26 必要経費(ひつようけいひ)
「結構、高こついたな」
「そら奈央ちゃんが高いもんばっかり選ぶからやん」
「せやかて、良さそうやな思うたら、みな高いんやもん。ファミリーのカードで買うたから、大丈夫や」
「それ自体大丈夫なん?」
「必要経費や」
「どこが必要経費なんよ」
「まぁ、ええがな」
「せやけど、あんな難しいもんや思わんかった。初めはどないなることやろ思うた。マイクの教え方がええからなんとかなった」
「帰ったら忘れんうちに練習せなあかんな」
などと話しながらメスベン方向に来た道を戻って行った。
ラカイア・ゴージュにさしかかる頃に三木が言った。
「なんや疲れたからメスベンでご飯食べて帰れへん。マイクの店に長居したからお昼食べ損ねたし」
「賛成、どこ行く?」
「どこて、ブラウンパブとブルーパブしか知らんがな。まぁ、行ってみてから決めよ」
ラカイア・ゴージュを超えマウントハット・ステーションを左に曲がり、再び二人はメスベンの街にやって来た。
「あっ、あそこやってるんちゃう?」
街に入り、レースコースを超えてすぐの右側に電気のついた店があった。
スキータイムというその店はブラウンパブよりもかなり小さい造りであったが、少し高級そうに見えた。二人は店の横の駐車場に車を停め、店に入って行った。
店はデミグラスソースのいい匂いがした。
「今日はあんまり飲まんとこな」
「うん、わかってる。帰れんようになっても困るしな」
三木は手を振ってウェイターを呼んだ。
「We’ll have a Speights jug and menu, please」(スパイツ、ピッチャーで)
「ちょっと奈央ちゃん、言うてるはなからなに頼んでんのよ」
「二人で飲んだら大した量やないがな」
「そらまぁ、せやな。まぁ、ええか」
ウェイターがメニューを小脇に挟んでピッチャーとジョッキを持ってきた。
「Enjoy!」
「Thanks」
ウェイターはいったんさがった。
「莉子ちゃん、なに食べる?」
「せやなぁ、こないだステーキ食べたから、今日はラムにしよかな。ラムシャンクとラムラックとどっちがええやろ?」
「夏やし、ラムラックやろ」
「季節関係あるか?」
「いや、なんとなく」
「ほな、ラムラックにするわ。奈央ちゃんは?」
「私、サーモンステーキにするわ」
今度は蓮水が手を振ってウェイターを呼んだ。
「Could we have lamb rack and Rakaia salmon steak, please?」(ラム・ラックとサーモンステーキください)
「OK, Ma’am」(承知しました)
「Both cooked rare, please」(両方ともレアで)
「Got it」(はい)
「ちょっと、また勝手に決める」
「焼き足らんかったら、焼き足してもろたらええがな」
「ラムはええけど、サーモンのレアて」
「莉子ちゃんかて、回転寿司行ったら炙りサーモン食べたりするやろな?」
「そらそうやけど、生焼けのサーモンステーキて聞いたことないで」
「大丈夫や。あんまり焼いたら硬なるがな。シェアしよな」
「生焼けのサーモンをか?」
「食べてみてから決めたらええがな。そういえば、昔、先生が言うててんけどな、れなさんがラムを冷凍やなしにチルドで日本に輸入したらしいわ。そしたら、インド人とか、ムスリムの人に人気が出たらしいで。ここのラムはどやろか?」
「なぁ、ここのラムは基本的に生やろ。ここで生産してるんやから」
三木はポカンとした顔をして言った。
「莉子ちゃん、かしこいなぁ。ほんまやなぁ」
「いや、ちょっと考えたらわかるやろな」
しばらくすると料理が運ばれてきた。ラムはオーブンで焼かれていて、切り分けられた肉は内部が程よく赤みを帯びていた。サーモンも中心部が少し生で口当たりも良かった。
この日、二人はフライフィッシング談義に終始した。フライフィッシング談義とはいえ、昼間、少しキャストを習っただけだったので、第三者が聞いたらなんの話をしているかわからないような内容だった。
三木は飲酒量を自制したようで、ピッチャーが空になっても次を頼むことはなく、問題なくトラックを運転し、ファームハウスに帰り着くことができた。
「ちょっと飲み足らんな。ワインでも飲めへん?」
「それはええけど、ちょっと先にシャワー浴びてくるわ」
蓮水はそう言って、着替えを持ってシャワールームに入って行った。蓮水がシャワーから出てくると、ワインの用意はされていたが、三木はソファーで熟睡しており、蓮水は三木にタオルケットをかけ、自分は一杯だけワインを飲んでベッドルームに行き眠りについた。
翌朝、蓮水が目を覚ますと三木が目玉焼きを作っていた。
「おはよう、莉子ちゃん。卵はどの程度焼いたらええ?」
「奈央ちゃんと一緒でええよ」
「こんな感じやけど、これでええか?」
三木はフライパンの上の目玉焼きを蓮水に見せた。
「うん、それぐらいがええ」
「グラノラとヨーグルトでええか?」
「ええよ。用意するわ。コーヒーか紅茶はある?」
「それがな、昨日も一昨日も外で食べたから、ないの気づかんかったんや。あとで買いに行かないかんわ」
「ほな、水入れるな」
「うん、お願い」
二人は簡素な朝食の席についた。
「奈央ちゃん、シャワー浴びんでもええの?」
「えっ、このあとフライの練習するやろ。どうせ、汗かくから今はええわ」
「昨日かてシャワーせえへんかったやん」
「まぁ、後でするわ」
「ネチっとして気持ち悪ないん?」
「いや、大丈夫やで。先生も週一回ぐらいしか浴びてなかったで」
「絶対嘘や。お見舞いに来てくれた時もさらっとした髪してたで」
「ああ、頭は二、三日に一回ぐらいは洗うてた。前に病院のアル綿で先生の首を拭いたら真っ黒になった」
「アル綿てなんや?」
「注射したりする時に使うアルコール浸した綿やがな」
「なんや汚いな」
「エスキモーは風呂に入る習慣さえないて」
「いや、エスキモーちゃうがな」
「そのうち入るがな」
「まぁ、ええけど」
「それより練習した後でティーバッグとインスタントコーヒー買いに行くん覚えといてな」
「奈央ちゃん、コーヒー飲むんか?」
「いや、ほとんど飲まへん」
「ほな、ティーバッグだけでええわ。私もコーヒーは飲まへん」
二人は朝食を終え、汚れた食器類を食洗機に入れた。
「なんでこれ日本では普及してないんやろ?便利やのにな」
「こういうのが買える家庭では漆器とか、上等な食器使うからあんまり売れんのやないやろか」
「まぁ、確かに和食は器も入れて料理が完成するしな。せやけど、日常の食事でそこまで凝る美食家がそないようけおるやろか?」
「私はファミリーの仕事始めてからそれなりの収入が入るようになったけど、それまでは中の下くらいの生活やったから無縁やな。まぁ、農産物は採れたてやし、漁港もあるから、それなりに美味しいもんは食べてたはおったけど、器にまで凝る余裕はなかったし、共働きやから母が料理にかける時間には限度があったしな」
「うちはお父さんがサラリーマンやし、母親も建築士事務所に勤めてたから、そんな凝ったもん食べたことないわ。子供の頃は母親の収入の方が多かったし。有情先生はどうやった?」
「あの人はぼんちやからええもんの味は知ってた。ただ、食いもんに御託並べるんは好きやないいうて美食家ぶったことは一切、言うたり、したり、せんかった。聞けば教えてはくれたけど。利太さんはどうや?」
「利太さんは美味しいとこ、よう知ってるけど、高級店やなくて適切な値段でええもん出す店を選ぶな」
「あの親子はちょっと変わってるから、一般的な指標にはならんな」
「主税さんはどうやった?」
「主税さんは海外でなんか料理してくれたことがある。上手に料理するけど、材料、特に肉に関しては一切説明せんから、なんの肉かわからんかった。雑味がなかったから草食獣やとは思うけど、牛や豚ではない。まして羊や山羊でもない。今まで口にしたことのない味やった」
「人肉やったりして」
「いや、ヒトは雑食やからどうしても雑味が出ると思う。百パーセント否定はできんけど、そもそも普通食うもんやないからわからん。肉の大きさからして、小型のシカか、未成長のシカやと思う」




