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3 奪う炎

けたたましい電子音に、脳が叩き起こされる。アラームの音じゃない……電話の着信音……? 夢の中で感じた不安が現実になりつつあるような感覚に、全身の表面が粟立った。

スマホを手に取り、恐る恐る画面を覗き込む …寺田おじさん? 僕の実家の、近所に住む人だ。子供の頃、よく遊んでくれた記憶がある。でも、なぜ? 一人暮らしを始めてからは、10年近く、一回も会っていない。まさか……

震える親指で通話ボタンを押すと、スマホ越しにもわかるほどの動揺した声が聞こえてきた。


「翔ちゃんか? 大変だ! 親御さん家が火事になった! もう家全体にまで火の手が回ってるんだ! 早く、病院に来てくれ! 〇〇市の総合病院だ!」


「お、おじさん…どういうこと? な、何が起こったの? びょ、病院…病院って…か、母さん達は……」

複数の音色が混ざり不協和音を生み出すサイレン音と、水が吹き出すような音が聞こえた。

「説明してる暇はない。早く来てくれ!」

通話が切られる。あまりにも唐突な出来事に、足が動かない。


(そうだ、病院…早く行かないと……)

ベッドから飛び起きる。だが、足はすくみ、前に進もうとしない。まるで、「行くな」と言っているかのようだ。

恐怖感を無理矢理振り切り、寝間着の上にジャケットを羽織り、部屋のドアを叩くように開ける。優香が、自分の部屋から顔を出していた。電話の着信音で目が覚めたようだ。

「どうしたの? 電話、誰からきたの?」

優香の姿を見ると、胸の中にどんよりとした暗い感情が浮かぶ。


昨夜、優香と仕事についての話をしたのだ。彼女は、僕に対して責めるような言葉は発さなかった。それでも、あの時の暗い顔を思い出すと……


そうだ、そんなことを思い出している暇はない。早く行かなくては。僕は彼女のことを無視し、玄関の扉を開ける。

「待って! 何があったの?」

彼女が呼びかけてくる。僕は震える声で呟いた。

「俺の実家…火事だって……母さん達の知り合いから…連絡が来た……何が起こったのかは…分からないけど…病院…来てって……」

嘘…、と、彼女が悲鳴のような声を漏らすのが聞こえる。…僕だって、嘘だと信じたい。

「だから、早く行かないと…優香は大丈夫だよ、行かなくても。俺の問題だから…」

本当のことを言うと、来てほしくなかった。ただでさえ、俺が仕事を無くして、生活も苦しくなるという窮地に陥っているのに、義理の両親が大変なことになっていると聞けば、心に深い傷を負ってしまう。それでも、彼女は首を横に振った。

「ううん…お義父さん達には、色々とお世話になってるから…行かないわけには……」

「……分かった。じゃあ、行こうか」

僕と優香は、エレベーターを待つ時間も惜しみ、マンションの階段を駆け降りていった。


時計の音だけが、静かに響いている。もう何時間経ったのだろう…いや、10分も経っていないのかもしれない。隣に腰掛けた2人は、この時間を、どのように感じているのだろうか。

僕は、病院の待合室に優香と寺田おじさんと共に座っていた。父さんと母さんは、ずっと手術中だ。


やがて、若い看護師が待合室に姿を現した。その表情は暗い。まさか……

看護師は、ゆっくりと首を横に振った。

涙も出なかった。瞳と口をぽっかり開けたまま、何も言えなかった。人の命が奪われるのは、これ程までに唐突で、一瞬なのか。その絶望的な事実に感じたのは、虚無だった。


『立ち入り禁止/KEEP OUT』と黒文字で表記された黄色いテープが、僕の行く先を塞ぐ。辺りには焦げ臭い匂いが蔓延し、視界の奥には赤い光が見える。電話越しに聞いた不協和音と水の音。それが今、この場で、鼓膜の中に響いている。


焼けている。僕の実家。僕が、生まれ育った場所。たくさん遊んだ場所。それが今、音を立てて、黒い瓦礫へと変貌していく……

今までの記憶が鮮明に蘇り、ようやく一滴目の涙を流す。走り回った家の中。かくれんぼをした押入れ。高い戸棚にしまったおもちゃ箱。それに向かって精一杯背伸びをし、取ろうとする。取れない…そう悟った瞬間、僕よりずっと長い腕で取り出してくれた母親。それを笑いながら、優しく見つめる父親。それから……


『ぼくは今、ここにいるよ』


唐突に、子供の声が鼓膜の中で響く。その瞬間に、感じる。


僕は、この家に、何か大切なものを残してきたのかもしれない。

最後までお読みいただきありがとうございます。

これからストーリーが大きく動きます。第4話も公開されていますので、ぜびお読みください!

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