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想い出  作者: 彼岸  章華


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12/20

救いにて

 夢を、見た。光の届かない海底のような、恐ろしい夢だった。


 空を、見た。全てを焼き尽くす炎のような、美しい空だった。





 私の意識が、起きた時。

 私は起き上がることができなかった。


 ここ数日に起こした数多の失態によって、想像以上に精神が疲弊し、起き上がる事すら、億劫になってしまったのだろうか。


 思い当たる原因が、多すぎる。

 それだけの事をした。


 振り返ってみると、顔を手で覆い、穴に潜りたくなる程の失態だ。


 そして、この疲労は、身から出た錆。

 私自身の失態により生まれた羞恥の炎が、私を焼こうとしているだけなのである。


 弁明の余地はない。詩人のような事を言って気を紛らわせようとしたが、やはり、この不調は甘んじて受け入れるべきだろう。


 後悔は一切していないが、反省はしている。


 しかしそんな疲弊具合でも、私の目は、疲労という名の苦難に打ち勝つことができた。


 瞼が、目が、開いたのだ。

 なんと、強靭な意志だろうか。


 睡魔に打ち勝ち、瞼を開ける。

 外の景色を、光を、目の当たりにした瞬間である。


 それは、今までの私の経験からしたら、ごく普通だと思い込んでいた事だった。


 けれども、その価値は、金には代えられない貴重な物だったのだ。


 その事を、私はこの瞬間、身に染みて実感した。


 しかし、その感動も次の瞬間には、驚嘆に様変わりしていた。


 なぜ、驚いたのか。

 何に対して、驚いたのか。


 焔のような空が、全てを無に帰そうと燃えていたからではない。


 その場所が、今まで一度も来た事のない場所だと解ったからだ。


 けれどこの時の私は、どうやら、普通ではなかったらしい。


 その炎を目に写し、その見知らぬ景色を目に写し、私は、()()


 瞼が、とても重くなり、一瞬で夢に意識が攫われたのだ。


 これには、お休み三秒も吃驚する事だろう。


 このままでは、お休み一秒に名を改めなければいけなくなる。


 睡眠導入時間を測る大会があるのであれば、間違いなく優勝が確定している速さだ。


「残念ながら、そんな大会はありません。それに、こんなところで寝てはいけません。身体を痛めますよ」


 雄一郎さんがもし、この場にいたら、このような苦言を零すことだろう。


 容易に想像がつく。


 残念なことに、この言葉を聞く前に私の意識は夢の中を彷徨っていたので聞く事はなかった。


 忠告は、聞けば意味を成すが、聞かなければ意味を成さないのだ。


 すまない。想像上の雄一郎さん(イマジナリーフレンド)


 その苦言は、意識が起床している時に言ってくれ。


 そして、この時の私は気が付いていなかった。


 そう。

 意識が夢に誘われる前に、攫われる前に、私はとある事実に気が付くべきだったのだ。


もし、これが現実の私であったのであれば、()()()()()()という事に。


 そして、これには、理由がある。


 自慢できる事ではないが、私の方向音痴は、一級品だ。


 十秒あれば迷子になり、一本道でも迷子になる。


 そんな私の命は、人類の叡智(GPS)のおかげで、生き永らえていると言っても過言ではない。


 道を覚えられないのだ。仕方がない。

 しかし、私はある意味、幸運だった。


 この方向音痴という才能のおかげで、()()()と巡り合う事が出来たのだ。


 出会いは、突然だった。


 私が、その存在と初めて出合った時。

 運命の鐘が響くように、私の心の臓は大きく震えた。 


 そして嵐のように鮮烈に、私の前に()()は姿を現した。


 そう。

 救世主(スマホ)である。


 本当に驚いた。


 それは、私の意地の悪い要望に嫌な顔一つせず、淡々と無理難題に協力してくれるのだ。


 そして感動した。


 十分程の距離にある小学校に、初めて独りで行けたのだ。齢九つの頃である。


 ちなみに、それまで私は、近所の知り合いと一緒に学校に向かっていたため、迷子にはなっていない。


 そして、知り合いが学校を休んだ時は、母が一緒に学校に行ってくれたのだ。


 これには、相手に何回感謝の言葉を述べても、足りない。


 当然だ。

 それだけの迷惑をかけているのである。


 そして、ありがとう。救世主。


 貴方のおかげで、私は迷子になる回数は、一年に一回の頻度になった。


 この一回は、家に救世主を忘れた時である。


 さて。

 こんなにも優秀で、私を常に助けてくれる救世主だが、一つ約束がある。


 それは、私がこの存在と出合った時に、交わした、ある取り決めに由来する。



 そして、それは今でも守られている。


 その内容は

「もし、私が一人の時に迷子になってしまったら、携帯電話(スマホ)の位置情報と睨み合い奇声を上げる」

というものだ。


 これだけ聞くと、ただの変人である。だが、私は変人ではない。大学生だ。


 理由も、存在する


 しかしこの取り決めは、雷霆のような輝きで、想像以上に私の道をを照らしてくれた。


 効率的だったのである。

 

 なぜなら、この奇行を見れば周囲の人は一瞬で

「ああ。彼は迷子なのだな」と理解してくれるのだ。


 そして、その理解が、私には重要だった。


 しかも大概の人は、奇声を上げた時点で道を教えてくれる。


 そして、通行人を頼りに目的地まで辿り着けるのだ。問題はない。


 一つ問題があるとすれば、他人の視線が痛いところだが、そんな事を恐れていては、目的地には辿り着けない。


 必要な犠牲である。


 しかし、それでも、解らない時はある。


 犠牲を払ったからと言って、必ずその作戦が成功するとは限らないのが、痛いところだ。

 

 しかし、その時は素直に警察の方に道を尋ねれば良い。


 そして、警察に聞いても解らない場合は、開き直って、私は探検と評して自由に街を散策するのである。


 これが、私の迷子になった時の、決められた行動(ルーティン)だ。


 一応、この取り決めをする時に、両親にも相談した。


 自分で考えた事とは言え、我が子が怪奇な目に晒されるかもしれないからである。


 そしえ場合によっては、両親もその視線に晒される、と心配をした上での相談だった。


 行動をしないで後悔をするより、行動をした後で後悔をする方が、何倍も良い。


 後から、面倒な事を色々考えなくて済む。


 しかし、その時の彼らの返答は、何とも言えない物だった。


「良いと思うわ。でも、これだけは忘れないでね。もし、迷子になったら、それは道が悪いのよ」


 暴論だ、母よ。

 それは間違いなく暴論である。子供の頭でも、それは違うと解った。


「そうだな。覚えられようとしない、道の方が悪いに決まってるな」


 止めてくれ、父よ。

 母の暴論を止めてくれ。同調しないでくれ。道は悪くないと思う。


 このような相談をした事を間違ったかと思うような返答だったからである。


 だが、仕方がない。

 彼らは過保護の気質があるのだ。


 まあ。

 いつかは、その気質が穏やかな物になってくれる事を、静かに祈っているが、両親は私の事を大事にしてくれているのだ。


 そうでなければ、道に対して責任転嫁などしないだろうし、私の身を案じて、携帯電話を持たせる事もしなかっただろう。


 ちなみに、私が迷子になった時の行動を、初めて見た時の雄一郎さんは、赤の他人であるような素振りをしていた。


 その時から、待ち合わせが解りやすい場所に変わったのは、嬉しい事でもあったが、少し悲しくなった。


「見てたのなら、助けてくれれば良かったのに」


貴方(きみ)と一緒にされたくなかったので」


 眩しいくらいの良い笑顔だった。


 目が笑っておらず、背筋に寒気がはしった事を除けば、とても、良い笑顔だった。


 おかげで瞬間的に謝罪の言葉が、口から出た。反射で謝罪が出たことなど、片手に数えるほどしかない。


 両親にも、そのような謝罪をした事はなかった。


 この時だけは、常日頃から浮かべている雄一郎さんの笑顔が、蛇のような恐ろしい物に思えた。


 いつも温厚な人が起こると怖いと言った人は誰であったか。


 その考えは、真実だった。

 とてもこわい。


 欲を言えば、もう少し慈愛に満ちた言葉をかけてほしかったものだが、それを言う資格は私には無い事も解っていた。


 私自身、知り合いが同じ事をしていたら、素知らぬふりをするだろう、確信できる。 

  

 だから、私は雄一郎さんに向けた嫌味を、必死に、腹の中に納めたのだ。


 そうしなければ、私は、嫌味の十個や二十個、雄一郎さんに投げつけていただろう。


 よくやった、私の第六感。


 恐らく、この時、雄一郎さんに嫌味を言っていたら、縁を切られていた。


 迷子の時には一切使えないが、こういう時には役に立つ。


 ありがとう、第六感。


 さて、こんな事を長々と説明して、何が言いたいのか。


 ()()()()という事だ。


 こんな奇行を常日頃からしている私でも、見知らぬ場所で、眠る事はなかった。


 これが電車の中で睡魔に襲われたのであれば話は別だがそうではない、ここは公共交通機関の地下鉄ではなく、知らない場所だ。


 いくら強烈な睡魔に襲われてしまったとしても、眠る事はあり得ない。


 しかも、私は迷子になったら、必ず携帯電話を取り出す。この習慣化されている行動に、例外は存在しない。


 いつもの行動を、いつも通りにできない。


 そして呆れた事に、この時に思ったことが

「ああ、春の穏やかな気候が、一瞬で秋に変わった」という頓珍漢な物だった。


 それよりも思うことがあるだろう。


 可笑しな状況は、人の心境にまで影響を及ぼしてくるのだから、救いようがない。


 自分で振り返ってみても、中々に意味が解らない。


 なにが、穏やかな春だ。


 頭の中がお花畑になっていたという間違いの方が、まだ信憑性がある。


 見当違いも甚だしい。しかしこの時の私は

「可笑しい事を、可笑しい事だ」と気付けなかったのだ。


 まず、夢の中で夢を見るという事も可笑しい。


 可笑しなことが多すぎて、これが普通なのではないか、と錯覚した程に、私の頭はまいってしまったのだ。


 ()()()


 そう、気付けるのは、私が夢から意識を取り戻した後だからだろう。


 この時の私には逃げる術など、最初から持ち合わせていなかったのだ。


 もし、この時の私に、何か伝えることができるのなら、私は、こう言うだろう。


「目を開けるな。首を動かすな」と。

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