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想い出  作者: 彼岸  章華


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11/20

怒りにて

 怒りは自身の品性を歪ませ、困惑は自身の思考を停止させる。


 人間の心理とは、不可解で、不愉快で、歯止めが効かない物である。




 私は、混乱した。


 今、雄一郎さんが、私に向かって

「帰る」

と言ったからである。


 私は、その言葉を上手く飲み込めなかった。


 当然である。

 紅茶の違いを理解するために新しい紅茶を注文したのではない。


 私は、雄一郎さんの話を聞くために紅茶を注文したのである。


 その事実を理解してくれない雄一郎さんへ、私は沸々と苛立ちを募らせてた。


 確かに関係のない考えを頭の中に浮かべていたことは事実だが、帰宅は、ない。


 無理もない話だろう。ここから楽しくなるという時に、急に話を折られたのだ。


 さながら、遊戯(ゲーム)の終盤の最終戦。


 これ以上失敗を重ねると次がないという緊張感を感じていた時に、親に呼ばれ、緊張感が抜けていくようなものである。


 慈悲をくれ。


 保存(セーブ)そして、時間と言う名の恩情をくれ。


 余りの衝撃(ショック)に、斜め上どころか、そんな意味の解らない思考をしてしまった程だ。


 そんなことを考えていた私に、雄一郎さんは見向きもせず、友人は会計の準備を始めていたのである。


 素晴らしい、行動が速い。


 まだ、帰宅に対する承諾すらしていないのに、こんなに素早く行動するとは、素晴らしい行動力だ。


 もし、これが他の機会であれば、褒めていたかもしれない。しかし、それは、今ではない。


 私は思わず、

「なんで、急にそんな事」

 と心の中の不満をぶつける様に、雄一郎さんに詰め寄った。


 当然である。


 ここまで面白い話をしておきながら、残りの話はお預けなど、外国にある、とある昔話の様ではないか。


 待たされる側の経験ができて、いい機会だと考える程、私の心は寛容ではなかったのだ。


 自分で言う事ではないが、面倒臭い性格をしているのである。


 そんな私に待て、と言う方が無謀だろう。犬の方が、まだ聞き分けが良いかもしれない。


 なにせ、今の私の頭には続きが気になって仕方がない、という思いしか存在していなかったのである。


 我慢勝負に一秒で負ける自信がついてしまうくらいには、私は我慢が苦手だったのだ。


 私は、まるで長年連れ添ってきた恋人に振られた恋人に縋りつくように、雄一郎さんに、なぜ帰ろうとするのか、理由を尋ねた。


 例えが壊滅的に悪いが、そんな事は現状よりは些事である。気にもならない。


 いつもであれば、気にするのだろうが、今となってはそんな事、塵と同じだ。


 気にする事ではない。


 するとその様子を見た雄一郎さんは、会計の準備を一旦止め、聞き分けのない子供に聞かせでもするかのような態度でこう言った。


「洗濯物が、心配なのですよ」


「へ?」


 それは、何とも、拍子抜けするような返答だった。


 余りの拍子抜け具合に、今までの面倒くさい思考が、軒並み消え失せ程である。


「洗濯物です。空を見てください、この空模様ですよ。いつ降っても、可笑しくないじゃないですか」


「あ、ほんとだ。確かに、怪しそうな空だね。さっきまでは晴れていたのに、今は真っ黒だね」


 気が付かなかった。


 話に夢中になりすぎていたらしい。晴天だと思っていた空は、今では曇天だ。


「でしょう?それに今日、雨に降られると困るのですよ」


「え。何か困るものでも、干したのかい?」


 私は自分で聞いておきながら、心配になった。


 重要なものを干していた場合、罪悪感で苦しくなるのは目に見えていたからである。


「ええ。実は敷布団を干していましてね。このままでは、布団ではなく床で寝ることになります」


「それは、一大事だね」


 雄一郎さんが、床で寝ている姿を想像して、やめた。


 想像しなくても、解る。


 それは、翌日の体が悲鳴を上げる。そんな事を考えられるくらいには、少し冷静になっていた。


「そうなのですよ。ですから名残惜しいですが、今日はこの辺でお開き、ということにしませんか?」


「解ったよ。さっきは声を荒げてしまってすまなかったね。謝罪するよ」


 冷静になり、一番にしたことは謝罪だった。


 自分の感情を制御や制御(コントロール)する事は難しいと知っていたが、それでも、先程の対応はないだろう。


「いえ、突然言い出したのは、僕の方ですからね。紅茶も頼んだばかりだったでしょうに」


「いや、そんな事は貴方の布団より重要じゃないよ」


 事実だった。


 紅茶の一杯と、今日の睡眠。比べるまでもなく、後者の方が大事だ。


 なにせ、紅茶の一杯は飲まなくても生活に支障はないが、睡眠は生活に支障がある。


 優先順位は東から太陽が昇るが如く、明らかだった。


 そしてその瞬間。私は、先程の行動を恥じた。


 あまりにも、自分の欲に忠実になりすぎていたと自覚したのである。


 他者には他者の都合があり、私には私の、雄一郎さんには雄一郎さんの都合がある。


 当然の事だ。この世の摂理に他ならない。


 だが、それを考えるよりも先に、自分の欲を優先してしまったのだ。救いようがない。


 話に集中しすぎて、目の前の天候という当たり前に気にする事象にすら、目が向かなくなっていたなんて、どんな笑い話だろうか。


「恋は盲目、知は狂信、か」


 そんなことを考えたからだろう、こんな可笑しな事を言ってしまった。


 私の現状が、雄一郎さんの話に盲目的だったからだろうか。


 そうだ、この世には、恋は盲目という言葉があるのだ、と思ってしまったのだ。


「貴方の現状ですか?」


「恥ずかしい事だけどね」


 違うのは、その盲目的な対象に向ける感情が恋慕であるか、知識欲であるかという点だけだろう。


 このような思考をできるくらいには、冷静になる事が出来た。


 もう少し早く冷静になった方が良かったのだろうが、それは後の祭りである。


「恋は盲目という言葉はよく聞きますが、後者の言葉は聞いた事がありませんね」


「そうだろうね。なんせ、私がたった今思い付いた言葉なんだから」


「随分、的を射た思い付きですね」


「そうだね、自分の事なのに驚いてるよ」

 

 私は単純に、知識欲は時には命すらも天秤にのせる怖ろしいものだという事を言いたかったのだが、それは雄一郎さんの知らぬ事だ。


 実際、知る事に全てを注ぎ込む行動が知識の重要性や意味を理解できない者からしたら狂気の沙汰だろう。


 そして、雄一郎さんには思った以上に好評だったらしい。


 そこまで思考し、私はその欲望を制御しなければならないという事実を恐れた。


 知りたいという欲に鍵をかけるのである。難しい事この上ない。


 禁欲とは恐ろしい。


 次に修行僧に会った時には、尊敬の念を送ろうと心に決めた瞬間だ。


 そして、そうでもしなければ先程の失態の二の舞になるという事も良く解っていたのである。


 自重しよう。

 そう、心に決めた瞬間である。


 そして、自重しようと決めた心に鍵をかけるためには、ここでお開きにするという行動は、確かに良い選択だろうと思った。


 思いがけず、雄一郎さんの行動に救われたと言ってもいい。


 ありがとう、雄一郎さん。

 先程の謝罪と共に受け取ってほしい。


 そう、心の中で呟き、私たちは次に会う時の約束を取り付け、別れた。


 次に会う約束の日は、二週間後だった。


 白状しよう。


 この時の私は、自分の知的好奇心を舐めていたのだ。まさか、ここまで苦しいものだとは、思ってもいなかったのだ。


 私は、余り考えすぎる質ではないと、この時までは思っていたのだ。


 今まで思考の渦に何度も呑まれていながら、何をいまさら言っているのだ、と思うかもしれないが、そこまで非道いという自覚はなかったのである。


 しかし、この二週間に起こった事と思うと、その言葉を撤回しなければいけなくなる。


 例えば、空腹になって食事を取ろうとした時、雄一郎さんの話を思い出して注意力が削がれ床に飲み物を零した。


 他にも、授業を受けている時に、雄一郎さんの話が頭を過ぎり集中力が欠如し、内容が頭に入ってこなかった。


 挙句の果てには、睡眠を取ろうとした時に、雄一郎さんの話が頭をちらつき、満足に眠ることができなかったのだ。


 こう思い返してみると、実に苦しく、非道いものだ。


 自分の行動を振り返ってみると、一周回って面白くなってくる。


 しかし睡眠時間と質の低下は良くない。


 雄一郎さんに睡眠は大事だと言った手前、自分の行動を思い返してみると、何も言えなくなってしまうからである。


 しかし、そんな事を繰り返していたからなのだろうか。


 集合場所である駅で雄一郎さんが私の顔を見た瞬間

「寝なさい」と珍しい命令口調で話しかけてきたのである。


 そう。


 雄一郎さんは私の顔色を見た瞬間、目を見開いて、驚くほど速足で私の前に来てそう言ったのだ。


 挨拶の言葉もなかった。


 この時の私は、どんな非道い顔をしていたのだろうか。


 後から雄一郎さんに聞いても、応えてくれなかったので、余程、非道い顔をしていたのだろう。


 なにせ雄一郎さんが挨拶をしなかったのだ。想像もできない顔だったのだろう。


 そして

「思い出話は次の機会にしましょう」という残酷な言葉を命令口調で私に言ってきたのだ。


 そして私は、意識を失った。


 もう一度、目を開けて時に入ってきた光景は

綺麗な青空(焔の夕焼け)」だった。

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