32 ジーン・バンク
「NZGBのNZはそんままやけど、GBはGene Bankの略や。その後の六桁の数字は誕生日を示してる。次のアルファベットは同じ誕生日の人を区別するためのもんや。次の二桁は凍結保存を開始した年や。通し番号にしたらもっと単純になるんやろうけど、そうすると忘れてまう人がおるからな。一見したら複雑な羅列に見えるかもしれん、本人にしてみれば誕生日さえ伝えたらしまいの話や。名前までが同じいうことは、まぁ、ないはずや。父親も年齢を考えて生殖能力があるかどうか不安やったんやろ」
「それはわかるけど、なんで凍結開始が二千六年なん?」
「あぁ、それは高IQやったから、あんまり年とらんうちに採取して必要に応じて使用できるようにしてただけや。もったいない言うてな。そこらじゅうで種撒いてくるから、なんの意味もなかった」
「お父様のIQってどれくらいやったん?」
「大したことない。百五十下回ってたし。最後の三桁がそうや」
「主税くんは?」
「百六十一や。それ以上は計れんからな。利太でさえ百三十五以上はあるで。父親に関しては、私立やけど、ほとんど勉強せんと医学部いってる。入学後、留年してるけど、それは出席日数が極端に低かったからや。知能指数が高いことを利用して何かをしよういう人やなかったからな。そもそも、まともな話すらせん。話すいうたら下ネタか、釣りか、射撃の話や。ただ、なんかで論破しよ思ても簡単にはできんかった。全く興味のなさそうはことでも知識は深かったよ。当時はWAIS-3ていう知能検査をしてたんやけど、普通は一年以上経ったら同じテストの結果で再評価が可能なんや。二年後に再評価してみたら驚異的なIQやった。ほとんど、答えを覚えとった。順番まで覚えてて、中には問題言う前から答えた設問もあったらしい。もちろん結果は無効になった」
「本人が死んでても使えるん?」
「物理的、生物学的には使える。普通は死亡したら破棄されるけど、民間の機関やからそれはなんとでもなるやろ。あそこに刻印してあるいうことはおそらく奈央に使えいうことやけど、時期が問題やな。少なくとも労働ビザがなかったら生まれた子供にN国の国籍が与えられへん。前は国内で出産したら国籍が貰えてんけど、トラブルがあって、それができんようになってしもたんや。国籍がないと農場の引き継ぎが面倒くさい」
「ビザが取れるまで黙ってたらええんちゃう?」
「奈央かてアホやないんやから、なんか重要なことやてわかってて、納屋から出てきたらすぐに聞いてくると思うで。まぁ、ビザの書類も移民弁護士と相談して、美和子さんからの書類ももろて用意してあるし、サインだけしたらええようにはなってるから、労働ビザはすぐに降りるとは思うけど」
「そしたら問題はないんちゃうの?」
「労働ビザから永住権に切り替えるんは三年間、ここで指定された仕事をつづけないかん。同時に永住権も申請はするけど、こっちも申請が通ってから三年ここにおらなかんのは一緒や。今、ここにはなんの用意もしてきてないはずやから、一旦日本に帰さなあかんし、その後で素直にここに来るかな?」
「お父様の精子がどの程度欲しいかによると思うから、それは主税くんの話し方次第やないかな。私も協力はするけど、奈央ちゃんの事情についてあんまり詳しくは知らんから、どれだけできるかなんとも言えんけど」
「父親と奈央はここで暮らすつもりやったと思う。その父親がおらんようになって、ここで暮らす意義がどの程度残ってるかによるからな。まぁ、上手いこと言うてはみるけど」
程なくして三木と蓮水がダイニングに戻ってきた。
「明日は一緒に射撃に行ってくれるんやな?久しぶりに一緒に撃つんは楽しみや」
「俺はH & HのNobleを使わせてもらう。滅多にお目に掛かれる銃やないからな」
「私はベレッタの694使わしてもらうね。慣れてるし」
「私は先生のブレーザーを使うから、莉子ちゃんは私のブレーザーを使うて」
「明日は莉子ちゃんにちゃんと撃ち方を教えるんが一番大事やいうの忘れたらあかんよ。ちゃんとスイング射法教えたらな、なかなか当たるようにならへんねんから」
「それはちゃんとするがな。どうせ奈央がええ加減な教え方してるに決まってるしな」
「失礼やな。ちゃんと教えてるわ。それはそうとあの用心鉄に刻印されてたんはなんや?」
「あれは奈央にとって諸刃の剣や。もちろん教えるのは構わんが、それは奈央の態度次第や」
「なんでもするからもったいぶらんと教えてや」
「そういう問題やない。これからの身の振り方や。もう五時半やし、お腹空いてきたからなんか食べながら話しよ。どっかええとこ知ってるんか?」
「いや、二軒しか行ったことない。一つはちょっと綺麗めな観光客相手の店やと思う。もう一つはほとんどが現地の人の普通のパブや。料理は内容的には似たり寄ったりやな。パブの方がメニューは多い」
「私、パブに行ってみたいわ」
諏訪が言った。
「よしほなパブにしよ。連れてってくれるか?」
「それはもちろんや。そんときに話してくれるんやな」
「それはさっきも言うたように奈央の身の振り方次第や」
「いや、身の振り方次第言われても具体的な内容が何もわからんかったら、どう行動したらええかわからんやないか」
「それをパブで話しよ言うてるんや。さっさとシャワー浴びて用意しろ。莉子ちゃんも佳奈も化粧直しせなあかんねんから。六時には出るで」
「シャワーは今日はええわ。なんか緊張してゆっくりシャワー浴びる気にならん」
「今日はええて、今日もやろ。せめてそのボサボサの眉毛だけでも整えてくれ。連れて歩くんが恥ずかしい」
「男のくせに細かいことばっかり言うてたら佳奈子さんに嫌われるで」
「佳奈がそう言うてたんや」
「ちょっと人のせいにせんといてくれる。大体、奈央ちゃんが二週間も、三週間もシャワー浴びへんなんてこと初めて聞いたし。でもまぁ、そばに来る時はシャワー浴びて二、三日までの間にして」
「ほら、みてみぃ。汚い言うてるやないか。そもそも、父親も奈央も医療従事者のくせに汚いねん。父親でさえ三日にいっぺんぐらいは頭洗うてたで。あんまり汚いことばっかりしてるんやったら、銃の刻印の話は一旦、棚上げにするぞ」
「眉毛は整えてくるがな、うるさいな。莉子ちゃん、眉そり貸して」
「えー。後でアルコールで拭いてよ」
「みんなしてようもまぁ、うら若き女性に汚い汚いて言うてくれるな」
「うら若き女性かどうかは相対的な話や。奈央は絶対的に汚い。さっさと眉剃ってこい」




