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ーー再び、茂みが揺れる音がした。


ナッドはそちらへ向けて、筒を構える。

密閉され、狭苦しい筈のフルフェイスに、嫌な寒気を感じた。喉をつたい、それはナッドの頬を撫で、ブロンドのまつ毛を揺らすに至る。


コイフを装着していないが故の寒気であったが、ナッドにとってそれは、同族殺しの終着への寒気であった。


片膝をつき、ぬかるんだ地面が弾け、白銀の鎧へ振りかける。筒の引き金、後方の辺りを甲冑の頬の辺りへ擦り合わせる。


茂みの先、照準は合わせた。


茂みの揺れの次、僅かに揺れたそこへ、筒の引き金を引いた。風そのものを放ったような破裂音。


冷気が弾け、ナッドは衝撃を逃すように射撃の終わった筒の砲身を仰角させた。


鳴き声が上がった。


しかし、それはナッドの想像していた声ではなかった。

男のようで、高音で、下劣であり。

猿の声を更に震わせて、濁らせたようだった。



「……ゴブリン!?」



ナッドの声は暗い森へ響き、索敵をしていたユラのアイアンメイデンが振り返り、ナッドと視線を共にした。



肝を冷やす感覚が、全身に伝わる不快感。

ナッドは仕方なくバイザーを上げ、俯く。

汗を地面に滴らせた。



「ナッド……!」



後方のアイアンメイデンが鉄をガシャリと鳴らして、

ナッドの前へ出る。

地面を大きく揺らし、重苦しい動作で盾を構えて覆い被さる。その影は、彼を照らした月明かりと前方の視界を完全に遮断した。



「ナッド、今のって……」



ユラの声が、禍々しい巨体から発される。

血の雫は、覆い被さったナッドの横に滴り、それが仲間のものだとわかると、途端に吐き気に襲われた。



「あぁ、ゴブリンだ……。不味いことをしてしまったな!」



ナッドは鉄と、血液が混じった臭いに、さらに胃を刺激される。口元を手甲で覆っても、それも嫌味たらしく鉄の臭いであった。



茂みを遮り、闇のそこから姿を現した生物。

その生物は全身赤の肌を纏った肩を揺らし、息を荒げ、肥大化した鼻と、瞳孔と黒目を失った白い瞳で、眼前に構える巨大な盾と、兵器を見つめていた。


左足を引きずり、茂みからなる窪みを作って、そこを満たすように血が溢れる。


人間と同じ、赤い血であった。

人間と変わらず、白い瞳には赤い血管。

息を荒げ、その小さな体を揺らす様は、子供を傷つけたような罪悪感を生ませる。


ゴブリンだった。


黄ばんだ爪、3本の指。腕を掲げ、手首を使って、

手を左右に回転させ、揺らす。


腕には、大昔につけられたのだろう。出血を伴わせ、肉を抉った深い切り傷が、文字のように一本の腕に切り刻まれていた。



「降参だ……あの傷は……」



ナッドは盾を掻い潜り、そちらの生物へ姿を晒す。

バイザーを上げているから、再び照らされた月明かりに

目を細める。


眼前の、腰ほどの大きさのゴブリンは、息を荒げ、項垂れながら、その降参とされるポーズを取り続けていた。



「やはり、服属している。」



ナッドは舌打ちをして、苛立ったように叫んだ。



ゴブリンは、教会の教えに背く生物として、忌み嫌われていた。


俗人を襲い、農奴の妻を引き摺り出して犯す。

畑を荒らし、備蓄を奪って、男色するものもいた。


そしてそれらを無邪気にする彼等であるから、

教会の後ろ盾を持つ騎士が、排除に向かわないわけがなかった。討伐隊が組まれ、神の名を使って粛清される。

領土拡大に伴う異物の排除は、人間達にとって大変好都合であった。



しかし、ゴブリンと人間は似ていた。

ノームンが、ドラゴンを神として崇める、従来の神論に背く国家であると同様に、このゴブリンのグロテスクな紋章。オーガをトップとした群れへの隷属の証であった。


エガーテは未開拓だった。どれ程の勢力のものであるかわからず、それでいて、オーガ達の群れは、自分達の配下を殺した者達を執拗に追いかけ回す。


教会の教え、「力ある者は、力を持たない者を傷つけることは絶対に許されない」


つまり、ナッドの所有する土地の農奴を、他の蛮族に殺害され、侵されるほど屈辱的なことであった。


ノームンの人間は、強い者を崇めて、その劣等感やら、プライドやらを払拭する。


ゴブリンはさらに、本能的なロジックであった。

生存戦略であった。それを、侵してしまったのはナッドであった。

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