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27 練習(れんしゅう)

 朝食を終えると二人はファームハウスの前の芝生で、昨日習った、フライキャスティングの練習をした。お互いにフォームを見ては問題点を指摘して、昨日より一層精度を増したり、飛距離を伸ばしたりすることができた。しかし、芝生の上で練習するのは非常に忍耐力を必要とした。いくら思い通りにキャストしても絶対に魚が釣れることはない。一時間ちょっとしたところで完全に飽きた。


「なぁ、私らなんかすごい不毛なことしてへんか?ちょっと休憩しよや」


「せやな、魚釣れるわけないし」


 ファームハウスに戻り、タバコをとってきて芝生に座って吸った。


「昼からはどっかよさそうなところ見つけてフライつけてやってみよや」


「そうしよ、昨日もろたパンフレットに糸の結び方が書いてあったから、あれ見てしたらラインシステム組めるやろ」


 タバコを吸い終わると二人は再度ファームハウスに戻り、昨日買ってきた荷物を解いた。パンフレットを見ながらリーダーを探した。リーダーはすぐに見つかった。リーダーとフライラインはネイルノットで結ぶと書いてあり、その方法が図示してあり、ネイルノットに使う短いチューブがパンフレットにテープで貼り付けてあった。図に従ってフライラインとリーダーを短いチューブを使って結合した。


 買ったばかりのフライリーダーは巻きぐせがついているので、ストレイトナーでしごいて伸ばすように書いてあったので、その通りにした。テーパードリーダーには元々ティペット部分がついているが、フライを変えていくうちに短くなるので、あらかじめ一、二フィートほどティペットを結んでおくと良い、と書いてあった。ただし、あまりティペットが長くなりすぎるとキャスト時にきっちりとターンオーバーしないのでほどほどにするようにすること。もし、ターンオーバーがうまくできない時にはループがリーダー部分に達したら左手で軽くフライラインを摘めばティペットの先まで伸びる。「ただし」の後はなんのことかわからなかった。とりあえず、ティペットは五十センチほど付け足した。


 軽い昼食を食べて、少し休憩してから二人はまず一番近い用水路に行った。多くはなかったが、たまにライズリングが見え、魚はいるようだった。しかし、ここで二人は決定的なミスをした。川の上流から魚のいるところに接近し、その場所にキャストした。


 普通、川魚は上流に向かってエサが流れてくるのを待ち捕食する性質がある。それを上流から接近すれば人影が目についてしまい、警戒心の強いマス類はすぐに深く潜ってしまう。そこにいくらキャストしても釣れるはずはない。また、用水路は結構な流速があり、上流から下流に向けてキャストしてもその水流のためにフライにテンションがかかり、不自然な動きになってしまい、フライを敬遠して口にすることはまずない。もし上流からアプローチするなら、魚を見つけたら一旦川から離れて下流まで行き、上流に向けてキャストしなければならない。したがって、用水路での釣りは不発に終わった。


 早々に見切りをつけた二人は湖水に向かった。車で入れる側は開けていたが、対岸は木々で囲まれており、バックスペースを確保できなかった。魚はその木々の下で落ちてくる虫を狙って回遊していた。仕方なく車を止めた側からキャストしてはみたものの対岸の魚のいる場所は最低でも二十メートル以上あり、初心者の二人がフライを到達させるには遠すぎた。


 二人は農場内を走り回り、射撃場の近くに池があるのを発見した。池は用水路や湖水からは孤立しており、流れ出しがあるだけであった。おそらく、伏流水を源流とした小川が池を満たし、小さな流れ出しを作っているのであろうと思われた。孤立した水系であるため、果たして魚がいるかどうかわからなかったが、二人は練習がてらキャストをしてみた。


 フライが着水ししばらく眺めているとピシャッと水面が割れ、小さなニジマスがフライに食いついた。


「あー、ナオちゃん釣れたで。ファーストフィッシュやで」


蓮見が嬉しそうに声を上げた。


しかし、釣れはしたものの釣れたニジマスは非常に小さく十五センチを少し超えるぐらいであった。蓮水はフォーセップを使って小さなニジマスをリリースした。しばらくすると三木のキャストしたフライにもマスがアタックしてきた。タイミングが合わずフッキングはできなかった。水面の割れ方からして大きな魚ではなさそうだった。二人とも何投かに一回はアタックがあり、三木がファーストフィッシュをキャッチするのにさほど時間はかからなかった。


「莉子ちゃん、私も釣れたで、小さいけど」


 三木もフォーセップを器用に使いすぐに釣れた魚をリリースした。


 魚の数は多いようで、初心者の二人にとっては良い練習場ではあった。釣れる魚はニジマスがほとんどだったが、ときにブラウントラウトが混じることがあった。池は小さいというほどではなかったが、特に大きなものではなかった。二人は池を周回しながら釣りを続けた。


 すると小さな看板があり、次のように書いてあった。


『私有池・釣りをする前にランドオーナーの許可をもらってください。釣れた魚は全て持ち帰ってください。マスが増えすぎてサイズが小型化して困っています。』


「どうりで釣れるはずやな。逃さんでもよかったんや。ランドオーナーって誰やろ?」


「たぶん、奈央ちゃんやと思うけど」


「不吉なこと言わんといてよ、滞在して遊ぶ分にはええけど、ここに何年も一人で住むのは結構辛いもんがないか?」


「せやけど、七百万ドル以上する言うてたで。億万長者やで。しかも、生産物はほとんどれなさんが買ってくれるし。毎日、釣りと射撃できるやん」


「そういうても先生と一緒やったら楽しいやろけど、一人いうたら島流しみたいなもんやがな。老け込みそうや」


「休み取れる時はちゃんと遊びにくるやん。きっとファミリーの人も来てくれるて。まず、れなさんは絶対来るやろ。崎岡さんいう人も来るやん」


「どっちも仕事でくるだけやろな」


「私がくるときは利太さん連れてくるやん」


「なるようになるやろから、考えてもしゃあないわ。あと二、三匹釣って晩御飯に食べよ」


「そうそう、その意気」


「人ごとや思うてからに。せやけど、もうちょっと大きいの釣れへんかな」


三木はそう言ってフライを大きなものに変えてチャレンジしてみたが、結果は同じだった。


 結局、二人は小さなマスを四匹釣り持って帰ることにした。


「ちょっとそこの小川でお腹出してウロコとってくるわ」


「道具あるん?」

「うん、フィッシングナイフ持ってきたから」


三木は手際よくマスのエラと内臓を取り出し、ウロコをとってナイロン袋に入れて持ち帰った。


「なぁ、明日もまたあの池に行くやろ?」


「うん、あそこしか釣れへんしな」


「ほんなら、明日は猟銃持ってきて射撃もさせてくれへん?」


「あぁ、それはええよ。せやけど、最初は当たらんもんやから、それで射撃が嫌いにならんといてや」


「そのうち当たるようになるやろ」


「そら、もちろんそうや。それよりな、明々後日の金曜日にマイクに来てもろて、せめて用水路でちゃんと釣りができるようになりたいな。莉子ちゃん、電話してや?」


「ええよ。遅ならんうちにかけるわ」


 蓮水はそう言ってすぐにマイクの名刺を探し、コーチをしてくれるように頼んだ。面倒だが農場まで来て欲しいと伝えると、マイクは快く引き受けてくれた。農場へのアクセスは蓮見が丁寧に説明した。朝の六時に農場に着くように行くと言った。


 二人は少し早かったが、夕食の準備を始めることにした。


「なぁ、莉子ちゃん、さっきの魚焼いてくれへんか?私はカレー作るから」


「焼くのはええけど、カレー作るのにどれくらいかかる?」


「三十分ぐらいかな。あとご飯炊かないかん。基本、フィッシュカレーはサラサラやから、こないだ買うたジャスミンライスの方がええわ。ジャスミンライス炊ける?」


「普通のお米と一緒ちゃうの?」


「普通のお米は水から炊くけど、ジャスミンライスは沸騰してからお米を入れるんや。あとは一緒。お米と水は一対二ぐらい」


「何分くらい炊いたらええ?」


「三十分くらい。あとはかき混ぜて蒸らして」


「了解。魚はカレーができてからやくわ。すぐ焼けそうやし」


 二人はフィッシュカレーと焼き魚を作り、またビールとワインを飲んで、あまり奥の深くのないフライ談義をして早めに床に着いた。


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