順誤にて
人には、必ず優先順位が存在する。
だが、人生における優先順位は、間違えても意味がない。
なにせ、間違えた事を知る術はあっても、挽回する手立てが存在しないのだ。
ああ。
本命の相手に、自分の想い人を知られていなかった時の安堵感……。
あの群青の色をした、春の匂いがする乙女のような心境を、今、理解した。
単純に、恥ずかしい。
だが、その言葉が導き出す、答えは有益だった。
なにせ私は、知識の共有を優先していた、だけなのである。
つまり、これが私の雄一郎さんとの会話で出生の話をしなかった理由なのだ。
いや。
これは少し、話を簡略化しすぎた。
もう少し解りやすく言うと……。
私は自分や雄一郎さんの幼少話に時間を割くより、様々な知識の習得の方が重要だと考えたのである。
理由は……。
今は話すべきではないだろう。
まあ。
今、大事な事は……。
雄一郎さんになら、普段は絶対に行わないであろう自分の出生を話す事も問題にはならない、と考えている事だろう。
まったく、珍しい事もあった物だ。
なにせ私自身が、そう思っているのである。
ああ。
だが、それにしても
「知識は、此の世で最も素晴らしい宝である」
と言った誰かには、感謝したい。
お陰で、雄一郎さんの想い出という知識を得る事が出来る。
だが、同時に……。
その宝の優先順位を間違った……。
つまり、自分の欲に忠実に生きてきた私に、罰を与えたい。
なにせ、そのような考え方をしていたから……。
雄一郎さんの想い出話を聞く事になるのが、出会ってから数年経った、今なのだ。
これは、少しは反省をした方が良いだろう。
まあ、後悔はしていないが。
なにせ、ここまで良好な関係を築いてこなければ……。
つまり、数年かけて構築してきた雄一郎さんに対する信頼がなければ……。
私は、このような考え方はしていないと思い直したのである。
まあ。
雄一郎さんに出会っていない私など……。
頭から茸と苔の生えた、根っからに知識欲の塊なのだから、それは想像するだけ無駄だろう。
けれども私は、決して雄一郎さんの幼少に興味がなかったわけではない。
言い訳のように聞こえてしまうが……。
私は彼の頭脳の知識がどのように形成されたのか、という事には出会った時から興味はあったのだ。
だから私は、今回の雄一郎さんの話を……。
まるで人生の師である心理学教授の講義を聞くような態度で、注意深く耳に全神経を集中させて聞くと、決めていたのである。
すると、雄一郎さんが
「それでは、続きを話しましょうか。そうですね。僕が住んでいたのは、所謂、田舎と呼ばれるような場所でした」
と、昔話を幼子に聞かせるかのような声で話を始めたのだった。
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それでは、続編をお待ちください。




