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22 パブ

 ブラウンパブは地元の人たちで結構賑わっており、観光客然とした二人の方が目立った。


「車やからビール飲めんな」


「私が運転しよか?」


「それやったら莉子ちゃんが飲めんがな。ちょっと待ってよ。あの人らどうするつもりやろか?」


 その時ちょうど男性二人組が店から出て行くところだった。二人とも結構酔ってそうだったので、三木は店の入り口から出て様子を見た。二人は別々にトラックと乗用車に乗って帰って行った。


「今の人ら、普通に車乗って帰ったで。多少飲んでも大丈夫なんやないか?」


「店の人に聞いてみたらどやろ?」


「さすがに店の人はあかん言うんちゃう?」


「まぁ、とりあえず聞いてみよ」


 三木は手を振ってウェートレスを呼んだ。


「Can we have menu, please. And may I ask you a little thing?」(めにゅーと、それとちょっと聞いてもいい?)


「Sure」(もちろん)


「Is it OK to drink before driving here?」(運転する前に飲んでも大丈夫ですか?)


「Where are you going back?」(どこまで帰るの?)


「Just to the foot of the mountain there」(そこの山裾まで)


「Ok. Of course, drink and drive is prohibited but two or three sips are fine.」(もちろん、飲酒運転は禁止されてるけど、二、三杯なら大丈夫ですよ)


「Thanks. What are they drinking over there?」(向こうの二人は何を飲んでるんですか?)


「It’s Speights」(スパイツですよ)


「OK. Please bring us two bottles」(じゃぁ、同じの二本で)


「Sure. Menu’s coming」(わかりました。メニュー持ってきますね)


すぐに2本のスパイツとメニューが来た。


「お疲れ様、莉子ちゃん。乾杯」


「お疲れ様」


「莉子ちゃん、何食べる?」


「サーロインステーキにしよかな」


「あっ、そう言えば、昔、先生がN国で肉食べるんやったらヒレステーキの方がええて言うてたで」


「なんでやろ?」


「サーロインは脂身が削ぎ取ってある上に固いて」


「ほな、私はヒレステーキやな。奈央ちゃんは?」


「ステーキはちょっと分けてもらうとして、フィッシュ・アンド・チップスにしよかな。莉子ちゃんも味変えにつまめるし」


「うん、そうしよ」


 三木は再度ウェートレスを呼び、ヒレステーキとフィッシュ・アンド・チップス、ビールのおかわりを注文したら、またインド人には見えないが、インドから来たのかと言われた。ステーキの焼き方を聞かれたのでブルーと答えた。


「ちょっと、奈央ちゃん。私はステーキの表面が多少香ばしい方が好きやねんけど」


「N国のビーフはグラスフェッドで固うて、臭いからブルーがええらしい」


「それは有情先生の主観やろ」


「莉子ちゃんも追悼会で生肉食べて美味しいいうてたやないか」


「あれはれなさんが輸入した、特別に肥育したいう完全グレインフェッドのビーフやいうてたやん」


「れなさんは近くに住んでるんやけど、あんまりようは知らんのや。随分前に一回だけしか会うたことないし。ひと世代年上やし。ミナミの酒場で逆ナンされた言うてた。頭のええ人で実地研修も難なくこなしてた。それだけやなしに肝も座っとって、躊躇いもなかった。撃たれ役を演じてた私が言うんやから間違いない。そもそも私の先生が暗愚な女に惚れるわけがない」


「いやいや、れなさん自体の個人情報は肉の焼き方と関係ないがな」


「焼き足らんかったら、もうちょっと焼いてもらえるけど、焼きすぎてたら元へは戻せんで」


「かしこいな、奈央ちゃん」


「当たり前や。何年看護師してる思うてるんや」


「それはあんまり関係ないような気がするけど」


 料理が運ばれてきた。


「ちびちび瓶で飲むより、ピッチャー頼めへん?」


「せやけど、車はどうするん?」


「ビールだけやったら大丈夫やろ。暗ろなってから帰ったらええがな」


 三木はウェートレスに、Jugを持ってきてと頼んだ。


 三木と蓮水はそれぞれの料理をシェアして食べた。蓮水は特に焼き直すことは頼まず、ほとんど生の肉を食べた。酔いが回ってくると三木が蓮水に言った。


「莉子ちゃんは男の人と性的な関係を持ったことはあるんか?」


「そらあるよ。なんやの急に?」


「私はないんや。四十前にもなって変やろ?」


「変ではないけど、なんでやの?」


「高校は田舎の高校やったし、大学は結構真面目に勉強しててん」


「それと性行為は関係ないやろな」


「モテるタイプでもなかったしな」


「私は今の奈央ちゃんしか知らんから、ちょっと想像がつかへんわ」


「これはファミリーの仕事するようになってからの話や」


「奈央ちゃん、きれいやし、若う見えるからきっと好きな人できるよ」


「うーん、でもな、これは私の問題でもあるんや。先生が健在な頃はいずれ先生と、と思うて過ごしてきた。おらんようになってからは、私の妄想かもしれんけど、もっと大きい存在になってきてな。若う見えるんと若いんとは違う。いまさら適当な人見つけて一緒に過ごす気にはなれん。金目当てで近づいてくる人もおるかもしれん。そんなんははなから相手する気もないけど、万が一、見抜けんかってもファミリーに確実に排除される。あの主税さんのことや、どれくらい残酷なことするか想像に難ない」


「せやけど、なんで奈央ちゃんが好きになった人に対して、そんな仕打ちをするんや?」


「そら、私のためにしてくれるいうこともあるやろけど、それ以前に先生がいっぺんでも好きになった人に対して、そんな邪な気持ちで近づいて来た奴に対して許しを与えるほど寛容やない。あの二人はあれでも先生のことは尊敬してるんや。残酷なんは趣味的な要素が多々あるとは思うけど。それにあの『なおさわだらn』の件や。ここに住まなあかんことになってもたら、それこそ四面楚歌や。あんな人里離れた所におったら存在すら誰にも分かれへん。しかもあの農場に住まなあかん確率は高い」


「でも事情がわからんから奈央ちゃんに行け言うてたやん」


「追悼会があったんが九月の終わりや。すぐに事情が知りたいんやったら十月中に行けとか、場合によっては来週に行けとか言うはずや。今年中に行け言うたんは私が自分の銃を持っていくことが分かっててそう言うたんや。わざわざ、れなさんが農場内で先生が発砲してたて言うてたことを伝えてきた。それは私が銃の持ち込みの許可を取る期間を計算した上や。その間に一旦は自分で農場に来てるはずや。その上で私が農場にとどまるなんらかの物証を探してるに違いない。もし来てないとしたら、元々、そう言う何かを持ってるに違いない。もちろん、振り込みの件やとか、私自身の個人情報に関することは主税さんではどうしようもないから、私がここに来なあかんことには変わりはないんやけどな。Three Cedersに関しては多分、いや、百パーセント私名義や。せやなかったら私名義でそこに送金する意味がない。その会社が買ったここの農場は私と先生が一緒に過ごすためのもんや」


「それは間違いないんか?有情先生と奈央ちゃんの関係自体をよう知らんからなんとも言えんけど、れなさんがオーナーになった方が何かと便利なんやないの?」


「間違いない。論理的に考えたらそうなるんや。そら、れなさんがオーナーになることはできるやろ。でも、れなさんと先生がここで一緒に暮らすことは出来へん。れなさんにはビザが多分おりへん。年齢的に難しい。先生は引退を考えてた。M市民病院もちょうど莉子ちゃんが事故に巻き込まれた頃に辞めてる」


「先生がThree Cedersの代表者ってことはないの?」


「可能性はないことはない。せやけど、先生は年齢とか、投資額と関係なくビザは降りる。先生は美和子さんの配偶者として申請すればしまいの話や。それにもし送金するにしても直接、美和子さんに送金したらええだけのことや。他に誰か女のひとがおった仮定しても、その人の名前で送金せな意味がない」


「奈央ちゃんも先生は持続可能な関係を望んでる言うてたしなぁ」


「そこなんや。先生が、私がなんか妙なアクションを起こした時には私をここに送り込め、いうようなメッセージを残してるけど、もし私が何もアクションを起こさんかったら、ここに来さす理由はなくなる。妙なことして送り込まれてもここにとどまる確実ななんかがなかったら、先生がおらんようになった今、また日本に戻る可能性もある。私が落ち着いてから日本に戻っても特に誰かが困る訳ではないんや」


「有情先生とのコンビがなくなっても奈央ちゃんは看護師を続けてたか?」

「そこはなんとも言えん。それまでも先生以外のお医者さんとも普通に仕事はしてたんやけど、先生の訃報を聞いてから今ひとつ集中できんようになってたんは事実や」


「それを見越しての話とか?」


「それはあるかもしれん。せやかて、私が農場の仕事をすることになったとしても、私には子供がおらんから後継者もおらん。そんな私を一時的に農場のオーナーに据える必然性がわからん。確かにすみれちゃんは獣医志望やけど、獣医は農場の管理のごく一部を担うだけや。他の仕事の方がたくさんある。うちは農家やからその辺はよう知ってる。先生が高校生の将来を限定させるようなことをするとは思えん。まぁ、考えてばっかりしてもしゃあないわ。飲も、飲も。せや、持ってきてる銃をちゃんとしたロッカーに入れときたいから、帰ったらロッカー探すん手伝うてな。どっかにあるはずやから」


「奈央ちゃん、猟銃持って来たんか?」


「さっき言うたがな。人の話聞いてるか?」


「ちゃんと聞いてるよ。奈央ちゃんが男の人と関係を持ったことない、いう話ししてたのに、途中から脱線して、ファミリーの難しい話をしだしたんやがな」


「まぁ、せやな。莉子ちゃんはまだ実地研修も受けてない新人やもんな」

「その実地研修がどんなんかすごい気になるねんけど。奈央ちゃん、打たれ役したいうてたよな。何で打たれたんや?」


「拳銃やで」


「はぁ?実地研修て、そんなもん使うんか?」


「せやで。最後に自分の使う拳銃も決めなあかんで。莉子ちゃん、私のとお揃いにしよな。れなさんも色違いやで。れなさんのはいっぱい絵が書いてあるけどな」


「どんな絵?」


「確かヒナギクやったと思う」


「奈央ちゃんは普段、そんなもん持ち歩いてるんか?」


「そんなわけないやん。そんなことしたら重罪やがな。日本国内ではさわりもせん」


「どこで使うんや?」


「それは危険な国に行った時に念の為、持っていくだけや。実際に使いかけたことが一回あったけど、主税さんに止められた。もっと残酷なことするためにな。せやから、いっぺんも使うたことない」


「なんや聞いたことあるな」


「前なんかの時に話したような気がする。莉子ちゃんは利太さんが担当するはずやし、危険なとこ行くわけやないからちょっと撃ってみて、選ぶだけやと思うで。まぁ、通過儀礼や思うて気楽にしたらええよ。今度、農場の射撃場で私の猟銃を撃ってみたらええ。ある程度は感覚がわかるから」


「危なないんか?」


「そら人に向けたら危ないけど、普通に撃つ分には危なくはないよ。それより割れたクレーが自分の方へ飛んでくることがあるから、そっちの方が危ない」


「うん、ロッカーと弾薬庫探して撃ちに行こ。楽しいで」


 そんな調子でピッチャーも二杯空け、その後にギーセンのワインも一本あけ、帰る頃には長いフライトの疲れも加わって相当酔っ払い、どう考えても車を運転できる状態ではなくなってしまった。


「Where about the foot of the mountain are you from?」(どこの山裾から来たの?)


「Three Pines Station」


 その会話を聞いていた老人がスリーパインズステーションのオーナーは美和子ではないのかと聞いてきた。老人は美和子とは知り合いだと言った。


「I’ll take you back to the station. I’ve been a good friend of Timoci, how’s he been?」(農場まで載せていくよ。ティモシーは元気にしてるのか?)


「Who’s Timoci?」(ティモシーって誰ですか?)


「Masashige, his real name 」(まさしげ、本名はそう)


「Unfortunately, he passed away several months ago」(彼は何か月前に亡くなりました)


「I’m sorry to hear that. They have a daughter, don’t they? How’s she been?」(それは残念だね。娘さんがいたはずだけど?)


「She’s serving for UK military service as an army surgeon」(香澄ちゃんはUK軍で軍医をしてます)


「I remembered my good old days」(懐かしいねぇ)


 ウェートレスは、Thank you, Mossy、と言った。


 モシーと呼ばれた老人は寂しそうな顔をして頷いた。




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