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想い出  作者: 彼岸  章華


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信不にて

 人の過去は、不思議である。

 まったく、予想がつかないのだ。


 過去に不良集団を率いていた有名社長や、人前に立つだけで泣き出していた司会者が良い例である。


 



 ああ。

 はやく、違う話題にしなければ……。


 そうやって言葉を吐きながら、このような事を続けていたお陰だろう。


 昔よりも人と話をするのが、苦手ではなくなっていると感じていた。


 思い返す度に嬉しいような、嬉しくないような複雑な心境になるが、結果としては喜ぶべき事だろう。


「けど、貴方の過去なんて到底想像が出来ないな。これで学校を抜け出して、様々な悪戯をしてたとかだったら面白いけどね」


 しかも最近はこのような、少し意地悪なことも言えるようになったのだ。


 成長している。


 すると、雄一郎さんはため息をつきながら、昔の自分の失態を思い出したのか苦い顔を浮かべた。


「まったく。僕は六十と少し年を重ねただけの老人ですよ。それに、あの時の僕はまだ少年といわれるような年の頃合いでしたから」


「沢山、悪戯したの?」


 ……まさか、人には言えない事も?


「してません。しかし世の理など知らず、毎日泥にまみれた服で野を駆け回る、呑気な子供だった事は確かですよ」


「信じられないな、本当に?」


 ああ。

 気が付いた時には、声が漏れていた。


 なにせその言葉は、別の人を説明していると言われた方が納得出来る程には、今の姿からかけ離れていたのである。


 単純に、信憑性が無かったのだ。

 それは、今の雄一郎さんの装いを見えば、解る事である。


 なにせ雄一郎さんの今日の装いは、美しい黒の羊毛の服(スラックス)と白の高級綿の服(ワイシャツ)。


 これには、誰も雄一郎さんの幼少期が泥塗れな少年だとは思わないだろう。


 それに私は、雄一郎さんが外で着ていた黒の革衣(ジャケット)の胸元に、深紅の薔薇があしらわれている事も知っている。


 断言しよう。


 探偵、超能力者、科学者、画家。

 そのような稀有な存在であっても、雄一郎さんの幼少の姿を言い当てる事は出来ない、と。


 そして私は凡人なので、もっと無理だ。


 だが、今はそれよりも……。


「人の成長は、服装にも影響があるんだね」


 そう。

 これである。


「ええ。小さい頃に西洋の貴族服に憧れていた子供が、大人になって着物を着ているのと同じ事ですよ」


「そっか。解りやすいね」


 つまり成長すると、服も纏う雰囲気も変わるという事だろう。


 そのような事を心の中で思いながら、私は自分の服装を見返して、項垂れた。


 なにせ今の私の装いは、雄一郎さんの服装に比べると、あまりに貧相なのだったのだ。


 誰が、使い古された灰色の麻の服(サルエル)に祖父から貰った白の綿の服(スウェット)を美しいと思う?


 ちなみに装飾品の類は、私には縁遠い存在である。


 上着も今日は持ってきていない。


 ああ。

 まったく……。


 これでは、服の理解(ファッションセンス)に乏しい私が、ただ恥をさらしているではないか。


 だが、外出中に服を着替える訳にもいかない。なにせ、替えの服がない。


 ここは潔く、存在感を空気と同列にした方が良いだろう。


 まあ。

 解りやすく言うと、彼の服装と私の服装は月(・)と(・)鼈(・)、宙(・)と(・)地(・)のようなものであるという事だ。


 ああ。

 そして、これこそ……。


 私という周りに気を配れない凡人と、雄一郎さんという周囲を気遣える善人の差なのだろう。


 やはり、雄一郎さんは素晴らしい。

 だから誰も、雄一郎さんを超える事が出来ないのだ。

お読みくださり、ありがとうございます

それでは、続編をお待ちください。

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