへん。そないならんようにするための特許や」


「共同開発者はどうするんや?」


「秘密保持契約書はかわしてある。それに破壊プログラムは自分だけで作った」


「どう言う意味や?」


「そのままの意味や。秘密保持契約は昔からあるやつな。破壊プログラムに関して構造はおろか、存在すら誰も知らんと言うことや。それとどうしてもの時のために利太さんと一緒に特殊な銃を作った。中性子を照射するから、多少、大きさがあるけど、近距離用なら持ち運びも可能や。まぁ、照射してすぐにどうこうなるもんやないから離脱も簡単や。音もせんしな。基本的に真っ直ぐ進むから風とか、重力とか、距離とかも関係ないし、距離が遠なってもなるべく拡散せんように工夫してあるから1キロメートルぐらいやったら誤差の範囲で無視しても問題ない」


「他の人に当たったらどうするんや?」


「それは仕方ないがな。普通のライフル弾でも他の人に当たることはあるよ。ただ、破壊プログラムを異常に活性化することを目的にしてるから体内に破壊プログラムがなかったら細胞が癌化する確率がちょっと上がるだけやで。ごく一部の細胞が癌化しても免疫系が正常なら重篤な癌にはならんよ。破壊プログラムが活性化されてもあんまり時間が経過してなかったら修復プログラムが適応できるけど、修復プログラムは高価やし、お金の問題だけやないしな」


「修復するための塩基配列は作るのが難しいんか?」


「そういう意味やない。それだけの事をしでかしたんやから、タダで済ますわけにはいかんいうことやがな。大体、そうでもないのに破壊プログラムを急激に活性化する必要性がないやないか」


「主税さんに似てきとるぞ」


「まぁ、兄弟やからな。お父さんでもそうするやろ?」


「いやぁ、お父さんはそういう面倒なことには関わらん人やったで。主税さんに全部任せてた」


「結果的には同じことが起こるんやないか。これは俺の勝手なイメージやけど、お父さんはもっと凶悪な人やと思うてた」


「そんなことないよ。写真で見たことあるやろ。そのままや。若い頃のことはあんまり知らんけど、趣味人で女好きなだけや。ただ、動物にはすごい優しかったけど、人に対しては極めてシビアやった。いずれにせよ、そんなに凶悪な人の子供をママが欲しがるわけないやないか。ファミリーに凶悪な人なんかおらんぞ。山科先生は女癖悪いけどな」


「お父さんも女癖が悪かったて聞いたことがあるで」


「確かに女好きではあった。せやけど、お父さんの女好きは単に性交渉の相手を探したり、パーティみたいな事をしたりするような感じやなかった。長く付き合いができるパートナーみたいな人としか関わりを持たんかったんや。たとえば、れなさん知ってるよな。あの人はママがまだ大学生くらいの時からの付き合いらしい、関係は死ぬまで続いてた。ママと男女の関係ができんかったんはママとれなさんの家があまりにも近過ぎたんとれなさんとの子供の世話で忙しうて、ママと十分な時間が取れんと判断したかららしい。仲ようしてくれてはいたんやけどな。ところでなんでトゥイはここに一回も女の子を連れてこんかったんや?」


「ママが嫉妬するからや」


「するか、そんなこと」


「それは冗談として、俺の研究のスピードと内容を理解するに足る女の子がおらんかったからや」


「内容は誰にでも理解できそうやけどな」


「出来はするけど、なんでその発表をせんのかいうところでなかなか折り合いがつかんのや。彼女と秘密保持契約書を交わすわけにもいかんしな」


「それも含めてやけど、卒業したら医学部に行ってもええか?」


「十分検証はできてるんやろな?」


「検証はできてる。動物でな。人間のデータが欲しいんや。そうなってくると獣医いうのが足枷になってなかなか大人数のデータが取れんのや」


「せやけど、医学部行ったところでそう簡単にヒトで試すいうわけにはいかんやろ?」


「その辺りは主税さんとちゃんと話してある」


「それは非公式に人体実験をするいうことか?」


「簡単に言えばそうや。どうしても動物実験だけでは信頼度に欠ける。ヒトに使うもんはやっぱりヒトでせんといかん。まして金が絡んでくると余計に慎重にならざるを得んからな」


「ちゃんと成功する確率はどれくらいなんや?」


「それは医学部に行ける確率か、それともヒト用の塩基配列の作成か?」


「後の方や」


「そうやなぁ、どうしても人となると普通の臓器はさほど変わらんけど、脳はだいぶちゃうからな。本人の遺伝子使うたら百パーセント、解析結果から合成して大体百パーセントぐらいかな」


「えらい自信やな」


「天才やからな」


「お父さんもようそう言うとったわ」


「お父さんも天才やったんか?」


「多分、そうやと思うけど、お父さんの場合は生粋の臨床家で基準がないからトゥイとは比べようが無いよ。それにお父さんはその天才を仕事がらみで使うことはまずなかった」


「仕事以外って?」


「フライ巻いたり、鳥撃ったり、日常生活の知識とか」


「フライパターンはパソコンで見たことあるな。本物そっくりなんが基本になってて、いくつかバリエーションがあった」


「うん。基本のパターンを使うことはあんまりなかった。食性を確認するだけ。あとはバリエーションを多用してた。その方がたくさん釣れるからて。どのバリエーションを使うかの判断が婉美やった。それとな、手術するときに器具を渡してくれるナースか助手がおるやろ。お父さんに器具を渡すんはいつもママやったんや。その受け取り方がセクシーでな、ママは大好きやったんや」


「皮膚科でそない手術はせんやろ?」


「皮膚科でするんはたまにや。ファミリーの仕事でな。ファミリーの仕事があったせいかもしれんけど、お父さんは目立つことをすごい嫌うた。トゥイも似てるとこあるよ」


「まぁ、親子やからな」


「さっきも似たような会話したな」


「主税兄さんのことでやろ」


「あの親子には振り回されっぱなしやった。ところでどこの医学部に行きたいんや?」


「どこでもええよ。医者になれればそれでええ」


「どこでもいうたかて世界中に医学部は数え切れんぐらいあるやないか」


「できたらアイビー・リーグがええけど、コンプライアンスがうるさいとこは避けたいな。HとCは入学許可と奨学金の確約は取れてるけど、そういうとこに行くとなるとある程度研究内容を大学と共有せなあかんようになってくるから、しがらみの無いとこがええな。イギリスやと卒業したら医者になれるからそれも捨て難いしな」


「日本の東大はどうや?」


「悪くは無いけど、試験問題が読まれへんやないか。しかも、一年から行かなあかんから博士号取るのに十年かかるし、専門医とるのにさらに二年かかるがな」


「十二年は長いな。何科になるつもりや?」


「皮膚科や。見たら疾患が分かるし、治療経過さえ目に見える。それに人は見かけにこだわる傾向があるからな。ママがええ例や」


 結局、正行は面倒臭いという理由でAU国の医学部に行き、MB-BSを取得し、その後も同じ大学の修士課程に進み、並行して皮膚科の専門医課程を修了した。


 他の学生から見た正行の学生生活はあくまで凡庸で週末になれば都会から離れ狩りや釣りに行ったり、天気のよくない時には友人たちと食事に出かけたりしていた。長期の休みには必ずN国に戻り農場で過ごした。


 ファミリーの仕事にはしばしば同行し、自らの発明品の臨床試験を行ったり、手術を手伝ったりしていた。被験者たちは身体の機能を回復し、再び記憶力の改善や論理的思考をできるようになった。適切な度合いで再びそれらが老化していくようにプログラムし、積極的に検体を消すことはしなかった。

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