6 伝えたかったこと
手紙を読み終え、僕と優香は顔を見合わせる。
あの手紙を掘り出した後、僕は帰宅し、この手紙を優香に見せたのだ。初老の警察官からは、手紙を持ち帰ることを許可された。……何気に優しい人だった。僕が遺族だと話すと、「辛いかも知れないが、これからも頑張ってくれ」と、励ましの言葉をくれた。全くの他人から慰めてもらえたことで、背中を押されたような気分になった。
―僕と優香は顔を見合わせたまま、何の言葉も発さなかった。―やがて、優香が徐ろに言葉を発した。
「この手紙って……」
それ以上は、何も言わない。僕に返答を委ねているのだろう。
「これは……子供の頃、僕が、今の僕に向けて書いた手紙……タイムカプセル…みたいなものかな」
そうなんだ……と彼女が小さく言う。恐らく、あまり理解しきれていないのだろう。
「本当、この時は幼稚だったよ。小学3年…ぐらいだったかな? 未来の自分をイメージして絵を描くっていうのを学校でやったから、手紙を書くことを思いついて……」
全くこの手紙の通りになれていない自分から逃げるように、僕は言う。
「Jリーガーになんて、そう簡単になれるわけないのに…今じゃ、普通の仕事さえもなくなっちゃってるよ……」
最早、誰に言っているのかもわからない。自分への悪口は、どんどんエスカレートしていく。心が窮屈になってくる。それでも、僕の口からは後ろ向きな言葉が溢れ出す。いよいよ、涙ぐみそうになる―。
その時、慰めるような柔らかい声が、僕の耳に届いた。
「でも―今はできていなくても、頑張れば、きっと仕事も取り戻せるよ。昔の翔二くんが言ってるよ。いつでも、希望を持っていてほしいって。いつも、夢に向かって走り続けてほしいって」
その言葉に、はっとする。堪えていた涙は、目から零れ落ちた。でも、さっきまでの悔し涙とは、違うような気がした。目の中にあった時は汚水だったが、優香の言葉によって、浄水されたようだった。
すると、気を取り直したように、優香が明るい笑顔を作る。涙に気付き、慰めようとしてくれたのか―あるいは、僕が落ち込まないように、気付かないふりをしたのか―優香が明るい声で言った。
「…ねぇ、これからさ、公園で一緒にサッカーしようよ。 Jリーガーになるには、特訓しなきゃ!」
彼女と一緒にプレイするサッカーは、本当に楽しかった。でも、子供の頃に感じていた、相手に勝った時に感じる“手応え”とは、また違うようなものを感じていた。
彼女は、運動音痴だった。必死に僕のことを追いかけまわし、ボールを取ろうとする。僕が素早い足捌きでボールをドリブルし、彼女を翻弄する。その度に、彼女は大笑いする。それを見ていると、自然と僕も笑顔になる。
―僕は、初めて彼女に出会った時のことを思い出す。あれは、高校の時だ。あの、明るい笑顔。それは、今でもずっと変わらない。同じクラスだった僕達は、席が隣になったことをきっかけに、どんどん仲が深まっていった。
告白したのは、もちろん僕だ。彼女は、二つ返事で受け入れてくれた。あの時、天に昇るような心地になったのを、僕は覚えている。彼女となら、きっと、幸せな生活を送ることができる―そう感じた。
その予感は、当たった。もし今頃、僕が1人でいたら…もしくは、他の誰かと付き合っていたら、これ程までに、辛さと楽しさの天秤を釣り合わせてくれることはなかっただろう。ずっと、孤独を感じたままだったのだろう。
僕は、改めて彼女のことを“好きだ”と思った。
それは今までで、一番大きな感情だった。
僕は、あの手紙のおかげで、気付くことができた。大切なことに。
僕は、優香のおかげで、深めることができた。あの手紙の意味を。
僕は、両親のおかげで、学ぶことができた。失うことの辛さと、それでも進んでいくことの大切さを。
僕は、あの“夢の声”のおかげで、辿り着くことができた。真っ暗闇の絶望の中、希望の光が差し込む場所に。
あの手紙が伝えたかったことは―
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