番外 甘い休日
本日、櫻庭まち先生による「お助けキャラも楽じゃない」コミカライズ第5話が各電子書籍サイト様でアップされておりますので、恒例の応援SSでございます*
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ランスロットとアナベルが結婚して約半年──。
第二王子妃キャロルの女官となったアナベルが、慌ただしい日々を送りながらも、ようやく結婚生活にも慣れてきたある日の朝。
目が覚めると、隣で寝ているはずのランスロットがベッドにいなかった。
(今日は二人とも休みだからゆっくり過ごそうと言っていたのに、庭でトレーニングでもしているのかしら?)
アナベルが既に冷たくなったシーツを撫でながら少し淋しく思っていると、ドアをノックする音が聴こえた。
今日は休日だから、通いの家政婦さん達にはお昼頃来てくれればいいと伝えてあったはずなのにと、アナベルは不思議に思いながら入室の許可を出した。
「おはようございますお嬢様。良い朝ですね」
そんな言葉と共に入ってきたのはランスロット。
しかも何故かお嬢様呼びで、更には黒いモーニングコートを着て執事のような格好をしている。もしここにキャロルがいたなら「ランスロットの美麗コスプレご飯三杯いけるー!!」などと騒いでいる事だろう。
「ラ、ランス様……?」
寝起きで頭が上手く働かないのも手伝って、思考停止に陥るアナベルを他所に、ランスロットはメイドのようにカーテンを開けたり洗面の用意をし始めた。
「お嬢様、アーリーモーニングティーをどうぞ」
あっという間にいい笑顔で紅茶まで差し出されて、アナベルはいよいよ困惑してしまった。
「ランス様、一体どうなさったの──」
アナベルの質問を遮るように、ランスロットがアナベルの唇にそっと人差し指を当てた。
「今日の俺はアナベルお嬢様の執事ですから、どうぞランスとお呼びください。敬語もダメですよ?」
「……!?」
一体何がどうなってランスロットが執事になったのか。
未だに状況を把握できないアナベルの耳元でランスロットは、
「今日はめいっぱいご奉仕しますから覚悟してくださいね?」
と囁いた。
そうして、混乱と恥ずかしさのあまりその場で固まったアナベルを残し、ランスロットは颯爽と朝の準備を始めたのだった。
「めいっぱいご奉仕する」との言葉通り、ランスロットは甲斐甲斐しくアナベルの世話をしたがった。
着替えの手伝いは流石に恥ずかしすぎて断ったが、着替え終えた姿を見て、
「今日の装いも大変お美しいです。このまま誰にも見せずに閉じ込めておきたいぐらいに……」
などと囁き、朝食を給仕しては、
「お嬢様に喜んでいただきたくて、お好きなマフィンとブルーベリージャムをご用意しました。さぁ、指が汚れないように食べさせて差し上げますよ」
と甘く微笑みながらマフィンを口元へ運んでくる。もちろんそれも全力で断った。
いつもの近衛の白い制服も素敵だが、初めて見る執事服姿のランスロットもまた違った魅力と新鮮さがあって、ただでさえ胸の高鳴りが止まらない。
それなのに、何かする度に甘い言葉を垂れ流すものだから、その度にアナベルは顔を赤らめなければならなかった。
そんな風に甘やかされながら午前中を過ごして昼食を終えた頃、いよいよアナベルは困ってしまった。
ランスロットはどうしてこんな事をしているのか。
本当に今日一日ずっとこうやって過ごすのだろうか。
ここ数日、書斎にこもっている時間が長かったが、それが何か関係しているのだろうか?
次々と浮かぶ疑問の答えを知るヒントをようやくリビングで見つける事ができた。
(あら……?この本は……)
棚の上に忘れたように置かれていた本を手に取ると、それはキャロルが支援している小説家の書いた作品だった。
──「王子妃になったからには、この世界にラノベを流行らせる!ゆくゆくは漫画も!」
鼻息も荒く宣言したキャロルが、彼女のアイデアを形にしてくれる小説家を探し、出来上がった作品の中のひとつ。感想を聞かせてほしいと言われて読んだが、確か執事と貴族令嬢が身分差を乗り越えて結ばれる恋愛小説だった。
(読んでキャロル様にお返しした本がここにあるという事は、もしかして……)
何となく背後関係が見えてきたところで、ランスロットがアフタヌーンティーを用意してリビングに入ってきた。
そして、アナベルが手にしている本を見て目を見開き、やがてバツが悪そうに頬を掻いた。
二人並んでソファーに座って事情を聞くと、ランスロットは何かを覚悟したようにひとつ頷き、恥ずかしそうに話し始めた。
「実は先日、キャロル妃に言われたんだ。夫婦には必ず倦怠期が訪れると……」
「倦怠期?」
キャロル曰く、出会った頃の新鮮さやトキメキが薄れて、相手の存在に慣れることで恋しい気持ちが冷めたりする時期の事らしい。
──「そうならない為にはシチュエーション萌えよ!はい!とりあえずこの本貸してあげる!ベルも面白かったって言ってたから、これで乙女心を勉強するといいよ!」
そう言われて渡されたのがこの本だったらしい。
それから暇を見つけては書斎でこっそり読み進めていたという。
「ベルもこういうのが好きなら、ちょっとやってみようかと思って……」
大きな体を小さくして、耳まで赤くして恥ずかしそうに喋るランスロットが愛しくて、アナベルは横からそっと抱きついて頬を寄せた。
こんな風に、執事の真似事までして夫婦関係を良くしていきたいと思ってくれている事がとても嬉しかった。
「今もこうしてどんどん貴方を好きになっているのに、倦怠期なんて考えられないです……」
アナベルはポツリと呟いた。
昨日よりも今日、今日よりも明日、ランスロットへの想いは膨らんでいく。
ランスロットと過ごす毎日はとても幸せで、やがて子供ができて、一緒に歳を重ねて、年老いたら領地で穏やかな生活を……なんて遠い未来までしっかり想像をして頬を緩ませているのに。
アナベルは顔を上げてランスロットを見つめた。
「確かに、執事なランス様も本当に素敵です。キャロル様の言うシチュエーション萌えというのを身をもって体験できて良かったです。でも……」
ランスロットは執事役を徹底する為に使用人達まで休ませていて、朝から忙しそうに動き回っている。普段は目にする事ができないランスロットの色んな姿を見られて嬉しい反面、ずっと側にいられず少し淋しくもあった。
アナベルは少し躊躇った後、勇気を出してランスロットの耳元で囁いた。
「執事とお嬢様のままだったら、キスも……できなくて淋しいので、早く愛しの旦那様に戻って欲しいです……」
そう言った途端体がふわりと宙に浮いた。
思わずランスロットにしがみついたところでようやく、彼の膝の上に抱き上げられているのだと気づいた。
ランスロットはアナベルを抱き寄せたまま器用にモーニングコートを脱ぎ、タイを緩めて、執事らしくきっちりセットしていた髪も慌ただしく指で崩すと、何かを乞うようにアナベルを見つめた。
「今この瞬間、執事を辞職して夫に戻るよ。だから……」
そう言って頬に添えられた大きな手。いつもの合図にアナベルは微笑んで自分の手を重ねて目を閉じた。
使用人の目が気になって、今までリビングでこんな風に接した事はなかった。でも──。
(今日は誰もいないから、いいわよね……?)
そんな風に心の中で言い訳をして、幸せな気持ちで愛しい夫からの口付けを待ったのだった──。
ちょっと砂糖が吐きたい気分だったので……。
あと、イケメン執事に傅かれたい気分だったので……(どんな気分)




