客人にて
さて。
そして此の時、此の瞬間。
此処に来た者は、二通りの行動に別れることになるので御座います。
一つ目は、廃墟巡りに来た者達に多いことですが
「期待外れであった」
と早々に踵を返し、帰宅するという方々です。
其れも、そうでしょう。
廃墟を見に来たのに、在ったのは喫茶店だったとあれば、笑い噺に違いありません。
では、もう一つは何なのか。
其れは意を決して、店に入り、料理を注文するという者です。
ですが、此方の方が一般的です。
入る前に必ず一悶着ありますが、結局は身から出る好奇心に打ち負け、喫茶店の扉を叩き、料理を注文するのです。
では。
此処で、一悶着の例を三名ほど、挙げてみましょうか。
一人目は、其の喫茶店があまりに幻想的であったが為に、其の光景に目を奪われ、意識を奪われ、気絶なさいました。
二人目は、其の光景を目にして
「魔法のようだ」
と言い残し、数秒沈黙なさいました。
其の後、同行者に此の景色が現実であるのか確認するために
「平手をしてくれ」
と頼み込み、最終的には右の頬に紅葉模様を作り上げたようで御座います。
食事の際に、飲み物が染みると、ぼやいておりました。
三人目は、前の二人とは異なり、一見すると、何も変わりない仕草や言動をしておりました。
しかし、食事が運ばれてきた際に奇声を挙げながら、店主に感謝の言葉を述べておりましたので、矢張り動揺していたのでしょう。
話していた言語が、日本語ではなく外国語だったことが、其の証明です。
如何です?
此れが、此処の日常です。
ああ。
何と数奇で頓痴気な日常でしょうか。
しかし此れだけでは、御座いません。
そう。
此のお店には、或る規則が存在するので御座います。
意外ですか?
そうでしょう。
さて。
其の規則とは
「此の店に入った瞬間から、悪事を働いた人間であれ、善行に勤しんだ人間であれ、問題行動を起こさない限り、等しく客人である」
というものです。
ええ。
此の店では、善も悪も関係ない。
問題行為を起こさなければ、誰でも受け入れる、という店主の粋な心意気の表れなのです。
しかし此の心意気は、普通ではあり得ないのかもしれませんね。
まあ。
店主の言い分としては
「第一、此の店に辿り着く人が少ないですから、問題ありませんよ」
とのことでしたが。
まあ。
実際、此の規則は影のように薄く、殆ど存在していないも同然ですから。
此れには、店主は何も言えないでしょう。
けれど、規則は在って困ることでは御座いません。
もしろ、無ければ困るものなので御座います。
そして勿論。
違反者にはきちんと、罰則、制裁が用意されております。
しかし、嬉しきことに記念すべき一人目が未だに現れていないものですから。
何の罰則があるのか、誰にも分らないのです。
第一、自分の首を自分で絞めるような愚か者は、此の場所には訪れません。
其のような者、此の外見を見た瞬間、興味を無くして立ち去ります。
此れも、お店の治安安泰の理由なのでしょう。
さて。
此れらの規則を理解した時。
来客は初めて、喫茶店へ入店の許可を得るので御座います。
客が、店を選ぶのでは御座いません。
店が、客を選ぶのです。
そう。
今迄の来客への対応は、客人ではなく訪問者という扱いだったので御座います。
混乱される方も、いらっしゃるかもしれませんが、此れも知られざる規則の一つなので御座います。
さて。
では、此のような規則があるお店の内装、如何様な姿をしているのか。
気になった方もいることでしょう。
しかし、其の前に暫し休息を。
なにしろ、休みなく噺を続けておりましたから。
喉が砂漠のように干上がってしまいまして。
故に、大変勝手ながら、水分補給をしたいので御座います。
ああ。
何卒、皆様の前から姿を消す此の無作法を、お許しください。
おお。
許して、いただけるのですか?
ああ。
ありがとう御座います。
其の優しいお言葉に、わたくしの心は救われます。
其れでは、皆様。
縁もたけなわ、噺の佳境では御座いますが、しばしの別れで御座います。
ご安心を。
別れは、刹那の間で御座います。
ええ。
人の渇望が潤うように、わたくしの喉の渇きが癒えたとき、再びお会い致しましょう。
お読みくださり、ありがとうございます
それでは、続編をお待ちください




