28 猟銃(りょうじゅう)
翌朝、蓮見が目を覚ますと、また三木が目玉焼きを焼いていた。
「おはよう、莉子ちゃん。またグラノラ用意してくれる?」
「奈央ちゃん、マフィン食べな悪なるで。私はベーグル食べるわ」
「ほんまやな、忘れてたわ。ベーコンも焼こか?」
「うんそうしよ。こっちのベーコンは日本のと違って加熱してから包装してる訳や無いからちゃんと焼きよ」
「ベーコンはよう焼くがな。心配せんでええ。莉子ちゃんにちょっとだけ聞いて欲しいことがあるねん」
「うん、ええよ。何に関することや?」
「銃の扱い」
「わかった。食べてからでええやろ?」
「それでええよ」
「たいそうなことか?」
「いや、全然。安全に使うための話と飛んでくるクレーをどうやって狙うかの話。射撃場に行ってしもたらついおざなりになってまうからな」
「まぁ、安全に関してはよっぽど非常識なことせん限り問題はねいねんけどな、そもそも銃自体あんまり触ったことないやろ?」
「ないなぁ」
「まぁ、取り合えずベーコンも焼けたし、ご飯にしよ」
n意外なことにベーコンはカリカリに焼かれていた。食事が終わると三木がベッドの下から銃を出してきて、組み立てて、それぞれのパーツの説明をした。
「この前の木でできてる部分が先台いうてな左手で支える部分や。極端に前を掴んだり、後ろを握ったりせんかったら、持ちやすいところに手を添えたらええよ」
「奈央ちゃんが舐めるところやな」
「しつこいな、もうええて。それで握り方やねんけど、ぎゅっと掴むんやなしに添えるぐらいにしたほうがええねん。私はそうならんように人差し指を銃身の方向に向けて握ってる。まぁ、こういう感じやな」
三木は先台を自ら握って見せてみた。
「この時に残りの三本の指が軽く浮いてる感じな。好き好きではあるんやけど、大抵の人がそうしてるし、指を全部使うてしまうと撃ってるうちに手首が疲れてくるし。右手はここの部分を握るんや。こっちもあんまり力入れんでええから」
そういってグリップの部分を握って見せた。
「ここで一番気ぃつけなあかんのが、ここの丸なってる部分、用心鉄いうねんけどな、射撃準備が完全にできて声かける直前までは、ここに指は絶対に入れたらいかん。すぐに入れれるように用心鉄の上の木の部分に人差し指を添わしといたらええわ」
「声かけるて?」
「あぁ、クレーを放出してもらうのに掛け声をかけなあかんねん。クレーと発射させる人をプーラーいうから、本来は『pull』言うんやろうけど、『はっ』とか、『はい』とか、なんでもええ。ただ、間延びした掛け声ではどのタイミングで発射してええかプーラーがわかりにくなるから簡潔にな。ここでは私が飛ばすから、まぁ、ええねんけど、今後のためや。あと射撃姿勢は、普通はそんな姿勢とらんやろいうような格好でせないかん。最初は慣れんから戸惑うと思う。ちょっとテレビなんかで銃撃ってる姿想像して構えてみ」
蓮水は言われる通り銃を構えてみた。
「そうなるわな。まずな、足の開き方やねんけど、大体肩幅ぐらいがええ言われてるねん。あんまり広げすぎたら腰が回らんようになるからな。そのまま銃を右から左に回してみ」
蓮水は銃を右から左に動かしてみた。
左端の方になると姿勢が窮屈で回せなくなった。
「莉子ちゃんは今、足の幅が広すぎるねん。もうちょっと足の幅狭めて同じことしてみ」
確かにそうすると不自然な体勢をとることなく十分左側まで銃が回った。
「これも好き好きやから、実際にやってみてしやすいようにしたらええわ。それと銃の重さに慣れてないから仕方ないけど、体が後ろに反ってるねん。撃ったら必ず反動があるから上体は猫背気味にして、やや前傾しとかんと反動があるたびに姿勢が崩れるねん。感じでいうたら太い木を抱き抱える感じや。銃持っとくからちょっとやってみ」
蓮水は大きな木を抱き抱える格好をした。
「なぁ、縄文杉抱えてどうすんねん。そんなに手広げてどないして銃持つんや?」
「奈央ちゃんが大きい木いうから」
「両手で抱え切れるくらいの木想像してやってみて」
「こうか?」
「まぁ、そうやな。それで銃構えてみ。なんかちょっと変やな。なんでやろ」
三木は銃を構えた蓮水の姿を、周りを回って確認した。
「ああ、顔の位置がおかしいんや。顔は首をもうちょっと前に出して銃床の切り欠きから三分の一ぐらいのところにもってこなあかんわ。ちょっと銃貸してみ」
三木は蓮水から銃を受け取り構えてみせた。
「確かのその格好は普段せんな」
「せやろ。慣れたらどういうことないねんけどな。それと銃を人に渡すときはここのレバーを捻って、折ってからな。ここでは構わんけど、これも今後のためな。まぁ、何回かしたら慣れて自然にできるようになるわ。あとはおいおいやりながら教えるわ」
「色々ややこしんやな」
「物が物だけに怪我したら大ごとになりかねんからな。最初から慣れといたら大丈夫や」
「でも、楽しみや。銃触るんは初めてやし」
「用意して釣り行こか」
「奈央ちゃん、歯ぐらい磨いてから行ったらどうや。昨日もシャワーせんかったやろ」
「せやな、歯は磨いていこか。どうしても顔近づけないかんから息くさかったらいややろしな」
「それがなかったら磨かんのか?」
「いや、さすがに昼ごはん食べて昼寝する前には磨くよ」
二人はトラックに釣具と射撃道具を乗せて、昨日の池に向け出発した。
池に着くと二人は釣り支度をして、背を屈めて、そうっと池に近づいてみた。池の水面には随所にライズリングができていた。池の水は澄んでおり、中を覗くと大きな魚もいるようではあった。
大きな魚のライズはエサに口を開けてフワッと咥えて沈んでいくのに対して、小さな魚は水面をピシャッと尾で叩くような捕食をしているように見えた。単純に考えれば大きな魚のライズがあった地点に、魚に警戒心を与えぬよう低い姿勢のままでフライを投入すれば大きな魚が釣れる確率を増すのではあるが、未熟な二人はそれを思いつくこともできず、また、上手にこなす腕前もなかった。
結局、その日も前日と同じように池の端に行ってフライを投げては小さな魚を釣ることしかできなかった。
「大きいのもおるのになんで小さいのしか釣れんのやろか?」
というのが二人の疑問でもあり、また結論でもあった。
釣りを終えて二人は射撃場に行った。三木はトラックから銃を降ろし、銃架に乗せて、装弾は銃架の隣にあるベンチに置いた。左右の放出機に十分なクレーピジョンがあることを確認して、プーラーハウスにあるメインスイッチを入れた。プール、マーク、ダブルと問題なく放出されるのを確認すると、三木は一番射座まで蓮水を連れて行きリモコンを渡した。
「とりあえず、私が撃ってみるから、最初にTのボタン押して、PullいうたらDのボタン押してくれる?」
三木は左上方に一度銃を構えてから少し下げ、待機姿勢をとった。
Pullの掛け声をかけると二秒ほどして、頭の上のプールと真向かいのマークの両方のハウスからクレーが飛び出した。その瞬間に初めに構えたあたりで一つ目のクレーを撃破し、すぐに銃の向きを変えて正面から飛び出したクレーも撃破した。
「奈央ちゃん、すごーい。でも、二ついっぺんに飛び出すんか?」
「いや、ちょっと自慢したかっただけや。初めは一つずつ、待ち時間もなしで練習するよ」
「奈央ちゃんの見てたら簡単そうやったけど」
「そら、十年以上もやってたら多少はうまなるがな。心配せんでもそう簡単に当たらへんて。とりあえず銃持って構えてみ。最初は向い矢いうて、前から飛んでくるのを撃っていくからな」
蓮水は三木から銃を受け取り射座に立った。
「まず、クレーは毎回、おんなじコースを飛ぶからな。あの向こう側に見えてる四角い開口部から飛んでくる。かまえる位置は開口部の下の線とおんなじ高さで左側三メートルぐらいのとこな。ハウスの真ん中ぐらいのところに棒が立ってるやろ。あれがセンターポールや。向かいのハウスから出たクレーはセンターポールの真上、ポールの長さの四倍の位置を通る」
「絶対にその位置に来るんか?」
「まぁ、風向きやなんかで多少の誤差はあるかもしれんけど、絶対や」
「ほな、そこで待ってたら必ず当たるんやないか?」
「そら理論的にはそうやけど、それではほぼ当たらんと思うで。試しに撃ってみたらええわ。その前にちゃんと狙うた方向に飛んでいくか確認するから、後ろの盛り土のちょっと黒なってる部分を売ってみてくれへんか。ほら、これが弾や。下の方の穴に入れてや。下の穴から弾が出るようにしてある。それと引き金の前にある小さいレバーみたいなんは触ったらあかんで。バレルセレクターいうねんけど。それ動かしたら弾が上から出るようになるから空撃ちのなってまう」
「そうなんや。上から先に出るように思てた」
「別に上から先に出してもええねんけど、普通は下から出すな。たまに上から出す人もおるらしいけど、見たことない」
「わかった」
「かまえは昨日教えた通りにしたらええ。まぁ、かまえてみ」
蓮水は言われた通りに構えてみた。
「ちょっと体が後ろに反ってる。もうちょっと前傾姿勢で、背中も昨日言うたみたいに木に抱きつく感じな。今はええけど、用心鉄の中に指入れるんは射撃準備が完全にできてからな。それと前についてる赤いの、照星言うねんけどな、それを狙う場所の直下に置いてな。まぁ、それで撃ってみ」
蓮水は言われたところに向かって引き金を引いた。
「痛っ!」
狙ったはずの場所の少し上から土埃が上がった。
「ほっぺたやろ、大丈夫か?今、引き金引く前に顔が上がった。それと同時に銃も上向いたから上に当たった。ほっぺたは銃床から浮かしたらあかん。しっかり押し付けとかんと反動で顔打つし、狙点が変わってしまう」
「多分、大丈夫や。びっくりした方が大きい」
「耳栓も忘れたな。ちょっと取ってくるわ。耳栓せんかったら、耳悪なるからな」
三木はガンケースに入れた耳栓を持ってきた。
「くりくりして細してから耳に差し込んで。もういっぺん同じとこ撃ってみて」
蓮水は顔を上げないようにして撃ってみた。
多少はずれてはいたものの大体黒いところに当たっていた。
「ちょっと実際に撃ってみよ。どないする?センターポールの上で待って撃ってみるか?」
「とりあえずそうしてみる」
「ほな用意ができたらなんでもええから声かけて」
蓮水はセンターポールの上方に銃を向け、はいっ、と言った。カシャンという音と共にクレーが飛び出し、センターポール上を通過する瞬間に発射音がした。クレーはそのまま飛翔を続けプール側の瓦礫の中に落ちて壊れた。
「だいぶ後ろの方を撃ってるで。そんな狙い方してもあかんて。そもそもクレーを撃破する位置が違う。今はクレー一つでしてるけど、将来的には二つ出てきたクレーをいっぺんに撃たなあかんねんから、センターポールの手前で撃破する癖をつけとかないかん。今度は私がいうようにしてくれるか?」
「うん、わかった。どうしたらええ?」
「まずな、放出口の一番下のラインに照星を向けてくれる?」
「これぐらいでええか?」
蓮水は放出口を狙って構えた。
「うん、そのまま左に三メートルほど先に銃向けて」
蓮水は言われる通りの位置に銃を向けた。
「そこが最初に銃を向ける位置や。この位置でpull言うてコールして、クレーが出た瞬間にクレーが飛んでいく軌跡の上に照星を持っていってドンや。ただ、クレーは常に動いてるから、ここの場所やったらクレーの三十、四十センチ先ぐらいに照星がないと後ろを撃ってしまうことになる。あるいはクレーの後ろに銃あげてもたら、追い越して三十センチぐらい先に持っていってドンな。上のレバーを右に倒して、さっき撃った空薬莢を取り出してくれるか。まず、左手を先台に添えて、銃床を脇に挟んでレバー倒して、それから先台持ってる手を銃身の辺までずらして曲がる方向に折って」
言われる通りにすると下の銃身から先ほど撃った空薬莢が後ろにピョンと飛び出した。
「空薬莢に関しては気にせんでええ。私が拾とくから。これ、新しい弾やからさっきと同じように装填して、準備したらコールしてな」
「はいっ」
蓮水は三木に言われたようにクレーの飛ぶ軌跡に合わせて銃を挙げたが銃口ははるか上方を向いており、また、発砲した時点で銃の動きが止まったため、銃弾はクレーの上後方に飛んでいった。
「さっき言うの忘れてたけど、撃つときに銃を止めてしもたらクレーの後ろ撃つことになるから、銃は必ずスイングしながら撃たないかん。ちょっといっぺん、私に撃たせてくれへんか?銃折って排莢してくれる」
銃を折って空薬莢を飛ばすと、今度は三木が上手にキャッチした。三木はリモコンを蓮水に渡し、pull言うたらMのボタン押してなと言って、銃に弾を装填して、pullと言った。クレーが飛び出した瞬間に三木の構えた銃の銃身が綺麗な弧を描くように動き、センターポールの手前でクレーの軌跡と重なった瞬間に発砲し、銃をクレーが辿るはずだった軌跡をなぞるようにスイングさせた。クレーは散弾が散開した中心部で破砕されたようで綺麗に砕けた。
蓮水は同じ場所で二十発、もう一箱の二十五発を撃ったが、結局、割れたクレーは二個だけだった。
「まぁ、初めはこんなもんや。まだ撃てる?」
「撃てんことはないけど、左腕がガクガクや。肩も痛いし」
「ほな今日はその辺にしとこ。一回だけ、私に撃たせて」
三木はそう言って、リモコンの使い方を蓮水に説明し、射座に向かった。三木は五番ダブルのプール、二回目四番の二巡目ダブルでマークを外し、二十三個を破砕した。
「すごい、奈央ちゃん。なんでそんなに当たるん?」
三木はニコッと笑って
「天才やからな」
と答えた。
「ほんまにそう思うわ」
「いや、先生の真似してみただけや。先生やったら全部割って、同じこと言うわ。私は十年間、休みの日はほぼ毎日射撃場に通ってたから上手になっただけや」
「一人で行って寂しなかったか?男の人がほとんどやろ?」
「たまに女の人もおったで。それに先生が病院抜け出して、しょっちゅう来てたし、休みの日には長時間はおらんかったけど、大体来てたから寂しいいうことはなかった。非常勤になってからは行くたびにおった気がする。そのちょっと後からは猟も始めたから、冬場はよう山に行ってた。大がかりにはせんかったから、ほとんど銃もってハイキングしてただけやけど」
「それはそれで楽しそうや」
二人は一旦、ファームハウスに戻り、昨日のカレーの残りを食べ、昼寝をし、目を覚ますとビールとワインを飲んだ。
あまりお腹がすいていなかったので、スーパーで買ったおつまみ類を夕食がわりにした。




