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想い出  作者: 彼岸  章華


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眠りにて

 私が目を覚ました時。


 雄一郎さんの顔が、目の前にあった。


 空の色は、いつもと変わらない青空だ。

 どうやら、今までの光景は、夢であったらしい。


 ようやく、実感が持てた。ここは、現実だ。


 こんな恐ろしい夢は、生まれて初めての事だったから、確信がなかったのだ。


 それに、鮮明に思い出せる夢ほど、恐ろしい物はないだろう。


 今でも、身体が震えているような錯覚が起きている。錯覚ではなかった、実際に、震えていた。


 今までの夢の出来事の中での恐怖。


 その夢から逃れられた事の安堵。


 それらの感情が入り混じった、酷い顔をしていただろう私は、見知った公園の長椅子(ベンチ)から起き上がった。


 起き上がれた。


 足が。手が。腕が。胴体が。


 私の五体が、動くのである。


 たったそれだけの事実が、これほど嬉しくなる日が来るとは、思わなかった。


 そして、そんな私の顔を見ていた雄一郎さんは、私の奇行に心配して目尻をさげながら、忙しない顔をして、私に水を渡してこう言った。


「体調は、どうですか?何か買ってきましょうか?」


 とても、親切である。


「大丈夫だよ、少し、夢を見ていただけだから」


 彼の優しさが、私の不安を攫う。


 本当にいい友人を持ったものだ。


 そうして私は、今までどのような夢を見ていたのか、どのような事が起こったのか、雄一郎さんに話した。


 話を聞いている時の雄一郎さんの表情は、なにやら困惑していたようだったが、その理由を私は解らなかった。


 特に着物の男について話した時の驚きようは、中々見れるものではなかったから、気にはなったが、その事を聞く気にはなれなかった。


 そして、失態を犯した。


 安心しきった私は、この二週間の、あれやこれを、包み隠さず、雄一郎さんに話してしまったのだ。


 後悔した。


 私は、二時間ほど雄一郎さんに説教された。今まで浮かべていたの心配そうな顔など、見る影もない。


 そこにあるのは、満面の笑みで学生の論文を酷評し自信を喪失させるような、教授の顔つきだけだった。


 可笑しい、雄一郎さんは教授ではない筈なのに、私が反論しようとすると、その瞬間に言葉を重ねてきて、会話の主導権を奪われるのだ。


「ええと、違うんだよ、確かに睡眠時間は少なかったけど、それは」


「何が違うというのです、睡眠不足だった事は事実でしょう」


「事実なんだけど、えっと」


「事実なのであれば、違わないでしょう」


「いや、えっと」


 こんな感じだ。これは、会話とは呼べないだろう。


 これは、一方的な()()()()()()()である。


 私はこの瞬間、心に決めた。


 「自分の体調は大切にする」


 怒り心頭の雄一郎さん程、恐ろしい物はない。


 自ら死地に赴こうとする程、私は(いか)れてはいなかった。


 好奇心は猫を殺すというが、人も殺すのだと、身に染みて実感した瞬間だ。


 猫は木天蓼(マタタビ)に溺れ、人は知識に溺れる。


 どちらも酷い事には、変わりない。


 「死は、いつでも、川の向こうで、手招いているのですよ」

とは、雄一郎さんの談だったが、なるほど。


 確かに、いつでも手を引かれている。


 恐ろしいのに、常に隣にあるから、気付かない。


 日常の隣人は、()ではなく、()であったらしい。


 これには、何も言えなくなってしまった。


 雄一郎さんを悲しませるような事をしてしまった事に対する罪悪感。


 自身の知的好奇心に対する恐怖。


 それを私は、改めて実感した。


 そして、雄一郎さんと一緒に約束をした。


 その内容は、子供が親に言われるような内容だったが、私にはそれが何よりも大事に思えた。


 睡眠時間は大事にする。

 食事は必ず三食とる。

 無理のない範囲で運動をする。


 雄一郎さんは、私の悪癖を知っているからこそ、本気で心配してくれているのだ。


 そうでなければ、こんなに心配してはくれないだろう。


 この悪癖は消えそうで消えてはくれない。そして、恐ろしい事にその悪癖を消してしまっては、私が私ではなくなる。そんな気がして、消す事もできない。


 その結果、歪んだ私が出来上がる。


 私は、自分の性格を難儀なものだと自覚している。


 今までだって、雄一郎さんに説教された事はなかった訳ではない。


 片手では足りない程されている。


 しかし今までの説教と違った事は私が雄一郎さんに対して、聞く耳を持ったことだろう。


 いつもの私なら、言葉巧みに説教を躱そうと、躍起になる。


 しかし、今は違う。あんな恐怖を感じた後だからこそ、こんなに素直にもなれる。


 知識と体験では、雲泥の差がある。


 知っていたが、体験したことがなかったから、逃げたのだ。


 しかし、今の私は体験してしまった。


 自重しよう。前にも同じような事を心に思った気がするが、もう一度、心に刻み込んだ方が身のためだろう。


 流石に今回は、怖すぎた。しかし、これからは、忙しくなる。


 今まで疎かになっていた生活習慣を見直さなくてはいけないのだから、忙しくない訳がないのだ。


 雄一郎さんの話はそれからだ。



一章 完



多くの読者の方の目が、この作品に向いているという事実に感謝を。

そして、その日頃の感謝は、語彙力を鍛える原動力にさせていただいております。


次回作をご期待ください


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