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想い出  作者: 彼岸  章華


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混乱にて



二章



 なぜ、人生は苦痛と共にあるのだろう?

 私は唯、雄一郎さんの思い出を聞きたかっただけなのに。




 これは、向こう側の住人を鬼灯の明かりで迎えてから幾日か経った頃の事である。


 季節はすっかり色褪せて、畦道の紅い華が蜻蛉と舞踏(ワルツ)を踊る時期になっていた事を覚えている。



 そう。

 私は、何をするでもなく、喫茶店の草花を眺めていたのだ。


 すると、その時だった。


 今まで紅茶を飲んでいた雄一郎さんが、今までの会話とは一切脈略のなく

貴方(きみ)、今まで一切連絡を寄越さず、何をしていたのですか?」

 と、私に聞いてきたのである。


「え、気になるの?本気(マジ)で?」


 困惑、混乱、狼狽。


 この時の、私を示す言葉だ。


 なにせ私の頭は、雄一郎さんの言葉のせいで、まるで一枚の白紙のように、何も考えられなくなってしまったからである。


 しかし、これは当然の事だ。


 それ程、驚いたのである。


 その驚きようは、常日頃から取り繕っている仮面が跡形もなく砕け散り、昔の口調が顔を出してしまう程だった。

 

 そう。

 最早、取り繕った優雅さなど、地平線の彼方に消え失せていたのだ。


 だが、これも仕方のない事だろう。


 今まで雄一郎さんから学んできた作法の全てが、先程の衝撃で宇宙の渦に呑み込まれてしまったのだ。


 しかし、雄一郎さんは、そんな私の心境など、既に見透していたように、わざと、茶目っ気たっぷりに、こう言ったのだ。


「ええ。勿論、本気(マジ)ですよ」


 その言葉を聞いた瞬間に、理解した。


 ()()()()()()、と。


 なにせ、この時の雄一郎さんの表情は、常に浮かべている人の良さそうな笑顔ではなかったのだ。


 そう。

 その顔は、幼少期に流行っていた映画の悪徳商売人を連想させる、人を食い物にした胡散臭い笑顔だったのである。


 その瞬間、私は悟った。


 常日頃、察しの悪いと言われる私でも、ここまで解りやすいのであれば、察することが出来る。


 これは、確信的だろう。


 ()()()()()()


 本当に、すばらしい趣味の持ち主だ。

 他者の不安を肴にするとは。


「貴方は、相も変わらず、素晴らしい性格をお持ちのようだね。けど、そんなに気になるのかい?」


「ええ。とても、気になりますね」


「はあ、解ったよ。貴方がそんなに言うなら、嘘偽りなく、ちゃんと答えるさ。だけど、最初に一つ確認をしてもいいかな?」


 この世の中で、一等大事な事。


 それは、事前報告、事前確認、事前報告である。


 すると雄一郎さんは、私の言葉を聞いて、少し驚いたような表情をしながら

「確認、ですか?」

 と言ったのである。


「そうだよ。貴方だって、契約書に名前を書く時も、確認するだろう?それと一緒さ」


「それは、それだけの事をしたという自白と捉えても?」


「いやだな。言葉の綾だよ」


 誰が好き好んで自白などする物か。


「おやおや。これは、失礼しました」


「それで、確認なんだけど、貴方(あなた)の言っている、今までっていうのは、()()()()()()()()()って事で間違いないよね?」


 間違いがあっては、ならない。

 これ以上、墓穴を掘っては、ならないのである。


「ええ、その通りです。あの一件から随分と会えない日々が続きましたからね。貴方(きみ)がどのような日々を過ごしていたのか気になりまして」


 話の筋は、通っている。

 事実、あの時から私達は会う事が難しくなった。


 しかし、それでは私の頭には疑問が残る。その疑問とは先程の、胡散臭い笑顔の真意である。


 もし、この疑問や推察が、私の考えすぎであれば、問題ない。


 そう。


 単純に雄一郎さんが私に対して、会えない期間の長さから心配していたというのであれば、何も問題はないのである。


 ただ、罪悪感で私の心が痛むだけだ。


 しかし、相手は我が友人なのだ。

 それだけでは、終わる筈がないのである。


 なにせ、それなら電話で話せば良いではないか。


 態々、対面でお茶会を開く理由がないのである。


 何を、考えている?


 私の頭には、この疑問しか浮かばなくなっていたのだ。


 実はこの時、私はある不吉な予感を感じていたのである。


 そのためか、いつもの思考が出来なくなっていたのだ。


 その予感とは、とある出来事が原因で起こった自業自得の産物を雄一郎さんに知られる、というものである。


 しかし、この予感だけは、必ず避けなければならなかった。


 もし、雄一郎さんに知られれば、今まで築いてきた関係に亀裂を生み、絶縁を突きつけられる可能性があるからだ。


 故に決して、知られる訳にはいけないのである。


 そんな疑問と意地の狭間で呻っていた私は、再び雄一郎さんの顔を見た瞬間、一変した。


 冷水を掛けられたように体が震えたのだ。

 その感覚は、まるで、刃物を喉に突きつけられているような感覚だった。


 なぜ、震えたのか。


 単純である。雄一郎さんの顔から、笑みが、表情が、消えていたのだ。


 私はその瞬間、解ってしまった。


 ああ。

 雄一郎さんは、私の秘密にしている()()()を知っているのだ、と。


 不味い、まずい、拙い。

 予感が当たった。秘密を知られている。確実に、ばれている。


「そう、なんだね。あ、あのね。それなら、最初に言っておきたい事があって。その、いい、かな?」


 言葉が、詰まる。


「おやおや。なにか、ありましたか?」


 雄一郎さんは、わざとらしい口調と不思議そうな表情で、紅茶を飲みながら聞いてきた。


「あ、あのね。その、何を言っても、怒らないで下さい。お願いします」


 口調が、保てない。


「おや。貴方にしては随分と、元気のよい声ですね。余程、楽しい事があったのでしょう」


 ああ、確かにあったとも。

 貴方の察している通りの楽しさとは程遠い、苦しく、辛い出来事が。


「そうだね。それなら、話そうか。今まで私に何があったのか」


 その瞬間、覚悟を、決めた。

 知られて知るのだから、腹を括るしか方法はない。


 そう。

 ここ最近は平和的な日々を満喫している私だが、数ヶ月前は実に酷い物だった。


 特に、体調が酷かった。


 そう。

 毎日のように朝から晩まで、頭痛と腹痛の嵐(パーリナイ)だった。


 余りに酷かったものだから、風が華を散らせるように、私の道もこのまま散ってしまうのではないか、と恐れを抱いた程だ。


 あれは、苦悩を強いられた。


 最早、苦悩と言うより、苦痛の方が正しいのかもしれない。


 少なくとも、長いようで短かったあの時に起こった私の身に降り注いだ数多の出来事は、苦しい事には違いないだろう。


 それでは、話そう。

 この期間に、何があったのか。

お読みくださり、ありがとうございます


それでは、次回作にご期待ください

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