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アダムの子は皆死ぬる。
人間はアダムの原罪を、その子として受けているから。
このアイアンメイデンという兵器や、魔法という、
酷く抽象的で、目に見えない力を行使できたからと言って、生態系の頂点であると勘違いをした。
オーガ、サイクロプス、ドラゴン、キマイラ。
全て人間を凌駕する生物でありながら、人間は文明の進化と共に忘れてしまったのだ。
1人の王の統治が、100年続くことはないのに、それを望んだ人々の空想で、人類は死を想うことを忘れてしまった。
そして、我々に原罪を忘れさせたエガーテ人こそ、
淘汰されて然るべきなのだ。
呼吸がままならない。
全力で走ったこともあるだろう。体に土足で入り込んでくるこの白い煙もそうだろう。
しかし、眼前の、自分が愛していた人達は、首を木に突き刺され、剣で体を串刺しにされ、他の兵士がそれに集って滅多刺しにする。そして、それをされた人間は、子供だ。昨日、ボールをプレゼントした子供だった。
女の人は家屋に連れて行かれ、泣き叫ぶ声が響く。
村は焼かれていた。女子供、老人関係なく、殺されていた。
「ユラ………殺して。」
「……おばさん。」
ユラは目を見開いて、口を押さえる。
腰が抜け、地面の砂が体を覆う。
スーマおばさん。
最近、子供を授かったと喜んでいたおばさんは、体を地面に擦り付け、這うようにユラに近づき、腹の辺りが赤く出血し、地面にそれをなぞらせていた。
瞳は乾き、呼吸は浅く、短い。
煙と火を一身に受け続けながら、自分の元へ来たのだろう。
殺して欲しい一心で。
「こ……来ないで」
瞳から大粒の涙が溢れ、嗚咽を繰り返す。
これでは、弟も、父も母も死んだと分かった。
破裂音が響き、地面にそっと何かが置かれる音がした。
スーマおばさんは、こめかみから穴を開け、絶命していた。
吐き気に耐えきれず、地面がボタボタと音を立てた。
なぜ、自分達はこんな目に遭ったのだろう。
エガーテ人が差別されていることは知っていた。
エガーテ人が魔法を見つけてしまったから。
戦争の武器が作られて、頂上のものとされてきた生物へ、人間が挑み、全て返り討ちにあったから。
思い上がらせた代償は、全てエガーテ人が払えと。
自分は魔法なんか使ったことがないのに。
スーマおばさんは、ようやく子供を授かれたと喜んだのに。生まれてくる赤子は、村を支える未来となれたのに。
それは全て、地面に突っ伏した死体に消えていったのだ。
私達って生まれてこなければ良かったのかな。
私達がいない幸せって、私達には実感できないよね。
平凡の幸せを願うって、生まれで悪にされるんだ。
どう誠実に生きても、どれだけお祈りを大切にしても。
こうやって、エガーテという地に生まれたら、
死ぬんだよ。
エガーテに生まれたのが悪いからね。別の地域だったら平和に暮らせるのにね。
心穏やかに暮らして、好きな人を見つける。
当たり前のことは、それを出来る資格がある人間だけなんだね。
しかも、その資格を生まれながらに持ってる人って、持ってない人が異常で、おかしくて、努力不足と決めつけるんだよ。
じゃあ、私達ってエガーテ以外を殺すしかないでしょ。
「そこのお前……。村の人間か。」
男の低い声が、悲鳴の中でユラへ届く。
ユラは瞳から涙を流し、それは止まらなかった。
視界が濁り、血を未だに流し続ける死体を見続けた。
「ここは、もう帰れる場所ではない。」
その兵士は、甲冑をガシャリと鳴らし。
自身を乗せていた馬の手綱を、慣れたように引く。
鉄を交互に打ち合う音は、段々とユラへ近づいた。
やがてそれは止まり。白銀の、尖った足がユラの眼下へ映る。
「……。帰る場所が無いのなら。私の元へ来ないか。」
「……?」
ユラは今までしたことがない表情で、それを見上げた。
白銀の鉄に身を包んだ男。ユラはその男の肩ほどしかないだろう。
腰に剣を携え、黒い隙間からユラを見下ろしているのが分かった。
手綱を握らない手元には、木造の、筒のようなもの。
砲身だ。見覚えのある大砲を縮めたようなそれは、指をかける部分がある。
スーマおばさんを殺したのは、こいつだ。
「腰が抜けて、立てないんです。人の死体って……見たことないから。」
「手を貸す。」
銀色の刺々しいそれは、冷たかった。
冷たいのなら……
「でも、仕方無いですよね。エガーテって、そうですよね。」
ユラは振り返り、もう一度村を見る。
大声を上げながら笑い。談笑する。この男と見分けの付かない甲冑達。
先程の巨人は、見当たらない。
そう、巨人だ。
「森の奥で、巨人を見ました。あれって……」
ユラは目元を拭い、その騎士の顔であろう黒い線を除く。
やはり、目がある。
「あれは……アイアンメイデンというんだ。我々ガサンタが作り上げたな。」
その男はバツが悪そうにして、顔を背ける。
表情など見えないのに、繊細な男だった。
戦争を仕掛けた人達は、ガサンタ人だと分かった。
「そこ、行きたいんです。さっき狼に囲われてて、乗ってる人は心配だから……。」
ユラが言いながら、歩こうとすると、その兵士に腕を掴まれた。
そこから、掻きむしりたい気分だった。
「私の後ろに乗れ、足があると便利だ。」
馬を足と言った。
後ろに乗り込み、焼けた村を後にする。
振り返ると、聞き慣れた男と、女、小さな子供の叫び声と泣き声が聞こえた。
家族だった。




