年寄りの知恵
「グァクァクァッ ホヘーッ ボヘェーッ」
今日の目覚めは少し濁声混じりの鳴き声だった。
風邪でもひいているのだろうか。
そもそも鳥が風邪をひくのかは知らないのだが。
身支度を整えて食堂へと向かう。
今朝の御飯はマスタヴァスープとピチャックという物だった。
マスタヴァスープは野菜と肉、そして米が野菜の一種として入っていた。
ピチャックは法蓮草と玉葱の入ったパンケーキのような物でおもったよりも美味しかった。
この国に降り立ってから目新しい異国料理ばかり口にする。
幸いにして今のところは口に合っているのだが今後は奇抜な物に出会ったりもするのだろうか。
出来る事ならばそう言った奇抜な物にはお目にかかりたくないものだ。
食後は部屋に戻りのんびりとする。
おかみが「天気が崩れる」と言っていたので雨が降るのかと思っていたのだが違った。
強風だったのだ。
雨であれば少し濡れてしまうが店でも見て回ろうかと思っていたのだが、この強風では無理だ。
飛ばされてしまう。
昔、旅先で「風の館」とかいう強風体験が出来る施設に入った事がある。
その町では風速30mなど冬になればざらにあるらしく、体験させて貰ったのだが支柱に掴まっていても足が浮きそうになって恐ろしかったのを覚えている。
さすがにそこまでの風ではないと思うが、こういった日は出歩かないのが普通だろう。
さて何をして過ごそうか。
チンチロリン
また電子音が鳴る。ルリリだろうか。
「はいはい」
「ぷるたん!昨日はごめんねぇ。
あれからオズたんの熱も下がってよくなったよぉ!」
「それは良うございましたのぅ。
ですがルリリ、貴方はもう少し落ち着きを持って行動する方が良きですじゃよ。
人の話は最後まで聞くほうがよろしかろうて」
「エヘヘ、ごめんね。あずたんにも同じ事言われちゃったぁ。
気を付けるよぅ」
「そうしておくれやす。
それでこれから冬になれば風邪も流行るじゃろうて備えておきなされよ」
「でも薬師いないよ?」
「薬師がいなくとも出来る事はありますでな。
お茶や食事に生姜を少量加えるとか、紅茶でなくハーブディーにするとか。
後は基本的な手洗いうがいですのぅ」
「生姜を入れればいいのね、わかった!やってみるね」
「生姜は薄くスライスするか摩り」
「プツン」
「 ・・・ 」
人の話は最後まで聞けとゆうたであろうに・・・
生姜を丸っと1塊入れそうな気がしなくもないが、まさかね・・・
リリルならやりかねない気がして怖い。
アズールかオズワルドがなんとかするだろうと淡い期待をしてみる。
この強風では外に出られないので昼食をどうするかと思ったのだが、収納鞄の中にシュニッツェルのサンドウィッチとザクロジュースが残っているのを思い出した。
コグマの収穫依頼の時の物がまだ残っているのだ。
昼食はそれでいいだろう。
・・・
暇だ。する事がない。
荷物になるからと暇潰し用の本なども持っているはずもなく、困った。
おかみは何か本を持っていないだろうか。
そう思い聞いてみる事にする。
食堂に向かえば何やら騒がしい。
なにかあったのだろうか。
「だからこの天気で出かけるなといっただろう!」
おかみの怒鳴り声が聞こえて体がびくついてしまった。
これは声を掛けづらい。しばし様子を見る事にする。
「そうは言うけど依頼報告があったんだよ!」
「風が収まってからにすればいいだろ!」
「期限が正午までになってるんだ!」
「この風だ。依頼主も理解してくれるだろうよ!」
「そんな確証はないだろ!」
「だからってこんな怪我してどうすんだい!
薬師も治癒師もこの村には居ないんだよ!」
なるほど。依頼の期限が迫っているので無理をして外に出たところ怪我をしたという事か。
期限を守りたい気持ちは分かる。守れない場合は違約金が発生する事もあるらしいと聞いたから。
だがおかみの言うように怪我をして冒険者が続けられなくなったら元も子もないではないか。
ん?・・・ そんなに大怪我なのだろうか。
気になり近寄って見てみる事にした。
「はいはい、ちょっとごめんなさいましよ。
怪我の具合を見せて貰ってもよいですかのぅ」
「ばぁさん、あんた薬師か治癒師なのかい?」
「いえいえ、違いますが年寄りには年寄りの知恵という物がありますでのぅ。
怪我の度合いにもよりますがお役に立てる事もあるやもしれませぬのじゃ」
「あぁ確かに年寄りの知恵ってのはすご・・・
ごめん、年寄りなんて言い方をして」
「気になさりますな。年寄りですのでのぅ、ふぉっふぉっふぉっ。
どれ、失礼しますじゃよ」
「ああ、これなんだが。どうにかなりそうかい?」
見せて貰えば左の膝下が見事スッパリと切れている。
意外と深い・・・
これは縫うか焼く方がいい気がする。
「止血して縫合する方が良さげですのう。
足先の感覚とかはありますかいの?」
「ああ、指も動くから大丈夫だと思う」
「麻酔というものがありませんので激しい痛みがあると思いますが・・・」
「構わん、やれることがあるならやってくれ。
どうせこのままじゃ使い物にならなくなる」
麻痺がある訳では無さそうなので使い物にならなくという事は無いと思うのだが。
いや、消毒という概念が無ければ傷口が化膿して悪化する事も考えられるのか。
まずは傷口の洗浄と消毒だがこれは「洗浄」魔法でいいだろう。
洗浄した後に傷口を確認すれば幸い太い血管が切れている訳ではなさそうに見える。
ならばこのまま縫合しても大丈夫だろう。
「すみませんが絹糸と針はありますかのぅ?」
「ああ、あるよ。持ってくる」
おかみが針と絹糸を持って来てくれたのでそれにも「洗浄」をかける。
「では傷口を縫いますのでな、口に布を咥えて耐えてくだされ」
「わかった。頼む」
本来ならばこれは山奥で狩りをする際に怪我をした時の応急処置だ。
下山後に病院で処置しなおして貰うのだが、此処には医者の概念が無いと言う。
不格好に傷跡が残るかもしれないが我慢してもらおう。
儂素人だしな・・・
なるべくなら傷が目立たない様に細かく縫っていく。
老眼が解消されていてよかったと思う。老眼だと針穴に糸すら通せやしない・・・
体に針を通して縫うのだからかなり痛いだろうに冒険者の男は布を噛みしめ耐えている。
その額にはじんわりと汗が浮かんでいた。
「よし、これで縫合は終わりましたじゃよ。
後は薬を塗っておく方が良いんですがの。薬師が居ないという事ですので
野草で我慢してくれやす」
「野草?大丈夫なのか?」
「昔は薬の代用品として使われておりましたのじゃ。
儂は未だに愛用しておりますので大丈夫ですじゃよ」
「そうか。すまないが頼む」
部屋に戻り鞄の中から蓬と虎杖を取り出し食堂へと戻る。
この虎杖、実は子供の頃オヤツ代わりに食べていたスカンポの事なのだがまさか薬草だとは思わなかった。
薬草だと知ったのは60になった頃にテレビショッピングで流れていたのを見てからだった。
蓬と虎杖を手で揉み、汁気が出てきたら布に伸ばして塗っていけば簡易的な張り薬の完成だ。
それをもう1枚の布で挟んでから傷口に乗せ包帯で撒けば処置は終わりだ。
「終わりましたじゃよ。貼り付けた物は明日の朝また交換しましょうかの。
今夜は熱が出るかもしれませんでな。
水分補給をしっかりとして温かい格好で寝てくだされ。
ああ、足はあまり動かさぬようにお願いしますじゃよ」
「ああ、わかった。すまないなばあさん、助かった。
礼は後でするから」
「別に礼などいりませんじゃよ。困った時はお互い様ですじゃ。
それよりも今後は悪天候の際には外出は控えてくだされ。
このような悪天候で文句を言うような依頼主などろくなものではあるまい。
たいていは事情を考慮してくれるはずですじゃよ」
「あ、ああ。そうだよな。つい焦ってしまったんだ。
悪かったよ。次からは気を付ける」
「そうしてくだされ。ではお大事にのぅ」
おかみにも何か礼をと言われたが「お互い様ですから」と断わりをいれた。
これまで私も見ず知らずだった冒険者達や宿のおかみに助けられてきたのだ。
「困った時はお互い様」でよいではないか。
手持ちの物しか使ってないのだし、これが薬だのポーションだのを使ったなら別だろうが。
部屋に戻り遅くなってしまった昼食を食べた。
やっと食べきる事が出来た。
旨いのだが量がな・・・
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