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想い出  作者: 彼岸  章華


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回想にて



一章



 過去の事は、過去の事。

 現在(いま)の事は、現在の事。


 過去と現在は地続きであり、数多ある過去の選択の結果が、現在を象っているのである。


 私は、とある過去の出来事から、この事実を学んだ。




「美味しい。この紅茶、とても美味しいよ。本当に凄い。他のお店の紅茶も美味しいんだろうけど、ここは、違うね」


 これが、私がこの店に来た時に発した、初めての言葉であった。


 今思うと、確かに喫茶店の店主なのだから、紅茶を最大限活かすなど朝飯前の事だったのだろうと思う。


 たが、昔の私にとっては

「美味しい」

 という言葉の意味合いが、普通とは違ったのである。


 なぜなら、昔の私は数多くある紅茶の味を理解出来るという事が、本当に凄い事だと思っていたからだ。


 その理由は、私が紅茶の味を理解出来なかった事があげられる。


 まあ。

 それは、後々話す事にしよう。


 さて。

 こんな過去の事を思い出しながら、私は

「うん。この店の紅茶は、相も変わらず、美味しいね」

 と言った。


 すると、静かに微笑を浮かべていた雄一郎さんが

「それは良かった。それにしても、随分と味覚も表情も豊かになったようですね」

 と、このような事を言ったのである。


「そうかな?」


 そんなに、違うだろうか。


 いや。

 このように雄一郎さんが言うという事は、私は随分と成長したという事だろう。


 自覚も、ある。


「そうですよ。ああ。昔の出会った直後の時の貴方(きみ)に、その感想を聞かせてあげたくなります」


 は?

 なんて?


「正気?」


「ええ。いつも通りですよ」


「そっか。いつも狂ってたって事か」


 それなら、納得だ。


「おや。随分と、酷い言い草ですね」


「だって、昔の私にさっきの言葉を言うのは、流石に、ね?」


「良いではないですか」


「いや。それは、それだけは、絶対に止めた方が良い」


 私は、反射的に言った。


 なにせ昔の私の性格は、救いようのない馬鹿だったのだ。


 どれだけ、馬鹿だったのか?

 自分の世界から外に出ようとせず、井の中で満足するくらいには、馬鹿だった。


 故に、過去の私がそのように諭されたなら、自身の人間性を否定されたと思って、支離滅裂な言葉を使って、雄一郎さんを殴ってしまうのだろう。


 そして、好感度は一瞬で地に落ちるのだ。


 どのような悪態を述べるのか、それは全く想像出来なかったが、そうなる未来は想像出来た。


 普通に考えたら、意味の解らない行動だろうが、過去の私は理性よりも感情に左右される愚かしい人間だったのだ。


 過去の私は、今もだが、青かったのである。


 故に、お薦めは出来ないのだ。


 だから、雄一郎さん。

「おや、そうですか」

 と言って、残念そうな、玩具を盗られた子供のような表情をしないでくれ。


 そんな顔をしても、私の考えは変わらない。


「だって、本当にお勧め出来ないよ。昔の私の性格は、貴方も知っているだろう?」


「ええ。中々、強烈でしたね」


「だろう?それなら、過去の私の食事に対する言動も思い出してよ」


 そう。


 そして恥ずかしい事に、昔の私は、性格の他にも難儀な考えを持っていたのだ。


 それは、食事に対する認識である。


 まあ。

 どれだけ酷かったのかと言うと、天上の天使が見放す程には酷かった、と言っておく。


 なにせ、昔の私の食事についての考えを一言で言うなら、

「美味しければ、どうでも良い」

 という、何とも料理人泣かせな思考だったからである。


 ちなみに昔の私は、この喫茶店の食事以外で美味しいと感じた事はなかった。


「確かに、あれは、中々でしたね」


「だろう?それに、言った事なかったっけ?昔の私の頭の中には、馬鹿が平然と居座ってるんだよ?」


「馬鹿、ですか?」


「そうさ。良い例が、あれだよ。私が両親と一緒に高級な老舗の料理屋に行った時のあの一件だ」


 私は記憶を手繰り寄せながら、雄一郎さんに言った。


「あれは酷かったね。食べてる物の味が解らないから、感動する理由もなかった」


「それが、貴方の言う()鹿()ですか。僕には無知な子供に思えますがね」


「味が解らないなんて、馬鹿だろう。それに、馬鹿も無知も大して変わらないよ」


 変わるのは、微々たる認識の差だけだろう。


「おや。貴方は、そう思うかもしれませんね。ですが、その意味は随分と変わりますよ」


「本当に?」


 私は、その言葉に疑いながら、友人の話に耳を傾けた。


「本当です。馬鹿は何かを学ぼうとする時、学ぼうという意欲がなければ、何も学ばないでしょう?」


「学ぶ意欲すら、馬鹿にはないよ」


 昔の、恥知らずな私の事である。


「随分な言い方ですね」


「事実だ。それで?無知な子供は?」


 心の底から出て来た卑屈な意見と、心の中から溢れ出た純粋な疑問である。


「貴方という人は、せっかちですね」


「自覚してるよ」


 自覚していても、治らないものは治らないのだ。


「質が悪いですね。では、話を戻しましょう。子供の場合ですね。随分と違いますよ」


「断言、するんだ」


「します。無知な子供は、これから多くの事を、自然と学んでいくのですから」


「それは、確かに違うね。でも、それなら過去の私は、馬鹿だろう?料理の事を知ろうとしていないんだ」


 断言されたのは以外だったが、それでも私の過去の所業は、馬鹿以外の何物でもないだろう。


「本当に、そう思うのですか?」


「思うよ。それに今でも、そういう高級な場所は、料理の名前から意味の解らないんだ。馬鹿だろう?」


 料理の名前を、知ろうともしていないのだ。


「無遠慮な言葉は、気を付けて言うものですよ。背中から刺されますからね。主に嫉妬で」


「何それ、怖い。しかも、沸点が解らないから余計に恐い」


「これが、人間関係です」


「それは、怖いね。これからの人生の先行きが不安だよ」


 特に、就職活動である。

 嫌過ぎる。


「おや。恐れを抱きながらも、立ち向かわなければならないのですよ」


「勇敢だね。嫌だな。でも、私はそれ以外にも不安があるよ」


「おや。それは一体?」


「さっきも言ったろう?無駄に肥えた私の舌さ」


 私は、店主が勧めてくれた西洋栗菓子(モンブラン)を食べながら、そう言った。


「おやおや」


「なにせ、いつか安い料理に不満を募られそうだから。これには、一体どうすれば良いかな?」


 事実であった。

 自分の事ながら、随分と贅沢な舌を手に入れてしまったものだ。


 そして、もし、不満を募らせない解決法があるのなら、私はぜひ知りたいと思っているのである。


 まあ。

 安い料理の方が美味しいと感じている私の舌が、そんな事を感じるとは思わないが、念には念を、だ。


 なにせ、天は()()()()なのである。


 その時だった。

 雄一郎さんが、とても簡潔な答えをくれた。


 そう。

 その答えとは……。


「諦めてください」


 これである。


 ああ。

 現実は無慈悲だ。


「ですが今の貴方は、過去の貴方のおかげで、重要な事を、僕よりも若い年で学べたのでしょう?」


「そうだね。値札の価値が必ずしも、本質的な価値に釣り合っていない事は学んだよ」


 手痛い勉強代である。


 払ったのは両親だが、それでも過去の私が出した出費を考えると、胃が痛い。


「ならば、貴方は無知な子供であったという事です。それに、まだ、幼い時に知る事が出来て、良かったではないですか」


「笑い事じゃないよ。だって、両親が大金を沼の中に落としてしまったんだよ」


「知る時期が、幼くて良かったという事です。払った金額は、今は関係ありません」


「え?」


 代金が、一番大事だと思っていた私には、大きな衝撃だった。


 しかし、そんな私の驚きは、雄一郎さんには届かなかった。


 そして、雄一郎さんは言葉を続けた。


「なにせ、大人になっても、金の価値を知らない人がいるのですから」


「大人なのに?」


「ええ。大人なのに」


 それは、良かったと言うべきなのだろうか。


 いや、いつかは誰もが気付く事なのだ。

 ならば、良い事なのだろう。


 なるほど。

 つまり、雄一郎さんは諦める時は一生来ないと、そう言いたいのか。


 実に、解りやすい答えだ。


 その時だった。

 過去に教えてもらった、雄一郎さんの言葉が蘇ったのである。


 その言葉とは……。

お読みくださり、ありがとうございます


それでは、続編をお待ちください

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― 新着の感想 ―
この話だけ、極端に長い。 テンポが乱れる。
過去の自分を「馬鹿」ではなく「これから学ぶ子供」と捉える考え方が、とても優しくて素敵でした。 「当たり前」だと思っていた食事や価値観が、人との出会いで広がっていく様子にワクワクします。 知的好奇心で眠…
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