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39 東京(とうきょう)

 降機して入国手続きを済ますと四人は一旦、ロビーで集合した。


「ほな俺らはこのまま乗り継ぎで大阪まで帰るからな。いつまで東京におるつもりや?」


「いつまでて、今日はもう夕方やからホテルで晩御飯食べて、明日はちょこっと出かけて、明後日には帰るがな。それより、佳奈さん。今晩は私らがおったから出来んかったことを思う存分楽しむんやろ?」


そういって三木は腰を振って見せた。


「ちょっと、奈央ちゃん」


「こら、妙・・・、いや、すでに妙齢ではないな。女盛りの女が衆目の前で下品なことすんな、処女のくせに」


「処女で悪かったな。誰も知った人おらんねんからええやないか」


「まぁ、ええわ。気ぃつけてな」


「うん、主税さんらもな」


「どこ泊まるんや?」


「品川のSTホテルやで」


「あそこ、中華しかないぞ」


「別に中華でも構わんぞ」


「高いで」


「二人で十万はいらんやろ?」


「五万ぐらいや」


「えらい高いな。まぁ、ええわ。マンションの家賃入るし」


「それは莉子ちゃんだけや。奈央には永住権取れるまでは入らへんで」


「はぁ、それはないやろ。こないだくれる言うてたやないか」


「まぁ、名義は奈央やから総資産の評価にはなるようにするけど、家賃は一旦、うちの信用口座にプールさせてもらう。せやないとちゃんと申請とか、その他の面倒な手続きをせんに決まってるからな。この件に関しては立ち話もなんやから、またゆっくりした時に話そ」


「ほんま殺生なこと言うで。まぁ、遅ならんうちに行こか、莉子ちゃん」


「主税さん、佳奈さん、色々お世話になりました。また、近いうちに会うの楽しみにしてます」


「京急はそっちやないぞ、何タクシー乗り場に向こうてんねん」


「うるさいわ、私らかて長旅で疲れてるねん」


主税と諏訪は国内線に向かうシャトルバス乗り場へ、三木と蓮水はタクシー乗り場へ向かって行った。


 ホテルまでは二十分くらいでついた。ロビー階の二十六階まで上がり、チェックインを済ますと一度部屋まで上がった。


 ホテルの内部は空調が効いているとはいえ、さすがにN国で真夏を過ごした格好では季節的に不似合いであった。蓮水は長袖のワンピースを着け、三木に背中のジッパーを上げさせた。三木はモックネックのTシャツにワイドなジーンズを履き、その上にキジ狩りのドリズラージャケットを羽織った。再度、二十六階まで降りて行き、フロントと反対側の中華料理屋に入った。


「奈央ちゃん、えらい太いパンツ履いてるな」


「これな。これ先生のお下がりやねん」


「でもウエストは合ってるやん」


「年取って痩せたいうても三十二インチやからな、ウエストだけ折り返して縫うてあるねん。あの人、いつも上等のジーンズ買うくせに、色落ちしてきたらまた新しいの買うから、良さそうなんはもらって履いてるねん」


「ジーンズは色落ちを楽しむんやないか?」


「普通はそうやねんけど、太腿のところがちょっと白っぽなってきたら、もう履かんかったんや。背はさほど変わらんし、あの人は長めで履くんが好きやったから、私がウエストで履いたら長さもちょうどええねん。靴下が見えるんはあんまり好きやなかってん」


「ええやん、似合うてるで」


「そうか、ありがとう」


「莉子ちゃんもかわいいで。ところで何食べる?」


「フカヒレの姿煮、北京ダック、シーチュウユー、麻婆豆腐かな」


「全部自分で決めとるやないか」


「奈央ちゃん、なんか食べたいもんある?」


「いや、莉子ちゃんがみな言うてしもたがな」


「ほなええやんか。頼むで」


「ビールも一緒に頼んでくれへん?」


「もちろんや」


ビールで乾杯し、料理が順に運ばれてきた。


「これ、時価て書いてあったけど、いくらするんやろか?スープは飲んだことあるけど、姿煮は初めてや」


三木が箸で突つきながら言った。


「私も初めてやわ。一万円はせんのちゃう?」


「まぁなぁ。せやけど、主税さんが高い言うてたし」


「値段のこと気にしながら食べたら美味し無くなるから、気にせんと食べよや。高かったら割り勘にするやん」


「私のファミリーのカードと莉子ちゃんのファミリーのカードでか?」


「それって意味あるん?」


「ないやろな。私が余計な小言聞かなあかんだけやと思う」


「ファミリーのカードってどれぐらい使ってもええん?」


「特に聞いた事ないな。状況によるんやないかな。山科先生が女の人と旅行に行くのに使ってるって一昨日聞いたけど、多分全額ではないと思う。具体的な額で言えば5万未満ならなんも言わんとは思う。せやから、明日、恵比寿のロブションに行って、個室でご飯食べて、飲めるだけビールとワイン飲んだら自分のカードで払った方が無難やな」


「山科先生が一緒に旅行に行く女の人って瑠美さんのことか?」


「あそこは中学受験がすぐやから違うやろな。受験生連れて旅行にはいかんやろし、せやいうて受験生だけ家に置いて行くわけにもいかんしな」


「真面目そうに見えるのに誰と行ってるんや?」


「名前言うても莉子ちゃん知らんやろな。桑野さんと黒沢さんや。知らんやろ?」


「わからんなぁ」


「桑野さんは瑠美さんの後を引き継いだ移植コーディネーターで、黒沢さんはあの先生付きのオペ看や。黒沢さんは綺麗な人やけど、桑野さんはパッとせんな。桑野さんとは北海道にゴルフツアーに行ったみたいやで」


「山科先生、そんなことしてるんか?」


「医者は男女問わずたいがい色好みや」


「女医さんもそうなん?」


「男の医者と比べたら節操はあるやろけどな。歳いってまでは少ないと思う」


「知らんかった。ほとんどが真面目な人やと思うてた」


「いや、別に不真面目なわけやないで。単に性行為とか、それに関連したことが好きなだけやで。もちろん例外はあるやろし。仕事とは別の次元の話やがな」


「ふーん。それはそうと瑠美さんの子供はどこの学校を受けるんや?」


「関西の私立はよう知らんけど、山科先生の家が北千里やからK千里とか、T中学とか、K大付属とかやないかな。K千里なら先生の後輩になるけど、歩いて行けるしな。莉子ちゃんの方が詳しいんやないか?」


「その三つは難しいと思う」


「主税さんはK大付属やわ。大学はR大やけど」


「利太さんは?」


「多分、K産大やったと思う。高校は知らん」


「有情先生も含めて、あの人らやったらもっとええ大学にも行けたんやないか?」


「そら勉強してたら行けたやろな。せやけど、みな資格持ちやから大して興味なかったんやないかな。めんどくさい思いして、めんどくさい立場になりたなかったんやろ。先生に関しては人脈作るなんていうのは大嫌いやったで」


「女性の人脈は作ってたがな」


「そら、趣味の話やろ。仕事と関係ないがな。あんまり仕事が好きでもなかったし」


「せやけど、奈央ちゃんから見たら優秀なお医者さんやったんちゃうの?」


「それと仕事が好きなんとは話が違うがな。前にタトゥーの話してた時にもいうたけど、山科先生も含めて、あの人らは職人なんや。元々、持ち合わせてる資質がその優劣に大きく影響するんや。そらある程度までは努力で可能にできる人はおるで。そういう医者に限って長時間病院にいたり、する必要のないことまで探してまでしたり、出世を気にしたりするねん。それを大した努力もなしにできるんや。そのくせ、人並外れたことができるようになりたいとははなから思うてへん。そんなこと市井の医者には必要ないからな」


「なんか勿体無いような気がするけど」


「それは価値観の問題や。仕事に割く時間は最小限に抑えてた。いうてもまぁ、これは私の先生の話やで」


「もともと医者になりたいと思ってたんやないんか?」


「思ってないよ。子供の頃、何になりたいと思ってたか当ててみ」


「獣医さんとか?」


「それはある意味当たってる。けど、違う。多分、わからんと思うから言うわな。ヒモや」


「ヒモて、あの女の人の収入を生活の糧にするヒモか?」


「せやで、そのヒモや。せやけど、そういう生活は水もんやから、常に養うてくれる女の人がおるとは限らんやろ。手に職がのうて、女の人に逃げられてもたら、たちどころに生活に困るがな。せやから、それなりに収入のある医者になったらしいで」


「どないな発想でそうなるんやろ?」


「単に両親が医者やからやないか」


「それでなれるところもすごいけどな」


「やろ、私の先生は天才やったんや」


「なぁなぁ、奈央ちゃん。もし子供ができたら何になって欲しい?」


「私の場合は農場を任せるいう大前提があるからな。それができる仕事なら何でも構わんけど」


「強いて言えば何や?」


「それこそ獣医とか」


「順当なとこやな。もし、ファミリーみたいなところに入る言うたらどうする?」


「うちのファミリーなら全く問題はないけど、よそやったら質によるなぁ。せやけど、あの農場を運営すること自体でファミリー・メンバーいうことになるんやないかな」


「それもそやな。愚問やったわ」


「なぁ、これって山椒効きすぎてへんか?口の中が痺れてきた」


三木がシーチュウユーを食べながら言った。


「確かにピリ辛やけど、この店でそんな異常に辛いもんをあえて出すと思われへんから、本場のシーチュワンはこんなもんなんちゃうの?」


「まぁ、そうなんやろなぁ」


そうこうするうちに麻婆豆腐が運ばれてきた。


麻婆豆腐も例に漏れずかなり山椒が効いており辛かった。


 翌日は買い物の予定があったので、二人はあまりたくさん飲まずに過ごしたつもりであった。しかし、会計の段になりとその価格に驚かされた。


「十万七千六百円になります」


「えっ、十万ですか?」


「はい、お召し上がりなったフカヒレの姿煮が一人前二万二千円になっておりまして、あとビールが十二杯と紹興酒が二万七千五百円でして少しお高くなってしまいました」


「あっ、はい。じゃあ、このカードでお願いします」


三木は躊躇わずにファミリーのカードを出した。


「また小言言われるんやないの?」


「大丈夫や。ここにくるのわかってるし。主税さんが本気で怒ってるの見たことないで」


「なんか海外で酷いことしたっていうてたやん」


「あれは仕事上の話で、そうせざるを得んかったからや。莉子ちゃんはちょっとあの人たちの行動に関して誤解してる部分があるで。ここではなんやから一旦部屋に帰ってから話すわ」


 三木はそう言って会計を済ますと蓮水を促し、下階にあるコンビニに行き、水やワインを買った。二十六階でエレベーターを乗り換えて部屋に入った。


「すごい夜景やな。大阪でホテルなんて泊まることないし、高層建築から見る夜景言うのはあんまり見たことないわ」


「大阪では見たことあるけど、なんかスケールが違う気がする」


「まぁ、大都会やからな。せいぜい、この二晩で見納めしとくわ」


「奈央ちゃんがおらんようになったら寂しなるわ」


「いやいや、農場におるから。今までかてそないしょっちゅう会うてなかったやん」


「ここ一か月が濃密やったから」


「確かにな。先生がおらんようになって以来しょっちゅう会ってたしな。まぁ、N国まで来てくれたら農場からそない長期間離れることもないし」


「ところでレストラン出る時に私が誤解してるって言うてたやん。あれはどう言う意味?」


「あぁ、あの人らが誰かになんかするときってちゃんと理由があるねん。ただ単に誰に対しても一様に酷いことをしてるわけやないねん。拷問、懲罰、復讐、趣味的なことの4つがあってな、それぞれでやり方が違うねん。拷問は文字通りよくわからんことがあるときに不明事項を聞き出すためにすることで謂わば心理戦や。これは単に痛めつけるだけではどうにもならへん。人は痛みに慣れてくるし、その内容について話せば自分や周りの人が痛かったり、恐かったりすることがなくなるっていう希望を常に相手に持たせとかなあかんねん。だからこれはそれほど暴力的でないことが多いねん。莉子ちゃんかて経験したやろ、F国で」


「えっ、私が?」


「せや、秘密保持契約を反故にして莉子ちゃんと津山さんに情報漏洩したんがうどん屋さんやて聞いたがな」


「私、痛い目も怖い目もしてないで。強いて言えば奈央ちゃんがインスタント・タトゥーに触れた時にゾクッとしたぐらいやで」


「せやから、拷問は心理戦や言うたがな。誰も楽しそうにしてる莉子ちゃんを痛めつけよなんて思うてへんし、あの時点でもうファミリーに入ることはほぼ決まってたんや。ファミリーのメンバーにそんな酷いことするはずないやん。ファミリーに入って困ったことあるか?辞めたいと思うか?」


「何も困ってない、ていうか、ええことしかない。辞めようとしたらどうなるんや?」


「秘密保持契約さえ守ってくれたら何も起こらんよ。崎岡さんなんかは、ここんとこ農場の手伝いしてくれてるけど、あれは先生個人のもんやから、ある意味辞めたも同然やしな。れなさんとか佳奈さんに至ってはほぼなんもしてないし。そのためにもファミリーの人らはみんな他に堅い仕事をしてるんやで。そんなことは今まで聞いたことないけど、仮にファミリーのことしかしてない人がおったら辞めた時に生活が厳しなって何がしかの不利益を起こすかもしれんやん。そうなったらみんなが困るがな。せやから、ファミリーのメンバーに誰かを加えるときには厳重な審査があるんや」


「厳重ってどんな?」


「六親等以内に犯罪者や問題を起こしそうな人がおらんとか、賭け事をする人がおらんとか、学歴に関しては四親等以内が第三次教育を卒業してるとか、本人に関しては、学歴はもちろん、そこでの成績まで調べられる」


「賭け事ってどの程度まで許されるん?」


「宝くじは例外的に許されてるけど、現金が動くような賭け事は禁止。たとえば次のカラオケ代を誰が出すぐらいならOK」


「結構厳しいな」


「IQもそれなりに要求はされるけど、これに関しては会話の構成力とか、日常会話の中で出てくる知識やら理解力で推計される。最低限、百二十五くらいはいると思う。特に重要視されるんは言語IQやな」


「たとえばどんなこと聞かれるん?」


「せやなぁ、たとえば、日本てだいぶ前にIWC脱退したよな、鯨て万葉集では『いさな』いうて言われてたらしゅうて、『いさなとり』が海とか浜とかの枕詞になってる歌が結構あるらしいで、そういやぁ、万葉集言うたら日本最古の歌集や言われてるけど、最古の勅撰和歌集ってなんやったっけ?、みたいな」


「古今和歌集やなかったっけ?」


「せや、よう知ってるがな」


「一応、メンバーやし。新聞記者やったし」


「いや、これは結構上位の質問やで」


「せやけど日常会話にそんな話出てくるか?」


「まぁ、トップが変態やからな。出てきてもおかしないわな。話がずれてもたけど、元に戻すな。拷問の場合はさっきも言うたように対象者が絶望してしまうようなことは絶対にでけへんねん。たとえば、子供を殺す言うて脅したとするで、それで実際に殺してしもたら対象者がやけになって、どないなってもええわいう気分になってもたらそれで終わりや。あとは何やっても無駄な努力言うことになるから、いつでも殺せますよいう状況を示すだけにせなあかんねん。そういう理由でさほど暴力的ではないんや」


「なかなか難しいもんやな」


「逆に簡単に行く場合も多いんやけどな。次に懲罰や。これはあくまでも対象者と、もし仲間がおったら対象者が複数になるけど、以前に海外であった事例みたいな感じや。復讐に関しては一部の人間に対してなんかしてもイタチごっこになってしまうから、包括的な手段を取らんといかん。復讐は現実的ではない。金と暇がかかるし、下手したら発覚してしまうから、基本的に復讐するいうのはない。どうしてものときは誰も予想できんぐらい長距離から狙撃する。利太さんの仕事やな。狙撃は計測手と狙撃手だけでできるからな。一番タチの悪いんが先生と主税さんが趣味的にすることや。対象者はファミリーとなんの関係もない人らや。単に気に入らんとか、社会貢献度が低そうとかいうような理由で拉致されてくる。そんなんに選ばれた日には目も当てられん。具体的な内容に関しては直接主税さんに聞いてくれ。この件に関しては私もあんまり関わりたないんや。なんで佳奈さんが見て見ぬ振りしてるかも疑問や。まぁ、いうまでもないことやけど、拷問にせよ懲罰にせよ趣味的なことが加わって、多少はそういった要素があることは否めんけどな」


「それは顧客に対してもそうなん?」


「いや、それは絶対にない。そんなことしたらまともな商売にならんがな。先生と主税さんが変態やいうだけで、他の人らは至極普通や。そろそろファミリーの負の側面の話はやめにして、ワインでも飲みながら明日の予定でも考えよ」


「せやな。奈央ちゃんは何買う予定なん?」


「私はパソコンと刺繍のジャケット。ドリズラーはあるからスタジャンにしよか思うてる。莉子ちゃんは?」


「パソコンは新調する。ウインドウズやけどな。やっぱりVAIOかな。奈央ちゃんが刺繍入れてもらうんやったら、私もなんかジャケット買おかな。Gジャンはどうやろ?」


「Gジャンは色褪せするから刺繍の色が難しいで。褪せても大丈夫な色の刺繍にせんといかんからな」


「確かにな」


「しかも、最近はオーバーサイズとか長尺のも沢山ありはするけど、元々は結構タイトで短尺やから、あんまり標準から外れたんは長いこと着れんで。私も先生が細かった頃に買ったGジャン持ってるけど、女子が来たら結構オーバーサイズやからな。ただ、細身が流行ったら、次はオーバーサイズが流行るいうのを必ず繰り返すから大事に持ってはおるけど。まぁ、Gジャン買うんやったら刺繍はやめとき。私が刺繍入りの射撃用のジャケットをプレゼントするから」


「奈央ちゃんのドリズラーみたいに派手なんはさすがにちょっとやで」


「これは写真から起こしてるからパソコン処理で刺繍してある。周りの文字は手縫いやけど。莉子ちゃんのはちゃんと全部手縫いにするがな」


「ほんま、楽しみにしてるわ。せやけど、デザインはできるん?」


「何いうてんねんな。インスタント・タトゥーは私のオリジナルやで」


「いや、絵が上手いのは分かってるけど、お願いやからちゃんと射撃場で着れるデザインにしてやいうことや」


「心配しぃないな。私が莉子ちゃんに恥かかせるような絵描くわけないやないか。そない心配やったら莉子ちゃんが見てる前で描くがな」


「うん、信用してないわけやないけど、そうしてくれるとありがたい」


「ほな、もういっぺん下のコンビニ行ってスケッチブックと鉛筆買うてこよ。莉子ちゃんも行くか?」


「うん。行く行く」


 二人は再度二十六階のコンビニまで行き、スケッチブックと鉛筆を手に入れ部屋に戻ってきた。三木はすぐに蓮水のラフスケッチを描いた。ハートマークで囲まれた女の子がクレーを撃破しているところを正面から描いたものとクレーを狙う女性の後ろ姿をスケッチした。


「こんなんでええんやないか?」


「うん。これなら大丈夫」


「ほな、このどっちか刺繍で仕上げといてもろとく」


「私のはこんな感じかな」


三木はそういってN国の地図に鹿やマウンテンゴート、鴨などを散りばめたデザインを描いた。本人は描かれてはいなかったがなかなか見栄えのする刺繍になりそうだった。


 後日談ではあるが、蓮水に届いたピンク色をしたカステラーニのジャケットの背中にはスケッチとは全く異なり、ふらふらと飛んでいくクレーを外した蓮水が振り返って片目をつぶって舌を出している姿が極めて精密に描かれ、誰がみても本人とわかる代物だった。


 翌朝、二人は二十六階の前日に中華を食べた店のすぐ前のカフェで朝食をとった。朝食はバフェで供されていた。


「ちょっと、奈央ちゃん。何よそれ?」


「えっ、何て、朝ごはんやがな」


「そらまぁ、せやろけど、なんでそんな偏った取り方するんよ?」


「私かて好みがあるがな。なんか問題でもあるか?」


「いや問題はないけど、見ててちょっと恥ずかしい」


「誰も人の食べるもんなんか見てへんよ」


「せやかて、あまりにもバランス悪ないか?」


「旅先の朝食ぐらい好きなもんだけ食べてもええやないか」


「そらそやけど、いくら何でもスモークサーモンとスクランブルエッグにベーコン一枚て。そもそもスモークサーモンをそんなにぎょうさん食べれるんかいな」


「バフェで食べきれん量を取るほどがめつないで。ちゃんと食べれる量しか取れへんよ」


「そらまぁ、そうかもしれんけど、他になんか食べへんの?」


「いや、そら足らんかったらまた取りに行くがな。とりあえず食べようや」


「うん。ちょっとサーモンちょうだいな」


「もちろんええけど、自分で取ったらええがな」


「取ろ思うたらなかったんやがな」


「ちゃんといくつか残しといたんやけどな。誰かが取ったんやろ。また新しいのが来るよ。ここのサーモンは美味しいで」


「ほなちょっともらうで」


「ええよ。食べてみ」


「あ、ほんまや。美味しいわ」


「私がもっと取ってきたろか?」


「いや、自分で取りに行くからええ。ところで、奈央ちゃんはなんでここのスモークサーモンが美味しいって知ってたんや?」


「前に先生と来たことがあるからや。それ以外にあるわけないがな」


「それもそやな。一人で東京なんて来ることないしな」


「私かていつも一人でおるわけやないで。看護師仲間と東京に来たこともあるし。せやけど、ここには泊まらんやろ」


「今日はどないする?どういう順番で行く?」


「アメ横のある御徒町と秋葉原はすぐ隣やから、アメ横行って服見て、秋葉原でパソコン買うて、荷物を一旦ホテルにおいてから、ええ服着て恵比寿に行こか」


「せやな、それが順当やな。晩御飯はどうする?やっぱりロブションにするか?」


「他にどっかええとこ知ってるん?」


「たしか慶應の小学校の近くにおいしいイタリアンがあったな」


「どんなとこ?」


「個室はなかったような気がするけど、小綺麗な店で食べもんもおいしいよ。魚介類が並べてあって、そこから好きなん選べるようになってる。もちろん、お肉もええの揃えてたで」


「何ていうとこ?」


「いやぁ、何やったっけなぁ?なんかイタリア語の名前がついてたような気がするなぁ」


「そらまぁ、イタリアンやからなぁ」


「イルなんとかいうた気がするなぁ」


「冠詞だけではわからんがな」


「慶應幼稚舎とイルで調べて出てけぇへんか?」


「この店か?」


蓮水はイタリアンレストランのウェブサイトを開けて三木に見せた。


「ああ、ここここ」


「どっちの方がコスト・バリューがええんや?」


「それは考え方次第や。しかも、片方はフレンチでもう片方はイタリアンや。ロブションは行ったことないけど、多分、イタリアンの方がカジュアルでええかもな。値段的にもカジュアルやと思うで」


「ほなそっちにしよや。ドレスとかないし」


「ロブションかてなんもドレスまで着て行かんでええと思うで」


「奈央ちゃんは何着ていくんよ?」


「私はグレーのタートルのワンピにイーハトーブのドリズラーか、今日買お思てるデニムのカバーオールやで。それしかないし」


「紺、グレーか。渋いな」


「それしかないんやて」


「私はジージャンとニットにチノパンにするわ」


「十分カジュアルやないか」


「ほなイタリアンに決まりやな。部屋帰ったら予約入れとこ。行って席なかったらつまらんしな」


「うん。遅ならんうちにアメ横行こや。アクセサリーも欲しいし」


「そないしよ。買いもん迷うかもしれんし」


 二人は早々に朝食を済ませ部屋に戻った。


「買いもんは何着てくん?」


「買いもんする時は何でもええがな。私はシャンブレーのシャツとジーンズやで。ジャケットは羽織るけどな。莉子ちゃんは?」


「私はECWCSジャケットにジーンズ」


「ええんちゃう。私だけちょっと季節外れやけど」


「まぁ、買いもんするだけやしええやん」


「せやな。歩いたら暑なるかもしれんしな」


 ふたりは一旦部屋に戻り、目的の店がアメヤ横丁にどのあたりにあるのかネットで検索した。雑多な店が数多く存在するアメ横ではある程度目星をつけて行かないとどこに行って良いか迷ってしまう上、範囲も広く探すだけで疲れてしまい、気に入った店を見つけられないことすらある。


「なんや、奈央ちゃんは何回も行ってるんかと思うたがな」


「いや、二、三回しか行ったことないよ。だいたい、サイズさえわかれば通販で買えるがな」


「せやけど刺繍は持ち込まなできんやろな?」


「刺繍は大阪で出す。それかていざとなったらスキャンした画像送って、色の指定したら、あとはコンビニから宅配便で出したらしまいやし。あとは着払いで送ってきてくれる」


「ほな行かんでもええがな」


「そらまそう言うてしもたらそうやけど、そういった観光地いうか場所に行ってみるんも旅の楽しみやがな」


「それもそやな」


「とりあえず、このJとWとNいう店に行ってみよや。あとは美味しそうなもん食べて、良さそうなもんがあれば買うたらええし」


 結局、二人にできたことはアメヤ横丁までいって、三木はJで東洋の刺繍済みのスカジャンを買い、蓮水がWでECWACSジャケットを買い、秋葉原でマックブックプロとヴァイオのノートパソコンを買うことだけだった。師走のアメ横はあまりにも人が多く、北大阪に慣れた二人には荷が重かった。


 予定にはなかったが、途中で時計店によりお揃いのロレックスを買った。そして、一旦ホテルに戻り、さまざまな店の通販サイトから気に入った服やバッグを買い、刺繍を入れるものは主税にそのまま使うものは自分の家に送った。


 イタリアンはとてもおいしく鱈腹食べて、散々上等なワインを飲んだ。総じて東京での最終日は楽しい一日となった。





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