31 雨を冒して韮を剪る(あめをおかしてにらをきる)
「なぁ、莉子ちゃん。大任を果たすとちょっとお腹空いてけぇへんか?」
「確かに」
「何食べよ?」
「オムライス作ろか」
「ええなぁ、莉子ちゃんチキンライス作ってくれるか。私は卵焼き焼くわ」
蓮水は言われた通りにチキンライスを作った。
「チキンライスは皿に紡錘形に盛っといてくれへんか」
三木はオムレツを二つ作り、それをチキンライスの上に乗せた。
「これはどうやって食べるんや?」
蓮水が聞いてきた。
「これはな、オムレツの上をナイフでー直線に切るやろ。そいで上下に開くんや」
オムレツの中身は半熟でとろりとした卵が出てきた。
「どや、美味しそうやろ。卵は味付けしてないから適当に塩振ってな」
「フワトロ。美味しそう」
二人はオムライスを堪能し、歯を磨きソファーに移った。外はまだポツポツとではあるが雨が降っていた。
「なぁ、莉子ちゃんとこて犬おるん?」
「パグがおるよ。ケンちゃん」
「パグか。パグの鼻のあたりの皺の内側って臭ない?」
「ほっといたら臭なるけど、時々掃除してるから、そうでもないで。なんでや?」
「前に友達のところに行ったらパグがおってな、鼻の皺の内側を擦って匂うたらすごい臭かったんや」
「ケンはけっこう頻繁に洗うてるからそんなに臭ないよ」
「うちの犬は知ってるやろ?」
「メイちゃんやろ」
「なんでメイ知ってるんや?」
「首輪にMayて書いてあったがな」
「メイは先代の犬や。普段首輪せえへんから傷まんし、そのまま使うてるだけで、あれは卯月いうねん。メイは半差尾やったけど、卯月は綺麗な左巻きの巻尾や」
「差尾てなんや?」
「口で説明するのが難しいな。ちょう待ってや」
三木は納屋の方に何かを探しに行った。
また何か怪しげな物を持ってきて、妙竹林なことをされるのではないかと、蓮水は少し心配になった。
「あんまりええもんがなかった」
そう言いながら三木は銃身の内部を掃除する洗い矢を持ってきた。
「ちょっと油とススがついてるからウェットティッシュとってくれへんか?」
三木は洗い矢の汚れを丁寧に拭い、さらに洗い矢の先の穴にウエットティッシュを挟んだ。四つん這いになり、それを股の間に挟んで握りの部分を右手で握り、左右に揺らした。
「差尾の説明になってないがな」
「まぁ、それは見かけたら、その時にいうがな」
「ほら、愛犬ナオがビールとつまみ欲しがってるで」
三木はさらに激しく洗い矢を左右に動かした。
蓮水は仕方なく冷蔵庫からビールを二本取り出し、栓を開け、先日買ったピーナツの缶詰を持ってきてテーブルの上に置いた。三木はなおも洗い矢を振り続け
「早よビール飲ましてや」
とせがんだ。
「あー、昼間から飲むビールは美味しいな」
「まぁ、それはそやな」
「ちょっとピーナツも食べさせてや」
蓮水はピーナツを数個取り、三木の顔の前に差し出した。
その瞬間、ファームハウスのドアが開き、カーキ色のチノパンにグリーンのTシャツを着て、シャンブレーのワークシャツを羽織った女性が入ってきて、二人の写真を撮りすぐに出て行った。
二人が呆気に取られているとファームハウスの外から
「ちょっと、主税くん、主税くん。あの二人なんか変なことしてるで」
という女性の声の後に主税の声が聞こえてきた。
「何、何?佳奈、ちょっと見せて」
ぷはっという笑い声とキャハキャハ笑う諏訪の声が聞こえてきた。
程なくして二人はファームハウスに入ってきて蓮水と三木を見た。三木と蓮水はまだ状況が飲み込めずさっきの状態のまま主税と諏訪を見ていた。黄色に白のストライプのボタンダウンシャツを501にタックインして着ていた主税が
「自分らは昼間からビール飲んで、一体何をしてるんや?」
「これは卯月の真似をしてたんや」
「いや、それ自体はまぁええ。ここに来て一週間にもなるのに、連絡の一つもよこさんと、鍵を渡すんも忘れてたから送ったのに、ポストに入ったままやったやないか」
話が長くなりそうなので諏訪は、奈央ちゃん、お水もらうね、と言って勝手に冷蔵庫を開けてパンプウォーターを取り出して、食事用のテーブルに行きタバコを吸い始めた。
「あまりの田舎で周りに人もおらんし、手探りで色々忙しかったんや」
「デミグラスソースの匂いがしてるけど、昼飯は何を食べたんや?」
「オムライスや」
「こっちは朝にCCについてマクドで朝ごはん食べて、まっすぐこっちに来てるんやぞ」
「それ自体、知らんがな」
「オムライスはまだ残ってるんか?」
「二人分ならなんとかなる」
「ほな、申し訳ないけど作ってくれへんか?莉子ちゃんが作ってくれ。奈央はなんとなく不衛生な感じがしてならん」
「チキンライスは私が作りましたよ。でも、奈央ちゃんの卵は絶品でした」
「ほなまぁ、ええけど、見てる前で手洗ろてからにしてくれ」
「失礼やな。美味しいんやからな」
「さっさと洗い矢しもて、はよ作ってくれ、佳奈もオムライスでええか?」
「うん、どんな卵か楽しみ。手は洗ってね」
「あっ、おまじないの後、奈央ちゃん、ちゃんと手洗た?」
「莉子ちゃんがシャワーしてる間に洗たよ」
「おまじないて何や?」
「それはご飯の後で話す」
蓮水はチキンライスを温め、三木はオムレツを焼いた。
「佳奈、こっちで食べよ。そっちは食べた後の食器が片付いてないし」
「うん」
諏訪は飲みかけのパンプウォーターを持ってソファに来た。
「この空薬莢ビー玉が詰めてあるけど、なんやろ?」
「さぁ、わからんな。そもそもビー玉撃つつもりなら空薬莢には詰めんやろしな」
「後で聞いてみてよ」
「聞きはするけど、どうせ碌なことしてないに決まってるで」
蓮水と三木が二人にオムライスを運んできた。
三木はテーブルの上に置かれた空薬莢に気付き
「これはとりあえず回収しとくわな。あんまり食事と並べとくようなもんやないからな」
「汚いんやな?」
「多少はな、多少やで」
「まぁ、ええわ。持って行ってくれ。それはそうと、このオムライスはどないして食べるんや?」
「ちょっとナイフとフォーク貸してみ」
「いや、莉子ちゃんにしてもらう」
「感じ悪いな」
「汚い空薬莢を触った手でしてもらいとうない」
「莉子ちゃん、どないするんや?」
「これはね、ナイフで中心部を切って上下に開いて食べるんですよ。ほらフワトロでしょ」
「あら、美味しそう。今度、奈央ちゃんにお料理教えてもらおかな」
「それはやめといた方がええで。腹こわすかもしれん」
「大丈夫よ、作る前にちゃんと手洗てもらうから」
「あのね、佳奈子さん。私は一応、医療従事者なんですよ。せやから清潔と不潔の区別はしっかりしてますから心配せんといてください」
「いや、父親も医療従事者やったけど、小学生の時に運動会で一緒にご飯食べたことがある。その時に校庭に落ちた砂だらけのおにぎりの砂をはろただけで食べさせられた記憶がある。医療従事者やからいうて盲目的に清潔やと思わん方がええ。その上、頭だけは洗うてたから外見上は小綺麗に見えたかもしれんけど、夏場でも平気で二週間ぐらい風呂に入らんことがあった。清潔と不潔の区別は知ってるかもしれん。せやからいうて、それを実践してるかどうかは甚だ疑問や」
「私は毎日、シャワーしてるよ」
「嘘や。奈央ちゃんはここに着いてからいっぺんもシャワー浴びてへん。私も何回か勧めてみたけど、馬耳東風やった」
「奈央と父親が汚らしいいう話はもうええわ。せっかくの飯がまずなる」
「主税さん、ビール飲みます?」
「ありがとう。せやけど、今はええわ。奈央に色々確認せないかんこともあるし」
「佳奈子さんは?」
「私もええわ。今日は四人で夕食に行こて主税くんが言うてたから、その時にいただくわ」
二人は食事を終え、タバコを吸い始めた。
「ところで、奈央、おまじないてなんや。さっきの空薬莢はおまじないに使うたんか?」
「おまじないいうのは、昔、先生がちょうど私がどうしても満射出せんかった時にしてくれた、まぁ、端的にいえば銃と射手の一体感を高める行みたいなもんや」
「具体的にはどんなことをするんや?そもそもそんなおまじないが実際に効くんか?」
「私の時は効果覿面やったで。おまじないをしてくれたすぐ後に射場に行ったら、すぐに満射が出た。それも二回続けて」
「それなら、俺にもかけてくれ。国際で満射は出したことある。せやけど、公式試合では残念ながらまだないんや」
「いや、それは無理や。主税さんとは実力の差が少なすぎる。あれは実力差が相当ないとできんのや。おんなじ理由で佳奈子さんにもでけへん。莉子ちゃんになら念の為、もういっぺんかけれんことはない」
「私ももう十分ご利益は受け取ったと思うし、大勢の前でお尻出せるわけないやろ」
「お尻?おまじないにはお尻が関係してるんやな?」
「全く関係性がないとは言えん程度や」
「食卓の上に実包が乗ってたところで、特に気にせんぐらいのことはよう知ってるはずや。いわんや、空薬莢をや。しかも、配膳した時点で、その場にそぐわん言うた。汚いんか、と聞いたら、多少は汚いて言うた。しかも、多少を二回繰り返してた。相当汚い可能性があるいうことやないんか?」
「いやいや、そんなことは断じてない」
「ちょっと、さっきの空薬莢見せてみろ」
三木は渋々ポケットの中から空薬莢を取り出した。
「リムのところをつまんで先端をこっちに向けてみ」
三木が言われた通りにすると、主税は手首を掴んで空薬莢のビー玉で塞がれた部分を鼻に近づけた。その間、諏訪はクスクス笑いながら、さっきからのやり取りを眺めていた。
掴んだ手首を押し返し
「きったないなぁ。父親の考えそうなことや」
と言った。
「そもそも、莉子ちゃんは、なんでそんな奇矯なまやかしを信じたんや?空薬莢を尻に差し込んで射撃が上手になると本気で思たんか?」
「そら私かてそんなわけない思たけど、奈央ちゃんがどうしてもせな気が済まんようやったから」
「あのなぁ、確かに二十三、二十四枚割るところまでは比較的簡単に行くんや。簡単や言うたかて、それはあくまで、培われた経験と技術に基づいた結果や。後一枚は集中力とか、運の問題もあるやろ。それを今まで銃に触ったことものうて、射撃を昨日、今日に始めたばっかりの莉子ちゃんにいくらまじないをかけたところで、一朝一夕に上達するはずないのは奈央が一番よう知ってるやろ」
諏訪が口を挟んだ。
「なぁ、主税くん。もっともらしいこと言うてるけど、莉子ちゃんも始めた限りはうもなりたいいうことには変わらんやろな。趣味的なもんの楽しみ方は千差万別や。確かに奇天烈ではあるけど、そういう楽しみ方があってもええやないか。危険なことしてる訳やないねんから。大体、自分かて私が公務で使う手錠持ってこさせて小道具に使うやないか。あんなもん家に持ち帰ってるてバレたら私も困るんやで。それをやっぱり検察庁の刻印が入ってないと気分が出んとか言うやないか」
「あまりにも汚らしいから言うてるんや。そんなんいうんやったら、佳奈にも後でおまじないかけさせてもらうで」
「私はええわ。そもそも技術的、経験的に類同してるもん同士がしてもご利益が少ないらしいし。これ言うたら奈央ちゃんにちょっと悪いけど、教え方に問題があるんやないか。奈央ちゃんは完全なリード射法で撃ってるけど、あれをそのまま教えてもそうそう当たらんで。それにお父様の教え方を奈央ちゃんが踏襲してるんやったら、ちょっと考えた方がええんやないか」
「確かにな。明日、ちょっと見てみよ。雨も上がったことやし、軽く釣りがしたいな」
「主税さんが釣りするんか?釣りいうたら結構難しいで。私らが教えたろか?」
「いや、ええ。多少は心得がある。農場の中は探検したんやろ。良さそうな釣り場に連れて行ってくれればそれで十分や。道具はさぞかし上等の道具が揃ってるはずやよな。フライショップで一万ドル以上買い物したぐらいやし」
「それは必要経費や。道具は三セットある。一つは先生が以前から使てたロッドで、かなり重たい」
「それで釣り場はどんなとこがあるんや?」
「一つは多分、自然の湖や。確認したんは流れ出しの近くのとこだけで、流れ出しの手前の反対側の岸に木が張り出してるとこがあってな、その木の下が餌場になってるみたいや。もう一つは農場の灌漑用水路や。川幅は十五メートルないと思う。そこそこ、ライズはしてる。あとは割と小さい池で、ここはいくらでも釣れる」
「まずは湖に行ってみよ。そのあと、用水路や。それで釣れんかったら池に行こ」
「湖は対岸まで三十メートルくらいあるで」
「とりあえず行ってみよ」
「無理やと思うで」
「投げる方の岸にバックスペースはあるんか?」
「投げる方は開けてる」
「まぁ、そこへ行ってみよや。あかんかったら場所変えたらええがな」
「わかった。後悔しても知らんからな」
「何を後悔するんや?釣れんかったら移動したらしまいやろな。ちょっと荷物運び込んで、サングラス用意するから、その間に着替えてきてくれ。それと佳奈が使う長靴はあるか?」
「さらのが二足あるからサイズが合う方使って。デッキに置いてある。私らはブーツがあるし」
「そうか、ありがとう」
四人は釣り支度をして湖に向かった。念の為ということで有情の使っていたスコットのロッドも持って行った。
「あの向こう岸の小さい森が湖に張り出してる下あたりを回遊してるみたいや」
「確かにちょっと距離があるな。ウインストンは何番や?」
「六番」
「微妙やな。まぁ、やってみよ。ちょっとフライボックス見せてくれるか?」
そう言って主税はフライボックスから緑色のコガネムシを模したフライを結び直してフロータントをしっかり馴染ませた。
その際、ティペットを十五センチくらい切り取った。
「なんでティペット切ったんんや?」
「前に釣った魚の歯でささくれてたからや。大きいのがかかって切れてもつまらんしな。一匹釣ったら必ずティペットは確認した方がええで」
「わかった。そうする。なんでフライ変えたんや?」
「木の下を回遊してるいうことは、木から落ちてくる虫を捕食してるいうことや。木から落ちてきそうなんを選んだだけや」
主税は数メートルほどキャストし、対岸まで十分届きそうなくらいのラインとバッキングを地面に落とした。広めのスタンスをとり、三回フォールスキャストをして、四回目は少し手首を使って、思い切ってラインを飛ばした。フォールスキャストより狭めのループが張り出した木の下にある沈木のやや右に向かって一直線に伸びていった。途中でロッドを軽く右にゆすった。主税が左手でラインを摘むとフライの付いた先端だけが左に向きを変え沈木のすぐ右側に着水し、ついでリーダー、ラインの順に水面に落ちていった。
ドラッグを調整し、ロッドを左手に持ちかえ、余ったバッキングをリールに巻き取った。再度、ロッドを右に持ち替えて魚がアタックするのを待った。ラインが弛んでくると左手でリールのリムを軽く回して、フライの動きに影響が出ない程度にラインを巻き取った。
フライの手前の水面が盛り上がり大きな口がフライを咥えた。その刹那、水飛沫が上がり、主税の操るロッドの先端と魚が一直線にラインとリーダーで結ばれた。
左手にロッドを持ち替え抵抗する魚に初めは主導権を与えていた主税だったが、それは主税のものとなり、主税がロッドを右手にもちかえ、左手でラインをたぐると、導かれるように足元まで寄ってきた。
「佳奈、ネット」
四十センチをゆうに超えるブラウントラウトはさして抵抗することもなくネットに収まった。
諏訪を呼び一緒に写真を撮ると、それは元気に湖水に戻って行った。三木と蓮見は、写真を撮って、と諏訪に言われるまで、呆気にとられ主税のファイトを見ていた。主税が有情の息子であることをすっかり忘れていたようである。
「これは個人の好みやからどうしてもいうわけやないけど、ドラッグを使たファイトを考えるんやったら左手でリールを巻くようにしといた方がええんやないかな。ファイトの途中でロッド持ち替えるんは不便やと思うで。佳奈もやってみよ」
「あそこまで届くかな?」
「ちょっと右側に行って、正面の林の切れ目あたりを狙たらフルライン出さんでもいけるんちゃう?」
「そうしよ」
諏訪のキャストも見事だった。主税ほど力強さはないものの、ラインの重さをしっかりとロッド全体で捉え、ワイドなループが綺麗に伸びていき、結局、バッキングがロッドの中頃まで達していた。
「ええ感じや。あっ、右から大きいのが来るぞ。よし、食えっ!」
主税の言うとおりに諏訪のフライの右側の水面が持ち上がり、魚がフライを咥えた。
諏訪は難なくフッキングした。ロッドは弓形に曲がり、かかった魚が相当大きなものであることが容易に想像できた。ファイトはドラッグがフル活用されるものであったが、特に手間取ることなく、諏訪はトロフィー級のブラウントラウトを手中にした。
「でかいな。三キロぐらいあるんちゃうか?奈央、写真撮ってくれ」
三木はポカンとしており、主税の言葉があまり理解できないようだった。
「奈央、写真、写真。魚が弱る」
そう言われて初めて我に帰り、写真を撮って、魚は無事湖水に帰って行った。
「そういえば釣りを教えてくれる言うてたな。この際やから教えを乞おかな」
「いや、あれはちょっと出過ぎた口を聞いてしもた。先生の息子やいうの忘れてた」
「意地悪言うたりないな。主税くんは奈央ちゃんが生まれる前から竿振ってるんやから。それより、鍵渡さんとあかんのちゃうの?」
「忘れてた。納屋にガンロッカーと弾薬庫があったやろ。鍵がなかったんとちゃうか?」
「うん、どこ探してもないんや」
「崎岡がうっかり持って帰ってたみたいや。郵便受けに入ってたから、回収してファームハウスに置いてあるわ。俺もちょっと中身が見てみたい。釣りはこの辺にして、一旦戻ろ」
「釣りはもうええんか?」
「とりあえず、今日はええわ」
四人は釣具を片付け、ファームハウスに戻ってきた。
「喉乾いたな。さっきビールある言うてたよな。一本もらえるか?」
「やっぱり飲むんやな。ええで。ハイネケンと地元のスパイツいうビールがあるけど?」
「せっかくやから地元のビールもらおか。佳奈も飲むか?」
「うん、もらうー」
「俺はええから、佳奈にはグラスも出したってくれ。どうせ自分らも飲むんやろ?」
「そらまぁな」
「あっ、せやけど、後で街までご飯食べに行こ思うてるから、一人は飲まんとけよ」
「ここの国は日本と違うて、多少飲んでても大丈夫らしいから問題ないで」
「そうか。ほなまぁええわ」
主税はビール片手にカギを取ってきて納屋まで案内するように三木に言った。
「うん、一緒に行こ」
三木に案内され、四人は納屋に入って行った。
鍵は三本あり、一つは弾薬庫、後の二つはガンロッカー用のものと思われた。主税はまず弾薬庫のカギを開け、中身を確認した。スキート用の9.5号装弾が大量に入っており、3号装弾が四箱、.30口径ライフル用装弾が四箱、.22口径のリムファイア装弾が二箱、空気銃用のペレットが二缶あった。
「まぁ、順当なとこか」
ついでガンロッカーを開けた。
こちらは二つの鍵がついており、ロックを外すと抜けない構造になっていた。
「あぁ、それで鍵が二本あるんやな」
鍵を開けると右側のドアが開き、左側の扉についているうちカギを手で開けると観音開きになるようになっていた。
主税は観音開きのドアを大きく開いた。
「すごいな」
十四丁入るガンロッカーには六丁の散弾銃、二丁のライフル、一丁の空気銃が入っていた。
散弾銃のうち二丁は高級品ではあるものの量販品ではあった。三丁はおそらく特注で製作されたものと思われた。残りの一丁は子供用の.410番だった。
ライフルの一丁は消音器付きのアンシュッツ1416、もう一丁はホーランド・アンド・ホーランドのボルトアクションライフルだった。双方とも特に飾り気があるわけではなかった。また、スワロフスキーのスコープが取り付けてあったが、どちらも実用的なZ3だった。
「このホーランド・アンド・ホーランドとベレッタは綺麗やな。せやけど、ちょっと絵柄があれやな。どっちに出てくる女も奈央に似すぎてる。その上、手を差し伸べてる犬が芝犬やし、ハンティングシーンでは外して口に手当ててる。鹿を追いかけてる犬は谷の手前で行き場失うて戸惑うとるし、まるで漫画や。用心鉄の前の魚は見事やけどな。それに引き換え、このノーブルは古式ゆかしい控えめなフローラル・スクロールがたまらん。グリップもしっかりしたピストルグリップで握り易いように膨らみもつけてある。あぁ、このフォアグリップとストック。グレード5+のウッドに手彫りで掘られたチェッカリングの手触りが指先から脳髄に伝わって総毛立つ」
「ちょっと、主税くん。違うとこまで大きなってるやないの。せめて生物にして」
「て、手錠はいらんのか?」
「奈央ちゃん!いらんとこだけ聞き耳立てんよ。奈央ちゃんは奈央ちゃんでさっきからブレーザーの銃の機関部の裏側見てはため息ついたり、銃を抱きしめたり、二人して変態と違う?」
「これは違うんや。ここに先生のメッセージが彫ってあるんです。しかも、最近彫ったんやのうて、だいぶん前から彫ってあったみたいで、手彫りの文字の角が摩擦で丸なってるんですよ」
「えっ、ちょっと見せてもらってええ?」
「もちろん、ええですよ」
機関部の裏には
「Nao. Appreciation for your pure and everlasting love. M. Ujo」
と彫られており、レシーバーのサイドの型番を示すF16と同じ色に塗装されていた。角が丸くなっているのは使用時に手触りが悪いので研磨した可能性はあったが、乳白色で塗装された文字の所々は黄ばんでいて、昨日、今日に掘られたものではないことが推察された。
「まぁ、こっちは理解できんでもないな。ところで、この用心鉄に彫ってある螺旋と刻印してある英数字は何?ブレーザーはここにシリアルが入ってるん?」
「いや、何かな?そんな付け替えが簡単にできるところにはシリアルは入ってません」
「NZGB-160263-A-06-147なんやろね?」
「なんて!」
主税は触っていた銃を置き振り返った。諏訪に目配せをして言った。
「奈央、適当に触ったら元に戻してダイニングに戻ってきぃや。射撃は明日行こな」
主税の声は妙に優しかった。




